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『世界の地図を旅しよう』今尾恵介(白水社)

世界の地図を旅しよう

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地図は地形のフロッタージュなのだから

地図ネタのトリビア本、そんなつもりで読みはじめてもいいだろう。地図研究家・今尾恵介さんの新刊だ。面白くないわけがなく、驚かないわけがない。どのページを開いてもきっと明日誰かに自慢したくなるネタがある。だがこの本の真骨頂は、印刷物としてあまりにさまざまな地図があることを示して、それを見比べているうちに違いのわけを考える楽しみに夢中になってしまうという、思考導入剤としての魅力である。

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著者の言葉にあるように、「地図」というのは目的に応じて記号や絵の具を駆使して世界観を描き上げたものだ。絶対的なものではないことは観光地図や電車の路線図を見ればよくわかるが、教科書で見ていたものや地形図などはそれとは別で、寸分違わず正確なものに違いないと思っている自分がいる。

だがたとえば、日本の25000分の1の地形図に黒い四角形で表された「家」はたいてい実物より大きいそうだし、高層建築の谷間にとり残された神社とか、崖の下を新旧の国道と鉄道が平行しているところなどは、正確な縮尺では表記できないことが多いらしい。それを「総描(そうびょう)」や「転位」と呼ばれる地図界の作法を用いて、一枚の図に仕上げるというのだ。また、25000分の1地形図の等高線の主曲線の間隔は10メートルだが、黒部峡谷あたりは急斜面のあまり乱視の人にはつらいほど線が混み合うので、くっついてしまう箇所は例外的に線を切ってあるそうだ。これはほんの一例で、なるほど地図は、こうした一つ一つのぎりぎりの取捨選択のたまものというわけだ。

最大の取捨選択は、国の意志によるものか。たとえば、昭和30年から48年発行の「高校用地図帳」には中華民国(台湾)と首都・台北中華人民共和国と首都・北京が記されていたし、昭和12年の東京・青梅地区の地形図には貯水池である多摩湖狭山湖が草地として描かれていた。前者は国の態度を誠実に反映したもの、後者は敵のみならず一般国民の目も欺くものであった。鎮守府があった場所や海峡などの要塞地帯に該当する地域の地形図が一般刊行されたのは、戦後になってのことだという。今この時だって、国境紛争中の隣り合う国が出す地図のありかたは異なるだろう。刊行元の立場や時代によっていかに多様な「真実」が地図に表れることか。言ってしまえばあまりに当たり前だが、異なる地図を目前に並べ観察することは、強力な思考導入法と思う。

なるほど地図は地形をその物語ごとフロッタージュするようなものだが、目も腕も紙の上には置けないのだから、天を鏡とするしかない。歩いて歩いて、飛んで飛んで、測って測って。いざフロッタージュ、紙はどうする? なにでこすろう。その場所の物語を、どう圧をかけてどれだけ転写させようか。手技、手加減。ひとの為すことである。

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作物、銀行、郵便局など、国別に異なる地図記号も興味深い。鉄道にいたっては、廃線を破線で示すイギリス、ごく普通の地図で鉄道の扱いは極めて素っ気ないアメリカ、JRと私鉄を描きわけ、どんな地図でもJRの駅だけは省略しない日本など、特徴的だ。

アメリカのある地域の地形図に、複線部分を律儀に2本線で描いた箇所をみつけた著者が、「グーグルマップ」の衛星画像で「観察」するくだりがある。確かに地図のとおりの複線が見てとれ、さらに、全長1450メートル(80車両)の列車が近くの駅に停車していたそうである。「たった一列車で、しばし『開かずの踏切』にしてしまうほどの、かの国の超弩級の鉄道貨物輸送を見せつけられた思い」と書く。

さてかのグーグルの地図サービスの拡張ぶりはすごい。「立体地球儀・グーグルアース」を初めて見た時なんか、あまりの歓喜にどれくらいの時間滞留したことだろう。だが突如脱力して、なにかこう「いや」になってしまい、以来全く見ていない。チャールズ&レイ・イームズによる『パワーズ・オブ・テン』は10分にも満たなかったはずだが、飽きることなく何度も観たのに。夢の視界、憧れの体験。夢や憧れを擬似で得たところで、わいてくるのはそれ相当の疑似感情ということか。

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この本は、白水社による「地球のカタチ」シリーズ第一弾の4冊のなかの1冊だ。シリーズ刊行のことばには、「世界には『ちがうもの』がいっぱいある。わたしたちがなじんでいるものとは別のかたちをしていたり、異なるしくみからできていたり。『不思議はすてき!』を合い言葉に、この地球を楽しもう」とある。ルビも多い。GPSやインターネット、世界中の衛星画像が生まれたときから当たり前の子供たちにとって、必要にせまられて地図を買うことはほとんどなくなるだろう。いつの間にか、共有できる一つの地図に世界中の人が依っていたなんてことにならないように、ほんとに気をつけなくちゃいけない。

妹尾浩也(iwor)さんによるブックデザインは、糸かがり・丸背上製本に仕立てられ、机の上にぺたっと開いて気持ちがいい。幅広の帯に大きく刷られたのは、「目的に応じたデフォルメが非常に適切に行われているこの鳥瞰図こそ地図の真骨頂」と著者が評した、大正から昭和にかけて活躍した吉田初三郎が描いた地図だ。右手前に煙をあげた伊豆大島、中央奥に富士山、その手前に三島、大仁。右奥に続くのは、遠く東京・仙台・青森・北海道・樺太——文字で読んで、いったいどんな角度で描かれているのか想像がつきますか?


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