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『宝物』平田俊子(書肆山田)

宝物→紀伊國屋書店で購入

水、水を! 言葉の粒で目詰まりした詩人の身体

平田さんの詩をはじめて知ったのは『(お)もろい夫婦』で、六本木の青山ブックセンター、向かって右、階段の横にあった詩の棚だったと思う。可笑しいのに嫌みがなくてスタイリッシュ、それが共存するなんて考えたこともなかったし、ましてそれが“詩集”として、しかも奇妙なタイトルを背負って神妙な詩集コーナーに燦然と輝いていたのは衝撃的だった。その後、平田さんの朗読を数回聞いたが、格別(お)もろい演出はなく、いつもサングラスをして淡々と、嫌みなくスタイリッシュなのであった。詩人、劇作家、作家として多くの著書を発表してきた平田さんの、詩集としては3年ぶりになるのが『宝物』である。

     ※

檸檬”の二文字に“レモン”の音をどう割り振ればいいのかわからない、とはじまる「れもん」、新聞にめだつ“真相”の文字はよく見たら“首相”、日めくりカレンダーが目めくりに見えてくる「朝の錯覚」、似ているようで似ていない母娘、母が嫌いで娘が好きなのは“しじみ、豚肉、オートバイ……”という「豚肉オートバイ」。言葉の見た目や響きの可笑しさを愉快に残酷にちりばめた作品には、やっぱりまず大笑いしてしまう。「のど・か」は、こうはじまる。


 ワシントン とドアが開く

初めて訪れたどこかの国で地下鉄のドアが開くときに鳴る音が、ものすごく早く“ワシントン”と言ったように聞こえたことがあったかもしれない——ただそんなことが浮かんでこの一行を声にしてまず笑う。作品はこう続く。地下鉄にはそのあと女の首が乗り込んで、ジェノサイドとドアが閉まり、咽喉かな午後にかみ殺すあ首、日比谷戦や南北戦、停まる駅は麻布十BAHG……。笑わせて、ほんとうに無防備に笑わせておいて、のどちんこ丸出しの大口に平田さんは細い刃を突きつける。「れもん」にはこうある。


間違えた人をわたしたちは笑えない

よその国の

言葉と初めて会うとき

混乱はつきものだ


よその国の言葉でなくても、わたしたちは間違える。聞き間違えたり、見間違えたり。間違えたつもりはなくても、伝わらなかったり伝えられなかったり。平田さんの言葉に笑うのはだからその“言葉”に初めて会ったからであり、知ったつもりが実は何も知らなくて混乱して笑うしかないのである。そんなことで笑ってんじゃないわよと、平田さんは言うわけないが、そんな声が聞こえてくるようでもある。

     ※

平田さん自身が言葉を生む瞬間をかいま見る作品がある。「水」。壇上のラスコーリニコフポルフィーリイとマルメラードフには水が用意されていて、客席のソーニャやドゥーニャやラズミーヒンには水がない。


飲んだ水を言葉にしないと

人はトイレに走りたくなる


誰だって、水を飲まずにいられない。トイレに走ってしゃーっとやれば、身も心も晴れるというものだ。腎盂腎炎をおこしがちなわたしとしては、疲れたときほどたくさん水を飲んで、何度も何度もトイレに行く。だが詩人は飲んでも飲んでも、駆け込むことができない。


水は体内をパトロールして言葉をさがす

水を飲んだ罰として

言葉はいつも苦しく吐き出される


身体の汁を水で薄めて墨汁代わりに、“言葉”を書き留める。トイレに行ってしまえばいいものを、詩人の身体という管の細胞にはことごとく言葉の粒が詰まっていて、それをなんとか水を飲んで“言葉”にして押し出さなくちゃいられないのだと思う。

無言でいると薪はよく燃えるね

空気が言葉で汚れないからね

 (「山小屋」より)


大切なものを捨て去るために

私は秘密を打ち明けた

この言葉もあなたのことも

忘れるために

 (「宝物」より)


平田さんの態度や詩集にはしゃぎや大袈裟を感じないのは、たとえば犬が上目遣いでウンチする自分のお尻を振り返っている姿を見たときの好ましさに似ている。どうしようもないぎりぎりの営みは、生み出す本人にとってはきっと恥ずかしものではないかと思うのだ。

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この詩集をわたしは元旭屋書店があった場所に先頃移ったブックファースト渋谷店で求めた。店内高くはられた棚とやや狭い通路はこれだけのスペースだから仕方あるまいが、旭屋書店のあのゆったりした店内を懐かしく思う。さてその棚から『宝物』を抜いて手に持つと、表紙が柔らかくて妙な感じがする。見ると、大きさと色の異なる紙2枚と帯(の役割をするちっちゃい紙)を重ねて、少し厚めのパラフィン紙で3つ折りにして包んだものを表紙カバーとしている。カバーの文字は全て金箔押しされており、パラフィン紙の上からでもよく見える。自宅の書棚に並べた本にパラフィン紙をかけ、タイトルが見にくいから上からマジックでなぞるのも楽しい、と書いていたのは荒川洋治さんだったか。さらに、丸背上製本なのだが途中4カ所、ふんどしみたいに白いきらびきの紙がはさみこまれている。文字はなし。一枚目は3cm×2cmくらい、それが徐々に大きくなる。9.10、69.70、87.88、115.116の各ページに該当し、構造からすれば別丁扉、もくじに「*」と記されたところだ。まあなんて手間のかかることを! この装幀に手を尽くしたすべての人に届くのなら、2800円はちっとも高くない。装幀:菊地信義、印刷:内外文字印刷、石塚印刷、製本:山本製本所。


→紀伊國屋書店で購入