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『ピーターラビット全おはなし集 愛蔵版 改訂版』 著:ビアトリクス・ポター, 翻訳:石井桃子・間崎ルリ子・中川李枝子 (福音館書店)

ピーターラビット全おはなし集 愛蔵版 改訂版

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ビアトリクスが用意したもう一つの「場所」

子どものころから今にいたるまで、ピーターラビットにそれほどなじみはない。赤いにんじんみたいなものをおいしそうに食べていたピーターとか、カエルの絵は好きだったけれど「○○どん」と呼ぶのがどうしてもいやだったとか、パイとかジャムとかチーズとかとにかく食べ物がおいしそうだったこと、そして屋根裏部屋のなんて楽しそうなこと、そんなことが断片的に残るばかりでひとつひとつの話をはっきり思い出すことができない。福音館書店からこの夏刊行された『ピーターラビット全おはなし集 愛蔵版 改訂版』は1994年版を改訂したもので、丸背糸かがり布クロス張り上製本で函入り、見返しや扉、目次などに配された絵がまるでこの本のためにそう描かれたようにぴったりで美しく、思わず手にする。そういえば、本ではないものにあふれるピーターラビット柄に、あまりにただ辟易していたのかもしれない。もう一度読んでみよう。静かで美しい装丁に誘われる。アート・ディレクションは丹羽朋子さん。

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ピーターの生みの親、ビアトリクス・ポターが紡いできた物語が第三者の手によって社会に出たのは1902年。この愛蔵版ではそれを最初として、発行の年代順に全作品が網羅されている。ひとつの話のなかに別の時期に描いたタッチの違う絵を混合させているものや、『ピーターラビットのおはなし』1903年5刷の際に省かれた「(ピーターのおとうさんは)マグレガーさんのおくさんに、にくのパイにされてしまったんです」の図、またこれまで日本で未発表だった作品や、日本語版独自の年表と登場人物(動物)の索引もある。ひと見開きにだいたい4〜6点の図がおさめられ、おなじみの小さい判のページをめくるのとは別の楽しみだ。それぞれの話の前には製作年度や過程、そのころの著者のようすが記され、ビアトリクス・ポターの生涯を作品を通して追う楽しみもある。

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今秋公開の映画『ミス・ポター』はビアトリクス・ポターの半生を描いた作品で、生まれ育った時代や家庭環境、そしてその舞台となった湖水地方をうかがうことができる。印象的な場面が二つある。一つは、1902年にウォーン社から初めて絵本が刊行されるところ。良家に生まれながら職を持ち自立を望むビアトリクスは得意の絵をその糧とすべく、ポートフォリオを持っていくつも出版社をまわり続けたあげくようやくの承諾だった。彼女には思い描く絵本の姿があった。とにかく多くの子どもたちに読んで欲しいから値段はおさえる、そのためにはモノクロでいい、大きさは子どもの手にのるものをと申し出るが、ウォーン社はどうしてもカラーでと言う。担当のノーマンはビアトリクスを活版印刷所に連れて行き、一枚一枚刷り色の確認をする。なるほどあの小さな判型はビアトリクスが最初から望んでいたものであったこと、そして、作家と職人と編集者に囲まれた、幸せな印刷で生まれたものであったのだ。映画ではこのシーンはロンドンのタイプミュージアムで撮影され、刷っていたのはほんとうの職人さんだったようである。

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そして二つめは、ロンドンの生家を出て多くの絵本の舞台となった湖水地方に向かう日のこと。いつでもビアトリクスの頭の中に暮らしていた動物たちが住む場所を失って惑いはじめる、そのことに気づいたビアトリクス自身が惑う様子には、どんなにか不安で寂しいことであったことかとぞっとする。湖水地方のソーリー村に住まいを移すことは、動物たちが暮らすビアトリクスの心を取り戻すことであった。以降、開発の手を阻むかのように近隣の土地を購入し、農場経営をしながら製作を続ける。1941年、空襲による被害から守るべく原画をすべてロンドンからこの村に運ぶ。1943年、ソーリー村にて77歳で死亡、4000エーカー以上の土地と農場と田舎家をナショナル・トラストに寄付。生涯をかけて、動物たちが暮らすあらゆる「場所」を増やし続けた。

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映画を観たあとに改めて『愛蔵版』を開けば、これはビアトリクス・ポターの77年分の絵日記である。一冊ずつの小さな絵本のままであれば、私は再びこの動物たちと出会うことはなかっただろう。これも、ビアトリクスが用意したたくさんの「場所」の一つか。

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