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『さよなら、日本』柳原和子(ロッキング・オン)

さよなら、日本

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「あるノンフィクション作家の30年」

 柳原和子さんの著作と初めて出会ったのは、名古屋今池にある「ちくさ正文館」である。1995年、アメリカ留学を予定していた私は、英語の教材を買い求めようとしていたはずだ。そのとき『「在日」日本人』(晶文社)という分厚い本が目に入った。手にとって読み始めて、しばし迷った後に買った。この本には、外国に移住した日本人の肉声が詰まっていたと感じたのだ。私は日本を離れてニューヨークに留学し、ユニークフェイス問題の取材をし、そのままアメリカに移住するのもよい、と考えていた。阪神大震災オウム真理教で日本中が揺れていた。被災者を救う能力のない人たち、自国民がテロにあっても原因を究明できず思考停止するだけの人たちを、テレビのブラウン管を眺めながら、「だから日本はダメなんだ!」とひとり毒づいていた。名古屋空港から飛行機で飛び立つとき「さよなら、日本」という心境だった。

ニューヨークで、竹永浩之というアメリカに定住した人物と出会い、『「在日」日本人』を話題にした。「あれはいい本だが、内容が暗い。定住した人間はいろいろな生き方をしている。なんか違うんだよな」とモノ書きらしく批評的に応じていた。国境を越えても、柳原さんの著作で話題がつくれる。それが嬉しかった。

 ニューヨークから大阪に移り住み、医療雑誌の編集記者になった。まもなく、柳原さんが京大病院に入院した、という情報が編集部に入る。「柳原のファンなので、会いに行ってきます」と、人を介して、京大病院の病棟を訪問。初対面なのに、入院中の柳原さんを見舞った。

 衰弱していた。顔色はきわめてよくない。抗ガン剤による化学療法によって体力が奪われていたのだ。

 編集部に戻った私は、編集長に「いつ死んでもおかしくない、と思う」と報告した。その思いこみは見事に裏切られることになるのだ。

 数年後、上京した私は、柳原さんが『がん患者学』を上梓したことを東京で知る。なんという生命力だろう。その生命力に引き込まれながら、ずっと柳原さんの書いたものを読み続けてきた。これが遺作になるのではないか、と思いながら、である。

 『さよなら、日本』には柳原さんが1980年からさまざまな媒体に発表した記事の一部がまとめられている。約30年にわたる、ひとりのノンフィクション作家の成長の記録であり、日本という国家が30年かけて何を失ったのか、という記録である。

 柳原さんは世界を旅する人である。

 カンボジアイスラエルニカラグアキューバウクライナ、新ユーゴスラビア、東欧・中欧、イタリア、南米。定住することを拒否するように動き回る。日本に落ち着いたかと思ったら、がんを発病。その体験を次々と発表していく。私もメディア業界の端くれにいる者として、ノンフィクションが労多くして報われてい仕事であることを知っているが、柳原さんの仕事の仕方では、100%赤字、持ち出しになることは明らかだった。そして、『さよなら、日本』ではそのような経済事情までも明らかにされている。

 

言葉で生きる。人と人との関係をつなぎながらそれを原稿に仕上げる。志の有無は問題ではない。莫大な取材費を投入して人の不幸を書く。それをメディアに載せ、原稿を売って生活する。売らなければ、次の取材につなげられない。そんな綱渡りのフリーランスのノンフィクション作家という仕事はわたしには合わない、と結論を出した。

 しかし、旅とは終わったところから始まるのだ。カネもなくなったときから、入り始めるのだろう。

 柳原さんは、何度もノンフィクション作家を辞めよう、と決意しながら、書きたいテーマや人と出会っている。そういう巡りあわせの人なのだ。それゆえに、がん当事者ジャーナリストによるノンフィクションの金字塔たる「がん患者学」の連作をものにしたのだ。

 ノンフィクションを仕事であると割り切ることができない人間に、偏屈な文章の神は、微笑んでいるのだろう。

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