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『Gardens of Italy』Laras, Ann /Lindman, Eson(Frances Lincoln Ltd)

Gardens of Italy

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同じヨーロッパでも国によって庭園の様式は相当に違う。一般的に言ってイギリス式は自然の模倣であり、風景式庭園はその典型にあたる。ストウ・ランドスケープ・ガーデンがこのジャンルの傑作とされている。しかし私の趣味ではない。風景式以外では、ケント州のシシングハースト庭園やサリー州のポールスデン・レーシーの庭が素晴らしい。特にポールスデン・レーシーはその芝生に腰を下ろすとイングランドの自然の田園風景を含めた全体をまるで庭の一部であるかのように眺めることができるとても気持ちのいい場所だ。フランス式はベルサイユに典型なのだが、広大な敷地に池や彫像などの書割を大作りに配置するのが特徴。しかしプチ・トリアノンの擬似イングランド式庭園(しかし芝生には入れない)に行った時にはここは一体どこの国なのかと眩暈を覚えたものだ。ロワール地方にあるヴィランドリー城の庭園はベルサイユに比べるとずっと小規模だが、菜園までも可憐にまとめてあるところ、いかにもフランスの美意識の世界にいるという感覚を与えてくれる稀有な場所だ。スペインの特にアンダルシア地方は先住民であるムーア人の影響を受けたムデハル式が特徴で、ヘネラリフェ離宮の庭園が有名な作例。地表面を割石で固め、噴水群がオアシスを想起させる仕掛けになっている。アルハンブラ宮殿の中のナサリーエス宮の有名すぎる中庭も実際素晴らしく、幸運にも夜11時から入館するナイトヴューで鑑賞できたため、人も疎らで水音だけが響く夜のハレムのような感動的な美しさを堪能できた。

さてイタリアである。この国の庭園は遊びや悪ふざけの要素たっぷりの場所だ。ヴィッラ(Villa)は通常、主要都市から離れた郊外に置かれ、その名が示すとおり貴族の休暇のための邸宅である(villageの語源)。ビジネス用邸宅はパラッツォ(Palazzo)と言い、これは市中におく。ローマ近郊には特に美しいVillaが数多く存在しているが、これはローマ教皇の強力な勢力範囲を避けようとファルネーゼ家、キジ家などの名家がこぞってローマから距離を置いたロケーションにビジネスの喧騒を忘れる場所を必要としていたため(Families Who Made Rome : A History and a Guide,Majanlahti, Anthony,Vintage,2005)。余談だがカントリーサイドでの生活をより深く好み、それが自己のアイデンティティーにまで化している傾向のあるイギリス人は、カントリーサイドのマナーハウスをビジネスと余暇の両方を兼ねた場所としており、このあたりが(勿論、気候の違いは更に大きな要素だが)庭園と建築の嗜好の違いになって現れていると考える。しかもイタリアの場合は、豪族の家系が庭園を現在も所有していることも多く、代々領主のお抱え庭師までもが世襲制である場合など、当時の造園意図がかなり正確に引き継がれている点、実に面白いものである。或いは貴族といえども当世の現実は厳しく、相続税や維持費に苦しむ場合もあり、イタリアのヴィッラが一般公開されている場合、そうした事情によるものも多く(この点、イングランドウェールズナショナル・トラストも事情は似ている)、実際このような貴族の経済事情によりヴェローナのジュスティ庭園が売りに出ているとのイギリスの新聞記事が昨年あった。イタリア庭園の傑作をあげるとすると、先ずはバニャーニァにあるランテ荘。ヴィニョーラ設計による傑作で、ルネサンス以来三次元空間の処理に長けたイタリア人ならではの設計感覚が堪能できる。斜面にザリガニの噴水やモーロ人の噴水など幾何学的で人口的なパースペクティブを付け加え美を作り出すこの大建築家の離れ業並みの構成力とビジョンに圧倒される場所。

イギリスでは店頭で手に入るイタリア庭園についての本は意外なほど少ない。巌谷國士著「イタリア庭園の旅」(平凡社)には随分お世話になった。Edith Wharton の”Italian Villas and Their Gardens, Da Capo, 1903”はやはり名著だが刊行当時とは現状が異なっていて、今読むとかえってやや悔しい感じが残る。現代ツーリスム全盛の昨今はイタリアに限らず庭園は観光名所なのでガイドブック類にもこれらの庭園は全て歴史背景付きでしっかり紹介されており、その中でもRough Guideのシリーズはアクセス方法も含め最も役に立つ。本書は適切に選択された「ベスト」イタリア庭園とそれらの歴史背景の解説と写真が添えられており、この種の書物にありがちな甘口を排している。内容簡潔ではあるが現在簡単に手に入るものの中では出色の出来である。

(林 茂)


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