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『Piero della Francesca』Marilyn Aronberg Lavin(Phaidon)

Piero della Francesca

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日本でも立命館大学八村教授によるVRによる伝統芸能の解析や、慶應義塾大学によるグーテンベルグ聖書をはじめとする和洋貴重書のデジタル化など、デジタル技術を駆使した芸術、書物の解析が活発に行われている。

本書の著者ラヴィン教授はイエール大学プリンストン大学で教鞭を取る一方、ピエロ・デラ・フランチェスカの絵画をコンピューター解析する「ピエロ・プロジェクト」のリーダーでもある。疑うことなくルネサンスの最も優れた画家の一人であるピエロ・デラ・フランチェスカは数学者でもあり、その素養は建築物の表現などによく現れておりルネサンスの優れた画家達の中でもピエロを特別な存在とする要素になっている。レオナルドが科学者でもあったことはよく知られており、「サン・ロマーノの戦い」をはじめとするウッチェロの絵画にもピエロと同様の直線の交錯が見いだせるが、ピエロの絵画をとりわけ高貴なものとならしめているのは、その人物の表情だろう。

例えばアレッツオの聖フランチェスコ教会にある傑作「聖十字架伝説」はゲーテがパラッディオのヴィラについて用いた表現「常に三次元の美しい調和を有することによって、人心を満足させる美」(ゲーテ、「イタリア紀行・上巻」、相良守峯訳、岩波文庫)でありこの絵を横から見、上を見上げ、ナラティブに添って絵から絵を辿る快楽は素晴らしいものがあるが、ここでのピエロの人物たちはまるでゴシック絵画の天使たちの群像のように同じ表情を浮かべている。これは同時期のルネサンス画家にはあまり見られない特徴であり、ピエロがウルビーノの他にはフィレンツェやローマといった大都会に長く身を置かなかったことが影響しているかもしれない。ある種「遅れてきた田舎者」(マリオ・プラーツ「官能の庭」、ありな書房)であるネーデルランドボッシュと同様の状況が、サンセポルクロやアレッツオというトスカーナの僻地にいたピエロにもあったのであろうと想像する。しかし何れにしても、惚けたような人物達の表情の統一感と建築表現に特徴的な直線の快楽が、なにより透明な画風のもたらす悦楽と相まってピエロの絵を感動的なものとならしめる重要要素となっているのである。

コンピューター解析を用いてピエロの意図を読み砕く本書は画家のそうした性質を考えると正に有効な手段であり、この現存作品点数の極めて少ない画家の作品を最大限楽しむための極めて優れた手引き書である。
(林 茂)

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