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『Clara's Grand Tour : Travels with a Rhinoceros in Eighteenth-century Europe』Ridley, Glynis(Atlantic Books)

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十八世紀前半のこと、雌サイ、クレアの見世物巡業はヨーロッパ各地で大好評を博した。クレアはサイ専用の馬車に乗ってオランダのライデンからベルリンやライプチッヒなどのドイツ各地、ウイーン、フランスのランスやパリ、リヨン、マルセイユ、イタリアのナポリ、ローマにボローニャヴェネチア、と実に十七年間に亘ってヨーロッパ各地を巡業し、そしてロンドンで死んだ。

カルカッタ生まれのクレアをオランダのライデンまで船で六ヶ月もかけて運びこんだのはヴァン・デル・メールというオランダ人。彼はオランダ東インド会社のしがない一社員であったが、しかし、が故に彼はライデン市民としての高名と何より一攫千金を求めていた。長い航海のサイの運搬費用を自腹で支払った。興行収入を期待しての初期投資というものだ。甲板の上がサイの船上の指定席になった。当時奴隷は船底の猥狭な空間に収容されて運ばれていたのだからクレアの場所は特等席であった。高価な客人であるからそれも当然の処遇というもの。当時の長い航海では保存上ビールが適していたが、荒っぽい船乗り達と同じく、クレアも水代わりにビールを飲んだ。

興行の成功にはいい宣伝ポスターが必要である。そこでヴァン・デル・メールは知恵を絞った。オランダのライデン大学シーボルトのコレクションが寄贈されたこと(シーボルト事件)で知られるが、ライデン大学は十八世紀当時から有力であり、ライデンの町自体、知的好奇心の寛容される場所であった。この時代まで解剖学図は未だ十六世紀のヴェサリウスが使われており、野心的なライデン大学の解剖学者アルビニウスは学問の進歩に見合った新しい解剖学図版入りのテキストを出版したいと思っていた。ヴァン・デル・メールはこの男に近づいた。そして解剖学の版画を作る過程で興行宣伝用のサイの版画をついでに作らせることにまんまと成功した。

十八世紀のヨーロッパ人はサイを神秘的で恐ろしい動物と見ていた。サイの博物学的図像の中でだれもがはじめに思いつくのはデューラーの版画であろう。時にはユニコーンと混同されることさえあった。プリニウスの「博物誌」には「象と犀は永遠の敵同士で死ぬまで殺しあう」とある。聖書にはサイについての言及が訳版による違いはあるが六箇所から九箇所登場するが、何れも強く凶暴な動物をイメージしたものである。

見世物興行にあたってヴァン・デル・メールはこのイメージを利用した。聖書の動物を見せる興行とあって非常な好評を博した。町から町へと巡業することになった。サイの体重は三トンもあったので、運搬用の馬車を特注した。移動中のタダ見を避けるためサイが外から見えないようにした。

クレアはその後十七年間もヨーロッパ各地への旅を続けた。西洋で最初に生きたインドサイを輸入し、しかし二年間で死なせてしまった町ロンドンでその一生を終えたのは不思議な巡り合わせであるにしても。


(林 茂)

(関連書籍)

同じく日本は江戸時代。動物・植物はいかにして描かれてきたか。徳川吉宗がつれてこさせたインドゾウやジャワヤマアラシなど貴重な資料を多数収録。
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(文責 書評空間編集部)

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