書評空間::紀伊國屋書店 KINOKUNIYA::BOOKLOG

プロの読み手による書評ブログ

『上原ひろみ<br>サマーレインの彼方』神舘和典(文)白土恭子(写真)(幻冬舎)

上原ひろみ<br>サマーレインの彼方

→紀伊國屋書店で購入

spiral.jpg「Spiral」上原ひろみ(TELARC)

「会いたい人
 努力と根性、そして気合い
 今にも涙があふれそうな笑顔」

「Spiral」には魔力が宿る。
何か久々に鳥肌が立つような、何以来と言っていいのだろう。

何以来と言うのとは少し違うかもしれない。何かその情念というか根性という か、もう100回以上は聴いたけど…だめだ、正直、何か憑依(ひょうい)され たような、か、逆に、憑依が解けるかのように、体全体から浄化されていく。

金曜の夜、今夜も少しアルコールが回って、頭を抱え込みながら、目をとじて 「Spiral」を聴く。ああ、そのフレーズ…そのスタートの優しさだけで、充分 クールでセクシーで、それだけで人柄が伝わってきて、それだけで鍵盤の上の 指先のぬくもりが伝わってきて、それだけでそこに込められた想いがそのまま 感じられて。

メインフレーズの後、ベースで引っ張るだけ引っ張って、登りつめておいてピ アノに堕ちる。思わず「オ〜」と声をあげて、ライブと勘違いして人目をはば からず立ち上がって拍手をする。でも、ここには誰もいない。誰も分からな い。天井斜め上、神様のいる方向を見上げて、素晴しいです、本当に素晴し い、素敵です。

でも、こう、私の気持ちを赤裸々に出させないで欲しいよ。正直つらいよ。

すると、あの人の、あの笑顔が見えてきて、優しすぎて、平気だよ、と言って くれて、思わずありがとう、です。上原ひろみとはそういう人、ありがとう、 です。

ソファにすわったまま、ヘッドフォンをしたまま、「Spiral」を聴いたまま、 目をとじて寝てしまう。

今日が終わる。ただそれだけで、ありがとう、です。

そんなに人に幸せを与えておいて、あなたはつらくないんですか?

そのエネルギーはどこから来るんですか?

そして、その笑顔は、どこから来て、どこに行くんですか?

何か、その目は、宇宙の彼方にまで飛んで行ってしまいそうで、そして皆をつ れて行ってくれそうで。だから、これから沢山沢山、作品を出して下さい。私 には生まれ変わらなければ出来ないし、生まれ変わらなければいけないし、と うてい出来ないし、嫉妬を乗り越えた期待。

これは21世紀版 Return to Forever、例えば Romantic Warrior(浪漫の騎 士)No Mysteryです。

その大学時代の2部のジャズ研のような、ジャンルにこだわらない胎動、音楽 の凄さ、音の凄さ、です。

人に出来ないこと、私に出来ないこと、やって下さい。

・・・

もう完璧に活字中毒です

もう完璧に音楽中毒です

もう完璧に映像中毒です

というか、五感中毒というか、第六感中毒というか、とにかくその都度新しい 感覚を取り入れなければ、気がおかしくなりそうで恐い。新しいもののチェッ ク、新しいハイパーなもののチェック、そんな習慣がついたのは、いつの頃か 良く覚えているけど、それだけは言えない。とにかく崩れそうな、そのままし ゃがみこんで頭を抱え込むようにうずくまるような、そんな感覚から逃れられ ない日には、depressさせるような寂しい人とは会いたくもない。

音楽を聴いて、映像を観て、原稿を書く。そして捨てる。また聴いて、観て、 書いて捨てる。また書いて捨てる、学生時代からいつもその繰り返し。

私には、その時によっていつも「会いたい人」っていうのがいる。距離感はま ちまちだけど、デビュー当時の吉田美和だったり、ターミネーターのサラコナ ー、リンダハミルトンだったり、女性に限らないが、共通することは、エネル ギーのある強い優しさを持つ人に会ってみたい、ということ。そして、今にも 涙があふれそうな笑顔、かな。そして、今はとにかく、上原ひろみ、これ以上 のエネルギー源を見つけるのが難しい。本当に強い人は笑顔だけで皆にエネル ギーを与えてくれる。bossyなブラックホールじゃなくて、無限のエネルギー を出し続けるホワイトホール。

1曲目、スタートから、優しい、本当に優しい。優しいって、本当の優しさっ て、本当は強い人じゃないと出せない。辛かった、耐えた、というよりも、そ れを笑顔で感動にしてしまう強さ。

どちらも発売日、その日の夜に買った。

「息切れしても走り続けたい!」

「自分のライバルはまずは昨日の自分だから」

「気分転換なんかやっても、解決にはならない」

(えっ?そこまで言い切る…)

「試練から逃げない、努力と根性、そして気合」

フジロックで感極まる筆者。

その場に崩れ落ちる男の子。

友達同士で抱き合って泣きじゃくる女の子。

もしかして、私がアメリカからの帰りの飛行機で、隣りの席にチックコリアと ゲイリーモランがいた時に、浜松の高校生でチックと即興演奏してたんです ね。何か高校でも本能のままで、今のままで。14歳でオスカーピーターソンに テープを送るあたりも、曲の途中に聴こえる掛け声も、唸り声も、そのまま で。

Spiral

曲を聴いてから、そして聴きながら、読む。

「Spiral」を作り上げていく過程、目と耳とでそのまま実感できる。矢野顕子 さんとのセッションもそのままでスリリングで凄いです。

「神様が私の根性と気合を試している」そしてまだまだファイトは続く。

バークリーで自分をアピールする気持ち、バーストしたような髪型…、簡単に は言わないけど、私も同じ経験があるから「分かる」。

Love and Laughter

「あなたが言うジャズって何なの?」とつめよる。でもハグで終わるんですよ ね。そこが違う。70を過ぎたアーマッドじゃないけど、1時間一緒にいると 55分は笑っていて、ストイックで、上手く行くコツって、「引き」って、そん なところにある。最近よく分かる。

思いやり

自分の演奏のことばかり考えるのではなく、相手の音をきちんと聴いてあげら れる。するとなぜか音も良くなって行く。これは日常のどんな場面でも言える ことで、自分の考えしかない人は寂しい。

カニを売るコツ

お客さん、実はこのカニ、こっちのカニと兄弟なんですよ。この兄弟が離れ離 れになるかは、お客さん次第…(そして、笑顔)。

これも、緻密でエモーショナル…

・・・

私は夜中に身の回りの物を無意識の内に妙な所に片付けるくせがある。

朝起きると、冷蔵庫の中にTVのリモコンがあったり、家族からも不思議がられる。

気がつくと「Spiral」が見当たらない。そのCDジャケットには「Return to Forever」が入っていて、入れたはずの車のCDカセットには1トレイが空にな っている。

ということは、ディスクだけどこかに片付けたんだ。

あれっ?どこだ、どこだ…

また神隠しのような朝、何でこうなるの?

で、見つけたところは神棚でした。えっ?ここに片付けたのは初めてだ。で も、ひろみさん、あなたはそんな人です。

実は覚えています。Bostonのコプリー、バークリーに向かう地下鉄red lineの 中で、あなたを見かけました。体よりも大きい「nord」と書かれた「赤いケー ス」を背負ったアジア系の女の子。

皆に勇気と優しさと、そしてその向日葵(ひまわり)の大輪のような笑顔を惜 しげもなく与えてくれる、あなたに今夜もどれだけの人が救われていること か、そんなこともいざ知らず、今日も「赤いケース」ノードリードを背負って 世界中を飛び回っているんですね。

今度、おいしいラーメン屋さん、教えてあげます。

年明けには、皆また、ニューヨークのBlue Noteで待ってるよ。


→紀伊國屋書店で購入