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プロの読み手による書評ブログ

高山宏の「読んで生き、書いて死ぬ」

ぼくの中に貪婪の書評魔が帰ってきた
かつては一日に一冊読んだ。そして気に入ったものがあれば諸誌紙に週二、三冊は書評を載せてもらっていた。書評に名を借りた論文というスタイルで、よくものを書いた。読みについても魔と呼ばれ巧者と言われ、達人の名をたまわった。十年も前のことである。 長い長い中断が入った。
いわゆる大学改革の悪戦にまともにからめとられた。ぼくの愛した大学は、石原都政のおそらく全国一強圧的な文教行政の中で、ほぼ原型をとどめぬまでに「改革」された。土曜も日曜もない会議、同じことを何度も何度も書かされる書類の山。ひと月抜ければ日本でやっと面白くなり始めかかっている人文科学最後の砦――文化史・文化学――の貴重な一章がそっくり抜けていくといわれた学魔の十年もの日子が、だれがやってもいいような雑務の愚かな時と気力のロスの中にむざむざと消えていったように思うのだ。
洋書はもちろん、日本の本を読む暇さえ、徐々に徐々になくなっていった。ひとつの本をそれが置かれた環境の中において評するのが、書評家の仕事である。相当に周辺のことを知った上でということで、勉強が必要なのに、この勉強がほとんどできなくなった。少ない眠りの時間をさらに割いてまでは、という諦めもあり、失礼にも力不足な書評では、と、ある時決心し、関係誌紙に事情を説いて、一切書評の世界から足をあらった。十何年来、書評者の義務として欠かしたことのなかった名著好著のアンケートの類も、ある時からまったく返事を送らなくなった。それはそれで徹底していた。
「石原」大学を辞める決心がついたのと、紀伊國屋書店から書評ブログのお誘いをいただいたのが同じタイミングというのも、何かの機縁である。ぼくの中に貪婪の書評魔が帰ってきた。
ただの書評を続けていくつもりはない。世に高山学、タカヤマ・ワールドと呼ばれる百学連環の世界を、いかなる本を相手にしようと、その本を評するという枠の中に、いつもめいっぱいに注ぎこんでみたいと念じている。
この「失われた十年」、広く読むことを断念し、ために却って凝縮された「新人文学」感覚のエッセンスを、いかなる本を対象にしても、そこに反映しないではおくまい。壮図「宏」図を良しとされよ。
ぼくにはかつて内田魯庵の役がふり当てられたことがある。英独仏伊西五ヶ国語が読める。諸外国の文化的前衛の俊敏と、対する日本の受皿の鈍重の差に、ずっといらいらしてきた。今回の試みでも「手は抜かない」。ぼくの大好きな「衒学」趣味はできるだけ控えるつもりでいるが、やはりどうしても巷の、好奇心旺盛な読書子に伝えたいことがある。いわゆる洋書だが、必要なテーマに必要な和書が見当たらなければ、敢えて洋書をも推輓する。
六十路の入口にこれを始める。歯は缺け、目はかすむ。生き生きと生彩を装いながら、しかしたしかに迫り来る終りを感じる学魔、最後の日記とはなるか。

高山宏
高山宏(たかやま・ひろし)
1947(昭22)年生まれ。1974年東京大学大学院人文科学研究科修士。批評家。翻訳家。
2008年4月より明治大学国際日本学部教授。長年、無目的・快楽的に蓄積してきた知識の整理と、発信型カリキュラムへの編成・伝習という、なにやら明治啓蒙家的な意欲が湧くのも、「明治」へ行ったせい?
5月24日(土)新学部開設記念講演会で喋る。来れよ。
また、4~8月の第2土曜日・15時~16時半・稲城市地域振興プラザ会議室にて、「江戸の美術を新しく観る!」開講中。照会・申込はいなぎICカレッジまで。
やっと十年待望のまとまった暇がとれたところで、執筆・翻訳に戻る。乞う御期待。
2008年6月に『新装版・アリス狩り』『アリスに驚け』(青土社)刊行予定。翻訳はS.シャーマ『レンブラントの目』(河出書房新社)、B・M・スタフォード『実体への旅』『象徴と神話』(産業図書)などを予定。

『Y氏の終わり』 スカーレット・トマス[著] 田中一江[訳] (早川書房)

→紀伊國屋書店で購入 Y氏の終わりでT氏の終わり 「終わり」は珍しく小説で。 女主人公アリエル・マントは雑誌に科学哲学のコラムを書いているが、ソール・バーレム教授(小説『Y氏の終わり』の作者)のトマス・E・ルーマスに関する講演を聴きに行って、バー…

『実体への旅-1760年-1840年における美術、科学、自然と絵入り旅行記』バーバラ・M・スタフォード[著] 高山宏[訳] (産業図書)

→紀伊國屋書店で購入 彼女に目をつけるなんて流石だね、と種村季弘さんに言われた バーバラ・M・スタフォード著書・邦訳書--> この百回書評もあと一回を残すところとなった。取り上げたい本は今年刊のものだけで10冊も積み残しているし、「仲間褒め」を頼ん…

『デーモンと迷宮-ダイアグラム・デフォルメ・ミメーシス』ミハイル・ヤンポリスキー[著] 乗松亨平、平松潤奈[訳] (水声社)

→紀伊國屋書店で購入 金余りのロシア団塊がやりだしたら、ホント凄そうだ いよいよ残り3回ということになったから、また一段と個人的な思い入れ、偏愛を恣にさせていただこう。となると第一弾はミハイル・ヤンポリスキーの最初の邦訳本たる『デーモンと迷宮…

『富豪の時代-実業エリートと近代日本』永谷健(新曜社)

→紀伊國屋書店で購入 こんな領域横断もありか、という驚き 明治後半から昭和初年にかけての、現在の日本の基盤を築いた半世紀という、いま日本で学者をやっていて一番面白がるべき問題を(「文学」を入口として)探ることができる本を、当書評欄でここ数回、…

『近代論-危機の時代のアルシーヴ』安藤礼二(NTT出版)

→紀伊國屋書店で購入 著者のいる多摩美の芸術人類学研究所、凄くなりそうね 夏目漱石の1900年代、また萩原朔太郎の1930年代を対象として、未曾有の強度で体感された「近代」をそれぞれあぶりだそうとした博論力作二篇を読んだ後だ。山口昌男流「歴史考古学」…

『萩原朔太郎というメディア-ひき裂かれる近代/詩人』安智史(森話社)

→紀伊國屋書店で購入 したたかな引き裂かれ?それってマニエリスムじゃん 漱石を取り巻いていたメディア的環境に関する優れた博士論文を読んだ後では、その直後の時代、大正から大東亜戦争くらいの時代にメディアの世界はどうなっていたのか、という関心が湧…

『流行と虚栄の生成-消費文化を映す日本近代文学』瀬崎圭二(世界思想社)

→紀伊國屋書店で購入 難しそうだが読むととても面白い博士論文、続々 ほぼ一年続けてきたこの書評シリーズでは、極力、評者自身の個人的な経験と近づけたところで議論することを心掛けた点に功も罪もあるはずだが、新刊、瀬崎圭二『流行と虚栄の生成』など、…

『ニーチェ-ツァラトゥストラの謎』村井則夫(中公新書)

→紀伊國屋書店で購入 中央公論新社にあの二宮隆洋が移ったことの意味 ツァラトゥストラは齢(よわい)30にして、故郷と故郷の湖をあとにして山に入った。ここで彼は、彼の精神と彼の孤独を楽しみ、10年間飽きることがなかった。 ニーチェの“Also sprach Zara…

『フランス近代美術史の現在-ニュー・アート・ヒストリー以後の視座から』永井隆則(三元社)

→紀伊國屋書店で購入 新美術史への素晴らしい導入。本当は何もかもこれから、らしい。 「ニュー・アート・ヒストリー」という呼び名を初めて耳にしたのは、ノーマン・ブライソン(Norman Bryson)が編んだ『カリグラム』(“Calligram : Essays in New Art Hi…

『イギリス炭鉱写真絵はがき』乾由紀子(京都大学学術出版会)

→紀伊國屋書店で購入 炭鉱、写真、絵葉書の「普通考えつかないような結合」 港千尋さんなど写真を撮る人の文章は巧いものが多いが、今どきの写真論となるとどうもパターンに入っていて、最後は必ずベンヤミン、バルト、ソンタグの三題噺に結び付けられてチョ…

『CORE MEMORY-ヴィンテージコンピュータの美』マーク・リチャーズ[写真] ジョン・アルダーマン[文] 鴨澤眞夫[訳] (オライリー・ジャパン/オーム社)

→紀伊國屋書店で購入 コンピュータにも「神代の歴史」があった その由来からして、年代もののワイン、せいぜいでジーンズ、あるいは20世紀初めのクラシック・カーくらいが使用範囲かと思っていた「ヴィンテージ」という言葉が、コンピュータについても使われ…

『アウトサイダー・アートの世界-東と西のアール・ブリュット』はたよしこ[編著](紀伊國屋書店)

→紀伊國屋書店で購入 結局「内」なんて「外」の外なんだなあ、ということ ジャンルも定まり評価さえ決まった作品を「確認」に行くタイプの展覧会にも良いものはあるが、「こりゃ何だ」と認識や常識の転覆を迫ってくるような企画展は貴重で、「GOTH-ゴス-」…

『GOTH』横浜美術館[監修](三元社)

→紀伊國屋書店で購入 いろいろあるけど、全部許せる表紙にヤラレタッ 旧臘22日よりまる三ヶ月間開催されてきた横浜美術館の「GOTH-ゴス-」展が終わった。記念のトークを頼まれて出かけた日、真冬の荒涼とした風景の只中、美術館前で撮った写真が、当ブログ…

『博物学のロマンス』リン・L・メリル[著] 大橋洋一、照屋由佳、原田祐貨[訳] (国文社)

→紀伊國屋書店で購入 書評がなにやら企画趣意書になってしまう相手 マニエリスム・アートがヴンダーカンマーを諸物糾合という自らの表現意思の最もわかりやすい象徴として展開してきたことは、既に何点かの本に触れて述べてきたが、1990年前後まで主たるマニ…

『美術館の政治学』暮沢剛巳(青弓社)

→紀伊國屋書店で購入 「オー・セゾン!」。改めて「熱いブクロ」を思いだした この本は2007年4月初版。同じ月に横須賀美術館ができ、その直前に国立新美術館が開館していた。六本木ヒルズや東京ミッドタウンといった新しい文化の中心が出発する時、美術館と…

『ミュージアムの思想』松宮秀治(白水社)

→紀伊國屋書店で購入 美術館が攻撃的で暴力的だなんて感じたこと、ある? 現在、大新聞の文化欄の過半がミュージアム(美術館/博物館)の催事案内で埋まっている。落ち目と言われる人文方面でも、いわゆるミュゼオロジー、展示の方法論・社会学だけは、美術…

『古代憧憬と機械信仰-コレクションの宇宙』 ホルスト・ブレーデカンプ[著] 藤代幸一、津山拓也[訳] (法政大学出版局)

→紀伊國屋書店で購入 ブレーデカンプに新しい人文学への勇気をもらう ホルスト・ブレーデカンプ(Horst Bredekamp、1947-)ほどその全貌を知りたいと思わせる書き手も少ない。マニエリスム奇園(ボマルツォその他)を調べても、ライプニッツの「組合せ術」を…

『アルス・コンビナトリア-象徴主義と記号論理学』 ジョン・ノイバウアー[著] 原研二[訳] (ありな書房)

→紀伊國屋書店で購入 『アムバルワリア』を読んだら次にすること チェスで人がコンピュータに勝てないと判ってからどれくらい経つか。感情や情念といった言葉を持ち出して、人にしか書けない詩があるという人々はなお多く、現に「詩」は相変わらずいっぱい書…

『シラーの「非」劇-アナロギアのアポリアと認識論的切断』青木敦子(哲学書房)

→紀伊國屋書店で購入 「疾風怒濤」を思いきって「ゴス」と呼んでみよう ゲーテは尊敬するが、愛するのは誰かと言われればシラーである、というのがドイツ人の口癖だとはよく聞く話だが、一体、いま現在の日本にとって古くて遠いドイツロマン派の劇作家・詩人…

『パラドックスの扉』中岡成文(岩波書店/双書 哲学塾)

→紀伊國屋書店で購入 「知」は何かを明らかにしつつ、他の何かを覆い隠してしまう 書評シリーズとして持つべき選択と論旨の連続性を少し破って伴田氏による19世紀末の天才パズルメーカーの作品集を取り上げたのは、実はこの『パラドックスの扉』とペアにして…

『巨匠の傑作パズルベスト100』伴田良輔(文春新書)

→紀伊國屋書店で購入 私たちは毎日パズルを解きながら暮らしているようなものだ 「心霊科学」の優れた研究書を取り上げた先回、シャーロック・ホームズの生みの親アーサー・コナン・ドイル卿が現実の世界の向こうに不可視の霊界があることを示そうとして、19…

『フランス<心霊科学>考-宗教と科学のフロンティア』稲垣直樹(人文書院)

→紀伊國屋書店で購入 フーコーの「タブロー」が降霊会の「テーブル」に化けた 科学とは何か、その終わりない発展過程を見ていると、それが拠るとされる観察や客観性そのものが時代や文化に規定された「パラダイム」や「エピステーメー」の産物である以上、特…

『マクルーハンの光景 メディア論がみえる』宮澤淳一(みすず書房)

→紀伊國屋書店で購入 これでもう一度、一からのマクルーハン 息せき切ったダミ声の大阪弁で、政財界への講演が一回で何百万という噂もあった時局コメンテータ竹村健一氏の名も姿も知らない学生たちの前で、マクルーハンのことを喋るのも妙なものだ。マクルー…

『フロイトとユング-精神分析運動とヨーロッパ知識社会』上山安敏(岩波モダンクラシックス)

→紀伊國屋書店で購入 「モダンクラシックス」の名に愧じぬ呆然の一冊 人文学がだめになったと人は言う。だが、そうでないどころか、上山安敏氏の『神話と科学―ヨーロッパ知識社会 世紀末~20世紀』、そしてこの『フロイトとユング-精神分析運動とヨーロッパ…

『ドイツ文化史への招待-芸術と社会のあいだ』三谷研爾[編] (大阪大学出版会)

→紀伊國屋書店で購入 ドイツ文学かて、やる人、ちゃんとおるやないの ドイツ起源の悠々たる文化史(Kulturgeschichte)を英米圏でマスターし、それをドイツ文化史の側へ恩返しし、カフカ研究を一新したマーク・アンダーソンの『カフカの衣装』(1992)は、例…

『ハプスブルク帝国の情報メディア革命-近代郵便制度の誕生』菊池良生(集英社新書)

→紀伊國屋書店で購入 速く、速く、速く、昼も夜も一刻も失うことなく 慶應義塾大学でドイツ文化を研究している人が「文化史興隆への期待」という一文を草して、ドイツでなら文化史(Kulturgeschichte)、文化学(Kulturwissenschaft)とでも呼ばれる領域横断…

『画文共鳴-『みだれ髪』から『月に吠える』へ』木股知史(岩波書店)

→紀伊國屋書店で購入 学と遊びが共鳴するこういう本をエロティックスと呼ぶ ギリシア神話の記憶の女神ムネモシュネの9人の娘がそれぞれ芸術の9分野を1つずつ担当したことから、例えば詩と絵はシスターアーツ [姉妹芸術] と呼ばれ、もとをただせばムネモシュ…

『ウェブスター辞書と明治の知識人』早川勇(春風社)

→紀伊國屋書店で購入 明治行く箱舟、平成の腐海にこそ浮けよかし 本書は、アメリカン・ルネサンスを代表する作家ハーマン・メルヴィルの『白鯨』冒頭を一種の引用辞典にして、それによって「クジラ」を定義するなど、辞書と辞書メタファーに敏感なところを示…

『視覚のアメリカン・ルネサンス』武藤脩二、入子文子[編著](世界思想社)

→紀伊國屋書店で購入 いまさらながら巽孝之には「おぬし、できるな」である 入子文子氏氏の「覇気」に触れた機会に、氏も共編者となった『視覚のアメリカン・ルネサンス』という論叢を紹介したい。「アメリカン・ルネサンス」とは薄幸の巨人的批評家F.O.マ…

『ホーソーン・《緋文字》・タペストリー』入子文子(南雲堂)

→紀伊國屋書店で購入 珍しくヨーロッパ・ルネサンスに通じたアメリカ文学者の大なた 英米文学研究の世界で驚倒させられることはそう滅多にないが、入子文子という名からして優雅で遊びめくこの研究者の覇気は、確かに驚倒すべきものである。御本人があとがき…