書評空間::紀伊國屋書店 KINOKUNIYA::BOOKLOG

プロの読み手による書評ブログ

阿部公彦(あべ・まさひこ)

『星を撒いた街』上林暁(夏葉社)

→紀伊國屋書店で購入 「〈である〉と私小説」 私小説が話題になるとき、上林暁は必ずしも筆頭にあがる名前ではないだろう。でも、4、5人のうちには入っているかもしれない。10人に枠を広げればまず当確。つまり、知ってはいても、意外に読む機会の少ない…

『ことり』小川洋子(朝日新聞出版)

→紀伊國屋書店で購入 「怖い声が聞こえる」 「ことり」とは「小鳥」のことだが、平仮名になっていると擬音語の「ことり…」も連想されるだろう。さらに作品の後半では、ある禍々しい意味がちらっと示される。私たち読者は早くこの胸騒ぎから解放されたいのだ…

『評伝小川国夫 ― 生きられる〝文士〟』勝呂奏(勉誠出版)

→紀伊國屋書店で購入 「作家と失敗」 文学研究について不安を持つ人は多い。いったい何を「研究」するんですか?と。文学ってそういうもんじゃないでしょう?と。でも、そうでもないのだ。文学についてあれこれ知的探究をすることは十分に可能なのである。た…

『なんらかの事情』岸本佐知子(筑摩書房)

→紀伊國屋書店で購入 「岸本道場の掟」 出た、と思った人も多いだろう。 『気になる部分』『ねにもつタイプ』につづく〝タイトルが七五調〟シリーズのエッセイ集第3弾。今回はちょっと字余りだが、細かいことは気にしなくていい。 電車の中で読んではいけな…

『永遠まで』高橋睦郎(思潮社)

→紀伊國屋書店で購入 「異時間体験の方法」 詩を読む人が少なくなっている理由のひとつは、日常生活の中に〝詩のための時間〟がないことだと思う。詩には、ふつうの時間とはちょっと違う時間が流れている。ふだんの生活にひたったまま接するのは難しい。だか…

『イギリスの大学・ニッポンの大学 ― カレッジ、チュートリアル、エリート教育』苅谷剛彦(中公新書ラクレ)

→紀伊國屋書店で購入 「東大って、やっぱりダメなの?」 オックスフォード大学との比較を通し、日本の大学、とくに東大を批判する――たいへんわかりやすい図式だと思う人もいるかもしれないが、ややトーンの変わる第三部に至って、語ろうとする内容をはみ出さ…

『森敦との時間』森富子(集英社)

→紀伊國屋書店で購入 「これというものをひとつ書けばいい」 森敦は、その実人生の「物語」で知られた人である。作家を志して旧制一高を中退、菊池寛や横光利一の推挙で若くして文壇デビュー。太宰治をはじめ当時の花形作家とも交わり、22歳にして『東京日…

『雲をつかむ話』多和田葉子(講談社)

→紀伊國屋書店で購入 「つべこべの行方」 筆者のまわりにも多和田葉子ファンがけっこういて、そういう人たちは『雪の練習生』を絶賛する。あれを読んでしまうとホッキョクグマに対し、もぉ、ただではすまないような感情が湧いてしまうのだ!とみな熱弁を奮う…

『ケータイ化する日本語 ― モバイル時代の〝感じる〟〝伝える〟〝考える〟』佐藤健二(大修館書店)

→紀伊國屋書店で購入 「ケータイ作法のポリティクス」 以前、週刊誌の中吊り広告に、「(笑)という記号をメールで多用する女性は結婚しない可能性大」というような見出しがあって何となく気になっていたのだが、結局読むのを忘れてしまった。あれはいったい…

『共喰い』田中慎弥(集英社)

→紀伊國屋書店で購入 「ぬるぬる的思考」 よけいなお世話かもしれないが、ひとつ心配をしていた。例の受賞会見で変な注目のされ方をして、この人は本来の読者を取り逃してしまったのではないか、と。多数派ではなくとも寡黙で熱心なファンに守られ、執拗に書…

『ドリアン ― 果物の王』塚谷裕一(中公新書)

→紀伊國屋書店で購入 「ドリアンと〝消える魔球〟」 本書の冒頭に、「ドリアンという言葉を聞くと、たいがいの日本人はにやりとしはじめる」とある。さっそく、ある飲み会の席上「すいません、実はドリアンのことなのですが…」と切り出してみると、あら不思…

『岡崎京子の仕事集』岡崎京子著 増渕俊之編(文藝春秋)

→紀伊國屋書店で購入 「中高年でも入門できます」 ご多分に洩れず、筆者も『リバーズ・エッジ』を起点に〝岡崎めぐり〟を始めた男性読者の一人である。いや、小学生の頃はそれなりの漫画読みとして鳴らしたつもりだが、中学から入った寮が「漫画禁止」&「見…

『括弧の意味論』木村大治(NTT出版)

→紀伊國屋書店で購入 「理想の授業」 何とまあ、いい感じに地味なタイトルだろう。こういう本はぜったいにおもしろいはず!と期待感とともに手に取ったが、予想以上に興奮した。「理想の授業」を受けたような気分である。若い頃にこんな授業を受けていたら人…

『失われた時を求めて1 スワン家のほうへI』プルースト作・吉川一義訳(岩波書店)

→紀伊國屋書店で購入 「プルーストの投球術」 プルーストは誤解されやすい作家だ。『失われた時を求めて』と聞くと、まず思い浮かべるのは難解な文章でつづられる曖昧模糊とした世界と、あふれるナルシシズムとスノビズムとノスタルジア、それと目もくらむほ…

『会社員とは何者か? ― 会社員小説をめぐって』伊井直行(講談社)

→紀伊國屋書店で購入 「立派にならない評論」 文芸誌に一年以上にわたって連載された「会社員小説をめぐって」が本になった。変わった評論である。表題のとおり、とりあげられるのは「会社員」の出てくる作品ばかり。夏目漱石から源氏鶏太、楡周平、庄野潤三…

『三月兎の耳をつけてほんとの話を書くわたし』川上亜紀(思潮社)

→紀伊國屋書店で購入 「散文って窮屈じゃないですか?」 10年前の「グリーンカルテ」を読んで以来、何となく気になってきた書き手である。「グリーンカルテ」は数年前ついに単行本となったが、必ずしも多作な人ではないから、新しい作品が出て「あ、出た」…

『マザーズ』金原ひとみ(新潮社)

→紀伊國屋書店で購入 「Butのいらない小説」 飲み会で学生に、「最近、おもしろい小説読んだ?」と訊いてみることがある。日本の小説。今、書かれている小説。そんな含みを持たせると、大学院生などかえって答にくいようだが、ときどき「あ、そういえば、金…

『「マルタの鷹」講義』諏訪部浩一(研究社)

→紀伊國屋書店で購入 「文学研究の硬派と軟派」 諏訪部浩一さんは研究者としては「硬派」である。たとえば、諏訪部さんの授業では一冊の小説を何年もかけて読むらしい。一回の授業で読むのは数頁、一年でも数十頁という勘定である。実に禁欲的なやり方だ。十…

『巨魁』清武英利(ワック)

→紀伊國屋書店で購入 「単なる暴露本とは少しちがいます」 朝日新聞のスクープと連動した暴露本だと思う人もいるかもしれないが、暴露や告発の部分の比重はそれほど大きくない。むしろ清武氏が巨人に在籍した7年あまりに何があったかを、意外と前向きに語っ…

『安部公房の都市』苅部直(講談社)

→紀伊國屋書店で購入 「安部公房は苦手ですか?」 安部公房が苦手、あるいは手に取ったことがないという人にこそ読んでもらいたい本だ。よくできた評論というのはたいていそうなのだが、本書もこちらに何かを強制するということがない。「まあ、こんな話もあ…

『世界は文学でできている ― 対話で学ぶ〈世界文学〉連続講義』沼野充義(編著)(光文社)

→紀伊國屋書店で購入 「聞き上手不要」 沼野充義という名前をよく見かけるが、どこから読み始めていいかわからないという若い人には、案外この本はいいかもしれない。これは沼野氏が〝書いた〟というよりは〝しゃべった〟ものだが、濃密な沼野トークがたっぷ…

『深沢七郎外伝』新海均(潮出版社)

→紀伊國屋書店で購入 「天才作家の苦い味」 何しろ、あの深沢七郎である。伝記的事実の記述だけで十分スキャンダラス。実際、本書からは深沢の破天荒な生き方が生々しく浮かび上がってくる――そういう意味ではすぐに作品を手に取りたくなるような格好の「深沢…

『きなりの雲』石田千(講談社)

→紀伊國屋書店で購入 作家の中には見るからにおっかない顔つきの人がいる。下手に質問すると、イラッとした目つきで睨まれ「さっき言ったでしょ?」と露骨な不機嫌をつきつけられる。こういう人の作品もたしかにのぞいてみたくはなるが、ちゃんと読むにはそ…

『石の記憶』田原(思潮社)

→紀伊國屋書店で購入 「《は》の効用」 すごい詩人が現れたものだ。これなら現代詩アレルギーのひとにも自信を持って薦められる。おおらかで、力強くて、土の中から生えだしてきたかのような安定感がある。それでいて実に柔軟。間接がやわらかいのだ。まさに…

『パミラ、あるいは淑徳の報い』サミュエル・リチャードソン著、原田範行訳(研究社)

→紀伊國屋書店で購入 「パミラはいったい何をしたのか?」 ついに『パミラ』の翻訳が出た。1740年版の初版テクストを元にしたものは本邦初訳。記念すべき出来事である。パミラはおそらく英文学史上もっとも有名な人物のひとりだが、考えてみるとその実像は意…

『定本 見田宗介著作集 Ⅵ 生と死と愛と孤独の社会学』見田宗介(岩波書店)

→紀伊國屋書店で購入 「社会学vs文学」 大作家と言われる人でもなかなか個人全集が出ない時代である。そんな中で見田宗介/真木悠介著作集の刊行がはじまった。意味深いことである。 たとえば今、本を読むのが好きで、物を考えるのも好きで、「生」とか「愛…

『不作法のすすめ』吉行淳之介(中公文庫)

→紀伊國屋書店で購入 「遊郭と退屈とダンディの奇妙な三角関係」 退屈はたいへん深遠なテーマである。でも、なぜか正面からは語りにくい。その理由は…?などと國分さんのおかげで考えはじめたときに、ちょうど良い本を手に取った。吉行淳之介『不作法のすす…

『暇と退屈の倫理学』國分功一郎(朝日出版社)

→紀伊國屋書店で購入 「退屈について教えてあげよう」 「退屈」はきわめて深遠なテーマである。パスカル、ニーチェ、ショーペンハウエル、キルケゴール、ハイデガー……近代ヨーロッパのおなじみの思想家たちはいずれも「退屈」に深い関心をよせ、あれこれと考…

『数学的思考の技術 ― 不確実な世界を見通すヒント』小島寛之(KKベストセラーズ)

→紀伊國屋書店で購入 「村上春樹と数学入門」 書店の新書コーナーには昔から「あんたでも数学がわかるかも?」的ジャンルがある。はて。それほどみんなが数学をわかる必要があるのだろうか。この間、「日本人の9割は英語がいらん!」というような本が出てい…

『兄 小林秀雄との対話 ― 人生について』高見沢潤子(講談社)

→紀伊國屋書店で購入 「鉄の胃」 小林秀雄に「母」がいたのは有名だが、妹がいたとは知らなかった。その妹が、兄秀雄とかわした会話をまとめたという本書を読み始めて、筆者は衝撃を受けた。何しろ、あの小林秀雄がこんなしゃべり方をしているのだ。 「なん…