「ニューヨーク気分に浸れるエッセイ集」
ニューヨークの街と切っても切れない関係の作家たちがいる。その作家のことを考えるとニューヨークを思い出し、ニューヨークのことを考えるとその作家たちのこと思い出すという具合だ。
ウディ・アレンやジェイ・マキナニー、それにキャンディス・ブシュネルなどがそんな作家たちだ。そして、ノーラ・エフロンもとてもニューヨークの街を感じさせてくれる。
エフロンは映画「恋人たちの予感」では脚本を担当し、「めぐり逢えたら」「ユー・ガット・メール」「奥様は魔女」で監督・脚本を務めた。
映画分野で知られているエフロンだが、彼女はもともとジャーナリストで、ニューヨーク・ポスト紙の記者だった(ニューズウィーク誌のファクトチェッカーからニューヨーク・ポスト紙の記者に転身した)。
エフロンはいま69歳になり3度目の結婚生活をニューヨークで送っている。彼女の2度目の結婚相手はニクソン大統領のウォーターゲート事件を暴いたジャーナリストのカール・バーンステイン。2人目の子供を身籠っている時に、バーンステインが浮気をしていることを発見し離婚をする。この時の顛末は彼女の最初の本となる「Heartburn」に書かれてある。この本はジャック・ニコルソン、メリル・ストリープ主演の邦題「心みだれて」(脚本:ノーラ・エフロン)という映画になった。
今回出版されたのは、彼女のエッセイが22本収められている「I Remember Nothing」。
エッセイのひとつ「Journalism: A Love Story」では、1962年の記者ストライキでニューヨーク・ポスト紙が発行されない間にポスト紙のパロディ新聞の発行に参加した話が書かれてある。エフロンはポストに連載されていたレオナード・リオンズを真似てゴシップ・コラムを書いた。ポスト紙の編集者たちはエフロンたちを訴えようと言ったが、社主のドロシー・シフは「馬鹿なことを言わないで。ポストのパロディを書けるならポストにも書けるはずだわ。雇いなさい」と言い、彼女を雇うよう命令した。ニューズウィークのファクトチェッカーだったエフロンはこの話に飛びついた。
ニューヨーク・ポスト紙は当時ニューヨークで発行されていた7つの新聞のひとつで、アフタヌーン・ペーパー(午後の新聞)としての地位を築いていた。モーニング・ペーパー(朝の新聞)との違いは「Who What Where Why When and How」のいわゆるファイブWとワンHで書くその日の一番ニュースを知らせる新聞ではなく、視点を持ってその出来事を解説していく点にあった。記事に視点があるため人々はモーニング・ペーパーのほかにアフタヌーン・ペーパーを買った。エフロンは自らの視点や意見を込めて記事を書いた。
そうしてもひとつニューヨーク・ポストで学んだことはどんな記事を任されても「それは何ですか」「どうやってその人にコンタクトを取るのですか」「それは知りませんでした」と言わないこと。記事を任されたあとに自分の机に戻って自分のコンタクトを使って何をしたらよいかを見つけ出すことだった。
また表題の「I Remember Nothing」では、エフロンがビートルズのアメリカ上陸を新聞記者としてリポートし、あの有名のエドサリバン・シアターの舞台裏にいたことを書いている(60年代はこの日から始まったといえる)。彼女はファンの少女たちが馬鹿みたいな様子だったことを憶えているが、ビートルズがどんなふうだったか憶えていない。
また、彼女は67年におこなわれたワシントンD.C.での反戦マーチに参加した。彼女は当時のボーイフレンドだった弁護士と一緒にこの反戦マーチに出かけたが、ホテルでほとんど一日中セックスをしていた。マーチのことは全然憶えていなくて、ペンタゴンに行ったかどうかさえも思い出せない。一方、ノーマン・メイラーはこのマーチのことだけで一冊の本「The Armies of the Night」を書き、ピューリッアー賞を受賞している。自分はこの日について2パラグラフだけしか書けないと言う。
その他、映画の話やニューヨークのレストランのエッセイ(彼女の名前を冠したミートローフの話)など、期待を裏切らない面白さだ。
1作が数ページと短く読みやすく、ニューヨークの街の楽しさが体感できる作品なので、ニューヨーク好きな人や気軽な作品を読みたい人にお勧めだ。