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2007年11月29日

『こころを癒す音楽』北山修(講談社)

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「精神科医も人の子だった。」

「オラは死んじまっただ~」のザ・フォーク・クルセダーズといえば、ある世代以上の人なら誰でも知っていると思う。加藤和彦らと共にそのメンバーであった北山修はその後、精神科医となり、現在は九州大学で教鞭をとっているらしい。この本は、その北山が自分の研究室のプロジェクトの成果として編集したものだ。・・・といっても決して難しい学術書などではない。とても平易に読み進むことの出来るエッセイ集の如き内容になっている。

そのプロジェクトは、人々が「癒された」と感じた音楽を集め、その楽曲の性質や傾向を調べるというもので、臨床心理学や医療を職務とする北山の仲間たちにアンケートをとり集計するところから始められた。アンケートの内容は、自分が癒されたと感じた曲を、ジャンルを問わず20曲あげてもらうというもので、その集計結果のトップ50曲や、世代別ベスト10などがリストになってこの本に載っている。

しかし、この本のメインとなる内容はそのリストではなく、このアンケートに答えたセンセー方が各人おススメの1曲を選び、その曲に対する思い入れをたっぷりと述べている文章だ。文体はもちろん、内容、方向性もバラバラで、曲に関する純粋な思い出話であったり、なぜ自分がその曲によって癒されたと感じたのかの自己分析であったり、中には楽曲解説のような記述まである。かなり個人的に突っ込んだものもあれば、ちょっとおすましな文章もあり、その統一感の無さが各人のキャラクターを浮き彫りにしていて楽しい。

私は、臨床心理士のようなセンセー方は、何の迷いも憂いも無く、ごく平和に暮らしている超健康的精神の持ち主ばかりだと思っていたが、彼らの文章を読んでみると、意外に人間くさいことに驚く。いや、むしろ人並み以上にセンシティヴで、自らの心の悩みをやっとのことで乗り越え、その経験を生かして臨床にあたっている場合も多いようなのだ。センセー方が選んでおられる音楽が、クラシック、ジャズ、フォーク、歌謡曲、童謡、など多岐にわたっていることも興味深く、また何かホッとする思いがある。

この本を読んで音楽が持つ大きな力を再認識した私は、人々に音楽を提供する音楽家の端くれとして、ちょっと誇りを感じてしまった。別に私が褒められたわけではないのだが・・・。

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2007年06月05日

『加藤恕彦留学日記-若きフルーティストのパリ・音楽・恋』加藤恕彦(聖母文庫)

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「アルプスに消えた幻のフルーティスト」

人の日記を読むのがおもしろいなどと言ったら趣味を疑われてしまいそうだが、この日記は是非読むことをお勧めしたい。

日記を書いたのは、若き有望なるフルーティスト。生きていたらとっくに還暦を過ぎているはずの、知る人ぞしる幻のフルーティスト加藤恕彦(ヒロヒコ)なのだ。
彼は慶応大学を出てからフルートでパリへ留学、ミュンヘンコンクール(世界的にもっとも権威あるコンクールの一つ)に入賞し、モンテカルロのオーケストラに首席奏者として入団。世界の注目を浴び、これからと言うところで新妻と共にアルプスの山に消えてしまった。

日記は留学した日から一年間ほどで途絶えるのだが、それは、後に妻となったオーボエ奏者マーガレットとの親交が深まる時期と一致する。寂しい異国で考えたことや決心したことを話す相手が見つかったため、独白を日記に書き付ける必要がなくなったのかもしれない。(と、加藤の姉も後書きに書いている。)
大切な遺品でもあるこの日記を公開するに当たり、当然、残された両親や姉の判断があったわけだが、演奏会の録音をCDにするのとはわけが違う。日記なのだ。勇気のいる判断だったと思う。ただ、読んでみるとわかるが、人の悪口も一切無い上、人柄の良さがにじみ出ている文章で、一人でも多くの人に読んでもらいたいと親族が思うのも無理はない。

日記の内容は日常の些細な生活のことから友人関係のこと、宗教(彼はとても熱心なカトリック信者なのだ。)のこと、ヨーロッパ内での旅行の記録やコンサートのこと。それぞれに感想とも評論とも言えるようなものが付いていて、これがなかなか芯を喰っていておもしろい。フランスにおける音楽のことはもちろん、そのほかの文化や芸術についても、広く見聞きし、いちいち彼がそれらを消化していく課程が手に取るようにわかる。その考察の深さは、彼が当時二十代であったことを思うと驚異的に早熟であり、天才とはこういうものかと四十をとうに超えた私は愕然とするのだった。
もしも彼が長く生きていたら日本の音楽界はもっとずっとスリリングなものになっていたかもしれない。

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2007年02月26日

『外国生まれの童謡の謎』合田道人(祥伝社)

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音楽関係の本には一般の人にとってチンプンカンプンなものもたくさんあるが、この本は日本人なら誰でも「ほうほう、そうだったのか」と気楽に読める。

まず本の題名を見たとき、童謡に謎なんてあるのだろうか?と半信半疑でパラパラとページをめくってみて驚いた。「クラリネットこわしちゃった」に出てくる「オパキャマラド」とは何か?とか、「おおブレネリ」で住まいを尋ねられてどうしていきなり国名を答えちゃうのか?とか、そういえばわからない事がたくさんあるではないか。私のように性質の悪いあげ足取りの人間が、今までこのような疑問を平然と放置してきたのはちょっとした不覚だったが、謎自体に気づいていなかったのだからどうしようもない。

子供というのは純粋なものだからなんでも受け入れてしまう。(私だって子供の頃は純粋だったのだ。)だから子供が歌う童謡の歌詞に、矛盾点や意味不明な部分があってもそのまま飲み込んでしまう。そういう、うっかり味わわずに飲み込んでしまった歌を胃の中から引っ張り出して目の前にさらけ出してくれて、もう一度味わい直させてくれるのがこの本だ。全くこの本にかかると自分が牛になったようだ。


著者のプロフィールを見ると、シンガーソングライターとしてデビューした後、音楽番組の構成演出などを手がけ、CDの監修や解説、司会までこなしている。そのマルチ人間ぶりからも雑学博士であることは間違えないだろう。「案外知らずに歌っていた童謡の謎」(2002年刊)という本を書いて以来、童謡の謎をテーマに何冊もの著作がある。重厚な内容でないとはいえよくネタが尽きないものだと思う。仕事や勉強に疲れたとき、漫画や週刊誌を読む感覚で息抜きをしながら物知りになれる本だ。
コレを読んで、宴会の時にちょっとしたモノシリ君として、話題の中心になろうではないか。


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2007年01月11日

『ハワイ音楽パラダイス』山内雄喜・サンディー(北沢図書出版)

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「ハワイの風が吹く本」

 ハワイに一度でも行った人は、あの島に吹く不思議にやさしい心地よい風を覚えているだろう。まさにあの風がこの本の中に吹いている。

 この本は、ハワイ音楽のエキスパートでスラックギター奏者の山内と、フラダンスも踊る歌手サンディーの対談を基調とした構成で成り立っている。ところどころに挟まるコラムではハワイやハワイ音楽についてわかりやすく解説してあるので、たとえばスラックギターという楽器を知らない人(私もこれを読むまで知らなかった)でも、読んでいるうちにその機能はもちろんその楽器の心までわかり、彼らの世界に入り込めるようになっている。

 山内は少年時代に聴いたハワイ音楽にあこがれて、大学卒業後単身ハワイに乗り込む。飛び込みで門をたたいて内弟子となった先のギタリストやその仲間たちは、まさにハワイの風が育んだネイティヴハワイアン気質。優雅とすら呼べる彼らの生き様がなんとも面白い。彼らの生活の中に飛び込んで暮らした山内は、音楽の楽しみを大切にしたいからと、あえてアマチュアの道を選ぶ。帰国後家業を継いだという彼の本業はなんとコンニャク屋だ。コンニャクもイモから作るせいか、ハワイの人々の昔ながらの主食であるタロイモにも妙な親しみを感じるという。
 一方サンディーは、生まれは日本ながらハワイ育ちである。朝早くハチと戦いながら採ってきた花で作ったレイをつけて踊ると、自然から力をもらえるようでいくらでも踊れると言う。上手なフラはすばらしい風を生み、その風が見る者を包み込む。ハワイの歌や踊りは自然と切っても切れないもので、それは自然体で生きていくことにつながると言う。感覚的な内容ながらも幸せの青い鳥の所在が見えてくる感じがする。

 二人の素朴なミュージシャンの気張らない会話に溶け込み、同席しているような錯覚を覚えながら読み進むうちに、気がつくと自分が抱えていたつまらない焦りがすうっと消えていくのを感じた。
 日本に居ながらにしてハワイに連れて行ってくれる、行間からパラダイスの香りがしてくる本である。

(文中敬称略)


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2007年01月06日

『森のうた』岩城宏之(講談社文庫)

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「忘れかけていた青春をイヤという程思い出させられた」

 岩城宏之と山本直純という二人の指揮者が過ごしたハチャメチャで、だけどかけがえのない学生時代を岩城さん自身が回想して書いた本である。そこには、青春というひとことではかたづけられない程の情熱のもの凄さと小学生並みの欲望がある。
忘れかけていた青春をイヤという程思い出させられたし、また、音楽家がなぜ音楽をするのかも考えさせられた。

 二人が芸大に入学するところから始まって、指揮科でもない二人がまんまと学生オーケストラを組織し、その指揮者となってコンサートを成功させるまでの笑い転げる実話(?)の数々が綿々と綴ってある。この二人はなぜそこまで指揮をしたいのかわからないが、とにかく、どんな手を使ってでも指揮をしようとするのだ。ある時は人を騙し、ある時は人をおだてながらも、二人は指揮の仕方で大げんかをしたり、失恋を慰め合ったり。他に登場する若き音楽家のタマゴ達もそれぞれにキャラの立った存在で、なかなかおもしろい。

 外国にも簡単に行ける。どんなものでも簡単に手に入る。そんな時代になった今だからこそ失ってしまったのかもしれない人間の本能とも言える欲望をむき出しにして生きていた青年達。人に迷惑をかけて良いということは無いのだろうけど、この本の登場人物達は妙に魅力的だ。

 著者の岩城さんとドタバタを繰り広げるもう一人の主人公である山本直純は何をかくそう私の父である。だから、こんな本をココで紹介するのはちょっと恥ずかしいというか、アレなんだけれども、是非多くの人に読んでもらいたいと思う本なのである。2人ともあっちに逝ってしまった今、この本は2人からの遺言にすら思える。というと湿っぽすぎるのだけど、実際この本はまったく湿っぽくない。「俺たちの時代はこんなだったけど、こんな事をしたぞ。お前達は、今、何をするんだ?」と問いかけられている気がしてならない。音楽家である私にとって特にそう感じるのかも知れないが、いや、音楽家でなくとも時代による人々の雰囲気の違いには似たようなものがあるだろう。だがら、現代を生きるすべての人々に、本能的な情熱を喚起する貴重な本としておすすめしたい。

 と、ここまで書いて、この本が入手困難な状態にあることがわかった。でも折角書いた紹介文なのでアップさせて頂いた。この文を読んで本が欲しくなった方々、やり場のない気持ちにさせたことをお詫びします。いつか出版社が再版してくれることを祈りつつ・・・


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