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2007年06月05日

『加藤恕彦留学日記-若きフルーティストのパリ・音楽・恋』加藤恕彦(聖母文庫)

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「アルプスに消えた幻のフルーティスト」

人の日記を読むのがおもしろいなどと言ったら趣味を疑われてしまいそうだが、この日記は是非読むことをお勧めしたい。

日記を書いたのは、若き有望なるフルーティスト。生きていたらとっくに還暦を過ぎているはずの、知る人ぞしる幻のフルーティスト加藤恕彦(ヒロヒコ)なのだ。
彼は慶応大学を出てからフルートでパリへ留学、ミュンヘンコンクール(世界的にもっとも権威あるコンクールの一つ)に入賞し、モンテカルロのオーケストラに首席奏者として入団。世界の注目を浴び、これからと言うところで新妻と共にアルプスの山に消えてしまった。

日記は留学した日から一年間ほどで途絶えるのだが、それは、後に妻となったオーボエ奏者マーガレットとの親交が深まる時期と一致する。寂しい異国で考えたことや決心したことを話す相手が見つかったため、独白を日記に書き付ける必要がなくなったのかもしれない。(と、加藤の姉も後書きに書いている。)
大切な遺品でもあるこの日記を公開するに当たり、当然、残された両親や姉の判断があったわけだが、演奏会の録音をCDにするのとはわけが違う。日記なのだ。勇気のいる判断だったと思う。ただ、読んでみるとわかるが、人の悪口も一切無い上、人柄の良さがにじみ出ている文章で、一人でも多くの人に読んでもらいたいと親族が思うのも無理はない。

日記の内容は日常の些細な生活のことから友人関係のこと、宗教(彼はとても熱心なカトリック信者なのだ。)のこと、ヨーロッパ内での旅行の記録やコンサートのこと。それぞれに感想とも評論とも言えるようなものが付いていて、これがなかなか芯を喰っていておもしろい。フランスにおける音楽のことはもちろん、そのほかの文化や芸術についても、広く見聞きし、いちいち彼がそれらを消化していく課程が手に取るようにわかる。その考察の深さは、彼が当時二十代であったことを思うと驚異的に早熟であり、天才とはこういうものかと四十をとうに超えた私は愕然とするのだった。
もしも彼が長く生きていたら日本の音楽界はもっとずっとスリリングなものになっていたかもしれない。

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