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    UBIQUITOUS MEDIA : ASIAN TRANSFORMATIONS
    ユビキタス・メディア:アジアからのパラダイム創成
    ―The Theory Culture & Society 25th Anniversary


    会期: 2007年7月13日(金)~16日(月・祝)
    場所: 東京大学 本郷キャンパス 安田講堂、工学部2号館
    基調講演者
    フリードリヒ・キットラー/蓮實重彦/キャサリン・ヘイルズ/マーク・ハンセン/ベルナール・スティグレール/バーバラ・マリア・スタフォード
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    〈 愛好者 Amatorat 〉をめぐって
    モバイル環境による「クリティカル・スペースの創出」の試み


    2007年7月11日(水)13:00~/東京大学教養学部 18号館 ホール
    パネリスト
    ベルナール・スティグレール(ポンピドゥーセンター研究開発部長)
    藤幡正樹(東京藝術大学教授・大学院映像研究科長)
    石田英敬(東京大学教授・大学院情報学環副学環長) ほか
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2007年04月19日

『グラモフォン・フィルム・タイプライター』フリードリヒ・キットラー(筑摩書房)

グラモフォン・フィルム・タイプライター〈上〉 グラモフォン・フィルム・タイプライター〈下〉
→bookWebで購入<上>(ちくま学芸文庫)
→bookWebで購入<下>(ちくま学芸文庫)

●「メディア論的啓蒙の書」

 本書は、フリードリヒ・キットラーの第四番目の書籍であり、『書き込みのシステム 1800/1900』(未邦訳)と並ぶ主著の一つである。最近では情報工学への言及が多いキットラーだが、彼が初期のドイツ文学研究からメディア(史)論へとその知的関心をシフトさせていくなかで、本書は書かれたものだ。

 前著『書き込みのシステム』でも『グラモフォン』(以下、引用文はGFTと表記)においても、キットラーは、フーコーが「言葉と物」をめぐる考古学的考察において、スキャンダラスにも「人間の終焉」を見出した20世紀初頭以後に、おりしもフーコーが言説分析を行う際に準拠した「言葉の終焉」を看取する。本書では、そのことを「フーコーのディスクール分析は、音の保管庫、映画のリールの山を前にして機能不全に陥ってしまう」(GFT:16)と述べている。――フーコーの言辞を額面どおりに受け取る必要はないが、――確かに、言説分析は「テクスト、書物、作品などを貫いてのそれら〔諸言説〕の匿名の分散を、記述する」(Foucoult:92)思考スタンスなのである。キットラーがフーコーに語りかけるのは、≪1800(19世紀末のニュー・メディア登場以前)≫を支配する知の集積のありよう(アルシーヴ)が、ほかならぬ≪1800≫における「文字」という書き込みのシステムの効果であること(北田:63)であり、≪1900(ニュー・メディア登場以後)≫においては、「「人間」を支える書字の独占が終焉」(GFT:155)したことなのである。

 本書でキットラーは、≪1900≫に誕生するニュー・メディア技術(グラモフォン・フィルム・タイプライター)と精神分析学をめぐる、抜き差しならぬ共犯関係を丹念に記述していく。キットラーは「現代の精神分析学における方法論的区別が、メディアによる技術的区分と寸分のちがいもなく重なっている」(GFT:31)と言い、ラカンの精神分析を下敷きにして「サンボリックなもの=タイプライター/イマジネールなもの=フィルム/リアルなもの=グラモフォン」というメディア区分を設ける。≪1900≫における書字/視覚/聴覚の技術的な差異化と新たな身体性の経験。これがここでの骨子である。上記の記述からも分かるように、分析枠組みとして準拠するラカンの精神分析でさえも、本書ではフロイトとともに歴史記述上での分析対象として包摂されている。ここにキットラーのトリッキーさがある。

* * *

 かつてソシュールらが明らかにしたように我々は、言語の分節機能が働く世界に生きている。キットラーによれば、それは≪1800≫の地平に留まる。音響上のあらゆる出来事を、それ自体としてそのままに記録し保存するグラモフォン(蓄音機)の発明は、言語によって捕捉不可能な領域を開拓した。我々の身体が経験するのは、もはや言語に託された意味世界だけではない。それは言語や記号の秩序にさきがけて表れる理解不能なノイズやざわめきである。「信号とノイズがめちゃくちゃに入り交じって、録音してもなんの意味もないし、聞こえてくるのは、・・・せいぜい始原のざわめきでしかない」(GFT:114)。音響メディアは「言語による分節化を無効」(GFT:42)にし、言語の混乱と無意識の領野、すなわち言語では表現不可能なリアルなものを再生可能にする。だからこそ、フロイトによってなされた「無意識」を析出するための「トーキング・キュア」は、まさに、リアルなものが録音できる蓄音機において可能になったのであり、また「マジック・メモ」は、針先によってレコード盤に刻み込まれる音溝とのアナロジーにおいて「発見」されたのである。たとえば、自分の声を録音しそれを聞いたとき、我々は「これが自分の声か!?」と驚く。そのとき、私の身体が「寸断」されていることに気づく。録音による再現以外では、自身では聴取不可能な頭蓋骨に反響した自分の声、すなわち他人に聞こえる自分の声。それは自分にとってのリアルなもの、すなわち「始原のざわめき」である。キットラーは「頭蓋骨の溝」を「蓄音機のシリンダーに刻み込まれた音溝」に見立てたが、このように考えてみると、それは言い当て妙である。

 グラモフォンでは音声データの「再生・保存」が可能になったのに対して、フィルム(映画)では映像データの「操作・編集」が可能となる。フィルム・トリック、モンタージュ、カット、スローモーション…。その効果として、1秒当たり24コマに切断され編集させられた身体は、それを見る者によって「映画のスクリーン上だと動きがなめらかに持続しているように錯覚される」(GFT:30)。映像に映し出される自分をみて、人間は自身の身体が切れ目なく動いているように、そして自己を永続性を備えたひとつの統一体として想像する。それは「これが自分か!」と想像する歓喜の瞬間である。≪1800≫においてロマン主義小説や文学が担っていた自己の想像力の喚起という役割は、≪1900≫以降では映画という映像編集メディアに託される。しかし両者が掻き立てる想像力は同形ではない。文学の読者が思いめぐらす想像力が統一性を保っていたとすれば、映画の観客における想像力は分散的である。映像に映る自己とはそれが自分のようにみえるだけで、ほんとうは映像編集技術を施されたものの幻視、ドッペルゲンガーでしかない。歓喜の瞬間はつねに一時的で最終的には失敗に終わる。≪1800≫において、絶対に欺かれることがないと信じられていた主体は、絶えず切り替えられ、置き換えられ、欺かれていくのである(GFT:256)。人間の視覚による映像の認識と、映画の視覚作用による自画像の誤認。ラカンにおいて「鏡像」に位置するイマジネールな世界とは、キットラーにおいては「動く鏡像」、つまり映画のスクリーンの世界なのである。このとき「映画=イマジネールなもの」ということに最も敏感であったのは、実は「鏡像=イマジネールなもの」を発見した精神分析学自身なのである。キットラーは言う。ラカンが鏡を見て喜ぶ幼児の姿をフィルム映像に収めていたことは偶然などではない、と(GFT:30)。つまり、ラカンがイマジネールな世界を発見したそのとき、彼自身すでにイマジネールな世界の住人であったのである。 

 最後にサンボリックな世界。ここでタイプライターは――発明時期においては上述の2メディアに先行するタイプライターが、本書末部に据えられていることからも――メディア技術の歴史にとっては傍証的な扱いとなっているようにもみえる。そこでは身体性とともに「性差」に視点がある。「タイプライターは映画のようにイマジネールなものを煽りたてることはできず、蓄音機のようにリアルなものをシミュレートすることもできない。それはただ書く者の性を転倒させるだけなのだ」(GFT:284)。≪1800≫の文字・書字という書き込みシステムに裏付けられた作者=男性性という特権は、タイプライターの登場によって女性化(女性秘書・作者の登場)し、のちに書記行為は脱・性化される。「機械による自動筆記は、古典的な尖筆による男根ロゴス中心主義を無効にしてしまう」(GHT:316)。デリダは男根中心主義や音声=ロゴス中心主義という用語を用いて、西洋形而上学の中心原理の頓挫(脱構築)を戦略的に試みたのだが、キットラーはそれを「タイプライターの登場」というきわめて歴史技術的な「事実」として説明する。ここから理解できるように、キットラーのいうサンボリックなものとはラカンの象徴界の単なる焼き写しではない。つまり≪1900≫以後の象徴界とは、父(言語を操る男性作者)のいる世界ではない。それは脱・性化されたうえで、言語記号の差異性が極端に徹底化、先鋭化された世界なのである。この徹底化は言語がもたらしたような安定的な世界を招きはしない。なぜなら、タイプライターの書字は言語の分節化作用によって安定性を保持していた意味世界を、さらに分節化(むしろ細分化)する。そこでは、シニフィアンとシニフィエの関係は、たとえば、筆跡上の「rose」と<バラ>から、キーボード上の「「r」「o」「s」「e」「Enter」」と<バラ>へと変換される。一定の間隔(スペース)を伴って配列された機械的なアルファベットと数字記号=タイプライターの書字。それは、文章の意味を拾いながら、行書や草書のように文字間を流れるように繋げていく筆跡上の経験とは異なる。あるテクストの文章を手書きではなくキーボードを使用して転写するとき、まれに、その文章を理解せずに打ち込んでいる自分に出会う。意味の捕捉とは別に自動的にタイプライトしてしまう自分。これこそが、キットラーの言うサンボリックなもののありかを端的に物語っている。ラカンは、主体化の契機が象徴界における言語であることを示したが、タイプライターは我々を主体化させると同時に、主体化をつねに脱臼させる。つまりタイプライター以後、我々は言語の世界で生活することをいっそう余儀なくさせられているのだが、しかし一方で、言語が要請する意味世界へと到達することは困難になっているのである。

* * *

 メディア技術とそれによる身体経験が縦横無尽に我々の意識下を行き来する≪1900≫。自身の認識が到達できぬところで、メディアや情報技術によって人間の無意識の領野が不断にも切り開かれている時代。キットラーを含めこれまでの学問的な知見を踏まえれば、メディアと言語はおなじく無意識の領域にあることになる。我々は言語による分節機能が働く世界で生活を強いられ、さらにメディアの分節機能が働く世界で生かされてもいるのだろうか。いや、ここではキットラーが説明するように、言語というよりはメディア一般(書き込みのシステム)に我々は服従=主体-化している、と言うべきだろうか。しかし、いずれの問いにも答えを求めることは難しい。なぜなら≪1900≫においては絶対的な意識をもって「メディアを理解することUnderstanding Media」(マクルーハン)など不可能なのである。キットラーの提示したメディア図式は、我々にポスト構造主義が行ったのとおなじ強度をもって、言語論的転回の引き受け方の再考をふたたび余儀なくさせている。

 とはいえ、キットラーの主眼は、世界を成立させている根拠が「言語にあるのか、それともメディアにあるのか」という思弁的問いに決着をつけることではない。ともすれば、技術決定論として一括りにさせてしまいそうな方法論的設定を行う一方で、彼は言語とメディアの排他的な関係性それ自体を拒否する。ここでは「言語」はメディア史の枠組みの中で相対化される。キットラーにとって文字言語は「言説」のひとつ、ないしは「言説」の歴史的なものの効果にすぎない。この括弧付きの言説とは、「言説=メディア」にほどよく近似する。このことをキットラーは別のところで、「ディスクール=ディスク(ール) ‹Disku(r)s›」と苦笑しながら表記している(Kittler,1993〔=1998〕:11)。もちろんここでの「ディスク」とは「メディア」の代弁である。つまり、フーコーの言説分析の土台を揺り動かすキットラーは、一方で彼の衣鉢を批判的に継ぐのである。

 もっとも、彼の継承者としてのスタンスは、本書における歴史記述が≪1900≫から開始されていることからも看取できる。フーコーの書、『言葉と物』において「人間の終焉」として終着点をかたどったもののひとつである精神分析学という学知は、本書では、色彩をかえて「言葉(文字メディア)の終焉」として分析の出発点となっている。≪1900≫の書き込みシステムは、フーコーが同書で最後に見出した3つの人文諸科学から、精神分析学だけを巻き込んでいく(Kittler,1985〔=1990〕:278)。本書の大半が、≪1900≫におけるメディアと精神分析学との共依存関係の記述に割かれている理由は、キットラーがラカン派精神分析に親しい文学研究者であることのほかに、フーコーが規定した人文諸科学を再考するという意図があったのだろう。分析の時代区分にしても分析水準としても、おおよそ≪1800≫のなかに留まる『言葉と物』をいったん成仏させ、そのうえでフーコーの意志を≪1900≫におけるメディア・テクノロジーの側から継承すること。キットラーの主張を概説史的にまとめた『書き込みのシステム1800/1900』の出版から時を待たずして、≪1900≫から始まる『グラモフォン』が別途上梓されなければならなかった理由は、おそらくここにあったのではないだろうか。

(大井貴博)

・引用文献
Foucault,Michel,1969,L'Archéologie du Savoir, Gallimard,(=1981,中村雄二郎訳『知の考古学』河出書房新社).
北田暁大,2006,「フーコーとマクルーハンの夢を遮断する」佐藤俊樹・友枝敏雄編『言説分析の可能性』東信堂,59-87.
Kittler,Friedlich,1985,Aufschreibesysteme 1800/1900.(=1990,Metteer,Michael and Cullens,Chris tr .Discourse Networks 1800/1900.Stanford UP)..
――――,1993,Draculas Vermächtnis , Reclam Verlag Leipzig.(=1998,原克ほか訳『ドラキュラの遺言――ソフトウェアなど存在しない』産業図書).
McLuhan,Marshall,1964, Understanding Media: The extensions of Man , McGrew-Hill Book Company.(=1987,栗原裕・河本神聖訳『メディア論』みすず書房).

・目次
  導入
  グラモフォン 
  フィルム
  タイプライター


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2007年04月18日

『技術と時間1——エピメテウスの過ち』(未邦訳)ベルナール・スティグレール
Bernard Stiegler, 1994, La technique et le temps 1. La faute d’Épiméthée, Galiée

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●「根源的問いとしての技術――ベルナール・スティグレールの 「冒険」」

 『エピメテウスの過ち』は、ベルナール・スティグレールの数多い著作のなかでも、その技術哲学の基礎をなしている主著の『技術と時間』シリーズ(2007年現在で第三巻まで刊行)の、1994年に刊行された第一巻である。

 『技術と時間』シリーズにおいて技術は、大まかに言って二つの角度から扱われる。一方ではそれぞれの時代においてそれぞれの特定の配置をとるものとしての技術が、その通時的変遷のただなかにおいて取り上げられる。ここで問題となるのは「時間のなかでの技術la technique dans le temps」である。他方で技術はその根源性において、時間そのものの地平を構成するものとして取り上げられる。ここで問題となるのは「時間としての技術la technique comme temps」である。技術の問いが扱われる際のこれらの二つの観点は『技術と時間』シリーズを織り上げる二つの軸となっており、つづいて見ていくように『エピメテウスの過ち』もまたその二つの軸に貫かれている。

 「時間のなかでの技術」という観点においては、スティグレールはアンドレ・ルロワ=グーランの先史学から引き継いだ歴史人類学的な射程において議論を展開する。環境における淘汰に直接さらされる動物とは異なり、人間は技術をいわば環境との間のインターフェースとして作り上げる。その上で「組織された無機的物質la matière inorganique organisée」と呼ばれるこのインターフェースは、物理的ダイナミズムにも生物学的ダイナミズムにも還元されない「固有のダイナミズムune dynamique propre」(p30)を有するとされる。スティグレールは次のように述べる。

人間と物質との動物技術論理的関係le rapport zootechnologiqueは、生物の環境への関係の独特な一例であり、それは人間と環境との、技術的客体という組織された不活性な物質を迂回する関係である。その特異性は、技術的客体という不活性でありながら組織された物質が、その組織化においてそれ自身で進化していくという点にある。それはそれゆえもはやたんなる不活性な物質ではないし、しかしかといって生きた物質であるわけでもない。それは、生きた物質が環境との相互作用において変容していくように、時間のなかで変容していく組織された無機的物質である。さらにいえばそれは、人間という生きた物質がそれを通して環境との関係を築くところのインターフェースとなるのである。(p63)〔強調は原著者による。以下も同様〕

 このように「組織された無機的物質」たる技術は独自の進化のプロセスのなかにあるとされるのだが、だとすればそこで問われるのは人間と技術との関係である。たとえ技術の進化が「固有のダイナミズム」に従うものであるのだとしても、その発展は実際には人間の関与なくしては不可能であるからだ。スティグレールはこの問題を「誰qui」と「何quoi」の関係の問題として捉え、この両者の間に働く運動を描き出そうとするのだが、そこで持ち出されるのがジャック・デリダによる「差延différance」の概念である。デリダによって遅れをもたらしつつ差異を生み出していく運動として定義された差延の概念をスティグレールは技術という位相を説明するものとして捉え直し、その上で人間と技術との関係は「代補supplément」の関係をなすものであるとする。代補とはある欠如を補うものであるが、しかしその代補はそれが補うはずの当の欠如そのものを生み出していくようなパラドキシカルな運動である。スティグレールはルロワ=グーランが身体の機能の「外在化extériorisation」と呼んだプロセスを、このような差延的な代補の運動として捉え直して次のように述べる。

この外在化のプロセスに含まれる運動は、ルロワ=グーランが述べているのが実際には、人間を発明するのは道具、すなわちテクネーであり、人間が技術を発明するのではないということである限りで、パラドキシカルなものである。さらに言えばこうである。人間は道具を発明しながら技術においてみずからを——技術—論理的にtechno-logiquementみずからを「外在化」させながら——発明するところで、このとき人間とは「内部」である。ただし、内部から外部への運動を意味しないような外在extériorisationは存在しない。またその一方で、内部はこの運動によって発明される。内部はそれゆえ外部に先行することはできない。内部と外部はしたがってそれらを同時にそれぞれ発明する運動において構成される。それは、そこでは一方が他方においてみずからを発明するような運動であり、あたかも人間と呼ばれるような技術—論理的なある産婆術というものが存在しているかのようである。(p152)

ここに見られるのは、スティグレールが『エピメテウスの過ち』の第一部のタイトルとして選んでいる「人間の発明l’invention de l’homme」という表現の両義性の意味である。一方でそれは人間「による」発明と解釈でき、他方でそれは人間「を」発明することであるとも解釈することができる。それをスティグレールは一方が他方のうちである遅れのなかで生み出されていくという差延的代補の運動として捉え、そのプロセスそのものを人間と呼ぶべきであると示唆する。とすればここではもはや、人間と技術とを主体/客体や目的/手段といった二項対立的カテゴリーに当てはめることはもはや問題とはならなくなっている。

 そこにおいて人間が構成されていくプロセスの場としての技術=人工補綴(代補としての技術はまた人工補綴prothéseとも呼ばれる)とは、スティグレールが「組織された無機的物質」と呼んでいた「存在者の第三のジャンルun troisième genre d’«etants»」(p30)に属するものである。それをスティグレールはさらに記憶の問題として捉え返すのだが、そこで持ち出されるのが「後成的系統発生épiphylogenése」という新しい概念である。生物学的次元では記憶は、遺伝子として伝えられていく遺伝的記憶と、それぞれの個体が蓄えていく神経的記憶しか存在しない。しかしスティグレールによれば人間には、環境とのインターフェースとしての技術という「組織された無機的物質」という層が存在しており、これが人間独自の記憶の系の可能性をもたらしている。それゆえスティグレールは、そのような人間独自の記憶の系を「遺伝的記憶la mémoire génétique」と「後成発生的記憶la mémoire épigénétique」から区別し、「後成的系統発生的記憶la mémoire épiphylogénétique」(p185)と呼ぶ。この記憶の系においては、いわば「獲得形質」(ラマルク)の伝達が行なわれるのであるが、その伝達の支持体は遺伝子ではなく「組織された無機的物質」としての技術である。

 ここにおいて技術の問いは歴史の問いと結びつく。というのも、技術という「組織された無機的物質」において可能となる後成的系統発生的記憶とは、まさしく人間という種に固有の集団的記憶としての歴史に他ならないからだ。このスティグレールのヴィジョンにおいては、人間と技術との関係は人間と歴史との関係に平行する。技術が「固有のダイナミズム」にしたがって発展していくように、集団的記憶としての歴史もまた個人には還元されえないダイナミズムを有している。生まれ来る人間はそのような歴史のなかに投げ出されることで自分を形づくり、そして同時にそのプロセスのただなかで歴史そのものを作り上げていく。ところで人間と歴史とにまつわるこのような問題圏は、いうまでもなくマルティン・ハイデガーが『存在と時間』において引き受けようとしたものだ。それゆえ『エピメテウスの過ち』の後半部はハイデガーの読解に割かれている。

 ハイデガーは「事実性Faktizität」という概念において、現存在がつねにすでに世界へと投げ出されてしまっているというその存在様態を現存在分析の出発点として強調し、さらにその「事実性」を「手許的存在者Zuhandensein」という道具的な存在者と結びつけもした。ここには「後成的系統発生的記憶」と「組織された無機的物質」のテーマがともに見出される。しかしハイデガーは「本来的/非本来的」というきわめて形而上学的区別に依拠することで、結局は技術を「非本来的」なものとしてしか捉えることができなかったとスティグレールは述べる。

ハイデガーは器械instrumentについて考えただけではなく、器械から出発して考えもした。ただその一方で、彼はそれを十分に考えつくすことはなかった。というのも彼はそこに、独自の地平、剥き出しでさらには予見不可能なあらゆるものの根源的に機能不全的な地平を見ることはなかったし、存在の時間性を固有に立ち働かせるもの、過去への、それゆえ未来へのアクセスを通して技術—論理的に構成されるもの、そこにおいて歴史的なるものそのものを構成するものを見ることはなかったからだ。彼はつねに道具outilを(たんに)有用なものutileとしてのみ考え、器械を道具としてのみ考えて、そのことによってたとえば世界に指示を与える芸術としての器械というものを考えることができなくなってしまった。(p250)

ハイデガーは技術というものに大きな地位を与えながらも、根源的な構成性の場面からは技術を排除し、それを現存在のためだけにとっておくのだ。

 このようにハイデガーが一方では「組織された無機的物質」としての技術の根源的な構成性を無視してしまうのだとすれば、他方でハイデガーは「後成系的統発生的記憶」としての歴史性からもまたその根源性を剥奪する。スティグレールはハイデガーが「世界=歴史Welt-geschichte」と呼ぶもののうちに「後成的系統発生的記憶」のテーマを読み取る。そこでもハイデガーは現存在がそこへと投げ出されるところである「世界=歴史」に大きな地位を与えるのであるが、「しかしハイデガーはその特権性を即座に限定し(・・・)、それを二次性というカテゴリーのもとへと格下げしてしまう」(p272)。

 実際には、そこで排除されている二つのものは不可分に密接に結びついている。というのも蓄積されてきた歴史は、それにアクセスするための技術的配置なくしては存在しえないからだ。それゆえスティグレールは「何」という名において、特定の「組織された無機的物質」としての技術的配置と、それを通してアクセスされる「世界=歴史」とを同時に捉えようとする。それらはどちらも後成的系統発生的なものであるからだ。ここに、スティグレールにとっての技術の問いの根源的地平が存在する。




 エピメテウスとは遅ればせに考える者である。スティグレールはそのエピメテウス的遅れというものを、「何」に対する「誰」の遅れとして捉え、そこに人間と技術との根源的なあり方を見出す。そしてそのような遅れこそが、まさしく形而上学によって忘却されてきた当のものであるとスティグレールは主張する。

エピメテウスはたんに忘れやすき者であるというだけではなく、そこにおいて経験到来するものとして。過ぎ去り、反芻されなければならない起こってしまったものとして)が構成される本質的な軽率さの形象であるというだけでもない。それはまた忘れられた存在でもある。形而上学から忘れられた存在であり、思想から忘れられた存在である。(p194)

「あらかじめ考える者」であるプロメテウスは、その未来を見越す能力においてつねに人間の技術を象徴する神として受け入れられてきた。それに対してスティグレールは、遅れの形象であるエピメテウスに焦点を当てる。エピメテウスの形象とともに忘れ去られてきた遅れの意味を思考すること、それはスティグレールにとってはとりもなおさず「時間としての技術」を思考することでもある。技術はたんに時間のなか、歴史のなかに存在する偶有的な存在者であるわけではなく、まさしくそれ自体が時間として、歴史として特殊な記憶を構成するものであり、エピメテウス的遅れとは、そこに開かれる時間性と人間との根源的で構成的な関係性の性格のことを指す。そこではもちろん言語の問題も無視することはできないが、しかしスティグレールによれば言語もまた技術の一種であり、スティグレールは西洋的なロゴスについても「何」の歴史という観点からそれを論じている。しかしそれは主に第二巻での作業である。




 『エピメテウスの過ち』で展開されている「時間のなかでの技術」と「時間としての技術」という二つの軸は、第二巻以降においても同様に絡まり合いつつ技術の問いをより深く探っていく。たとえばスティグレールは、第二巻においては写真とフォノグラフ第三巻においては映画という特定の「時間のなかでの技術」に焦点を当てながら、それらへの問いかけを通して「時間としての技術」の問いをさらに深めていく。またそこでは同時にフッサール(第二巻)カント(第三巻)が、すなわち形而上学のひとつの根幹をなす議論が技術の根源性という観点から根本的に読み替えられていくことにもなる。『エピメテウスの過ち』はスティグレールのその「哲学的冒険」の第一歩を画するものである。そしてその「冒険」はいまだ現在進行形であり、それがどこまで到達し何を獲得するのか、その射程を総括的に描き出せる段階ではまだない。ここではごく控え目に、その「冒険」が現代において最大限の注視に値するものの一つである、というこの上なく確実な事実だけを述べるに留めておく。

(谷島貫太)

・関連文献
Derrida, Jacques. De la gammatologie, Minuit,1967. (『根源の彼方に』,足立和浩訳,現代思潮社,一九七二年)
Leroi-Gourhan, André. Le geste et la parole 1,2, Albin Michel,1964-1965.(『身ぶりと言葉』,荒木亨訳,新潮社,一九七三年)
Heidegger, Martin. Sein und Zeit,1927. Tübingen, Max Niemeyer,1963.(『存在と時間』上・下,細谷貞雄訳,ちくま学芸文庫,一九九四年)

・目次
  全体のイントロダクション
     第一部 人間の発明
  イントロダクション
   第一章 技術進化の諸理論
   第二章 技術論理(テクノロジー)と人間論理(人類学)
   第三章 《誰?》《何?》人間の発明
     第二部 エピメテウスの過ち
  イントロダクション
   第一章 プロメテウスの肝臓
   第二章 すでにそこに
   第三章 《何》の救出

・関連書評
『技術と時間2——方向喪失』(未邦訳)ベルナール・スティグレール
『技術と時間3——映画の時間と難—存在の問い』(未邦訳)ベルナール・スティグレール


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『書き込みシステム1800/1900』(未邦訳)フリードリヒ・キットラー
Friedrich A. Kittler, 1985=1990, Discourse Networks 1800/1900, Stanford University Press

書き込みシステム1800/1900→bookwebで購入

●「私たちの知のあり方は、言説を保存し、記録するシステムの論理によって決定される」

 ふだん、私たちは自由に世界を見わたし、物を考えている。私たちは目の前の事物をごく自然にまなざし、それに意味を与えていく。まなざし、意味を与える「私」が世界の中心にいて、世界を知覚し、意味の秩序を与えることは、ふだん私たちが何の変哲もなく行っていることだ。

 しかしそうした「人間主義的」なパースペクティヴは、フーコー『言葉と物』によって打ち砕かれた。私たちの世界への関わり方、物の考え方は、あたかもソフトの最適化がコンピュータのフォーマットに従わざるをえないように、その時代ごとに存在する《フォーマット》に規定されている――それが『言葉と物』の主張だった。

 キットラー『書き込みのシステム』も、この《フォーマット》を理解する試みとして位置づけることができるだろう。その際、この《フォーマット》を論じるに当たりキットラーが注目するもの、それが本書の原タイトルたるAufschreibensysteme、すなわち「書き込みのシステム」だ。

 『書き込みのシステム』の著者は、以下のように主張する――私たちの思考や世界への関わり方を定める《フォーマット》は、データを保存し、記録する「書き込みのシステム」によって決定されているのだ、と。ここでいう「書き込みのシステム」とは、プログラミングや情報技術の特性を含んではいるが、むしろキットラーによって丹念に追われるのは、そういった技術の使用法や社会的了解のあり方である(フーコーの何を、どう超えたのかといった点に興味をもたれた方は、『書き込みのシステム』の後書きや『言説分析の可能性』の北田暁大論文にその核心が論じられているので、そちらをどうぞ)。

 言説を保存し、記録する「書き込みのシステム」の編制を、キットラーは2つに類型化して論じる。その2つとは、タイトルにもなっている「書き込みのシステム1800/1900」、つまり18世紀的な記録システムと、19世紀的なそれだ。以下紹介していこう。




 まず、18世紀的なものについて。ドイツ文学を専門とするキットラーによると、私たちの思考や世界を見る18世紀的《フォーマット》においては、意味と理解の最終的な拠り所として「母の声」なるものが強調されるという。

 1800年前後、ドイツでは父親から母親へと教育の主役が変わった。その結果、教育の主体が母親であることが「自然」とされ、「母親」と「自然」が重ね合わせられた。「自然」=「母親」は沈黙する(何も語らない)存在であることによって、人々は無限に「母の声」を代弁していく。こういった解釈学的な構造が、私たちの思考や世界への関わり方を規定する18世紀的な《フォーマット》なのだ。

 「母の声」を解釈するのは、そこに普遍的な精神の存在を当時の人々がみていたからだが、キットラーはその背景に18世紀的な「書き込みのシステム」の存在を指摘する。18世紀における「書き込みのシステム」とは、当代において発明された表記法=Alphabetizationであった。印刷技術と学校教育を背景に広まったこの表記法は、人々に表記のあり方を均一化させる。表記法が同じようなものであれば、同じ表記法に則り書くことを通し、この言葉を同じように書く人々との間で「何か」が共有されているのではないかという想定が可能になる。

 つまり解釈学的な「母の声」の探求は、Alphabetizationという18世紀的な「書き込みのシステム」の効果なのだと、キットラーは指摘しているのだ。このような解釈学的探求は哲学者によって担われていく(ゆえに哲学者を頂点にしたヒエラルキーが構成される)。




 しかし、哲学者を頂点とする18世紀的な「書き込みのシステム」の体制は、ある時期から失効したとキットラーは指摘する。彼はその背後に、精神物理学の登場を挙げる。19世紀的な体制の始まりだ。

 生理学などの発展によっておこった精神物理学は、現代の心理学の始祖たる学問で、外的な刺激と内的な感覚との対応関係を調べようとした学問のことだ。外的な刺激と内的な感覚との対応関係を調べるこうした精神物理学の試みは、心のプロセスを数量的に計測しようとする試みでもあった。心身と外的刺激との関係という問題を設定したことにより、精神物理学は記憶を純粋な生理学的機能へと還元させる(できる)という《フォーマット》を作った。すなわち、精神物理学は記憶と意味を切り離し、結果として思考するより速く人間の脳裏へとデータを書き込んでしまうという刺激‐反応モデルを、19世紀以降の《フォーマット》として作り上げてしまったのだ(「テレビが子どもに悪影響を与える」といった言説が巷でもっともらしく囁かれるのも、この《フォーマット》がいかに強力な磁場をもっているかを示す例だろう)。

 こうした《フォーマット》は、人間(性)の了解そのものを変えていく。すなわち、意味を解釈学的に探求する存在としてというよりも、むしろそのつどの刺激‐反応によって条件づけられる、離散的な身体を有するものとして。『書き込みのシステム』では、思考や世界への関わり方を規定するこうした《フォーマット》が、19世紀以降に登場した3つの「書き込みのシステム」、すなわち蓄音機・映画・タイプライターという記録システムによって社会的にも地位を占めていく様子が論じられていく。

 キットラーの論述においては、蓄音機・映画・タイプライターの地位がそれぞれラカンの「現実界/想像界/象徴界」といった分類と重ね合わせられる。このような筆致を通し、精神分析も本当は19世紀的な「書き込みのシステム」の効果なのだとキットラーは論じていく。こうして、精神物理学を背景にした19世紀以降の《フォーマット》は、18世紀的な《フォーマット》を窒息させるのだ。




 たしかに、こうした19世紀的な《フォーマット》の言挙げは、今でもあちこちで「作者のイイタイコトを理解せよ」とか「学問の真理を追究せよ」といった、解釈学的=18世紀的な《フォーマット》がある場面ではいまだに幅を利かせている現実に対する、キットラー流の皮肉なのかもしれない。しかし、この皮肉は真面目に受け止めるだけの価値がある。もし皮肉であるなら、皮肉をいうべき現実が存在していることを意味し、ということはつまり、キットラーの論理に遵えば、その現実にはそれをとりまく独特の「書き込みのシステム」があり、そのシステムの論理が私たちの知のあり方をゆるやかに規定していることになるのだから。

 こういったキットラーの視角は、身につけると案外汎用性が高い(=私たちにとって「使える」)のかもしれない。たとえば、ひと昔前にブームをおこした国民国家と「国語」の問題。

 キットラーは18世紀的な「書き込みのシステム」を広めた場として、近代的な教育システムを挙げている。彼によれば、人々によって明らかにされるべき「母の声」という想定があるからこそ、ドイツの学校教育においてA・B・Cという文字列が断片化された「母の声」とみなされ、その断片化された「母の声」を取り戻すべく組織的な識字化=国家による「国語」の統制が成立したのだという。

しかし日本の教育――もちろん、「国語」の教育もその中に入る――は、やや事情がこみ入っている。このことは、キットラーが18世紀的な教育システムの中に位置づけた教育学者・ヘルバルトという人物をめぐって説明することができるだろう。

日本近代教育史においても、ヘルバルトは重要人物である。なぜなら近代教育における実践の枠組みは、当初ヘルバルトの知によって規定されていたたからだ。しかしこのヘルバルトの日本における受容たるや、何とあの刺激‐反応モデルという、19世紀的な知の《フォーマット》の下で語られている。

さらに興味深いのは、日本の「国語」教育においてこのヘルバルト的な知の枠組みが否定された20世紀において、まさに18世紀的な知の《フォーマット》たる、解釈学的な実践が学校教育でなされていく。だとすれば、国民国家を作るのに一役買ったものとして位置づけられてきた日本の「国語」は、言説を保存し、記録するシステムに対する歴史的・社会的な了解とその用いられ方、つまりキットラー流の「書き込みのシステム」という視角から論じられれば、もっと違った知見が紡がれるのではないだろうか。
キットラーの皮肉とその視角には、真面目につき合うだけの価値がある。


(田村謙典)

・関連文献
Crary, Jonathan, 1990, Techniques of the Observer: On Vision and Modernity in the 19th Century, MIT Press, =1997→2005,遠藤知巳訳,『観察者の系譜』以文社
北田暁大,2006,「フーコーとマクルーハンの夢を遮断する――フリードリッヒ・キットラーの言説分析」佐藤俊樹・友枝敏雄編『言説分析の可能性――社会学的方法の迷宮から』東信堂
Foucault, Michel, 1974, Les mots et les choses, Editions Gallimard=1977,田村俶訳『言葉と物――人文科学の考古学』新潮社

・目次
Foreword (David E. Wellbery)
Ⅰ 1800――The Scholar’s Tragedy / The Mother’s Mouth / Language Channels / The Torst
Ⅱ 1900――Nietzsche / The Great Lalula / Rebus / Queen’s Sacrifice
Afterword to the Second Printing


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