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2012年12月04日

『世界の美しい欧文活字見本帳 ― 嘉瑞工房コレクション』嘉瑞工房(グラフィック社)

世界の美しい欧文活字見本帳 ― 嘉瑞工房コレクション →bookwebで購入


「良い組版ってなに?」

 パソコンとともにワープロソフトが普及し、だれもが自分で文字を組んで文章を発表できるようになった。文章に合ったフォントを選び、強調したい部分には「太字」を使い、ちょっと窮屈だなと思ったら行間をあけるなり改行するなり、色々と工夫をこらす。
 こんな、昔は印刷会社などのプロに任せていた組版作業が、いまや会社や自宅のパソコンで手軽にできるようになった。キーボードを叩くだけで文字が勝手に並んでくれ、お利口さんのワープロソフトのおかげで、禁則処理のようなややこしい作業も自動で実現される。

 「良い組版とか、綺麗で読みやすい文字組みとかって聞くけど、そんなの見てもわかりません。とりあえずワープロソフトに任せておけば大丈夫でしょ」
 これが多くの人の正直な感想ではないだろうか。

 会社の会議なんかで配布する資料程度ならそれでもいいとは思うが、何度も読み返してほしい書籍なんかを作るときには、やっぱり、少しでも読みやすく、美しい組版で文字を組みたい。
 どれが良い組版でどれが拙い組版なのか。かくいう私も、本を作るたびに試行錯誤を繰り返しているような状態だ。(少しずつ良くなっているような気はする……気のせいかも)

 とくにチンプンカンプンなのが、英語を組むとき、欧文組版の場合だ。
 まず、良し悪しの判断基準が自分のなかにほとんどないので、手探りで進んでいくより仕方がない。組版ルールの本を読めば、ある程度やっちゃいけないことはわかる。でも、たんなるルール通りの組版ではなく、ちゃんと美しい組版になっているかどうかは、正直自信がない。
 これは私だけではなくて、英語が苦手な日本人に共通する悩みではないだろうか。


 まもなくグラフィック社から出版される『世界の美しい欧文活字見本帳』は、そんな悩みを解決するヒント満載の一冊になっている。

 本書は、質の高い欧文組版で知られる活版印刷会社・嘉瑞工房が、数十年にわたってコレクションしてきた金属活字書体の見本帳やパンフレットのなかから、とくに優れたもの、重要なものを約350点セレクトし、解説とともに紹介したものだ。
 1734年のカスロン商会の活字見本シートをはじめ、さまざまな時代の書体見本が収録されているが、やはり中心は金属活字全盛の戦後から1970年代にかけてのもの、とくに読み捨てられることの多いチラシやパンフ類などは、いまでは入手も難しい貴重なものばかりだ。

 これらの見本は、活字メーカーが自社の書体の優秀さをアピールするために作ったものだから、「この書体はこう使えば効果的ですよ」「ほら、こんな使い方もありなんですよ」といった具合に、各書体が最も活きる使用例がこれでもかとばかりに提示されている。

 とはいえ、やはり私のような者は、図版を見ただけでは「きれいだなあ」で終わってしまう。良し悪しの判断までは難しい。そこで助かるのが、それぞれの掲載図版に付された解説だ。
 たとえば、

装飾的なSapphireと落ち着いた感じのOptimaの色と大きさのバランスが絶妙。紙面に対するレイアウト位置とボーダー、花形、そして行間のバランスが心地よい。(p. 33)
タイトルの語の切り方と配置が斬新。Tから始まる本文第一行の位置もきわどいところで成立している。(p. 76)
上3行のバランス、イタリックで短文を組む時の語間、行間が美しい。全体の配置バランスも注目したい。カリグラフィの書体がもとになっているので、右ページのような中心揃えの組版では美しさがさらに引き立つ。(p. 136)

 こんな感じで、各見本の見どころが簡潔に記されているのだ。なかには「かなり特殊な使い方なので、安易にまねをすると失敗する」なんて注意書きまであったりする。ブログで実際の図版を見てもらえないのが残念だが、これらを読んだだけでも雰囲気は感じてもらえるだろう。
 
 組版の良し悪しを知るには、とにかく身の回りにある実例をたくさん見て、読んで、場数を踏むしかないと思う。かといって、ただ漫然と眺めていても、なににも気づけず時間が過ぎていくだけだ。判断基準も一朝一夕でできるものではないだろう。
 でも、ちょっとしたコツをつかむだけで、これまで見えなかった細部の違いが、突然見えてくることがある。

 プロの組版者はどんなところを見ているのか、組版の良し悪しの違いはどんな部分に現れるのか、そんな疑問に答えてくれる本書は、自分のなかに基準を作るうえで、そのコツをつかむ取っ掛かりを与えてくれる貴重な本だ。


 とまあ色んなことを書いてきたが、こむずかしいことは考えず、まずはページを開いてみてほしい。
 美しい書体見本を眺めているだけでも十分に楽しめる本だし、著者自身が「はじめに」で、解説にとらわれることなく、「あくまで自分の目で見て、感じたことを大切にしてください」と書いているのだから。


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