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2011年12月10日

『「本屋」は死なない』石橋 毅史(新潮社)

「本屋」は死なない →bookwebで購入

「書店ファンによる、書店ファンのための、書店員の物語」

 先日、印刷関係の人と話をしていて、最近電車の中で週刊誌を読んでいるおじさんをすっかり見なくなった、という話になった。たしかにそうだ。ひと昔まえは、一両に少なくとも4〜5人は、週刊新潮や文春を読んでいるおじさんがいた。それが今は、だいたい携帯かスマホ、ゲームをしている人ばかりだ。これでは雑誌とマンガと文庫本で生計をたてていたような小さな本屋さんは、ひとたまりもないだろう。

いま、新刊書を売る書店の数は減少しつづけている。アルメディアという調査会社のまとめによれば、一九九二年には二万二千軒以上あったのが、二〇一〇年には一万五千軒まで減った。(p. 11)

 10年ほど前には、日本全国で1日に約4軒の書店が廃業していた。少し落ち着いてきた現在でも、1日1〜2軒の書店が廃業している。その多くが街の小さな本屋さんだ。
 都市部の駅構内の書店なんかはいつでも人だかりだが、地方の商店街、人影まばらなシャッター通りを歩いていても、書店にだけは必ず何人か客が入っていた。書店ほど集客力のあるお店はなかなかないように思うのだが、それでも出版不況は止まらない。

 『「本屋」は死なない』の帯には、「“あきらめの悪い”「本屋」たちを追う」とある。
 ここに登場するのは、いまも「意思のある本屋」であり続けようとしている書店員たちだ。
 出版業界専門誌『新文化』の編集長だった石橋毅史氏は、さわや書店の伊藤清彦氏やちくさ正文館の古田一晴氏など、数々の隠れた名著を発掘し、ベストセラー・ロングセラーへと育て上げた知る人ぞ知る人物をはじめ、本を読者に手渡すことに真摯に取り組んでいる“あきらめの悪い”人々を、丹念に、時には愚直に取材し、彼らの魅力を十二分に伝えてくれる。こんな書店員さんのいる本屋の近くに住む人は、本当に幸せだなあ、と、本書を読んでつくづく思った。


 魅力的な書店員がたくさん登場する本書から、特にこのブログで私が触れたいのは、「和歌山の『人口百人の村』でイハラ・ハートショップを営む井原万見子」さんだ。理由は単純、私が和歌山出身だからだ。

 当初、石橋氏は、「地方で奮闘する小書店」としてすでに様々なメディアで採り上げられているイハラ・ハートショップに、あまりいい印象を持っていなかった。井原氏はさぞメディアへのアピールが上手い人なんだろうと思い、「挨拶をしてすぐに立ち去ってもいい」と決め、「一度見たことがある」という「アリバイ作り」のために店に向った。
 場所は和歌山県日高郡日高川町、旧美山村の平(たいら)という集落。JR御坊駅からバスで1時間以上山に入った過疎地ということだが、地名からして平家の落人らが隠れたどん詰まりの土地だろう(違っていたらごめんなさい)。
 他県の人にはわからない感覚だと思うが、海岸から徒歩3分で山に入るような平地のない和歌山県では、自動車で1時間も山に入ればもうドドドど田舎である。紀北と紀南の違いはあるが、私の田舎もそんなところだった。

 店に着き、さっそくビデオを回そうとした石橋氏に、取材慣れしているはずの井原万見子さんは一言「げろげろっ」。どうやら撮影はお断りのようだ。
 以前、テレビの取材中に、近所のお婆さんがもんぺにTシャツに麦わら帽子といういつもの格好で来店し、買い物をしてすぐに帰ったが、しばらくして今度はブラウスに着替えてやってきたことがあったという。

「お婆ちゃんなりに、ちゃんとしたんやね。ああ、やっぱり意識してたんや、って。これはあかんわと思ったのよ。近所の人がふだんのかっこで来れない店では駄目やな、って」(p. 78)
「前に、若い男の子が来たんよ。店の写真撮りたい、自分のブログに載せたい、小さな本屋を応援したいから、言うて。(略)そのあとがナシのつぶてで。(略)うちの写真が出てたけど、こんなとこに面白いお店発見! みたいな感じでね。そのくらいのことはまあええけど、お婆ちゃんの一件みたいなこともあるし、お客さん撮るのだけはやめてもらお、って考えるようになって」(p. 78)

 同じような田舎で育っただけに、私はこの土地の人々の気持が手に取るようにわかった。もう身につまされて仕方がなかった。これまでにやってきた取材者たちのことを楽しそうに話し、一方で配慮に欠けた取材者に怒りを抱いている井原氏の姿を見て、石橋氏はいったん店を出、ビデオカメラを車におき、デジタルカメラやICレコーダーも片付ける。もうここで、私の涙腺は決壊してしまった。石橋さん、あなた素晴らしい人だ!

 最初は挨拶だけと思っていた石橋氏は、それから丸三日間、井原氏を見つめ続ける。
 始業前の日課である「ひとりで100回読み聞かせチャレンジ」に同行し、立ち止まる人もなく石橋氏だけに絵本を読み聞かせる井原氏の声にじっと耳を傾け、アイスクリームを買う客ばかりやってくるお店では書店の未来について語り合い、時には井原氏のご主人の仕事の手伝いまで買って出る。
 取材者として訪れた石橋氏は、いつのまにか、井原夫婦の大ファンになっている。

 これは、この本に通底していることかもしれない。取材の対象者を見つめる石橋氏の視線は、憧れと畏敬に満ちている。自らが尊敬する人々の魅力を、とことん食らいついて引き出し、時に疑義を呈しつつも真意を理解し、読者に伝えようとしている。その思いは、たしかに成功している。取材するものとされるものの熱意が、相乗効果を生み出しているのだ。
 ただ、ここに書かれていることが、「本屋」は死なない、に真っ直ぐつながっているかと言うと、疑問も感じる。ネット書店、電子書籍の存在だ。「コンテンツ」もそれを見いだす「人」もなくならないが、「本屋」はいつかなくなってしまうのではないか、という疑問だ。
 現在、日々多くの人々がお勧めの本について、ブログやツイッターなどで語っている。その中には、とても大きな影響力をもつブロガーもいて、それらをネット書店はアフィリエイトを使ってうまく取り込んでいる。
 また、今後さらに電子書籍が普及すれば、書店(そして特に私が気になっている製本会社)は姿を変えざるを得ない。
 そんな中、本を取り寄せることもままならない過疎地で書店を切り盛りする井原氏が、紙の書籍を販売するツールとして、電子書籍の現物なしで立ち読みできる機能に注目しているのは、一つの可能性として面白いと思う。


 じつはイハラ・ハートショップの話で一番意外だったのは、「棚の主役はやはり児童書」というくだりだった。ここを読んで、「ああ、ここにはまだ子供がいるんだ」と思った。
 私の田舎には、おそらくもう子供はいない(一人二人はいるかもしれない。そこにはもう20年以上帰っていないので推測だ)。母校の小学校(分校)は14年前に、中学校は10年前に廃校になっているし、私の在校時ですら分校の同級生は二人だけだった。その唯一の同級生と数年前に手紙だったかメールだったかでやり取りをしたとき、そこにはもうジイさんとバアさんしかいないという話だった。
 イハラ・ハートショップのある旧美山村が、同じような状況にならないという保証はどこにもない。しかし少なくとも今は、この過疎の土地に、ちゃんと書店がある。ここに住む子供たちは、なんて幸せだろう。私の田舎にもこんなお店があったら、私ももう少しましな編集者になっていたかもしれない。そこには書店すらなかったから、ジャンプやマガジンなんて存在も知らなかった。というか、ほとんど学校の図書室と移動図書館しか知らなかった私は、高校に入って新宮市内に下宿したとき、お金を出せば自分の好きな本を所有できるのだと気づいて、衝撃を受けたぐらいだ。

 その土地にどんな書店があるか、どんな本が並んでいるかで、住む人の意識、気質は変わるし、もちろんその逆もある。新宮で下宿していたころ、地元作家である中上健次の作品がズラッとならんだ荒尾成文堂の棚を見て、私は中上が日本で一番有名なベストセラー作家だと思い込み、読みあさった。で東京に出てきて、「あれ、こんだけ? 村上龍より少ないの?」と愕然としたものだ。
 まあこれは極端な例としても、書店にどんな本が並んでいるかによって、そこに住む人の人生は大きく変わると思う。少なくとも私は、新宮で高校時代を過ごし、中上を読んで安吾にいかなければ、いきなり文転して文学部に進み編集者になることもなかっただろう。今よりもっと幸せな人生を送っていたかもしれない……
 それが良かったのか悪かったのかは死ぬ時に考えるとして、いずれにせよ、本の持つ影響力はとてつもなく大きい。と、私は信じている。
 だからこそ、本を読者に届ける書店の責任は重大だ(もちろん作る側もそうだ)。

 この本に出てくる書店員はみな、その責任を一身に引き受けようとしている。ベストセラーランキングではなく、本部の指示でもない、自らの眼で本を選定し、そこに住む目の前の読者に「今これを読め!」と、本という紙つぶてを投げつける。個人経営・ナショナルチェーンにかかわらず、このような書店が全国で増え、読者を育て、その読者が書店を、そして出版社を、さらには著者を育てる。こんな正のスパイラルが回り出してくれたら、本の未来は明るい。まだ遅くない、と信じたい。


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