« 2013年10月 | メイン | 2013年12月 »

2013年11月30日

『キャラクターとは何か』小田切博(ちくま新書)

キャラクターとは何か →紀伊國屋ウェブストアで購入

「キャラクターの/をめぐる社会史」

 本作は、キャラクターそのものの歴史と、それをめぐる社会背景とが手際よくまとめられ、かつハンディで読みやすい著作である。

 キャラクターについての著作はいくつかあるものの、その登場の歴史的背景にまで踏み込みつつ、かつ現状の日本における問題分析まで手広くフォローした著作は少なく、その点でも本書は貴重である。


 日本社会において、キャラクタービジネスが定着してすでに久しいし、それを用いた日常生活やコミュニケーションも我々にとっては、なじんだものとなっている。


 また指導する学生たちの卒業論文などでも、ポピュラーな題材として扱われることの多いテーマとなってきた。


 こうした傾向は、評者が大学に勤務するようになった10年前からも見られ始めていたことだが、当時であれば、香山リカとバンダイキャラクター研究所の共著による『87%の日本人がキャラクターを好きな理由―なぜ現代人はキャラクターなしで生きられないのだろう? 』(学習研究社,2001年)ぐらいが目立った著作であった。また当時は画期的だったこの著作も、今から振り返れば、キャラに癒しを求めるメンタリティやキャラクタービジネスの裏側の分析には多くの紙幅が割かれているのだが、当のキャラクターそのものの魅力については、あまり語られていないように見える。そこから振り返れば、その後のさらなるキャラクター論の盛り上がりには目を見張るものがあるといえよう。


 さて、筆者は先行の議論も踏まえながら、「キャラクター」とは「図像」「内面」「意味」の3要素からなる複合体であると以下のように指摘している。


「図像」は絵としてのキャラクターデザインであり、ここでは「図像」要素が支配的なキャラクターの例として・・・「初音ミク」を挙げた。
「内面」はアニメーションやマンガなどのコンテンツで語られた性格であり・・・「矢吹丈」をこの要素が支配的なキャラクターとして例示している。
「意味」はキャラクターの属性や類型として与えられた「意味性」であり、代表例としてはアメリカ合衆国という「国」の象徴として描かれたキャラクターである「アンクル・サム」を挙げた。(P119~120)

 この指摘はほぼ妥当なものといえるだろう。実際のキャラクターにおいては、それぞれの要素のどれかが目立って存在していることが多い。上述された3つの事例はまさにその典型とも言えるものだが、そのように特定の要素が強調されて存在しているところにキャラクターの特徴があるといえるだろう。


 だがその一方で、「初音ミク」にもあとから「内面」が読み込まれていくように、あるいは「アンクル・サム」にもそれにふさわしい「図像」が必要であるように、これらの要素は、それ単独で成立することは(不可能ではないにせよ)なかなか難しく、実際には複数の要素が絡み合って成立していることが多い。


 この点は、いうなれば我々人間の自己というものが、主として「外見」と「内面」(上述の三要素の「図像」と「内面」に相当)を気にしつつ、さらにそれが「他者との関係性」を保ちながらその中での意味づけにも基づきながら(ここでいう「意味」に相当)成立していることとパラレルだといってよい。


 まただからこそ、今日多くの人々がキャラクターを求め、それに自己の形成過程を重ね合わせながら日常生活を送っているのであり、それはもはや必要不可欠の存在といってよいだろう。


 そのようにキャラクターは、日本社会に生きる人々にとって、もはや切っても切れない存在となりつつあるが、かといって本書は特定のキャラクターに対する強い思い入れが長々と語られるわけでもなく、むしろそのビジネスの歴史が語られている章などは特に、淡々と冷静に語られている印象があり、その点で好感が持てる。


 キャラクターのことを学びたい人に、格好の入門書としてお勧めしたい一冊である。


→紀伊國屋ウェブストアで購入

2013年11月29日

『ネメシスの杖』朱戸アオ(講談社)

ネメシスの杖 →紀伊國屋ウェブストアで購入

「個人への報復か、システムの改善か」

 いきなり私ごとで恐縮だが、実験的なマンガが好きである。本作についていえば『アフタヌーン』(講談社)に、あるいは最近でいえば『COMICリュウ』(徳間書店)などに掲載されているような、単行本1冊で完結する、新鋭マンガ家の意欲的な作品が好きで、書店でもよく探し求めている。

 いわゆる名作と言われるような、長期連載になるマンガにもそれなりの面白さはあるのだが、たいていの場合それらが読者の反応を気にして、「尖った要素」を失っていくのに対し、新鋭による実験的なマンガは、粗削りな部分を持ちながらも、やはり読む側に心地よい刺激を与えてくれるのである。


 本作『ネメシスの杖』も、そうしたマンガの一つといってよいだろう。いわゆる健康食品による健康被害を題材とした、医療サスペンスマンガである。


 ヒロインである阿里玲は厚生労働省の「患者安全委員会調査室」の調査員であり、ある日、彼女のもとに、「シャーガス病の罹患患者を隠している病院がある」という告発文が届くところからストーリーが始まる。


 そして、その後の展開は、よい意味で評者の期待を裏切ってくれるものであった。最初は、いわゆる健康食品をマスメディアが喧伝し、人々が巻き込まれて行くその現象を描く社会派マンガかと思っていたのだが、むしろ本作は、そうした現象の責任追及や、対処方法の是非を描くことに主眼が置かれている。


 詳細はネタばれになるので書きにくいのだが、大きくいって、それは現象を引き起こすこととなった個人に対する責任の追及や、報復をもってなされるべきか、それともそれを導いたシステムの改善へと向かうべきかという二項対立が描かれることになる。


 おそらく、現代の日本社会においては、前者に感情移入する人が多数を占めるのではないだろうか。本作に限らずとも、他の社会現象でも、そのような動向はよく見られることである。だが、珍しくもヒロインは、後者へと向かおうとする。自らが属する(官僚)組織の問題点をも暴きだそうとしていくのである。


 評者も、社会現象に対する分析を生業とする社会学者である以上、後者を指示する立場なのだが、さまざまなコンテンツを通しても、こうした立場が説得的に描かれることは少なく、その点でも本作には強い共感を覚えた。


 現代日本における、さまざまな社会問題に対する視点を学ぶ上でも参考になる本作を、ぜひ多くの方にお読みいただきたいと思う。


→紀伊國屋ウェブストアで購入

『PiNKS』倉金篤史(徳間書店)

PiNKS →紀伊國屋ウェブストアで購入

「“異床異夢”な日本の男女に対する問題提起作」

 エロ本がなぜか落ちている、という光景を見なくなって久しい。

 評者の実家近くには大学があり、その構内の雑木林には、きまってエロ本が捨てられていたのを思い出す。見つけた所で、持って帰るにも帰れず、またそこで描かれていることが何を意味しているのかも十分に理解できなかった小学生の頃・・・、世の男性たちならば誰もが思いだすような光景を描いたのが本作である。


 しかしながら、題材はノスタルジックであっても、提起している問題点は、むしろ優れて現代的である。


 10年ほど前、社会学者の上野千鶴子は、セックスレスに見られる男女間のディスコミュニケーションをとらえて「同床異夢」と評したことがある(『データブックNHK日本人の性行動・性意識』)。その後、インターネットの普及も進み、男女それぞれに、性的なコンテンツを個人的に享受することが当たり前の時代となった。


 本作は、そんな「異床異夢」なまでにディスコミュニケーション化が進んだ男女関係に対する問題提起を行った作品といえる。


 したがって、主人公の男子小学生(弥彦)のあふれ出る性欲をそのままに描き出した作品とはなっていない。むしろそれとは対照的なまでに、性を神聖視して捉えようとする、女子小学生(赤城さん)が出てくることで、本作は面白くなっている。それもこの思惑の異なる二人が、衝突を繰り広げながらも、一つの目標に向かってコミュニケーションを続けていくことに主眼が置かれている。


 それはやはり、個人化の進んだインターネット時代では、なかなかなしえないことなのだろう。捨てられているかもしれないし、あるいはないかもしれない、そんなエロ本を毎日のように探し求めるという不自由な状況でこそ、この二人のコミュニケーションは深まっていく。また、そこに複数の大人の目線も加わることで、本作は奥行きを増すことにも成功している。


 作者に言うところによれば、こうした作中の登場人物は、すべて自分の分身なのだという。評者は(正確には評者の指導する学生を通して)幸運にして、たまたま倉金氏の創作経緯をお聞きする機会に恵まれたのだが、そうした自己の中にある、多元的で割り切れない部分を、うまくまとめ上げている点も、本作の特徴と言えるだろう。


 そのように、大人になっても、子どもの気持ちを忘れずにいられる人間でありたいと評者自身も思うし、そのほうが自分や自分が発する言葉や書いたものに、奥行きが出せるようにも思う。


 本作には、長編連載の様な伏線の張り方をしたがために、それが十分に回収しきれないまま残っているところがあるのも事実だが(果たして本屋のお姉さんは何者であったのか、など)、そうした点も含めて、若き俊英の瑞々しき感性が味わえる本作を高く評したいと思う。


→紀伊國屋ウェブストアで購入