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2013年05月31日

『メディアと日本人―変わりゆく日常』橋元良明(岩波新書)

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「実証的なデータからメディア社会の変容を読み解く」

 本書は、東京大学大学院情報学環橋元良明研究室を中心に、1995年以来5年おきに行われてきた「日本人の情報行動」調査の結果を元にして、メディア社会の変容を読み解いた著作である。

 「日本人の情報行動」調査については、東京大学出版会から、実施回ごとに結果をまとめた大部の著作が出されているので、詳細についてはそちらをご参照いただくとよいだろう。


 本書は新書版なので、いくつかの内容に絞った構成がなされている。1章で、各種メディアの歴史的な普及過程が論じられたのち、2章では1995年以降のメディア利用実態の変容を調査結果から読み解き、さらに3章、4章では、メディア「悪影響」論や、「デジタル・ネイティブ」論といった個別的なトピックが取り上げられ、そして終章で、これからのメディアの行方やそれに対する我々の向き合い方などが論じられて締めくくられる。


 過去から現在、そして未来に至るまで、バランス良くトピックが取り上げられており、かつハンディで読みやすい本書は、メディア論入門に格好の一冊といえる。実際に、評者も本年度の学部ゼミの購読テキストの一つに指定している。


 中でも、特におすすめなのは、やはり「日本人の情報行動」調査の結果がコンパクトにまとめられた2章であろうか。1995年以降という、インターネットや携帯電話のまさに本格的な普及過程以降の様子を丹念に記述したデータは、まさに雄弁というほかなく、読み進めるうちに、凝り固まっていた先入観や思い込みがいくつも吹き飛ばされていくようで、痛快でもあった。


 例えば、思っているほどには「テレビ離れ」が進んでいない(視聴時間は減少していても、行為者率=スイッチを一度はつける人の割合はさほど変わっていない)ということや、「活字離れ」「読書離れ」と喧伝されるほどには、読書の時間も行為者率も減少しておらず、しいて言うならば「雑誌離れ」のほうが目立っているという点などは特に興味深かった。


 またこうした調査結果の概要は、巻末の資料にもコンパクトにまとめられていて、そこだけを見ても、利用価値の高い著作となっている。まさに今のメディアについて、幅広い視点から考えたい人にお勧めしたい一冊といえる。


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『UFOとポストモダン』木原善彦(平凡社新書)

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「UFO論と社会の変容をパラレルに追求した傑作」

 本書は、UFOやそれに乗ってくる宇宙人を題材としてはいるものの、その存在の真偽を問うことを目的としたものではない。

 むしろアメリカをフィールドとしながら、そうした「UFO論」とパラレルに、社会が変容していく様子を見事に描き出した傑作である本書は、「UFO論」論であるといったほうが的確だろう。


 第1章の末尾でもまとめられているように、実はUFOの目撃証言は、はるか昔から存在しているようでいて(少なくともアメリカにおいては)、第二次世界大戦後に限られた現象なのだという。そして1973年を境に激減し、今日ですっかりと衰えてしまったという。


 同じく第1章では、本書のイントロとして、UFOに関する時代ごとのイメージの変遷が簡潔に示されているが、以下に代表的なものを抜粋してみよう(P21~25の一部に加筆修正)。

① 1947~49年 円盤型の航空機が目撃される。米ソの秘密兵器、ないし外宇宙から来たもの。
② 1950~52年 空飛ぶ円盤はエイリアンの乗り物。
③ 1953~63年 特定の人々が宇宙人とコンタクトを取っているが、空軍やCIAは隠蔽。
④ 1964~72年 UFOが着陸痕を残す。異星人が来たのは人類を救うためでもある。
⑤ 1973~79年 UFOは家畜虐殺の原因。異星人に誘拐された人もいる。
⑥ 1980~86年 異星人は小さな体に大きな頭をしている。

 大きく見ると以上のような移り変わりがあるのだが、さらに筆者も述べているように、そこには大きくいって、1950年代をピークとして1970年代までにいたる、空飛ぶ円盤に代表されるような光り輝かしいUFOの時代があり、それが1970年代から90年代になると、おぞましいエイリアン(異星人)の時代になり、そして90年代以降は、UFOや宇宙人のイメージがなかなか共有されず拡散していってしまう時代へという区分が見出せるのだという。


 そしてこうした時代の変遷は、日本社会を題材に見田宗介が提示して見せた、輝かしき「理想」や「夢」の時代から、外部や先の見通し難い「虚構」の時代へという区分とも、ほぼパラレルなものだという。


 つまりタイトルに倣うのならば、UFOとはすぐれてモダンなものなのだ。急速に近代化の進んだ、「理想」や「夢」の時代にこそ、科学技術の粋を集めた、まさしく近代的なUFOイメージが席巻したのだが、ポストモダンの今日では、もはやそのような表象にはリアリティがなくなってしまうのだ。


 この点は、鉄道やスーパーカーといったかつて少年たちが憧れていた乗り物たちの時代変遷を追及しても、ほぼ同じような結論に至ることができるだろうし、そうした比較研究も今後は期待したいところである。


 UFOを信じる人もそうでない人も、そしてかつて信じていた人も、そうでなかった人にも、お読みいただきたい一冊である。


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『検証・若者の変貌』浅野智彦(編)(勁草書房)

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「90年代における日本の若者の変容を振り返る」

 本書は、1990年代を中心とする若者文化における変容について、実証的な質問紙調査の結果に基づいて論じたものである。

 第1章で編者の浅野智彦も記しているように、1990年代は「失われた10年」とも呼ばれていた。主としてそれは、バブル期に至る1980年代までと比べて、著しい経済的な停滞が見られたことによるものであった。


 また別な言い方をすれば、それは、多くの先進社会が辿る成熟社会化の波が訪れつつあったということでもあったのだろう。近代化が急速に進められた時期(前期近代)を過ぎ、この社会の発展という点で言えば、もはやそれほど大きくは変わらない、どちらかといえば安定した時期(後期近代)が訪れつつあったということだろう。


 こうした点は、2010年代を迎えた今日においてなお、その思いを強くするところだ。しかしその一方で、後期近代の成熟社会とはいかなる社会であり、それをいかに生きていけばよいのか、という点については、まだ十分に理解が深まっていないように思われる。


 そしてその点の嚆矢は、これも第1章で浅野が指摘するように、1990年代に沸き起こった「若者バッシング」に見られるという。すなわち1980年代においては、各種のニューメディアを使いこなした先端的な消費者層として、華やかにかつ肯定的に論じられていた若者たちが、1990年代以降は急速に否定的な論調で語られることになる。つまり、そこに見られるのは、新たな社会の到来に対する強い不安感が、若者に対する批判へと形を変えて噴出したという現象であった。


浅野はこうした状況を、1990年代が若者論においても「失われた10年」であり、偏った状況からしか議論がなされなかったことを批判している。その上で本書では、1992年と2002年に実施された質問紙調査の結果に基づいて、友人関係(4章)や自己意識(5章)、メディア(3章)や音楽・文化享受(2章)、そして道徳意識(6章)といった側面から若者たちの変容について、実証的な検討がなされている。そこから明らかになったのは、一方的な「若者バッシング」で言われているような内容が、データに基づいて検討すれば、決して妥当なものばかりではないということであった(この点の詳細は、ぜひ本書をお読みいただきたい)。


「若者は社会のリトマス試験紙」という言い回しもあるが、本書は、若者たちの様子を、新奇なものとしてだけ面白がるのではなく、むしろ議論の前提から十分に自覚的に振り返りつつ、丹念にそして実証的に描き出しているところに価値があると言える。この点において、日本における社会学的な若者研究のスタンダードと呼ぶにふさわしいだろう。


 そして、2006年に出されたこの著作を、今ここで取り上げたことにも、もちろん理由がある。いまや2000年代を過ぎ、2010年代半ばに達しつつある今日において、成熟社会化はますます深まりつつあるように感じられる。若者たちが、もはや未来にはあまり希望を抱いていないのではないかということを「さとり世代」などと言い表したりもするというが、こうした2000年代以降の若者の変容についても、実証的な社会学的研究が待望されると言えよう。


 本書のもとになった調査は、青少年研究会(http://jysg.jp/)という社会学者を中心とするグループが行ったものだが、同研究会では、1992年、2002年に引き続き、2012年にも同規模の調査を実施している。実は評者もそのメンバーの一員であり、自らも関わる研究会の成果を評するには、やや躊躇するところがないわけではない。

だが、まさにこれからの、2000年代以降の若者を論じるにあたっては、本書は今こそ、改めて検討するに値する著作であると思われる。そして、若者論についても、その時々の新奇な現象だけを単発的に負うのではなく、こうした取り組みを通じて、ロングスパンで論じる視点を蓄積していくことが重要であると考える。


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