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2012年12月28日

『受動喫煙の環境学―健康とタバコ社会のゆくえ』村田陽平(世界思想社)

受動喫煙の環境学―健康とタバコ社会のゆくえ →bookwebで購入

「ジェンダー地理学の興味深い実践例として」

 ふと考えてみたのだが、タバコを吸う女性とタバコを吸わない男性とでは、どちらが肩身の狭い思いをするのだろうか。

 今日の日本社会で考えてみると、特に女性の若年層における喫煙者の割合は、10年ほど前まで一貫して増加し続けてきたという。最近ではやや減少傾向も見られるようだが、その背景には、女性の社会進出の影響もあるのだろう。もはや男性と同等かそれ以上に活躍するキャリアウーマンの姿はまったく珍しいものではなくなったが、それとともに彼女らが過剰なストレスを抱え、その発散に嗜好品を求めるのだろうということも想像に難くはない。


 そう考えると、女性がタバコを吸っても以前ほどは肩身の狭い思いをしないようになりつつあるのかもしれない。だが、空間に関する分析を得意とする地理学的な観点からするならば、やや異なった見解がもたらされる。それはすなわち、いわゆる「喫煙室」が、依然として男中心の「男らしい空間」であって、そこではタバコを吸う女性は相変わらずに、肩身の狭い思いをし続けているかもしれないということである。


 あるいは、これも本書が的確に指摘しているように、タバコを吸うというふるまい自体が、そもそも「男らしさ」と強く結び付いてきたものなのだといってよい。とりわけTVCMなどでも描かれているように、タバコを吸うことが「男らしさ」を演出するための重要なアイテムの一つとして位置づけられ、それゆえに、タバコを吸わない男性たちは、長きにわたって「男らしくない」存在として、肩身の狭い思いをさせられてきた。


 分煙化が進む前の、それも女性の社会進出が今ほど進んでいなかった頃の、オフィス空間に思いをはせるならば、それは隅々にまで、まさにタバコの煙と「男らしさ」の充満した空間であり、生存適応できないものを強烈に排除してしまうような空間であったと言えるだろう。


 またオフィス空間だけでなく、吸い殻が散乱し、歩行喫煙者が闊歩していたかつての路上空間もまた、過剰に「男らしさ」の充満した、排他的な空間であったともいいうる。いわばそこは、子どもたちのような「喫煙弱者」にとっては、決してやさしい空間ではなかった(同様の点で、かつてのタクシー車内もそうした空間であったと筆者は指摘している。この点は、まさに評者も、子ども時代にタクシーに乗るたびに気分が悪くなった記憶があるので、強く同意するところである)。


 このように本書は、今日の日本社会における受動喫煙防止に向けた取り組みとその立ち遅れている現状や問題点などを、ジェンダー地理学の観点に基づきつつ独自の視点から分析しているところに価値がある。


 タバコを吸う方も吸わない方も、お互いにより快適過ごせる空間を考えていくために、ぜひ読んで頂きたい一冊である。


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