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2012年10月30日

『友だち地獄-「空気を読む」世代のサバイバル』土井隆義(ちくま新書)

友だち地獄-「空気を読む」世代のサバイバル →bookwebで購入

「友だちが地獄化するという“逆説”の面白さ~「現代社会論の古典」として」

 本書は筑波大学大学院教授で、社会学者の土井隆義氏による新書である。2008年に出された著作なので、今さら新著紹介として取り上げるべき対象ではないが、改めて「現代社会論の古典」としてここで取り上げてみたい。

「現代社会論の古典」とは、マーケッターの三浦展氏による言葉だが、なるほど三浦氏の著作にも、『下流社会』(光文社新書)など、エポックメイキングな社会現象を取り上げつつ、それが後の世でも面白く読めるような著作が多々存在する。


 そして、本書『友だち地獄』こそ、まさしく大学生たちにとってはそのような著作なのだろうと思う。事実、各地の大学教員から伝え聞くところでは、図書館の社会学書コーナーにおいて、おおむね多くの本はきれいなままに並べられているのだが、本書だけは繰り返し読まれてボロボロになっているのだという。


 あるいはそろそろこういう書き方をしても許されるタイミングだろうが、入試問題にも数多く使われた著作であろうし、評者も、推薦入学者たちのレポート課題の対象として本書を指定したことがある。

 さて、すでに多くの書評で指摘されてきたことだろうが、あらためて本書の一番の面白さを振り返るならば、それは元々、楽しいもの、心安らぐべきものであったはずの友人関係が、むしろ若者たちにとって極めてストレスフルなものへと変容を遂げているというその逆説的な内容に他ならないだろう。


 本書以前から、若者の友人関係をめぐっては、心理学的な研究と社会学的な研究との間で興味深い論争が繰り広げられていて、「希薄化説」対「選択化説」とも言われたその要点は、以下のようなものであった。


 すなわちメディアの発達などによって若者の友人関係が次第に希薄なものになっていくという、あたかも一般的な常識をなぞったような心理学的な主張に対し、浅野智彦や辻大介といった社会学者たちは、実証的なデータに基づきながら、若者の友人関係は希薄になるどころか、人数の面や満足度において増加傾向ないし高い水準にあり、むしろ選択的に様々な相手を使い分けているのだと主張していたのである。

 そしてさらに、本書で土井氏が指摘しているのは、こうした一見恵まれた友人関係こそが、若者たちのストレスへと転じていくという逆説的な状況なのである。


 若者を対象にした各種のアンケート調査が明らかにしているように、特に90年代の中盤から2000年代初頭にかけて、彼らの生きがいや熱中すべきことがらについて、ダントツのナンバーワンに挙げられていたのは、「友人といること」であった。


 だが、何か明確な目的を達成することとは違って、「仲の良い友人といることを楽しむために一緒にいる」というふるまいは、やがて自己目的化し、徐々に息苦しい閉塞的なものへと代わっていくであろうことが想像に難くない。


 「友だち地獄」とは、まさにこうした現象のことであり、本書では土井氏が長年積み重ねてきたフィールドワークの成果に基づいて、その実態が記されている。

 評者は、出版とほぼ同時期に本書を土井氏からご恵贈いただき、あっという間に面白く読んでしまったのを覚えている。


 このインパクトのあるタイトルについても、土井氏は当初あまり好まれなかったとも伝え聞くが、若者の友人関係をめぐる、まさにエポックメイキングな変容を記述する上では、的確なものではなかったかと思う。


 そして今日では、これまたいくつかのフィールドワークの知見からは、もはや若者たちがある意味で「ローテンション化」しており、友人関係を含む日常生活の全般的なことがらに対し、以前ほど強い期待を抱かなくなったがゆえに、無理に「空気を読」んだり、そこに「友だち地獄」を感じなくなりつつあるのではないか、といった仮説的な見通しも提起されつつある。


 こうした見通しが、どこまで正鵠を得たものかは、今後の検証を待たねばならないが、いずれにせよ本書は、若者たちの友人関係とその変容を理解する上で、今後も参照され続ける重要な著作と言えるだろう。


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