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2011年10月31日

『「反戦」と「好戦」のポピュラー・カルチャー―メディア/ジェンダー/ツーリズム』高井昌吏編(人文書院)

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「二重にメタレベル化する「戦争語り」に対する意欲的な論文集」

 私が小学生だった頃といえば、今から25年ほど前である。その頃は、「戦争体験」を伝えるテレビ番組が今と比べると随分多かったように思う。やや記憶が定かではないが、たしか毎年夏になるとNHKでは『戦争を知っていますか』と題して、「戦争体験」のある人々の語りを子どもたちに聞かせるという番組をやっていたように思う。

 私がそのことをよく覚えているのは、熱心に見ようと思っていたからではない。お盆にかけて母の実家に帰省した際、祖父とともに甲子園の野球中継を見た後で、他にすることがないのでテレビを見続けていた際にたまたまやっていたというだけである。だが、そうして何度も見ていくうちに、子ども心にも戦争に対するイメージが徐々に膨らんでいったのを覚えている。


 そして今、小学生の息子の父親となった身として、今度は自分の子どもに、こうした「戦争体験」をどう語り継いだものかと思う時がある。だが、自分が子どもの頃のように、それを扱ったテレビ番組はもはや多くはない。また、親や祖父母たちからも「戦争体験」を聞かされていた我々の世代と違って、今日の子どもたちに、そうした語りを聞かせたところで、どこまでリアリティを持ってもらえるか、やや心もとないところもある。


 間接的にしか体験しえなかった我々の世代から、さらに間接的な体験として、語り継いでいってもらうこと。そこにはどんな工夫が必要なのかと、考えていたころに、あるマンガ作品に出合って衝撃を受けたことがある。それは、こうの史代氏の『夕凪の街 桜の国』というマンガであった。この作品は、すでに映画化もされているが、やはりマンガを読んだ時の印象が忘れられない。大きく分けて2部構成になっていて、主人公も二人の女性からなる。一人は広島で被爆した後、1955年に亡くなる女性であり、もう一人はその姪にあたる若い女性で、自分の父が伯母の足跡を辿るところを尾行しながら、たまたまその存在を深く知ることになっていく。原爆を扱っていながら、『はだしのゲン』のような残酷な描写をあえてしない作品であることも印象的であった(そういえば、『はだしのゲン』も小学校のころに、教室の本棚に置かれていてよく読んだ記憶がある)。

 さて、前置きが長くなったが、本書は、このように「戦争体験」の語りが二重にメタレベル化していく状況を、ポピュラー・カルチャーの素材の中に読み取りながら、その実態や問題点について論じた意欲的な論文集である。
ポピュラー・カルチャーを対象としているため、実に対象が幅広いのが特徴的で、『ガラスのうさぎ』や『二十四の瞳』といったよく知られた作品から、上でも触れた『夕凪の街 桜の国』といった近年のマンガ作品、そしてミリタリー関連のプラモデルから戦艦大和にいたるまで、さまざまなものが取り上げられている。


 私と同じかやや上の世代にあたる若い著者たちの目論見通り、いわゆる「戦記もの」のような研究もそれはそれで重要なのだが、全く戦争を体験していない世代が多くを占める今日においては、「ポピュラー・カルチャーにおける戦争の表象・言説を対象に」して、「日常生活を生きる人々の戦争観」(P2)を明るみに出していくような研究の重要性はますます高まっていると言えるだろう。とりわけ若い世代の読者においては、本書を読んだ時に、ポピュラー・カルチャーの中の自分にとって身近な対象にまで、戦争が関連していたのかと驚きをもって受け取ることになるものと思われる。


 これらの点からしても、いまだ類書が数多くない現状において、本書は先駆的な試みとして高い評価に値するし、また文科省の科研費研究が元になっているようだが、さらに分析対象を広げつつ、広範な研究者をも巻き込みながら、体系的に研究が進められていくことを強く期待したい著作であると言える。


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