« 『電子書籍の衝撃―本はいかに崩壊し、いかに復活するか?』佐々木俊尚(ディスカヴァー・トゥエンティワン) | メイン | 『理系白書―この国を静かに支える人たち』毎日新聞科学環境部(講談社文庫) »

2011年08月31日

『友達の数は何人?―ダンバー数とつながりの進化心理学』ロビン・ダンバー著/藤井留美訳(インターシフト/合同出版)

友達の数は何人?―ダンバー数とつながりの進化心理学 →bookwebで購入

「友達は無限には増えないもの?」

 本書は、進化心理学者として著名なオックスフォード大学教授、ロビン・ダンバーが専門的な見地を織り交ぜつつ記したエッセイ集である。

 論じている対象は、友人関係や言語に始まって、文化や倫理・宗教世界、そして科学や芸術に至るまで実に幅広い。ダンバーの基本的な視点は、こうした諸現象を、人間という動物の進化、あるいは環境への適応行動という観点から理解するというものである。


 原文もウィットにとんだ軽妙な文体で書かれているのだろうし、あるいはそのテイストを損なわない上手な翻訳によって、楽しく読める1冊となっている。科学に関心のある高校生、あるいは中学生あたりでも、十分に楽しめそうな内容である。


 さて、ダンバーが著名となったのは、本書のタイトルにもあるように、「ダンバー数」と呼ばれる、気のおけないつながりの人数について、定式化したことによる。


 その根拠となっているのは、とりわけ霊長類における集団の大きさが、その脳の新皮質の大きさと強い相関関係にあるということであり、別な言い方をすれば、その複雑な集団社会の形成が、他の生物に比して、霊長類における大きな脳の発達を促してきたのだという(社会的知性説)。


 そしてこの観点からすれば、人間の「ダンバー数」は150人程度なのだという。


 社会学者の立場からすれば、一見、この定式化は非常に乱暴なものに見えなくもない。気のおけないつながりの人数が、脳の新皮質の大きさによってのみ規定されているのだとしたら、なぜ友人の多いものとそうでないものとがいることになるのか。


 あるいは、高度にメディアの発達した社会とそうではない社会、もしくは集団主義的な社会と個人主義的な社会とで違いは生じないのか、といった批判がただちに頭を掠めることとなる。


 しかしその上でなお、この「ダンバー数」という定式化には、捨て去り難い魅力がある。というのも、本書の中でも触れられていることだが、高度にメディアが発達した社会においても、決して友人の数は無限に拡大していく傾向が見られないからである。


 例えば、携帯電話のアドレス帳であれば、おおむね最高で1000件程度の連絡先を登録することができるし、インターネット上のSNS(ソーシャルネットワーキングサイト)を使えば、友人の数はそれこそ膨大に増やしていくことができる。


 この点について、実は評者も若者を対象とする実証的な調査をいくつも積み重ねてきたのだが、たしかに、こうしたメディアの普及当初は、それ以前と比べて若者たちの友人数に増加傾向が見られていた。だが、近年にいたると、その傾向は明らかに鈍ってきたように思われるのである。


 何年かに渡って、アンケート調査で友人数を尋ねて比較してみても、そうした傾向が見られるし、インタビューなどをしていても、「ケータイのアドレス帳は、〇百人というキリのいい登録数じゃなきゃ、いやなんですよ。だから新しい人を登録して、キリのいい数を超えちゃったら、誰かを代わりに消します」といった回答が見られるようになってきた。


 こうした結果にもとづくと、メディア技術の発達は、人間のコミュニケーションに無限の広がりの可能性をもたらしてくれるように見えるけれども、使いこなす側の人間の能力にも限界はあり、必ずしも社会的な要因だけが、人間の行動を規定しているのではないのだという思いを改めて強くすることとなる。


 かといって、社会学者である身からすれば、本書全体を通してその主張をすべて首肯できるかといわれれば、留保をつけざるを得ない部分はもちろん存在しており、例えば男女の性差を本質的なものとして捉えてしまっているところなど、ジェンダー論に代表される社会学的な観点に基づけば、批判すべきところがあまたあるのも事実ではある。


 だがもし、自分自身の「ダンバー数」にももし限りがあるのなら、その限られた数の中で、できるだけ多様性を確保しておきたいとも思う。そうした意味において、新鮮な刺激を与えてくれる本書は、読みやすさもあって大変面白い著作であった。



→bookwebで購入

トラックバックURL

このエントリーのトラックバックURL:
http://booklog.kinokuniya.co.jp/mt-tb.cgi/4589