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2011年05月31日

『鉄道忌避伝説の謎―汽車が来た町、来なかった町』青木栄一(吉川弘文館)

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「なぜJR中央線はまっすぐなのか」

 以前、通勤で使っていたJR中央線に乗っていて、いつも思うことがあった。「この線はなんと乗り心地がいいのか」と。ちょうど旧型から最新型へと、車両の置き換えが済んだ時期だったということもあったのだが、それ以上に、乗っていてほとんど揺れを感じないのだ。そのあとで、平行して走る私鉄に乗ると、「ずいぶんと揺れるなあ」と、今まで気づかなかった乗り心地の悪さを感じてしまうほどであった。
 それもそのはずで、JR中央線の線路は、ひたすらにまっすぐでカーブが全くないのだ。特に、新宿を過ぎて、立川に至るまではひたすらに直線が続いている。地図を見ると明らかにわかる特徴である。

 一方で、その沿線には、古い町というのが少ない。府中や調布といった、旧甲州街道沿いの古くから栄えた町は、平行する京王電鉄の沿線となっている。

 こうした現状からさかのぼって、日本社会には長らく「鉄道忌避伝説」なるものが存在してきた。いわく、古くから栄えてきた宿場町にとって、鉄道は商売敵であり、その開通に反対の立場を取ったため、幹線の多くは町はずれに作られることが多かった、というものである。


 本書は、こうした「鉄道忌避伝説」について、歴史地理学の手法に従って、その通説を覆していくものである。資料を丹念にあたりながら、通説の自明性を覆していくそのプロセスは、まさに痛快であり、実証的な学問の面白さが存分に味わえる一冊となっている。
 
 たしかに、開通以前の鉄道に対して、反対運動が全くなかったわけではない。また、日本社会における幹線鉄道の敷設に当っては、たしかに古くからの宿場町を避けているかのように見える路線が多いのも事実だ。


 だが、青木によれば、それらは、古くからの宿場町を避けたというよりも、むしろもっとも合理的なルートを選択して敷設された結果に過ぎないのだという。つまり、急なカーブや上り坂を避けたために、結果としてそうなったに過ぎないのだ。冒頭で紹介した、JR中央線のルートなどはその好例として、次のように記されている。

 「だから、甲武鉄道(現在の中央線)が新宿―立川間を二十数キロに及ぶ緩勾配の直線ルートで建設したのは、甲州街道筋の宿場町の反対でやむなく武蔵野台地上のルートを選択したためであるという鉄道忌避伝説があるが、鉄道側から見ればこれは理想的な線形であり、仕方なく選択したなどというようなものではないのである」(P50)

 なるほどと、うなづける指摘であろう。だから、JR中央線の線路はあれほどにまっすぐで、乗り心地がよいのだ。
 

 他に考えてみても、今日に至るまで、これほどの科学技術大国となり、急速に富国強兵・殖産興業を推し進めてきた日本社会において、鉄道という存在が、「得体のしれない西洋のもの」として、それほど強く忌避されていた、というのも、落ち着いて考えてみるとどこかおかしい話である。むしろ、国外から伝わってきたものを、次々に取り入れていく柔軟性があったからこそ、あれほどの急速な近代化がなし得たのではないだろうか。
 

 このように、我々が生きている社会には、当たり前のものとして疑われないままでいる「常識」がいくつもある。時に、学問はこうした自明性を覆していくが、本書はその実証的なアプローチにも学ぶところが多く、まさに「目からウロコ」の一冊といえよう。


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