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2011年04月30日

『増補版 時刻表昭和史』宮脇俊三(角川書店)

増補版 時刻表昭和史 →bookwebで購入

「「国敗れて、鉄道あり」~変わらずにあり続けるものがあたえてくれるもの」

本書のタイトルを文字通りに受け取るならば、時刻表そのものの歴史的変遷を記した書物を想像してしまうかもしれない。しかし、あとがきで「「私の」を冠すべきであったかもしれない」と記しているように、むしろその内容は、著者がその少年時代に鉄道に乗って全国を旅行した体験の記録となっている。



著者の宮脇俊三は、鉄道紀行文を文学の一ジャンルにまで高めた人物であり、国鉄全線を完乗するまでの過程を記した『時刻表2万キロ』(1978(昭和53)年に河出書房新社より刊行)が代表作として知られている。この代表作は、のちに「いい旅チャレンジ20000km」キャンペーンを国鉄が実施するきっかけになったとも言われているように、鉄道旅行を楽しむファンたちの「バイブル」として、今日でもよく知られている。


だが、あえて個人的な好みを記すならば、私はこの代表作よりも本書に惹かれるところが多い。

その理由として、本書の記録的価値の高さが挙げられよう。宮脇の少年時代は、まさに日本が戦争へと突入していく時代と重なっており、不要不急の旅行が制限されていた時代であった。しかしながら、父親が国会議員だったこともあり、「幸運」にして宮脇少年はこの時代においても鉄道旅行を「謳歌」していた。その点において、当時の様子を知る貴重な歴史的資料としての価値がある。


とりわけ圧巻なのは、「第13章 米坂線109列車」で記された1945(昭和20)年8月15日の様子である(以下、引用のページ数は、増補版の角川文庫版による)。

その日の正午、宮脇は父親とともに米坂線今泉駅で玉音放送を聞くこととなった。鉄道旅行中に敗戦という国家の一大事を知ることとなったわけだが、その日その時をもって、何か足元から世界が崩れ落ちていくような大きな変化があったというよりも、むしろ宮脇が強調しているのは、何も変わらずにありつづけたものの存在である。

後世を生きる我々からすれば、玉音放送については、全国民が聞き、あたかも時が止まってしまったかのような様子を思い浮かべることが多い。しかし宮脇の記述によれば、「天皇の放送が終ると、待つほどもなく列車はやってきたのだ」という(p251)。そして、「こんなときでも汽車が走るのか」という「信じられない思い」がしつつも、「汽車が平然と走っていることで…止まっていた時間が、ふたたび動きはじめ」、やがて「はじめて乗る米坂線の車窓風景に見入っ」ていったという(p250)。

そして、その車窓風景について、宮脇は以下のように記している。


「山々と樹々の優しさはどうだろう。重なり合い茂り合って、懸命に走る汽車を包んでいる。日本の国土があり、山があり、樹が茂り、川は流れ、そして父と私が乗った汽車は、まちがいなく走っていた。」(p251)


この記述からは、かつて唐の杜甫が「国破れて山河あり」と記したように、たとえ戦争に負けても日本の「山河」が変わらずにあり続けていたということが伺える。しかしそれと同時に、あたかも「国敗れて鉄道あり」とでもいうかのように、鉄道は変わらずに走り続けていたということ、そしてそれにどれほど心強い思いを抱いたかということが伺えよう。

1980(昭和55)年に出された原書版『時刻表昭和史』では、この章が終章となっているため、このシーンは知る人にとってはあまりにも有名な「ラストシーン」である。だが、あえてここで取り上げたのは、3月11日の東日本大震災以降、運休が続いている鉄道各線に少しつづでも復旧の見通しが立ち始めているからである。

この文章を書いた前日の4月29日には、東北新幹線が49日ぶりに全線で運転を再開した。過去の震災の教訓を生かして、比較的短期間で運転再開にこぎつけることが出来たのだというが、旅客輸送の大動脈が復活したことは大きな影響をもたらしてくれるだろう。

またその一方で、4月19日付の朝日新聞朝刊では、政治学者の原武史氏が、新幹線だけでなくむしろ地元の日常生活と密着したローカル線の復旧に力を入れるべきだとも主張している。そしてその好例として、震災からわずか5日後に、一部区間ではあるが当初無料で運転を再開し、地域復興の先駆けとならんとした三陸鉄道を取り上げている。


被災地に居住するわけではない私からすれば、想像で語るしかないのは事実である。しかしながら、地震や津波によって、状況が一変してしまった只中にあって、もし以前と変わらずに鉄道が走りだしたなら、どれほど心強い思いを抱くであろうか。


一緒に論じるのにやや躊躇われる点がないわけではないが、首都圏で「帰宅難民」となったものの一人としても、あの日ようやく動き出した鉄道の姿に、どれほど安堵の思いを強くしたかということは忘れられない記憶である(私自身は、池袋から渋谷まで歩いて帰る途中、たしか都電が最初に運転を再開したのを見た記憶がある)。


被災地の復興にはまだまだ時間がかかるのだろうし、ある程度は合理的な判断をしながら、以前とは違った街づくりを考えていかなければならない点もあるだろう。しかしながら、そうした時だからこそ、変わらずにあり続けるシンボルが与えてくれるものの大きさを忘れずおきたいとも思う。本書は、時の流れを超えて、その大切さを今なお教えてくれる貴重な一冊である。


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