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2011年04月30日

『若者のトリセツ』岩間夏樹(生産性出版)

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「社会学的なマニュアル本~若者を使いこなすために」

 本書のタイトルにある「トリセツ」とは、取り扱い説明書の略である。だが、本書を読めば、たちどころに若者たちを取り扱うのがうまくなるかといえば、そうではないだろう。むしろ、そうした速攻の特効薬を当てにするような発想を戒めるところにこそ、本書の狙いはある。
 もちろん、本書を手に取ったり関心を寄せる大人たちが、日々、「使えない(と感じてしまうような)」若者たちを相手にしていることは想像に難くない。一人ひとりの名前と顔も具体的に思い浮かんでしまうほど、その悩みが根深いことも多いだろう。

 だが、ミクロな人間関係的というか、あるいは心理学的な対策といえばよいのか、そうした名前と顔が思い浮かぶような、個々の若者への対処法を本書は教えてくれるわけではない。そのような期待をする向きからすれば、本書は隔靴掻痒、遠回りなものに感じられて仕方ないだろう。

 というのも、あくまで本書は社会学的に、時代時代の変化を背景にして、なぜ若者たちが変化をしてきたのか、いうなれば、なぜ今の若者たちは大人たちから見ると「使えない」ように思われる存在になってきたのかを、論じているからである。

 なかなか飲み込みにくい視点かもしれないが、だがその一点さえ理解できるならば、本書は極めて明快な論理と文体で書かれたわかりやすい一冊であることが理解されよう。


 例えば、冒頭で西武ライオンズの渡辺久信監督の著作に触れながら、管理を強めるよりも若者たちの自主性を重んじた選手の起用法が触れられている。渡辺監督の著作によれば、それは「寛容力」と呼ばれ、いうなれば、しかるよりもほめて伸ばすような起用法である。野球で言うならば、驚くべきことにかの闘将星野仙一氏ですら、今年から東北楽天イーグルスの監督に就任するに当たっては、かつてのような鉄拳制裁は影を潜め、むしろ物分かりの良い監督でいることが多いと聞く。

 だが間違えてはならないのは、ただ単純にこれを読んだ大人が、身近な若者と接するときに「寛容力」をもって、自主性を重んじた接し方をすればよいという話ではないということだ。時代とともに、若者という存在のありようが変化してきたのならば、むしろそれに合わせて変えるべきなのは、個々人の心がけではなく、むしろ会社や組織のありようなのである。

 つまり、時代遅れの会社や組織のありようを、大人たちが若者たちに無理やりに当てはめるようなことがあってはならないのである。


 その点でいえば、時代の変化に適切に対応するためならば、自主性を重んじるどころか、逆にマニュアル化を強めるような対策も時に有効ではないかと筆者は述べている。

 というのも、ライフスタイルの多様化が進み、異なる世代間どころか、同じ世代内ですら価値観を共有できないことが増えている昨今においては、むしろ個々人の自主性に任せるよりも、企業の経営目標を「誤解のない正確で簡明な文章に置き換え」ておくことで、共通の目標設定をすることが必要と考えられるからである(p214)。

 もちろんそれは、中身のない理念を精神主義的に叩き込むようなことでは決してなく、あくまで戦略的に、機を見ながら、置きかえられていくような目標でなければならないだろう。

 このように、本書はマニュアル本といえばマニュアル本だが、これまでのとは一味違った、いうなれば、社会学的なマニュアル本ともいうべき一冊である。ぜひ、若者が「使えない」とお嘆きのあなたに薦めたい一冊である。



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『中央モノローグ線』小坂俊史(竹書房)

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「鉄道マンガの新しい可能性として~見事にキャラ化された中央線の各駅」

 空前の鉄道ブームが起こっている、と言われて久しいが、そうした中で、これまでにあまり関連を持たなかったようなジャンルにおいても鉄道の姿を目にすることが多くなった。その一つがマンガであろう。鉄道ファンの一人として、つい鉄道に関するものがあると、それが何であれ手にとってしまう癖が抜けない。

 果たして、そのようなジャンルが成立しているのかどうかは別として、鉄道マンガには、おおむね2つの種類があると言えそうだ。

 一つには、たまたま鉄道が素材として取り扱われたマンガ(あるいは小説がマンガ化されたもの)である。紀行ものなどがその代表といえるだろう。

 そしてもう一つは、これまでの鉄道趣味の世界にマンガが取り込まれていった、あるいは影響を与えていったようなものである。その代表として、恵知仁氏らを中心とする「鉄道擬人化」の動きを挙げることができるだろう。

 それまでにも、先頭車の前面を顔に見立てて、目や口を付け足すようなイラストは、江頭剛氏などによっても描かれてきたが、近年の「擬人化」は、まったく一人の人間そのものの姿として鉄道車両を表現するところに特徴がある。こうした動きは鉄道にだけ見られるものではないが、その意外さからすると、やはり「鉄道擬人化」のインパクトは相当に大きかったと言わざるを得ない。


 さて、こうした「鉄道擬人化」のインパクトの大きさを説明するならば、おそらくは鉄道に対する、まなざしがあたかも真逆を向くようになった変化にあるといえるのではないだろうか。というのも、ある時代までの鉄道とは、まさに超越的なシンボルであったからである。

 古くは、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』に代表されるように、それは未知なる空間へとつながっていく存在であり、あるいは戦後においても超絶的な速度をもった新幹線のように、やはり特別なあこがれをいだくような存在であった。


 しかしながら、「擬人化」され、キャラ化されるということは、超越的な存在どころか、一人の人間のような存在として、対等に関係性を構築しうる存在となったということである。いわば、友達や恋人のように、その性格や好みに合わせて、やり取りをすることになったということである。こうした鉄道に対する新たな接し方の局面を切り開いたという点で、「擬人化」の動きは今後も注視していく価値があるといえるだろう。

 さて前置きが長くなったが、本書は、JR中央線における各駅を「擬人化」しているという点においては、後者のジャンルと近い点をもつものといえる。しかしながら、正確にいえば、どちらにも属さない新しさを持っているという点において、本書は、新たな魅力を持った鉄道マンガの境地を切り開いた一作といえると思う。

 というのも、これまでの「擬人化」は、どちらかといえば性愛の対象として、男性向けに美少女の姿にキャラクター化されるか、あるいは女性向けに美少年の姿にキャラクター化されることが多くを占めてきたといえる。

 だが、本書においては、中央線の中野から武蔵境までの各駅を、いかにもその駅周辺に住んでいそうな普通の(どちらかといえばさえない)女性たちの姿に表現しているという点で、これまでの「擬人化」とは明らかに一線を画しているのである。

 たかが鉄道のひと駅ごとに、違ったキャラクターが設定できるものかと思うかもしれないが、これが中野在住のイラストレーター「なのか(29歳独身)」に始まり、武蔵境在住の「キョウコ(15歳中学生)」にいたるまで、実に見事に振り分けられているのである。

 もちろんそれは、「中央線文化」という言葉もあるように、学園闘争の時代以来、様々なサブカルチャーが発達してきたこの路線の特徴に負うところも大きいかもしれない(余談だが、評者がこのマンガを購入したのも、実はその代表の一つとも言える、中野ブロードウェイ内の書店であった)。実際に乗車していても、「中央線が好きだ」というメッセージの含まれた広告を、鉄道会社が自ら流すような路線は、寡聞にして他には知らない。

 このように、かつての時代のように鉄道を超越的な存在としてまなざすのとも違い、かといって、特殊な思い入れを持つために美少女や美少年にキャラクター化するのとも違って、ごく普通の女性の姿に「擬人化」したところに本書の特徴がある。そしてそれゆえに、本書は、特別に盛り上がったりも、ハラハラドキドキのスリル感もないが、肩肘を張らずにリラックスして読むことができ、どことなくさわやかで安心した読後感が残る一作となっているのである。

 ぜひ中央線に乗りながら、読んでみることをお勧めしたい。



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『鉄道日本文化史考』宇田正(思文閣出版)

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「鉄道文化史という壮大な試みへの序奏」

 先月の東日本大震災は、語弊を恐れずに言えば、首都圏においては壮大な(負の)社会実験だったという側面を持つのではないだろうか。

 評者自身、当日は「帰宅難民」の一人となったが、改めて日常生活を支える社会インフラの脆弱さとありがたさを思い知ることとなった。とりわけ、バスをはじめとする道路交通は動いていたものの、鉄道が全て止まることで、東京という街がこれほどまでに機能不全に陥るものかという驚きを覚えた。


 ことほどさように、日本社会を生きる我々の生活にとって、日ごろほとんど意識されることはないが、鉄道との結びつきには極めて強いものがある。


 例えば、時間に正確な我々の生活は、鉄道が時刻表通りに運行されているということに負うところが大きい。もしこれが、マイカーが主体の生活であったならば、分単位でスケジュールを決めたりするようなことは不可能だったのではないだろうか。あるいは震災以降しばらくの間、毎日のように鉄道の運行状況が変化していたために、人とのアポイントを取るのに大いに苦労したことも思い出す。
 

 こうした時間に関する正確さは、以前にこの書評欄でも三戸佑子氏の『定刻発車』という書籍を紹介した際に触れたように、ただ単に鉄道という技術が輸入されて一方的に植え付けられたものではない。むしろ、それ以前から日本社会に存在した時間感覚と鉄道という技術が共に携わって形成されてきたもの、いうなれば文化的な変化であったというべきであろう。

 さて、前置きが長くなったが、本書が焦点を当てているのは、まさにこうした日本社会における鉄道文化の歴史的な変遷である。そしてそれは、これまで驚くほどに顧みられてこなかったものでもある。


 顧みられなかった理由として、著者は、鉄道がその経済的あるいは技術的な合理性の面ばかりにおいて注目されてきたからだという。確かに、明治期以来の富国強兵・殖産興業政策において、鉄道輸送がいかに経済的に合理的な成果をもたらしてきたか、あるいは戦後復興や高度経済成長の過程で、新幹線に代表される鉄道の技術がどれほどナショナルプライドを高めるのに貢献してきたか、といった点に疑いの余地はない。


 しかしながら、こうした功利的な影響面ばかりが注目される一方で、我々の日々の生活といった、社会のより深淵において、鉄道がどのような関わりを持ってきたのかという、文化的な側面については、ほとんど顧みられてこなかったのである。この点について、著者は序章において以下のように指摘している。

「近代日本人に特徴的なそうした鉄道功利主義や鉄道輸送「軍事化」の動向は国民の間に鉄道をたんに外的手段としか見ない価値判断をはびこらせ、それはまさに「鉄道文化」の対極的概念として、わが国における鉄道認識をきわめて特殊に規定するに至った。日本人の近代化の内面的体験を通じて、鉄道というものを「文明の利器」「開化の便法」としての一元的価値観から解きはなし、近代人の主体的形成にかかわる「文化」の契機または様式として認識する動きはほとんどなかった。」(p21)


 まさに正鵠を射た指摘というほかないが、そののちの本書では、より具体的な議論として、例えば鉄道が導入された際に、知識人や一般民衆がどのように受容したのか、あるいは伝統的な文化との間にどのような断絶やつながりがあったのか、さらには近代教育の中で鉄道がいかなる役割を果たしてきたのかといった、まさしくこれまで看過されてきたようなトピックに次々と焦点を当てている。


 本書は決して安価な書物ではないし、重厚な読後感の残る、まさに学術的な論文集となっている。収録された論文の中で古いものは1970年代に書かれたものもあり、著者のこれまでの研究の蓄積をたどる上でも格好の一冊といえる。


 しかしながら、あえてここで本書を、いわゆる「研究の集大成」というようなものではなく、むしろ日本社会における鉄道文化をたどる壮大なプロジェクトの序奏に過ぎないものだと評しておきたい。


 ともすると、非礼とも取られかねない書評をここで記すのは、評者が本書の著者に実際にお会いしたことがあるからである。ここで個人的なエピソードを交えることにどうかお許しをいただきたい。


 著者の宇田正氏は、追手門学院大学名誉教授であり、過去には鉄道史学会会長も務められ、まもなく御年80歳を迎えられようという経済学者である。しかしながら、お会いした際のお元気で闊達なご様子からしても、そしてまた明治から今日にまで至る鉄道文化を辿るというプロジェクトの壮大さからしても、やはり本書はあくまで序奏に過ぎないものと評したほうが適切だという思いを強くする。


 お会いした際、氏がこのような研究の方向性を思い至った経緯もお聞きしたのだが、これもまた感慨深い。いわく、1970年代の初頭に欧州に長期にわたって赴く機会に恵まれ、その際にかの地における鉄道文化の根深さをまざまざと思い知るに至ったのだという。


 振り返れば1970年代初頭は、日本の鉄道趣味界において、全廃を目前にして沸き起こったSLブームに端を発し、ノスタルジックで内向きな志向性が蔓延り始めた時期でもある。奇しくもその時期に、氏は外遊に赴かれたことで、そうした鉄道趣味界の流れに巻き込まれることもなく、独自のアプローチを深めていかれることになったと考えられよう。


 このことは、昨今が再び鉄道ブームの時期とも言われていることからしても感慨深い。それを単なる一過性のお祭り騒ぎに終わらせることなく、氏が言うように、われわれの「主体的形成にかかわる「文化」の契機または様式」として鉄道を認識していくような、まさしく文化的な営みとなるように、本書を傍らにおいて、じっくりと読み進めることを強くお勧めしたい。
(なお本書以外に、鉄道を文化としてまなざす貴重な書籍として、1986(昭和61)年に宇田氏も編者の一人として、『鉄道と文化』という対談集が日本経済評論社から発売されているが、同書は残念ながらすでに絶版のようである)


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『増補版 時刻表昭和史』宮脇俊三(角川書店)

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「「国敗れて、鉄道あり」~変わらずにあり続けるものがあたえてくれるもの」

本書のタイトルを文字通りに受け取るならば、時刻表そのものの歴史的変遷を記した書物を想像してしまうかもしれない。しかし、あとがきで「「私の」を冠すべきであったかもしれない」と記しているように、むしろその内容は、著者がその少年時代に鉄道に乗って全国を旅行した体験の記録となっている。



著者の宮脇俊三は、鉄道紀行文を文学の一ジャンルにまで高めた人物であり、国鉄全線を完乗するまでの過程を記した『時刻表2万キロ』(1978(昭和53)年に河出書房新社より刊行)が代表作として知られている。この代表作は、のちに「いい旅チャレンジ20000km」キャンペーンを国鉄が実施するきっかけになったとも言われているように、鉄道旅行を楽しむファンたちの「バイブル」として、今日でもよく知られている。


だが、あえて個人的な好みを記すならば、私はこの代表作よりも本書に惹かれるところが多い。

その理由として、本書の記録的価値の高さが挙げられよう。宮脇の少年時代は、まさに日本が戦争へと突入していく時代と重なっており、不要不急の旅行が制限されていた時代であった。しかしながら、父親が国会議員だったこともあり、「幸運」にして宮脇少年はこの時代においても鉄道旅行を「謳歌」していた。その点において、当時の様子を知る貴重な歴史的資料としての価値がある。


とりわけ圧巻なのは、「第13章 米坂線109列車」で記された1945(昭和20)年8月15日の様子である(以下、引用のページ数は、増補版の角川文庫版による)。

その日の正午、宮脇は父親とともに米坂線今泉駅で玉音放送を聞くこととなった。鉄道旅行中に敗戦という国家の一大事を知ることとなったわけだが、その日その時をもって、何か足元から世界が崩れ落ちていくような大きな変化があったというよりも、むしろ宮脇が強調しているのは、何も変わらずにありつづけたものの存在である。

後世を生きる我々からすれば、玉音放送については、全国民が聞き、あたかも時が止まってしまったかのような様子を思い浮かべることが多い。しかし宮脇の記述によれば、「天皇の放送が終ると、待つほどもなく列車はやってきたのだ」という(p251)。そして、「こんなときでも汽車が走るのか」という「信じられない思い」がしつつも、「汽車が平然と走っていることで…止まっていた時間が、ふたたび動きはじめ」、やがて「はじめて乗る米坂線の車窓風景に見入っ」ていったという(p250)。

そして、その車窓風景について、宮脇は以下のように記している。


「山々と樹々の優しさはどうだろう。重なり合い茂り合って、懸命に走る汽車を包んでいる。日本の国土があり、山があり、樹が茂り、川は流れ、そして父と私が乗った汽車は、まちがいなく走っていた。」(p251)


この記述からは、かつて唐の杜甫が「国破れて山河あり」と記したように、たとえ戦争に負けても日本の「山河」が変わらずにあり続けていたということが伺える。しかしそれと同時に、あたかも「国敗れて鉄道あり」とでもいうかのように、鉄道は変わらずに走り続けていたということ、そしてそれにどれほど心強い思いを抱いたかということが伺えよう。

1980(昭和55)年に出された原書版『時刻表昭和史』では、この章が終章となっているため、このシーンは知る人にとってはあまりにも有名な「ラストシーン」である。だが、あえてここで取り上げたのは、3月11日の東日本大震災以降、運休が続いている鉄道各線に少しつづでも復旧の見通しが立ち始めているからである。

この文章を書いた前日の4月29日には、東北新幹線が49日ぶりに全線で運転を再開した。過去の震災の教訓を生かして、比較的短期間で運転再開にこぎつけることが出来たのだというが、旅客輸送の大動脈が復活したことは大きな影響をもたらしてくれるだろう。

またその一方で、4月19日付の朝日新聞朝刊では、政治学者の原武史氏が、新幹線だけでなくむしろ地元の日常生活と密着したローカル線の復旧に力を入れるべきだとも主張している。そしてその好例として、震災からわずか5日後に、一部区間ではあるが当初無料で運転を再開し、地域復興の先駆けとならんとした三陸鉄道を取り上げている。


被災地に居住するわけではない私からすれば、想像で語るしかないのは事実である。しかしながら、地震や津波によって、状況が一変してしまった只中にあって、もし以前と変わらずに鉄道が走りだしたなら、どれほど心強い思いを抱くであろうか。


一緒に論じるのにやや躊躇われる点がないわけではないが、首都圏で「帰宅難民」となったものの一人としても、あの日ようやく動き出した鉄道の姿に、どれほど安堵の思いを強くしたかということは忘れられない記憶である(私自身は、池袋から渋谷まで歩いて帰る途中、たしか都電が最初に運転を再開したのを見た記憶がある)。


被災地の復興にはまだまだ時間がかかるのだろうし、ある程度は合理的な判断をしながら、以前とは違った街づくりを考えていかなければならない点もあるだろう。しかしながら、そうした時だからこそ、変わらずにあり続けるシンボルが与えてくれるものの大きさを忘れずおきたいとも思う。本書は、時の流れを超えて、その大切さを今なお教えてくれる貴重な一冊である。


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