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2011年03月30日

『ナショナル・アイデンティティの国際比較』田辺俊介(慶應義塾大学出版会)

ナショナル・アイデンティティの国際比較 →bookwebで購入

「ナショナル・アイデンティティの実証的研究!」

 2011年3月11日に発生した未曽有の震災以降、「日本という国の力を信じている」「いまこそ国が一つになる時だ」といったメッセージを多く目にするようになった。
 その一方で、こんなメッセージを目にすることもある。おおむね先のメッセージには同意しつつ、「でも、できれば”国”と言わないでほしい。そう言われると、在住の外国人からすると排除されてしまったような気持になる。”日本という社会”と言ってくれると嬉しい」というものだ。

 たしかに、今回の震災にしても、あるいはほかの機会にしても、われわれはどこかしらで、国に対する思いや感情を持つことがあるようだ。しかしながら、なんとなく感覚的には理解しているつもりでいて、果たしてこの”国”とは一体何なのか、あるいはそこで覚えている感情とはいかなるものなのか、さらには、それを強くもつものとそうでないものがいるのはなぜなのか、といったことは実証的に明らかにされてこなかった。


 こうした状況を踏まえたうえで、本書はナショナル・アイデンティティの実状について、既存の調査データの2次分析を行うことで、実証的に明らかにしようとしている。これまで、理論的な議論に偏りがちだったこの概念について、その実社会における現状を実証的に明らかにした点において、高い評価に値するものといえる。

 また本書の構成も、十分に説得的なものといえるだろう。

 第一に、これまでの理論的な議論の変遷を丁寧にレビューしながら、ナショナル・アイデンティティの概念の捉え難さ、および本書における定義が明確化されている。

 そして第二に、本書が採用しているのは、国際比較という手法だが、これはナショナル・アイデンティティの現状が、おそらくはそれぞれの国ごとにその背景やコンテクストが異なることが想像される点からすれば、まさに理にかなった手法と言えよう。また、その比較についても、ただ単にいくつかの国の実態を明らかにするだけでなく、互いに関連付けながら適切に結果の解釈がなされている点が高い評価に値する。

 分析対象とする国の選定も本書の目的からして妥当なものである。筆者が明らかにしたいのは、もちろん日本におけるナショナル・アイデンティティの現状だが、それと最も関係の深いといえるアメリカ、後発近代社会という点で共通するドイツ、そして「多文化社会の実験国」ともいえるオーストラリアが取り上げられている。日本におけるナショナル・アイデンティティの現状を理解する上で、適切な文脈化が図られている。

 さらに末尾の11章では、過去の調査結果との対比から、経年変化の可能性についても示唆されている。今後は、さらに分析対象とする国を広げるなど、ますますの研究の進展が期待できよう。

 著者の田辺俊介氏は、実は評者の大学院時代の同期であり、長年来の友人である。そのような人物の著作を、ここで紹介するのにためらわれる部分もないわけではない。

 しかしながら、むしろ本書は、改めて日本という社会そのものの存在が問い直されている今こそ、読むべき一冊だと強く信じ、ここに紹介する次第である。



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