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2011年02月28日

『漁師の食卓』魚見吉晴(ポプラ社)

漁師の食卓 →bookwebで購入

「瀬戸内海の魚と伊予弁を存分に味わえる一冊」

 本書は、夕日が美しいことで知られる愛媛県双海町(現伊予市)で漁師をしながら、季節料理店「魚吉」を経営する著者が、季節ごとの魚の美味しい食べ方を紹介したものである。いわゆるグルメガイドの類いや魚の調理法を紹介した本は巷にあふれている。だが、それらと一線を画しているのは、本書が一貫して著者の語り口調で構成され、なおかつそれが方言(伊予弁)そのままに記されているということである。


 日本列島は海に囲まれ、なおかつ南北に長いため、地域によって好まれる魚の種類もそして調理法も大きく異なる。その中でも本書は、地元の人にしか知られていなかったような魚やその美味しい食べ方がふんだんに盛り込まれ、なおかつ伊予弁で語られることで、現地を訪ねたことがある人ならば、まざまざとその思い出に浸りながら、「味わう」ことができる一冊となっている。

 私ごとで恐縮だが、昨年度まで7年間にわたって愛媛県の私大に勤務していたころは、週末になるたびに魚釣りに出かけ、平日においても夕食の買い出しには必ず魚を買っておいてくれと妻に頼んだのを思い出す。それほどまでに愛媛の魚が美味しかったのだ。

 また「郷に入っては郷に従え」ということわざの通り、現地の魚を最も美味しく味わうには、現地の食べ方に限るということも学んだ。そのことに気づくまでに大分と時間がかかったのを思い出す。


 
 例えば、本書では「ふぐのそっくりさん」(P231)としてカワハギが紹介されている。「ふぐを食べたことがない人にカワハギの刺身や鍋を出して「これはふぐです」というたら、恐らくみんな騙されると思うぜ。・・・旬のカワハギはなかなかのもんぜ。」(P231~233)と記されているとおりの美味である。私もその刺身を頻繁に食べていた。


 当初は、刺身ならばと醤油をべったりとつけて食べていたのだが、これではその上品な味わいに気づくことができていなかった。しかしやがて、愛媛ではポン酢で食べると知り、しまいには自分でポン酢を自作するようにもなって、存分に味わうことができるようになった。


 また、魚の味を表す方言にも独特な言い回しが存在する。カワハギのような白身の魚が好まれる愛媛では、どちらかといえば全国的に好まれる脂の強くのった魚は敬遠されがちであり、その際には「むつこい」と言い表されている。


 例えば、本書でも養殖と天然のウナギを比較して、次のように紹介されている。

「脂、脂というけん、ふだん養殖のウナギを食べよる人は、ものすごいむつこい(脂っこい)ことを想像しよるんじゃない?天然もんにのってくる脂は養殖ものにのってくる脂と違って全然むつこくないんよ。天然の脂はとろけるような甘さを出して、口の中に脂っぽさは残さん」(P55)

 おそらく厳密に言うならば、「脂ののった」と「むつこい」では微妙にニュアンスも違うのだろう。前者はどちらかといえばポジティブな意味合いだが、後者はどちらかというとネガティブな意味合いである。つまり、「むつこい」はあくまでも「むつこい」であって、そのニュアンスが分からない限りは、現地の魚の味を本当の意味で理解したとは言えないのだろう。

 浅薄な知識で専門外の内容ばかり記しても・・・と思われるので、少しだけ自分の専門にもひきつけておこう。
 


 社会学では、よくフィールドワークなどの調査法によって、現場の人々のリアリティを捉えようとする。またその成果を、著作や論文の形にして、世に送り出したりもする。


 だが決して、社会調査は万能ではない。人間には五感と呼ばれる感覚があるが、人々が日々感じているリアリティの全てを捉えきれるものではない。その代表ともいえるのは、本書が取り上げている味覚であろう。写真に写しても、あるいは言葉を尽くしても、なかなか魚の美味しさを読者に伝えられるものではない。


 ましてや、一般的に著作の形にする場合は、広く流通することを想定して、誰もが読みやすい表現や言葉、つまり整った標準語の文体にされてしまう。しかしながら、本書は、あえて方言丸出しの語り口調で一貫して構成されていることで、実物の魚そのものと同じ・・・とまではいかなくとも、かなりの満足感を読者に与えてくれる一冊となっているのである。


 その点では、私はこの本に嫉妬を覚えずにはいられない。フィールドワークは、私も比較的多く使う調査法だが、論文や著作にした場合には、本書ほどに現場のリアリティをうまく表現できている自信がなかなか持てない。もちろん、著作としてのジャンルの違いはあれども、リアリティを表現する手法としても、本書は大変に「美味しい」一冊といえるものと思う。

 私が愛媛を去ってすでに一年がたとうとしているが、本書は、魚と伊予弁が恋しくなったとき、ついつい読み返してしまう一冊であり、また、これほどまでに満腹感を味わせてくれる一冊というのもそうそう存在しないものと思う。


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