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2010年11月28日

『バナナの皮はなぜすべるのか?』黒木夏美著(水声社)

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寄り切られてしまいました

 ネットの普及によって、大学などで学生にレポートを書かせるとネット情報の「コピペ」だらけだという。せめて情報を書き写すだけでもなにがしかの勉強になるだろうからと、レポート作成は手書きでやらせて、ワープロによる執筆を禁止しているところもあるらしい。

 ネットを利用してできあがった本という意味では、この本もそうである。ある晩、鬱々とした気分で道を歩いていた著者が、道ばたに落ちていたバナナの皮を見つけて、ふと、バナナの皮ですべって転ぶというお約束ギャグはいつからあるのだろうという素朴な疑問をもった。その疑問への答えを求めて著者はネットや本の海を探索することになったというのだが、どうなんだろう、情報が簡単に得られるということは、情報の一つ一つがまさにただの「情報」と化してしまうことだ。苦労してえられた情報ならば、そこへたどり着くためのさまざまな物語があり、その苦労ゆえにこそ、得られた情報には独特の輝きが生まれるものである。ネット情報で大丈夫か。

 それにだいたい、『バナナの皮はなぜすべるのか?』という人を食ったような題名は何なのだろう。たぶん『ツルはなぜ一本足で眠るのか』あたりからだと思うが、シンプルかつ素朴な疑問をそのままタイトルにした本が増えていて、それでも、1本足で眠るというツルの生態なら、あるいは鳥好きの人が読むかもしれないが、「バナナの皮」の話なんて、「どうでもいいですよ」(@だいたひかる)感が漂いまくりである。

 だから、筆者は一部で話題になっているらしいこの本を読み始めるまで、少しく不安だったのである。トリヴィアルな情報は満載だけれど、要するにただの「調べ学習」みたいのだったらどうしよう。それに、ユーモアにもあふれている本らしいのに、バナナの皮ではないが、笑いがすべっていたらどうしよう。

 ところが! そのテーマと題名から、けたぐりだの、小股すくいだのといった技が出て来るものと予想していたのに、実際に読んでみたら、意外なことにこの書き手は正攻法の押し相撲で、こちらは、じりじりと土俵際へと寄られて、気がついてみたら、土俵の外に寄り切られてしまった、という感じなのだ。しかも、相手のあまりのあっぱれでまっとうな取組みに、土俵を出たその瞬間に相手に拍手を送りたくなったほどだ。いやあ、黒崎さん(って、私、この方、全然知りませんが)、私が悪うございました。

 むろん、調査が行き届いている、ということがある。アットランダムになるけれど、すこし挙げていくならば――、チャップリン、バスター・キートンといったバナナでもって見事にすべって転んでみせた役者たち。「笑い」とはそもそもなんであるかということからベルクソンの名前も。力をこめて紹介されるのは、テレビドラマ、漫画、小説作品、俳句におけるバナナの皮の扱われ方。ちょっとシーリアスな方面では、鶴見良行の名前や、中南米における植民地主義の話題も。そのほか、バナナの皮を路上に捨てるマナーの悪さゆえに、バナナの皮ですべって怪我をしたり、美観をそこねるという観点から、バナナの皮を捨ててはいけないというような法律がいまでも存在していることまで、なんの役にたつのかわからないけれども、それはそれは、すごい情報量である。巻末に人名索引と作品名索引がついていて、おおざっぱに数えてもそれぞれ360とか380ぐらいの固有名詞が出てくる。ネットなくしてこのような調査は不可能だったろう。

 黒木さんは表象文化研究のようなタッチで、事実を事実として淡々と積み重ねて記述していくのだが、感動的なのは彼女の静かな興奮が伝わってくることだ。たとえば、バナナの皮ですべるという「ベタな」笑いが子ども向けだけでないことを語ったところ――
 

実際、ベタな笑いは子ども向け作品だけのものではない。二〇〇六年に放映された実写ドラマだけでも、『富豪刑事デラックス』第五話では走り去る車を追おうとした三枚目の山下真司がバナナの皮ですべり、『特命係長 只野仁』スペシャルには大事な植木鉢を運ぶ高橋克典がバナナの皮ですべるものの逆立ちして鉢を足でナイスキャッチするギャグシーンがあり、香港が舞台の『喰いタン』スペシャルでは東山紀之がラスボスを倒した直後にさっき自分が捨てたバナナの皮ですべって「誰ですかこんなところに置いたのは、プンプン!」と怒る。
 バナナの皮ギャグが使われた邦画もいくつか製作されている。たとえば『ザ・スパイダースのバリ島珍道中』(一九六八)では、階段でバナナの皮を踏んですべった田辺昭知が左足を骨折する(バナナを食べていたのは堺正章)。『0093 女王陛下の草刈正雄』(二〇〇七)ではエンドロールの後に「絶対にマネしないで下さい」という注意書きがわざわざ表示される。また、オダギリジョー監督作には『バナナの皮』(二〇〇三)という短篇があるが未見である。

 「バナナの皮ですべって転ぶ」というお約束ギャグがこんなにもたくさん登場するということに黒木さんは驚歎し、そのギャグの変奏ぶりに感動している。固有名詞の畳みかけるような羅列には彼女の心の高ぶりが感じられる。もう一つ、この文章で驚いていいのは最終行、「~という短篇があるが未見である」とさりげなく書かれている点だ。ここだけ「未見」と書かれているからには、彼女はほかの作品については「実見」したということなのである。バナナの皮で転ぶ山下真司の姿も見たのだろうし、逆立ちして鉢を足でナイスキャッチした高橋克典も見たのである。ここに引用した文章の直前には、バナナの皮を投げつけるだけの技「バナナスリップ」でゴーグルファイルがすべる『大戦隊ゴーグルファイブ』や、主人公たちがバナナの皮ですべったのがきっかけで温泉が見つかる『ポケットモンスター 金言編』第百六十七話といった子ども向け作品も紹介されている。こういうのも黒木さんは全部、ぜーんぶ、見ているのだ!

 黒木さんがこの本を書くにあたって頼りにしたのはネットの情報であったかもしれないが、彼女の目は、ネットの情報の先で、読まれたり見られたりすることを待っている個々の作家たちの具体的な作品にまでちゃんと行き届いている。個々の作家たちは、バナナの皮といういかにも陳腐なものを扱いながら、人を笑わせようとして、ああでもないこうでもないと工夫をこらす。彼女が見ているのは、その職人たちの技芸であり、そこに傾注された情熱のほうだ。じっさい、「バナナの皮」というテーマをどう変奏させているかを見ていると、はっきりとその人の作家性というものが垣間見える。たとえば、『ドラえもん』に出てくる次のようなエピソードを見てみよう。

…のび太が、落ちていた空き缶で転んで水たまりにダイブ、服を濡らして遅刻してしまう。憤慨するのび太にドラえもんが出したのは「ゴム・カム・カンデー」。これを食べた人がゴミをポイ捨てすると、ゴミ箱にきちんと捨てるまでそのゴミに追い回されるという。バナナの皮をポイ捨てしたジャイアンを見かけたのび太とドラえもん、さっそくジャイアンに「ゴム・カム・カンデー」を食べさせると、バナナの皮は生命を得たごとく動きまわり、ジャイアンを自らすべらせて腰振りダンスで挑発する。ジャイアン、「バナナの皮のくせにオレ様をどうする気だ」と怒るものの最後はズタボロ、ようやくしおらしくバナナの皮をゴミ箱へ。

 この要約を読むだけでも、「そうだよねえ、藤子・F・不二雄って、こういう物語を描く人だよねえ」と思うのではないだろうか。平明で、穏和で、品格があって、飽きのこない笑いを描いて、少年漫画の王道を歩き続けてきた藤子の作風の特徴が、このバナナの皮のギャグの扱いにはっきりと見て取れる。この本が、ネットを使った「調べ学習」にならなかったのは、すぐれた文化・文学研究が一様に持っているところの、細部への眼差しがあるからである。

 そんなわけで、不安感から始まった筆者の読書は、ページを繰るごとに、うれしい驚きと感動へと変わっていた。そして、「あとがき」。黒木さんはこんなことを言っている。

これまでで最も印象的な出来事といえば、やはり一連の作業の原点となったあの光景だろう。暗く寒い夜の終わりに落ちていた、光に包まれたバナナの皮。あのときの私にとって、それは単なる光景以上の、笑いの神からの啓示とさえ思えたのだった。人生には、ときには暗く寒い夜の底を歩き続けなければならないこともある。しかし、暗ければ暗いほど、寒ければ寒いほど、その足元にバナナの皮が落ちていたときの喜劇的効果は大きい。あるいはこうもいえる。どんなに暗く寒い夜にも、バナナの皮が闖入する余地はある。黒一色で塗りつぶせる夜はなどない。私たち一人ひとりの心の中には、そして人の世には、バナナの皮のようなたわいもないものを楽しむことのできるゆとりが常にどこかにある。そしてありがたいことに、笑い作りを職業にする人々はいつの世にもいるのである。彼ら笑いの職人たちには、どうかこれからもがんばってほしい。そして私自身も、笑いの精神を忘れずに生きていきたい。

 筆者はこの書評の最初のほうで「寄り切られた」と書いた。自分が寄り切られたとはっきりと感じたのはこの文章においてである。感動的な人生論でもしているかのような顔をして黒木さんは語っているけれど、むろん、この一節は笑って読むのが正しい。「光に包まれたバナナの皮」だの、「黒一色で塗りつぶせる夜などない」だの、中学生の紋切り型作文の末尾のような「私自身も、笑いの精神を忘れずに生きていきたい」という言い方だの、マジメとオフザケが入り交じる黒木さんのユーモア感覚に、筆者は大笑いし、感動した。そして、大笑いして気づいたのは、この本じたいが、意識的か無意識的かは定かではないが、結果として、「バナナの皮」ギャグの、ちょっと手の込んだ新ヴァージョンになっているということなのであった。暗く寒い夜、心を暖かくしてくれる、あっぱれな本である。ホントです。



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2009年09月24日

『漱石の夏やすみ』高島俊男著(ちくま文庫)

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闊達な漱石

 漱石というとノイローゼとか胃弱とか、病気のイメージがつきまといがちだ。しかし、この本に出てくる漱石は快活で闊達な青年である。それはもう従来の漱石像を覆すほどだ。

 夏目漱石は第一高等中学校時代の夏やすみに、友人たちと1ヶ月ほど房総旅行をする。鯛の浦へ行ったり鋸山に登ったりして、のんびりと過ごした。明治22年、漱石23歳のときのことである。帰京後に彼は松山で静養している友人の正岡子規に、その旅のことを漢文で綴って送ってやった。その漢文の紀行文を『木屑録』という。漱石研究家以外にはあまり読まれることのないこの文章を読みといたのが、この高島俊男先生の『漱石の夏やすみ』である。

 この『木屑録』はこんなふうにして始まる。

余兒時、誦唐宋數千言、喜作爲文章。或極意彫琢、經旬而始成。或咄嗟衝口而發、自覺澹然有樸氣。竊謂古作者豈難臻哉、遂有意于以文立身。(ただし原文には句読点はない)

 旧字やむずかしい漢字が並んでいるので、これだけの文章を入力するのさえ時間がかかってしまった。そのことじたいが、現代のわれわれにとってこの紀行文が遠い存在になっていることの傍証にもなる。だから、この本では、まず、『木屑録』全文の現代語訳がついている。その訳文というのが、まず目を引く。

吾輩ガキの時分より、唐宋二朝の傑作名篇、よみならつたる数千言、文章つくるをもつともこのんだ。精魂かたむけねりになり、十日もかけたる苦心の作あり。時にまた、心にうかびし名文句、そのままほれぼれ瀟洒のできばえ。むかしの大家もおそるるにたらんや、お茶の子さいさいあさめしまへ、これはいつちよう文章で、身を立てるべしと心に決めた。

 現代的で、威勢がよくて、歯切れがいい。筆者はこれを読んでほんとうにびっくりした。というのは、従来の注釈家たちはこの部分をたとえば次のように書き下すのがふつうだからである。

余兒たりし時、唐宋の數千言を誦し、文章を作り爲すを喜ぶ。或は意を極めて彫琢し、旬を經て始めて成り、或は咄嗟に口を衝いて發し、自ら澹然として樸氣あるを覺ゆ。竊に謂へらく古の作者豈臻り難からんやと。遂に文を以て身を立つるに意有り。

 こちらのほうは、四角四面で、荘重そのものの漱石先生である。訳の違いでこうも見える世界が違うものかと驚く。断然、高島先生の訳語のほうが生き生きしていると思う。しかし、2つの訳を見比べてみて、あとのほうの書き下し文は元の漢文の言葉を巧みに利用していて、原文に忠実と言えるのではないか、と言う人があるかもしれない。それに対しては、高島先生はきっぱりと反論する。「そりゃもう、いうまでもなく、わたくしの訳のほうが、ずっと(原文に)近いのです」と。それはどういうことか。
 

 右にひいた木屑録冒頭、これはもちろん戯文である。少年のころの自分がいかに野郎自大でコッケイであったか、という話から、漱石は木屑録をはじめている。(中略)
 まあたとえばむこうはちまきでもしたオッサンが、やたいでなかまたちとにぎやかにコップざけをのみながら、「こう見えてもおめえ、オレはガキのころにゃ画工で一番できたんだ、先生たちが神童といったもんだぜ」などといったら、みんながワッと笑って座がたのしくなる。そういうものだ。
 余兒時誦唐宋數千言…、この最初の十字たらずをよんだだけで、子規はもうプッとふきだす。――すくなくとも、漱石のあたまのなかにある読者子規はふきだす。そのようすを想像しただけでおかしくて、自分もプッとふきだしながら、漱石はこれを書いているのである。
 これを、「余兒たりし時、唐宋の數千言を誦し」とむずかしげな日本語にしてしたり顔しているカンブン先生なんぞは、文章の機微などなんにもわからぬ石あたまとふみたおして、万まちがいないのである。

 そんじょそこらの学者先生のトンチンカンな訳文とは天地ほども質がちがうんです、あんな小難しい文章を作ってえらそうにしている輩は、文章のことなんかてんでわからぬただのトンチキ野郎だ、と啖呵をきっているのだ。「石あたまとふみたおして、万まちがいないのである」というようなやや古めかしい語法が出てくるくせに、全体としては、口語的な語り口に見えるところが高島先生流である。こういうところは、すでに引いた訳文にも特徴的であったことを思い出してほしい。「むかしの大家もおそるるにたらんや、お茶の子さいさいあさめしまへ、これはいつちよう文章で、身を立てるべしと心に決めた」――文語的な語法とリズムをベースにしながらも口語的な言い回しを自在に組み合わせて、文章に躍動感とリズムを与えている。カンブン先生流の「一律荘重」ノッペラボーな感じとは大ちがいなのである。

 こういう痛快な悪口は、正岡子規や夏目漱石の文章にもおよんでいる。『木屑録』という書き物を送られた正岡子規はこれに評をつけている。その文章も漢文で書かれているが、それを評して高島先生は、「要するに子規の文章ははしにも棒にもかからない」とばっさりである。漱石にたいしても容赦がない。たとえば、さきに引用した『木屑録』冒頭部分について――

(問題を)ひとつだけあげるとならば、「余兒時」のあと、「誦」のまえに、「そんなにはやくからもう」の気分をあらわす語がどうしてもほしい…「余兒時便誦唐宋數千言唐宋數千言」とするとだいぶよくなる。

と言ってのける。ここでも、高島先生の漱石への姿勢はふつうの人のそれとはちがっている。漱石の文章は一字一句間違いのない完璧なものだなどとは先生は考えないから、「便」という漢字1字が必要だとして、文豪・漱石の文章を堂々と添削してしまうのだ。しかし、その添削は、口うるさいカンブン学者のお小言というのとはちょっと違うように思う。高島先生が『木屑録』の各所に関して、ここはいい、そこはダメ、などとウンチクを傾けているのを読んでいると、先生は、年少の漱石や子規との力だめしを楽しんでいるように見えるからだ。高島先生は、この本では、権威的な「カンブン先生」というよりは、むしろ文芸部の頼もしいタカシマ先輩のごとき存在として登場する。ちょっと(だいぶ?)口が悪くて、七面倒くさいことは大嫌い、しかし、きっぷがよくて、学識があって、話もおもしろい。こういう先輩の言うことなら、漱石や子規も素直にうなずくほかないはずだ。それに、考えてみれば『木屑録』を書いたころ、漱石はまだ20代の若者にすぎないのだった。

 高島先生の「学識」のことにまで触れる余裕がなくなってしまった。『木屑録』を理解するためには、漢文とは何か、漢文をどのように日本人は受容してきたかといったことについて触れないわけにはいかない、というので、先生は「『漢文』について」「日本人と文章」といった章をもうけている。「カンブンは大のきらい」と言うほどの先生である。漢文は日本の文化を豊かにしたのでありまして…なんてことを書くはずがない。例によって楽しい悪口が満載である。そのうえ、その部分は、漢文についてだけでなくて、日本人にとっての外国語受容や翻訳の問題へも光を当てる充実した箇所となっていて、英語の仕事をしている筆者にとってもまことに学ぶところが多かった。さすがである。

 高島俊男に駄作なし。高島先生の本を読んだことのない方には、この本か、あるいは向田邦子論の『メルヘン誕生』あたりから読むのをおすすめする。




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2009年03月25日

『読んでいない本について堂々と語る方法』ピエール・バイヤール著、大浦康介訳(筑摩書房)

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<流><忘>○」

 原題は「読んでいない本についていかに語るか」。筑摩書房(あるいは訳者?)はこの原題に「堂々と」という副詞を付け加えた。3文字の追加が劇的な効果を生んでいる。編集者も自信があったのだろう、表紙カヴァーの「堂々と」の文字だけ赤くなっている。たしかに、うまい。じっさい、筆者もまたこの題名につられて買ってしまった。

 帯もうまい----という言い方はしかし、すこし変かもしれなくて、というのは、裏表紙にかかっている帯に印刷されているのは本書の目次そのままで、目次を帯の文章に使うのは出版界ではべつに珍しいことではないからだ。しかし、この本にかぎって、帯に目次をそのまま持ってきたのには意味がある。

I 未読の諸段階
 1 ぜんぜん読んだことのない本
 2 ざっと読んだことがある本
 3 人から聞いたことがある本
 4 読んだことはあるが忘れてしまった本
(中略)
III  心がまえ
 1 気後れしない
 2 自分の考えを押しつける
 3 本をでっち上げる
 4 自分自身について語る

 この帯は立派なキャッチコピーになっているうえ、この帯を読むだけで、もう読んだ気になってしまう。「読んでいない本について堂々と語る」ための本の帯として、これほど親切な内容紹介もないだろう。

  「読んだ」ということにもいろいろなレベルがあるように(何度も読んだ、ざっと読んだ、精読した、というように)、バイヤールは、「読んだことがない」ということにもいろんなレベルがあるのだという。なるほど、私たちは「読んだことがない」と一口に言うけれども、ぜんぜん読んだことがない本もあれば、途中で挫折してしまった本もある。多くの人が論ずるものだから、もうすっかり自分でも読んだ気になっている水村美苗の『日本語が滅びるとき』のような本もある。また、筆者は、英米文学についての研究論文を読む機会が多いが、論じられている作品はたしかに昔読んだはずなのに、その具体的なテキストの細部を記憶していないことに唖然とすることがある。そういう場合、その本を自分が「読んだ」と言っていいのかどうかはなはだ不安になる。

 「読んだ」「読んでいない」というのは、だから、はっきりと二分されるものではない。それに、そもそも本というものは、ある均質な読者空間をめがけて生産されるものだから、題名や著者名などから内容はおおよそ推察できるものだし、広告や他人からの噂話などを耳にしていれば、読んでいない本について公然と語ることはだれにもできることなのである。さきに引用した帯だけをもとに書評を書くことだって十分可能だろう。私たち編集者は、読んでいない本について、あれはいい、これはダメだと恥ずかしげもなく断言したりする。『ベオウルフ』からヴァージニア・ウルフまでの主要な英文学作品をすべて読んでいるわけでもないのに、英文学史を講じる英文学者もいる。バイヤールによれば、気後れなどはまったく必要はないことになる。

  「本について語る」こととはつまり批評のことである。しかし、本について語ることで、私たちはいったい何を語っているのか。小林秀雄はたしか「批評とは己の夢を(懐疑的に)語ることである」と書いたのではなかったのか。だとするならば、バイヤールの言うように、本について語りながら、「自分の考えを押しつけ」たり「自分自身について語ったり」するのも全く「アリ」である。部分的にしか読んでいない本ならば、その部分についてのみ熱く語るだけでも、「あの人はそんなところに着目したのか」と感心してもらえるかもしれない。あるいは、まったく読んでいなくても、その本をなぜ手にとったか、どういうところに惹かれたのかを語るだけでも、本について語ったことになる。

 本書には、「本を読んでいない」ことについて言及する小説作品(英文学者にはおなじみのデイヴィッド・ロッジの紹介する「ヒューミリエーション・ゲーム」もむろん出てくる)や作家たちのエピソードが紹介されていて(夏目漱石の『我輩は猫である』やら『草枕』なども引用されている)、本を読んでもいないのに堂々とコメントする行為が普遍的であることも例証される。プルーストを1巻しか読んでいなかったヴァレリーなど、常日頃から本をほとんど読まないことを口外して憚らなかったし、むしろ「自分が本を読まないことをひとつの理論にまで仕立て上げた」という。なるほど、バイヤールが指摘するように、ヴァレリーが作り出したヒーローであるテスト氏のアパートには本が置いてなかった。

 バイヤールはさらに議論を進めて、「読んでいなくても語ることの効用」があるのだと説く。本は読めば読むほど、文章は読むものであって書くものではないという意識を読者に植え付け、読者を身動きのとれない状態にしてしまうという。そういう一面があることはたしかに事実で、本は読めば読むほど自分の無知と無能力を思い知らされることがしばしばだ。読書で忙しくて論文を生産しない、あるいは生産できない学者さんはいくらでもいる。

 しかし、「読んでいない本について語ること」は正真正銘の「創造活動」であって、学生たちに学校で本の読み方や本について語る方法について教えるのに、読んでいない本について語る方法を教えないのは奇妙なことではないかとバイヤールが真面目に語っているのはどうだろうか。筆者はこの本を一種の洒落の本だと思って読み始めたのだが、どうやらバイヤールはかなり本気で「非読」の可能性を信じているようなのだ。この本は、見かけ以上に、まじめな読書論、読者論なのである。

 最近は下は小学校から上は研究者にいたるまで何かについて意見をまとめて発表するのが流行であり義務である。小学校では、本を宣伝するための「帯」を書かせる活動をやらせているし、研究者はpublishすることがなによりも大事な仕事になっている。「創造」が大事なのだ。しかし、そんな「創造」よりも、知識を無駄にため込んでいるような「偉大なる暗闇」的な存在のほうが、筆者には、「発信型」(なんという無残な言葉だろう)の時代にはかえって尊いような気がしてしまう。バイヤールが創造的であることは大事なことだ、と大真面目に言っているのを読むと、みんなが他人の文章をちゃんと読まずにどんどん「創造」しちゃうから、つまらない読み物が増えてしまうんじゃないんですか、とこちらも真面目に反応してしまう。

 本を読んでいないといけませんよ、というような教養主義的読書観に反発する気持ちはわからないでもないが、そんなに振り子を逆のほうに振らなくてもいいのに、と思う。むしろ、この本で楽しいのは、たとえば、読んでいない本について作者自身の前でコメントする羽目になったら、細部に入らず、とにかく褒めることが大事である、なぜならば「作家がもっぱら望んでいるのは、作品が気に入ったと、できるだけあいまいな表現でいってもらうことである」というようなコメントをしているところで、このぐらいの肩の力の抜け方というのか、エスプリに満ちた書きぶりのほうが、読者がこの本の題名から想像するものに近いのではないだろうか。

 バイヤールはこの本で固有名詞を挙げている本について、<未>(ぜんぜん読んだことがない本)、<流>(ざっと読んだことがある本)、<聞>(人から聞いたことがある本>、<忘>(読んだが忘れてしまった本)という4つの記号を付したうえで、とても良いと思った本に◎、良いと思った本に○、ダメな本に×、ぜんぜんダメな本に××の注をつけている。ジョイスの『ユリシーズ』に「<聞>◎」、アリストテレスの『詩学』に「<未>×」とあるのはたいへん納得のゆく評価である。この記号を丁寧に見ていくと、じっさいには存在しない小説なのに、「<未>◎」などという記号がついているのを発見することができる。読んでいなくても面白いとか面白くないとかコメントすることができる、というバイヤールの本書の主張がこんなところにも出ていて、くすりと笑った。ちなみに、本書をじっさいに読むまでの筆者の評価も「<未>◎」。



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2007年08月27日

『『薔薇族』編集長』伊藤文学(幻冬舎)

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同伴者としての栄光

 職業柄、編集者が書いた本は気になる。名編集者として知られいまは作家となった高田宏さんの『編集者放浪記』。「哲ちゃん」の名前でテレビでもおなじみの筑摩書房の松田哲夫さんの『編集狂時代』。最近のものでは、美しい文芸書の出版で知られた小沢書店の社長だった長谷川郁夫さんの『藝文往来』(平凡社)。それから、ぜひともお勧めしたいのがエロ漫画編集者・塩山芳明さんの『出版業界最底辺日記』。無類の読書家による、ニヒルでシャイな語り口に痺れる。

 ここに紹介する伊藤文学さんは、日本ではじめて男性同性愛雑誌を創刊した方である。『薔薇族』の名前を知らない人はいないはずだ。薔薇族、そしてレズビアンを指す百合族、ともに伊藤文学さんの造語である。この2つの言葉を日本社会に定着させただけでも後世に記憶されていい編集者だ。

 伊藤さんは父親が設立した第二書房という出版社を引き継いだ二代目社長である。この第二書房というのは、豪華な文芸書出版で知られた長谷川巳之吉が創立した第一書房に父親が勤めていたことから命名された(巳之吉については、上で名前を出した長谷川郁夫氏が『美酒と革嚢 第一書房・長谷川巳之吉』(河出書房新社)という本を書いている)。伊藤「文学」という名前はどうやら本名らしいのだが、文学好きの父親ゆえの命名だったのだろう。

 この本はおもしろい本だ。読んでいてほんとうに幸せな気持ちになる。

 『薔薇族』という雑誌はどういう雑誌であるか。むろんそれはゲイ雑誌である。創刊された頃には同性愛は薄汚いものだと思われていたという。ところが、創刊号の相談に乗ってくれた方(むろん、同性愛者である)の家に行ったら、自分の家とは全く違って、趣味のいい、ものすごくおしゃれなマンションだったというのだ。その印象が強いものだから、ゲイ雑誌は薄汚い印象を与えてはいけない、だから費用はかかっても紙はつるつるしたアート紙を使ったという。雑誌1冊の値段は500円。これなら500円札1枚で買える。おつりが要らない。この雑誌を買う人はレジでおつりを待っているちょっとの時間が恥ずかしくて仕方がない。だからおつりの要らない値段にしてある。読者への細やかな気遣いがうれしいではないか。

 この本は、『薔薇族』がどんな特集をし、どんな反響を呼んだか、その栄光の歴史を自慢するために書かれた本ではない。「オレが、オレが」というような自己主張がこの本にはない。淡々と、そして飄々とした書きぶりである。そして、伊藤さんは、自分のことよりも、編集の過程で出会ったさまざまな同性愛者たちを、本当に飽きもせず、こんな人もいた、あんな人もいたといって書き記す。

 投稿から出発して『薔薇族』に数々の傑作を投稿してくれた楯四郎さん。創刊当初からグラビア用の写真をたくさん提供してくれた「同性愛の生き字引」間宮浩さん。そして、数々のイラストを提供してくれた人たち。読者からの投稿もたくさん紹介される。妻も子供もいて、しかも妻は自分が同性愛であることを知っていて、『薔薇族』に投稿を勧められて、こうして書いています、と書いてきた読者。パートナーを見つけられないまま年老いていく孤独な毎日を訴える読者。『薔薇族』を万引きしたことがばれて自殺してしまった高校生のことを書いてきた、同じく同性愛者の書店員。「肉親にホモがばれた時」というアンケート企画への回答の数々。いろんな愛の形があり、小説より奇なり、というほかない、さまざまな生と性の物語がある。伊藤さんの目は常に優しい。伊藤さんはこういう人たちをすごく愛しているんだなあ、と思う。

 いま、ぼくは、「伊藤さんはこういう人たちをすごく愛している」と書いた。わざとこういう微妙な言い方をしたのだけれど、伊藤さんはいわゆるゲイではない。妻もいれば子供もいる。むろん、世間体を保つために、妻も子供もいる同性愛者もいるのだけれど、少なくても伊藤さんは自分は「ノンケ」(=非同性愛者)であると自称する。つまり、伊藤さんは、ついに同性愛者の「同伴者」として留まるのだ。だから、ときに、「ノンケだから分からない」というような批判も浴びせられることになるのだけれど、伊藤さんは彼なりのやり方で同性愛の人たちを愛しているといってよい。これも、ひとつの愛の形である。

 伊藤さんの編集者としての生き方というのは、じつは、編集者という人種の一つの典型ではあるまいか。むろん、趣味が高じて碁の編集者になったとか、詩人でありつつ詩の編集者であるという人もいるだろう。しかし、多くの場合、編集者はその雑誌の著者や読者たちとは趣味も違えば考え方も違うのが一般的だろう。それにもかかわらず、編集を続けることができるのは、そういう人たちの「同伴者」という位置を取ることができるからだ。自分をすべて譲り渡すわけではなく、他人と一線を画しつつも、その人たちへの親しみと敬意から、その人たちの同伴者となること。伊藤さんの編集者人生とは、まさに同伴者としての人生だったのだと思う。
 
 『薔薇族』は数年前、休刊になったことがある。伊藤文学さんはこんなことを言っていた。――この雑誌のかつての「売り」は文通欄だった。同好の士がパートナーを見つける場所として、一時期は1万通以上の投稿があったという。ところが、いまはゲイの人たちが気軽に出会うことができる場所も増えたし、伝言ダイヤル、さらにはインターネットの掲示板などで、気軽にパートナーを見つけられる時代になったため、部数が3,000部を切り休刊にせざるを得なくなった、と。ネット文化の前に、『薔薇族』は、そして「文学」は敗れたのだが、いままたこの雑誌は何度目かの復刊を遂げた。文学は、不死鳥のごとく健在である。

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