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2008年12月22日

『沖縄 だれにも書かれたくなかった戦後史』佐野眞一著(集英社インターナショナル)

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「『噂の真相』沖縄特別篇、のようなもの

 学生のころ、小説や詩などにくらべて、ノンフィクションは程度の低いものだと思っていた。「事実」などにかかずらっているノンフィクションは、絵空事こそ真実であると信じている文学青年にとっては読むに値しない週刊誌的な書き物と思われたのである。東大仏文出身の立花隆だって学生時代は小説ばかりを読んでノンフィクションなどはバカにしていたそうだから、こういう志向は文学青年のつもりでいる人間の、一般的な傾向であるのかものかもしれない。

 立花は週刊誌記者となってそうした考えを改めたと書いていたが、筆者の場合、ノンフィクションへの偏見がぐっと下がったきっかけになった本がある。篠田一士『ノンフィクションの言語』(1985年)である。杉浦民平、高杉一郎、上野英信、森崎和江、鎌田慧、沢木耕太郎といった作家たちの魅力を教えてくれたのはこの本だ。篠田一士は来年で没後20年である。小説や詩だけでなく、伝記、旅行記などについても目配りを忘れなかった篠田については著作集のようなものが出てもいい時期ではないかと思う。

 篠田のその本には佐野眞一の名前はなかったと思う。佐野が作品を発表し始めるのは80年代以降だからだ。佐野といえば、正力松太郎、石原慎太郎、中内功、里見甫、宮本常一、無着成恭などを扱った伝記的ノンフィクションや、東電OL殺人事件を扱ったものなどが有名だが、個人的には、業界紙新聞について書いた『業界紙諸君!』や、新聞の三行広告の世界を扱った『紙の中の黙示録』、性風俗業界を扱った『性の王国』などが好きだ。とりわけ好きなのが『業界紙諸君!』。鰻業界には民族派(国産ウナギ)と国際派(台湾からの輸入ウナギ)の二派があって、業界紙もそのそれぞれの権益を代表するものがあるのだとか、『日本蒟蒻新聞』という新聞には、蒟蒻がらみの俳句だけが盛り込まれている文芸欄があるのだとかの話が次から次へと紹介されている。佐野眞一の本領は、社会正義を熱く語る部分であるよりは、大手の新聞などには出ないような話題を「じつは、こんなこともあるんだよねえ」といって語ってくれるところにあると思う。

 沖縄についてのこのノンフィクションにも、そういう話題は事欠かない。本土の人間にとって、沖縄の有名人のひとりに、沖縄県知事であった大田昌秀がいる。反軍、反基地の姿勢を貫き、沖縄戦最大の激戦地の摩文仁(「まぶに」と読む)に「平和の礎」を立てたことで知られる大田は、戦争中、鉄血勤皇師範隊に参加したものの、奇跡的に生きながらえ、戦後、沖縄のエリートとして留学を果たし、琉球大の教授にもなった。大田のこんなライフヒストリーを紹介するのであれば『アエラ』あたりの「現代の肖像」シリーズで十分であろう。佐野らしいのはそのあとだ。大田が学歴コンプレックスの塊であったと聞いて、「グラビアアイドルのC.C.ガールズが知事室に表敬訪問したとき、大田さんは開口一番、『君たち大学はどこ出ているの?』と聞いた。C.C.ガールズの一人が、『私たち、全員高卒です』と答えたら、みんなシーンとなってしまったことがあります(笑)」というエピソードを取材を通じて聞き出している。「平和の闘士」大田の肖像はほんの少しばかり歪む。

 ディスクジョッキーのジョン・カビラ、タレントの川平慈英、この兄弟の父親が戦後沖縄初のアナウンサーであったという話もある。なるほど石垣島には川平湾という名所があるから、彼らのルーツが沖縄だということは想像がつくが、もともと川平家は琉球王朝の尚家につながる名家であったという話は初耳である。だれそれはどこそこの出身で、ご先祖様にはどういう人がいて…というように、その人のバックグラウンドにゴシップ的に拘るあたりも佐野らしい。

 いまは休刊になってしまったが、かつて、岡留安則(本書にもちょっと登場する)が編集長をつとめた『噂の真相』という雑誌に「はみ出し」という名物コーナーがあった。各ページに1つずつ1行の「噂話」が掲載されていたが、こういった話題はこの欄にちょうどいいようなネタだ。この佐野の大著は、いってみれば、『噂の真相』沖縄特別篇とでもいうようなネタが満載の本なのである。

 なにしろ650ページもの大冊である。テーマを挙げるだけでも、警察、ヤクザ、スパイ、密貿易、右翼・左翼、沖縄経済界の四天王、沖縄ミュージックや芸能プロダクションといった、週刊誌的なネタが、著者の言うとおり、「ゴーヤチャンプルー風のごった煮状態のまま」紹介されている。言葉を換えれば、まとまりは悪い本だということだが、読者としては自分の興味で読めばいい。

 筆者にとって教えられるところが多いと思ったのは、たとえば、沖縄と奄美大島の物語。お恥ずかしい話だが、筆者は奄美大島が沖縄同様、戦後しばらくアメリカ軍制下にあったことを知らなかった。日本に返還されたのは沖縄返還の19年前の1953年。早く返還されたのはよかったが、アメリカの軍用地とならなかった奄美には産業がなく、那覇へ出稼ぎをせざるを得なかった奄美出身者は、沖縄本島では差別の対象となったという。本土との関係では被害者であった沖縄は、奄美との関係では加害者の側に回る。「だれにも書かれたくなった戦後史」の一端が、ここにある。

 あるいは、軍用地主の問題。本土にいると、「反基地」の運動ばかりが見えてくるが、アメリカ軍に土地を貸すことによって生計を成り立たせている人や、そればかりか巨大な富を蓄積している者もいる。アメリカ軍基地をなくせ、という物語とは別の現実が紹介される。

 佐野は、大江健三郎らの進歩的知識人たちが、「被害者の島=沖縄」という「大文字の物語」ばかり語ってきたと批判する。だから、この本で書こうとするのは「沖縄人たちが、戦後紡いできた可笑しくも物悲しい物語」であり、「小文字の物語」だと述べている。じっさい、この本で紹介される「小さい」物語はじつに豊穣だが、日本における沖縄の政治的な位置という大きな問題を忘れているわけではない。小文字の物語を連ねるだけでは見えてこない、沖縄を規定している政治的な枠組みの問題に必ず突き当たってしまうからである。沖縄県警のベテラン刑事が、「迷宮入りにさせられた」アメリカ軍によるレイプ事件の証拠写真を泣きながら焼いていたという話を、琉球新報の記者から聞いたことで、沖縄に対するみずからの「立ち位置」が決まった、と佐野は書いている。

 そのことに関連していつも思い出すのは、磯田光一がかつて『戦後史の空間』(1993年)という本のなかで教えてくれた話である。卒業式でよく歌われる「蛍の光」にはかつて4番まで歌詞があったという。その4番の歌詞は、「千島の奥も、沖縄も、/八洲の内の、守りなり、/ 至らん国に、勲しく、/ 努めよ我が背、恙無く。」というものだ。1881年につくられたこの歌詞は、琉球が大日本帝国に編入されたいわゆる1879年の琉球処分を踏まえている。ひめゆりの悲劇も、戦後の米軍基地問題も、「(日本の)守り」として沖縄が位置づけられてきたことの結果だということである。

 この本を持ち歩いて読んでいるころ、お昼ご飯を食べるために会社の近くの沖縄ソバ屋へいったら、この本の表紙と同じ女の子の写真(木村伊兵衛賞を受賞した写真家・平良孝七の作品である)を使った「沖縄・プリズム 1872-2008」という展覧会(東京国立近代美術館)のポスターが貼ってあって、思わずハッとしてしまった。紛れもなく沖縄人の顔をしたこの少女の、なんと印象的で忘れがたいことだろう。読者をじっと見つめるこの少女は、沖縄という場所から日本を告発しているようにも見える。

 最後に気になったことを1つ書く。この本には、せっかく取材に行ったものの、確証が取れなかったために、龍頭蛇尾に終わった話題がいくつか載っている。フィクションではないのだから、話を面白くしすぎないのは、ノンフィクション作家としては正しい選択のように思う。しかし、その一方で、佐野はときどき、つまらぬ付け足しをしている。たとえば、アメリカ占領下にあって、米軍のスパイとして左翼運動の諜報活動をしたという女性がいることを、佐野は聞きつける。いまは老女になっているであろうその元女性スパイの家を訪ねていくものの、家のなかからは誰かが歩いているような物音がするだけで、ついに応答はなかった。文章はそこまででいいはずなのに、佐野はこう付け加える。

その微かな物音は、老婆が大蛇にでも変身して座敷を這いずり回る姿を妄想させた。そのあらぬ妄想に、日米のスパイたちがひそむ蛇のように細長い沖縄の地図の連想が重なった。

 こういうまとめ方にはまったく感心しない。話が尻切れトンボなものだから、形を整えようとして、こういう意味のない、悪しき「文学趣味」に満ちた文章を付け加えてしまうのだ。もともと佐野には文学趣味があった。かつて彼は『性の王国』を「まず、水。その性のよしあしはてきめんに仕事にひびくという」という書き出しで始めていたが、これは、石川淳の『至福千年』の第一文「まず水。その性のよしあしはてきめんに仕事にひびく」を下敷きにしたものである。『東電OL殺人事件』でも、売春婦となった東電OLの「堕落」を語るにあたって、坂口安吾の『堕落論』を引用していた。上野千鶴子は最近出た、紀伊國屋書店のPR雑誌『Scripta』で、佐野のジェンダー観の時代錯誤を指摘していたが(ちなみに、この上野の文章はたいへんおもしろかった。一読されたし)、たしかに佐野の文章を読んでいるといささか古めかしい語法に出会う。たとえば、先の「大文字の物語」に対する「小文字の物語」という言い方などにしても、もうそういう言い方をしなくてもいいんじゃないか、という気がした。「小文字の物語が大事だ」という言い方じたいが、筆者には大文字の物語に見える。



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