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2008年07月22日

『雲の都〈第3部〉城砦』加賀乙彦(新潮社)

雲の都〈第3部〉城砦 →bookwebで購入

続いている話

 加賀乙彦のファンである。何がいいかというと、小説が長いからだ。たとえば、死刑囚の物語である『宣告』は新潮文庫で3冊()。第二次大戦前後を時代背景に、アメリカ人の妻を持つ日本の外交官・来栖三郎の一家をモデルにした『錨のない船』は講談社文芸文庫で3冊である。「小説が長い」なんて褒めたことにならないと言われるかもしれないが、そうではない。これは最大の褒め言葉でつもりである。短篇小説を差別するわけではないが、小説はやっぱり長編がいい。海外に比べると、本格的な長編小説家は日本には少ないように思う。だからこそ加賀のような作家は貴重なのだ。

 『宣告』や『錨のない船』はもちろんいいと思うが、ぜひとも挑戦していただきたいのが、長さ、内容の両面において、まさに加賀のライフワークと言っていい「永遠の都」シリーズと、その続編「雲の都」シリーズである。「永遠の都」は新潮文庫で7冊(1.夏の海辺2.岐路3.小暗い森4.涙の谷5.迷宮6.炎都7.異郷・雨の冥府。ただし、筆者が読んだのは、文庫版に再編成される前の単行本で、当初は『岐路』『小暗い森』『炎都』という名前だった。各2巻で計6冊)、その続編の「雲の都」シリーズは今回で3冊目である(1.広場2.時計台3.城砦)。「雲の都」はたしか今回で完結だったはずである。この第3部が雑誌に連載されているころ、この長いシリーズもいよいよ完結らしい、というので、「永遠の都」「雲の都」を読み、残り1冊が出るのを待っていた。待つこと2年、ついに最終巻が出たと思っていたのに、どうやらこの巻で完結するのではないらしい。いささか拍子抜けもしたが、「いつまでも読んでいたい」長編小説を書くのが筆者にとっての加賀の魅力なのだから、楽しみが終わらなくてよかった、という気もしている。「続いている話」という題名をつけた所以である。

 作品の出来としては、後続の「雲の都」シリーズよりも、日本が戦争に負けるあたりまでの、祖父や親の世代について書いた「永遠の都」シリーズのほうが物語のスピードもゆったりしているし、丁寧に書かれているという印象を受ける。とりわけ印象深いのは、悠太(=加賀がモデル)の母方の祖父である時田利平である。明治の立志伝に出てくるような利平は、東京・三田綱町の慶応大学のそばで大きな病院を経営している男である。自分の病院の看護婦にはどんどん手をつけてしまうような淫蕩の血をもつが、反面、仕事の面においても精力絶倫で、病院はどんどん大きくするわ、いろんなものを発明して大儲けはするわ、自分の盲腸の手術を自分でしてしまうわ、もうとにかく八面六臂の大活躍の男である。そして、この利平の娘たち、そしてその子供たちもまた、父あるいは祖父の淫蕩の血をいくぶんかは引き継いでいて、ほぼ三世代にわたるこの物語には不義の物語がいくつも含まれることになる。おもしろくないわけがない。

 残念ながら、筆者のまわりのいわゆる文学好きが加賀乙彦の話をしているのをあまり聞いたことがない。たしかに、大西巨人『神聖喜劇』(12345)や野間宏『青年の環』(12345)、あるいは金石範『火山島』のような、社会的な問題をぐっと深く掘り下げていくような力はない。大西の日本の小説家としては異常なほどの論理癖や、野間の象徴主義的で執拗な描写力などの文体的な強い個性は加賀には皆無である。

 しかし、小説というのは、加賀の小説みたいなのを正統というのではないか。個性の強い医者を重要な主人公とするという点において類似といっていい北杜夫の『楡家の人びと』()や、加賀も高く評価する野上弥生子の『迷路』()のような、良い意味でのメロドラマ性を備えた長編小説こそ、小説らしい小説と筆者は呼びたい。

 もうずいぶん前だけれど、加賀乙彦がテレビに出演されているのを見たことがある。加賀は、小説を書くのが本当に好きで、なにかの集まりでお酒を飲んでいるようなときでも、早く家に帰って小説の続きを書きたいなあ、と思ったりするのだそうだ。加賀の小説を読んでいても、この人は、書くことがつらくてつらくて、というタイプではなくて、根っからお話を書くのが好きなのだなあ、というふうに感じる。

 『錨のない船』の解説で秋山駿が概略こんなことを書いている。『帰らざる夏』や『宣告』はいい作品だと思うけれど、そこに漲る緊張感のせいで人間の描き方がちょっと硬い。それに比べて、『錨のない船』は、ふっくらと描かれていていい、と。まったくそのとおりだ。そして、その美質は、この「永遠の都」「雲の都」においてこそさらに遺憾なく発揮されていると思う。そして、この「ふっくら感」というのは、加賀が小説を書くことを心から楽しんでいることと無関係ではないように思う。大西や野間が辛そうに小説を書いているとは思わないが、作品に漲る緊張感がときに読者を疲れさせることも事実なのだ。

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 「続いている話」という題名で書き出したこの書評は、ここまでで半分である。いささか長くなってしまうが、大長編小説の書評なので、いま少しお付き合い願いたい。「続いている話」という題名をつけることになったもう一つの理由を書きたい。

 あれは「雲の都」の第一部であったと思うのだが、悠太が、医者になるべく大学の解剖実習の授業を受けている場面があった。階段教室のうしろ、つまり上のほうから、半円形の擂鉢状の底の部分で、解剖が行われているのをぼんやりと眺めている、たしかそんなシーンだったと記憶している。筆者はそのシーンを、仕事の都合で参加した日本英語学会という英語学・言語学系の学会のシンポジウムの休憩時間に読んでいた。そのとき、突然、啓示のように気づいたことがあるのだ。自分は階段教室のいちばんうしろの席で、その本を読んでおり、そしていままさに読んでいるシーンと、自分がいる場所が酷似しているのである。階段教室、そして擂鉢状の底の部分には、蛇口があって、そこには解剖が行なえるようなシンクも設えられている。これはもう、酷似などという生易しいものではない。じじつ、悠太が学んだのは東京大学医学部。そして筆者が座っているその教室もまた東京大学医学部の教室!(教室が確保できなかったのか、なぜか筆者が参加した言語学のシンポジウムは医学部の教室で行なわれていたのだ)。小説に出てくる教室とたぶん同じ教室に自分は座って、その小説を読んでいると確信した。この驚きはちょっとうまく説明できないぐらい、こんな偶然ってあるんだろうか、というような鮮烈な体験であった。

 (余談だが、ラテンアメリカの作家フリオ・コルタサルに「続いている公園」という2ページ足らずの短篇小説がある。「二、三日前に読みはじめた」という小説の架空の世界に引き込まれ、読み進んでいくうちに、「まわりの現実が遠のいていく」。しかし、語られているストーリーはやがてメビウスの輪のように現実へと反転して、「小説を読んでいる」その男の現実へと話が戻ってくる、というコルタサルらしい短篇である。「ちょっとうまく説明できない」と書いた上の体験は、このコルタサルの衝撃のラストに近いと感じる。コルタサルとは作風の点でおよそ対極的な存在の加賀乙彦の小説を読んで、コルタサルを思い出すとは、これまたなんと奇妙な体験であろう。)

 さて、その体験からのことであったろうか、フィクションとしてのこの小説はいったい、どこまで現実をベースにしているものなのか、いろいろと気になりだした。

 たとえば、先に触れた時田利平の病院のこと。小説では、彼の病院が拡大するのに伴い、増築に増築を重ねて、しまいには巨大な軍艦か要塞のような建物になったと書かれている。そんな病院はじっさいに三田綱町にあったのだろうか。そこで、筆者が仕事の関連でお世話になっている慶応大学の先生に「昔、慶応のそばにそんな病院があったんでしょうか」とお尋ねすると、さあ大変、戦前の地図まで図書館で借りてきてくださって、さらには当時そのへんに住んでいたと思しき慶応大学のOBにまで連絡してくださった。どうやら、小説に描かれているような巨大な病院はなかったらしいが、小説の描写と同様に、日露戦争のさいの日本海海戦での功績でもらった金鵄勲章を飾ってある病院が慶応大近くにあったらしいことがわかった。

 悠太は、戦争中、名古屋の陸軍幼年学校へ行ったことになっている。これまた加賀自身の体験に即していて、彼は『帰らざる夏』でもそのことを書いている。たまたま、仕事の関連で、名古屋の陸軍幼年学校へ行った経験のある、いまは英文学者となった方に、加賀についてご存知でしょうか、とお尋ねした。すぐに小木貞孝(加賀乙彦の本名)さんはぼくの一年上です、と言下にお返事が戻ってきたのであった。

 「小木貞孝」をグーグル検索したこともある。小説では、悠太は、大山田という名前の東京の下町でセツルメント活動に励むことになっている。ネットであれこれ検索してわかったのは、悠太ならぬ小木貞孝がじっさいにセツル活動に励んだのは大山田ではなく大谷田という場所であるということであった。

 どうしてこんな調査に夢中になってしまうのかよくわからない。文学碑だの、作家の生家跡だの、文学散歩のたぐいの趣味は筆者にはまったくない。そういうのを軽蔑していたぐらいなのに、加賀の小説にかぎっては、そうではないのだ。『「永遠の都」「雲の都」の真実』というような本が出たら、筆者は日本でほかの誰よりも先に本屋へ走るだろう。

 加賀は祖父がつけていた日記や自分自身の体験などを元にこの小説を書いたそうである。現実を踏まえて小説を書いたのだから、小説のなかに現実の痕跡が存在するのは当たり前といえば当たり前なのだが、筆者が感じているのは、それとはまったく逆の感覚である。それ自体で完結していると思われていた虚構の世界の外側に、いわば「虚構世界の痕跡」と思われる現実がそこここに発見できてしまうということに奇妙な倒錯感覚を持つのだ。

 月に一度ぐらいの頻度で、三田の慶応大学を訪れることがある。慶応へ向かって緩やかな坂を上っていくときなど、ああ、これが、時田利平をはじめとする人びとが何度も行き来した坂なのだなあ、と思い浮かべる(この時点ですでにフィクションと現実は混同されている)。そこから連想は、一族の出発点というべき利平の強力な個性やら、戦前、戦争、戦後の大正から昭和という時代に生きた人びとの生の軌跡へと広がっていく。そして、そのようなことを小説に描いた加賀乙彦という人がいまも筆者である私と同じ時代の空気を吸って小説を書き続けていることが、なにか非常に不思議なことのように思われてくるのだ。

 さて、3月に刊行されたこの『雲の都』の第3部。むろん、これだけを読んでほしいということではない。加賀の自伝的大河小説をぜひ最初から読んでほしい。ストーリーはもう学園紛争の時代まで来た。安田講堂も陥落した。精神科医である悠太は医者としての忙しい日常のなかで、処女作となる作品を執筆中である。加賀の処女作『フランドルの冬』の出版は1967年だから、現実とフィクションはちょっと年代的にずれがあることを今また確認したばかりだ。加賀はこれからの悠太をどう描くのだろう。

 第4部を一日千秋の思いで待つ。


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2008年07月03日

『英語の冒険』メルヴィン・ブラッグ著、三川基好訳(講談社)

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多国籍企業「イングリッシュ・カンパニー」社史

 筆者はふだん、英語文学、英語学・言語学、英語教育といった分野の本を編集する仕事をしている。たまには本業に近い本も選んでみよう。

 取り上げるのは、英語業界では「英語史」と言われる分野の本である。邦題は原題“The Adventure of English”をそのまま訳している。「英語」はこの本では、「冒険者」という「人間」に擬せられているわけだ。副題にもThe Biography of a Language、つまり、ある言葉の「伝記」とある。

 それでは、この英語という人物はどんな人生を送ってきた人なのか。この本は「伝記」ということだから、著者の意図をさらに拡大して、英語を以下、「英(はなぶさ)クン」と呼び、筆者なりに本書の概要を説明しよう。

 生まれは北海に面する、いまのデンマークあたり。ここにはゲルマン民族の一部族であるところのアングル族、サクソン族、ジュート族などが住んでいて、英クンはその部族の子供として生まれた。いつもぶつぶつひとり言を言っているような独語クンとは縁戚関係にある。5世紀半ば、英クンの一家は、民族の大移動の時期に、いまのイングランドにあたる地域へお引越し(その地にいたケルト君には迷惑な話ではあった)。その地で支配的な権力をもつようになる。

 ところが、1066年、英一族の遺産は自分がもらうことになっていたといって、フランスから、あまり仏心などなさそうなノルマン系の仏語クンがイングランドにやってきて、英クンを追い出しにかかる。それから何世紀かが、英クン一家の最大の危機の時代になる。ただし、英クンには強い味方がいた。英クンと身近なおつきあいをしていた一般民衆だ。やがて、イングランド内部のナショナリズムの高まりなどにも後押しされるようにして、英クン贔屓は徐々に増えていった。

 そして、あとは右肩上がりのサクセス・ストーリーである。16世紀から17世紀にかけて、国内だけでは足りなくて、英クンはまずアメリカへと進出していき、さらにその後も、オーストラリア、カナダ、インド、アフリカ各地、カリブの島々など、ほかの地域へも進出していく。そして、英クンは今や誰もが認める世界の大立者である。

 英クンの伝記はざっとこんなところだ。サクセス・ストーリーがすべてそうであるように、一番の読みどころは、たぶん、仏語クンに苛められたあと、次第に力をつけて、地獄の底からはい上がってくる時代だろう。聖書をとおして直に神の言葉に触れて欲しいと願ったウィクリフ、ティンダルといった人たちが、処刑を覚悟しながら、聖書を英語に訳していた時代から、いまも上演され続けているシェイクスピアが登場する時代あたりまでが、とくにワクワクするところだ。日本では、英語聖書というと、1611年に出たAV(アダルトヴィデオでもオーディオ・ヴィジュアルでもなく、これはAuthorized Version, つまり欽定訳聖書の略語)が高く評価されているけれども、えらいのは、先駆者たるウィクリフとティンダルで、著者のブラッグさんもそのことを強調している。そういえば、日本の聖書学者、田川建三さんが、名著『書物としての新約聖書』のなかで、AVばかりありがたがる日本の英語学者を批判していたことを思い出す。

 逆に、英クンが植民地政策の片棒をかつぐようにして、インドとか、カリブ諸国とかに広がっていくあたりになると、英クン、ちょっとあなた、調子こいてるんじゃないの?と言いたくなってくる。大英帝国、ついでアメリカの強力な支援者となった英クンの覇権のかげで、ほかの言語がどんどん押しやられたり、弱小言語がどんどん消えていったりしている現状をみていると、判官贔屓も働いて、つい英クンの増長ぶりが苦々しく思えてくる。

 英クンの伝記作者たるブラッグさんも、そのあたりのことには十分意識している。ブラッグさんはこの本を英語(少し辛くなってきたので、「英語」に戻します)で書いているが、ご本人の出身はイギリスではあっても厳密にいうとスコットランドである。この地はイングランドと英語に対しては強烈なライバル意識を持っている土地柄だから、英語に対しても、批判的な姿勢を持っているのである。英語以上にスコットランド語を大事にしたスコットランドの国民作家ロバート・バーンズ(「蛍の光」の歌詞を作った人です)の話になると、つい熱っぽくなったりもするし、ずばり「英語が殺した言語」というセクションもある。この本は、その意味で、バランスの取れた本であって、かつて1989年に邦訳が出たロバート・マクラムほか著『英語物語』(文藝春秋)と同様、英語の歴史を社会や文化との関係できちんと解説した良い入門書、啓蒙書と言っていい。

 それにしても、一部族の言葉でしかなかった英語は、なぜに、かくも世界的な言語となったのかといえば、歴史をみれば明らかなとおり、英語国であったイギリス、ついでアメリカの、世界における政治的、経済的、文化的、軍事的な覇権によるところが大きい。さらに、ブラッグさんは、イギリスの代表的な英語学者であるデイヴィッド・クリスタル教授(イギリス最大の輸出品たる英語の理論的守護神とも言うべき人)の意見として、英語の「強さ」はその「雑種性」「多国籍性」という性格にも関係があるのではないかという説を紹介している。つまり、もともとゲルマン語の一部として生まれた英語は、やがてフランス語の強烈な影響を受け、その後この言語が世界に広がっていくなかで、スペイン語や、ヒンディ語や、あるいはアフリカの諸言語、ネイティヴ・アメリカンの言語、さらには日本語の語彙(津波は英語でもtsunamiだ。むろんサザンオールスターズのヒット曲以前からの語彙である)まで吸収したために、どの国の人にとっても馴染みやすい性格を持つことになったのではないか、というのだ。
 
 しかし、筆者は個人的にはこういう理屈を好まない。そもそも、英語の雑種性とは、「結果」の産物であったはずだし、結果を原因と取り違えてはいけないのではないか。それに、こういう理屈はどこかで聞いたことがあるような気もする。たとえば、アメリカは多民族国家であり、世界各地からいろんな人たちが集まってきて作られた雑種的な国家であるがゆえに、ほかのどの国々よりも、いろいろな民族の利権を調整した、民主主義的な結論を出すことができる国家なのである、というような理屈である。なんとなく胡散臭い。

 とはいえ、英語が世界中に広がったことだけは事実であるし、英語はいまやEnglishではなく複数形のEnglishesとして語られるようになってきた。現在の英語の位置を的確に比喩化するためには、「人」よりは、多国籍企業の比喩のほうがふさわしいかもしれない。この本も、伝記というより、英語という会社の社史と考えたほうがいっそわかりやすいかもしれない。不満分子を追放した過去の負の歴史にも触れつつも、会社そのものの存立を揺るがすような過激なことは書かないのが社史の限界である。この本の、予定調和的で、穏健かつ温和な記述にたいしてうっすらと感じていた不満も、この本は巨大多国籍企業「イングリッシュ・カンパニー」の社史だと思えば納得がいく。

 最後に。この本はすでに2004年にアーティストハウスから単行本として出版されたものである。この文庫本の末尾には単行本版のあとがきがそのまま付いている。文庫本オリジナルの「あとがき」がついていないのは、訳者の三川さんは昨年10月、57歳にして亡くなってしまったからだ。三川さんはミステリ翻訳家として知られたが、ご専門は英語史や辞書史であった。この本には、『ベオウルフ』、『カンタベリー物語』、各種聖書、シェイクスピアから、マーク・トウェインといった作家まで、いろいろな英語の引用がある。通常、この手の翻訳は既訳によるのが普通だが、古い英語や中世の英語にも通じていた三川さんはすべて自前の訳文で通している。あっぱれである。この文庫本が出た同じ4月には、三川さんの翻訳した、クレイグ・クレヴェンジャ-の『曲芸師のハンドブック』が出た。2冊とも死後出版ということになる。


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