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2008年03月11日

『或る「小倉日記」伝』松本清張著(新潮社)

或る「小倉日記」伝 →bookwebで購入

極道者・松本清張

 推理小説家として知られる清張だが、この短篇集は、芥川賞を受賞した表題作をはじめとして、清張が若い頃に書いた純文学作品を中心に集めたものである。このところ、新潮社は、団塊世代が定年を迎えるのに合わせてなのだろう、過去の名作やベストセラーを次々と復刊している。柴田翔の『されどわれらが日々』も小島信夫の『アメリカン・スクール』もそうだ。松本清張のこの本も「おとなの時間」という名前の帯と一緒に店頭に並んでいた。

 いまさら松本清張、と思わないでもないし、彼の作品は高校・大学時代にたくさん読んだはずだが、この短篇集は読んでいなかった。いい機会だと思って読んでみたら、これが予想外に面白かったのだ。予想外というのは失礼な言い方かもしれないが、さすがベストセラー作家の清張だけあって、とにかく読ませてくれる。文章それ自体は紋切り型で月並みなところがあるとはいえ、表題作「或る『小倉日記』伝」など、私小説的なわびしい風情も漂っていて、純文学作品としても悪くない。

 しかし、ぼくがこの本で楽しんだのは、この短篇や、狂っていく一人の女性歌人の末路が哀しい「菊の枕」といった、文学的にも価値の高いと思われる作品ではない。この本の解説はいまは懐かしい平野謙だが、その平野が「通俗的に堕している」と評した作品「断碑」(と「笛壷」)、これらがぼくには面白かったのだ。なにが面白いかというと、これらの作品の、「濃さ」である。

 「断碑」は、中学校を出たあと地方で代用教員をしながら考古学を勉強している男が主人公である。彼は能力はあるのだけれども(能力があるがゆえに?)猛烈に上昇志向が強くて、官立の大学の権威といわれる人に取り入ろうとする。そのためには、敢えて、自分がよしとしない学説をも学会誌で公然と擁護もする。ところが、そうやって取り入ろうとする相手から袖にされるや、今度は臆面もなく違う学者に乗り換える。むろん、そんなことをしていれば年上の人たちからは嫌われる。そこで、今度は自分で学会誌を作り、若い連中と付き合うようになるのだが、若い学者連中の投稿論文を読んでいると、素材がいいのに、どうしてこんな稚拙な内容なのかと腹が立ち、送られてきた素材をもとに自分で論文を書いて発表までしてしまう。こんな人間だから彼は誰にも相手にされなくなる。

 主人公が歴史学者であるという違いはあるとはいえ、「笛壷」もこれと同工異曲の作品で、やはり、成り上がりの一匹狼の学者が登場する。頼れるものは自分の研究しかないものだから、そのぶんだけ、テーマがなかなか見つからないといっては「眼や耳から血が出るくらいに焦慮」し、研究が遅々として進まぬときは、「物を手当たりしだい放擲したことはしじゅうであり、真冬に一晩じゅう野原に打ち倒れて朝を迎えた」りもする(なんで野原!?)。濃い。ひたすら濃い。「通俗」といえば通俗だが、ぼくには面白かった。

 清張は、これらの作品以外にも、能力はあるがさまざまな要因から不遇の人生を歩まざるを得ないような人物を好んで作品に登場させている。

 表題作は、知的にはすぐれているが身体に障害を持つ青年が、森鴎外が小倉にいたときの日記が発見されていないところから、当時のゆかりの人びとを訪ねて鴎外の小倉時代を跡付けようと、母親と一緒に調査をする話である。志半ば彼は亡くなり、没後、小倉日記は発見されることになる。能力があるのに、それが生かされることがなかった哀しい顛末が語られる。

 「菊の枕」もそうだ。美貌で家柄も悪くないある一人の女性が主人公だ。ボンクラ亭主と結婚してしまった彼女は、自分はこんなうだつが上がらぬ人生のままでいいわけではないと考えた彼女は和歌に凝り始め、東京の有名な俳人に取り入ろうとするが、その取り入り方がストーカー的で、しかも回りの人間を排撃するものだったから、彼女はやがて孤立し、そして狂っていく。というあらすじを書けば一目瞭然、これは上の考古学者、歴史学者の物語の女性版である。

 松本清張という人は小学校出である。兄弟をたくさん抱え、40歳ぐらいまでは仕事を転々とした苦労人だ。上で取り上げた登場人物たちはみな清張の分身であろう。九州でくすぶりながら、これで終わってなるものかと思っていたはずの清張は、一方で、そういう成り上がりの悲劇と滑稽を仮借ないタッチで描く作家でもあったのである。

 しかし、これらの作品をいくつか読んで気づくのは、たしかにこれらの短篇には自罰的な欲望が働いていたことは間違いないものの、それはたとえば、中島敦が世の中に押しつぶされるようになって書き綴っていた自罰的な物語、たとえば、「文字禍」や「牛人」に見られるような、弱々しい自意識とはまったく無縁であるということだ。「断碑」を例にとるならば、たしかに件の考古学者は相当イヤな奴には違いないのである。しかし、そういうふうな描き方に読者の注意を向けさせながら、じつのところ、清張は、乙に澄ました権威的な学者たちや、人あたりがよく社交的ではあるかもしれないが、成り上がりの苦労人をそれとなくあしらう中央の人たちの閉鎖性に対する激しい敵意を描きこんでいるのである。なんとか這い上がろうとする、イヤな性格の人間の物語を読みながら、しかし、彼らを憎む気になれず、むしろ同情の思いすら抱いてしまうのは、この清張のスタンスゆえのことである。

 その意味で、松本清張のこれらの作品は、きわめて時代を反映している。清張がこれらの小説を書いたころ、日本にはまだ小学校しか出ていない、あるいは小学校しか行かせてもらえなかった清張のような人はけっこういたはずである。これ以降の、日本の高度経済成長、高学歴社会の到来とは、別の角度から言うならば、大量の成り上がり者を生産する時代の到来ということでもあった。既存の権威への反発と自罰的な欲望は、こうした時代への表と裏の反応だったようにも見えるのである。

 松本清張の小説が濃い、というのは、その小説の描いている世界が、いまの時代には「過剰に見える」ということである。考えてみればいい、いまは、学歴の欠如が問題であるよりは、学歴間の格差や、あるいは高学歴であってもワーキングプアになってしまうことが問題になる時代なのである。斎藤美奈子はストレプトマイシンの発見が肺病患者を描く『風立ちぬ』のような「病気小説」を消滅させ、高度経済成長が私小説などの「貧乏小説」のリアリティを奪ったと書いていたが(斎藤がそこで提唱したのが、あの有名な「妊娠小説」だった)、高度学歴社会は清張が描いた学歴コンプレックスの物語のリアリティをかなりの部分奪い取ったようにも思われる。

 しかし、それでは、清張の物語は現実的な根拠を失ってしまったのだろうか。ぼくはそうではない、と答えたい。

 アカデミズムの世界を外から眺めてきた経験から言うならば、学歴の問題はなくなってなどいない。それは序列の問題として歴然として残っているし、アメリカのディプロマ・ミルがニュースの話題になるのも、学歴というものが依然として強い強制力をもってその世界を覆っているからだろう。学歴を執拗に気にする人や、いわゆる一流大学と言われるものに対して必要以上に攻撃的になる人もたくさん見てきた。その一方で、清張が描いてみせた、親切で、温顔の、学界のボス的存在というものもいまもって健在である。学問上の業績には見るべきものはないが、「嫉妬、中傷のるつぼである学界」において、確執を調停し、出身校の後輩の面倒などもよくみる「親切な」学界の顔役。そういう人もいてくれるからこそ、世の中まるく収まるとはいうものの、「いい人」だからこそかえって、業績はあっても性格は悪い根性のひん曲がった人間によって妬まれ軽蔑され罵倒されるという事情は、清張が描いてみせたとおりである。

 経済的困窮の問題もしかり。貧困や、家庭環境の劣悪さといった問題がなくなったわけではけしてない。劣悪な環境にある家庭から脱出しようとする者が、兄弟や親たちを殺したくなるぐらい憎らしく、呪わしいものと見る物語は今もなくなってなどいない。清張は「父系の指」という小説で、みずからの血を呪う中年男が主人公の小説を書いている。これもまた清張の分身といってよいが、清張の血縁たちはどういう思いで、この小説を読んだだろうか。こんなことを書いてしまっていいのだろうか、と頭の片隅で思ったかもしれない。それでも、清張は覚悟をもって書いた。私小説作家の多くがそうであったように、私小説作家ではない清張にも、そういう「極道」としての覚悟というものがあったのだ。

 清張には雑草的な強さがある。コンプレックスを抱えながらもそれを飲み込んでバリバリと前へと進んでいくような力がある。清張が国民的な作家となっていったのは、たぶん、そのへんのバイタリティに由来するのだろう。


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2008年03月02日

『ガラスの宮殿』アミタヴ・ゴーシュ著、小沢自然・小野正嗣訳(新潮社)

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モノクロからカラーへ

 すばらしい。600ページを超える大著の最後の最後に、こんな感動的なラストシーンが待っているとは。映画『ニューシネマ・パラダイス』のそれにも似た見事な幕切れで、不覚ながら涙を禁じえなかった。

 アミタヴ・ゴーシュはインド系英語作家。この小説も、ビルマ、インド、そしてマライ(マレー半島)といった土地を舞台にしている。地理的にいってもスケールの大きい作品であるが、時間的にもこの小説が扱うのは19世紀末から20世紀末までのほぼ一世紀にわたる。

 小説はこんな何気ない書き出しで始まる。

イラワジ川の銀色のカーブ沿いに平原を転がり抜け、マンダレーの砦の西壁にまで轟いてくる音。その正体を知っているのは、屋台にはたったひとりしなかった。とはいっても、ラージマクールという名のその少年はインド人で、まだ十一歳だったから、どこまで信じていいのかはわからなかった。

 これが1885年のこと。年号まで特定できるのはこの小説が史実を背景にした小説だからだ。この年、ビルマ最後の王ティーボーが、イギリス軍によってマンダレーの王宮から追放され、王族や侍女たちはインドのボンベイの南に位置するラナトギリに追放される。「西壁にまで轟いてくる音」とは、イギリス軍の大砲の音にほかならない。インドに続いて隣国のビルマもイギリスに植民地化されたのである。混乱する王宮のなかで、インド出身の孤児ラージマクールと、侍女のひとりのドリーとが運命的に出会う。ここから、長い長い物語(サーガ)は紡ぎ出され始める。時を経て結婚するふたりと、彼らの子どもたち、そして孫たちの物語を中心に、彼らの友人たち(とその一族)との人間模様、恋愛模様が語られる。映画的とも言えるようなゴーシュのストーリーテリングが魅力的だ。とにかく抜群にうまい。ページが減っていくのが惜しくなる、というのは凡庸なほめ言葉かもしれないが、この小説にこそこの表現がふさわしい。

 エピソードの使い方も上手だ。たとえば、題名になっている「ガラスの宮殿」(glassとはガラスでありグラスである)。マンダレーにあったビルマの王宮には天井の鏡張りの大広間があったことから、この名前があるのだが、一度導入されたガラスの光り輝くイメージは、この小説のなかで、さらに二度くり返される。

  一度目は、さきに名前を上げたビルマ王宮の侍女であったドリーの息子が、第二次大戦後、ビルマのラングーンの町に作った写真館の名前として。写真の額にも陳列台にも、カメラのレンズにもガラスがあったから、そして母親がいつも口にしていた言葉だったから、彼は自分の写真館にグラス・パレスの名前をつけるのだが、独立を獲得しつつも軍事政権がビルマを支配する状況にあって、ここは反体制的な心情を持つ若者たちの集まる場所となっていく。「グラス・パレス」の名前は7部構成の最終部の題名になっているからこれはわかりやすい。

 しかし、もう一つのほうはもっと微妙だ。それは、ラナトギリに追放されたビルマ国王が、幽閉先の、海を見下ろす家のバルコニーから、毎日、金縁の双眼鏡で何時間も海を眺めていたというモチーフとして、である。言うまでもなく双眼鏡はglassesである。漁師たちは夕方に湾に戻ってくると、安らぎを求めるように、丘の上のバルコニーのほうを見上げると、そこに王の双眼鏡が光にあたって輝いているのが見えるのだ。いまは権力を失った王は、双眼鏡で海を眺めることを王として残っている最後の義務としている。だから、「女たちが屋根に上がり、彼のまなざしにあるとされた祝福を受けようと、生まれたばかりの赤ん坊を高くかざ」すと、国王は「迷信深い母親たちに双眼鏡を数分間当てたままにしておくのだった」。国王のささやかな矜持と孤独を象徴するようなエピソードであるが、ガラス(グラス)とは、この作品では、守るべき誇りの象徴としてあるように思われる。

 1885年から20世紀末までのインド、ビルマ、マライといえば、当然、話は大英帝国の植民地主義の問題に関わってくる。その意味で、ラージマクールとドリーという二人の主要人物以上に、重要な役割を担っている人物はウマという女性だ。彼女の夫はエリート官僚。インド人でありながら帝国に仕える人生を歩み、ラナトギリに幽閉されている王族たちを監視する立場にある。そういう出会いでありながらも、ウマはドリーの生涯の親友となっていくのだが、それと並行するように、やがて彼女は夫のもとを離れ、アメリカへと渡り、インド独立運動の闘士となっていく。ウマは、インド人として生まれながらインドの安い労働力を使ってビルマにおいて富を得ている年来の友人であるラージマクールとも疎遠になっていく。

 インドと宗主国イギリスのあいだで苦しむ人物はほかにもいる。ウマの甥である。彼はイギリス軍に入って士官にまで出世するエリートであるが、インドの独立運動が次第にさかんになるにつれ、自分は「自分のための闘いといえるものを闘っているのか」と悩み始める。インドやビルマの独立という歴史的経緯をすでに知っている私たちは、植民者側にたっていたはずのウマがインド独立闘争へとめざめていく経過を「政治的に正しい」とし、この甥の煮え切らない態度をいかにも間違っているように見るかもしれない。植民地の下での幸福などニセモノにすぎぬ、と見るかもしれない。しかし、人生の最期までこの問いに苦しめられることになる青年の姿は、先の見えない「将来」を前に、いま、ここにおいて生きるほかない人間の哀しみのほうをこそ読者に伝えるだろう。

 ビルマとインドと大英帝国。いくらゴーシュがストーリーテラーといっても、多くの日本人読者にはまだ遠い話と感じられるであろうか。たしかに、ビルマの最後の王が追放されるのは19世紀末、いわばモノクロの映像で語られているような気がするかもしれない。しかし、太平洋戦争が始まる頃から画面には次第に色がつき始めるように思える。マンダレーの宮殿の遠くで響いていた轟音もいきなり爆撃音や銃の音となって読者の耳を打つ。ラングーンの町を空襲するのは日本軍だ。マレー半島で戦線を拡大していく日本とイギリス軍との衝突。『ガラスの宮殿』の登場人物たちの何人かは、ビルマやマレー半島で、日本軍のせいで亡くなるのである。

 この小説の最後には、ビルマの民主化を願う著者の思いの発露だろうか、アウンサンスーチーの「信じられないぐらい美しい」姿も描きこまれている。冒頭に名前を出した『ニューシネマ・パラダイス』が最初モノクロで、ある時を境にしてカラーになる映画だったように、ここに来て、この小説は、一挙にカラーになるのだ。

 この大著のなかで、人々はもがき、苦しみ、夢を見、恋し、生きた。いずれも激しい生であったが、本を読み終えてしまえば、彼らの生は歴史の彼方へ煙のごとく消えていくかのようだ。人間の心理を掘り下げたり、植民地主義の問題を鋭く問い直すよりも、時間と歴史の流れのなかに人間を包み込んでいくのがゴーシュの作風である。その点で、ゴーシュの作品は、抒情的とも、「優しい」想像力の生み出した小説とも言われるのだろうが、完璧に織り上げられたこの小説を読む者は、現実のインドやビルマやマレー半島の歴史と現実の姿へと思いを馳せることにもなるはずだ。じじつ、この本を読みながら、ぼくは、ビルマがイギリスの植民地となってから、アウンサンスーチーが幽閉されている現在に至るまでの歴史をもっと知りたいと思って、関連書籍をあれこれ読み始めた。小説の功徳というものだろう。

 Glassのイメージが三度くり返されるのと同様に、『ニューシネマ・パラダイス』をここでもう一回引き合いに出せば、この映画が映画そのものの力を教えてくる作品であったように、『ガラスの宮殿』は小説の力を教えてくれる小説である。ビルマのこともインドのことも遠い話だと思うような人をも動かす力があるのだ。じつは、この書評の冒頭で、『ニューシネマ・パラダイス』の名前を出したときから、ぼくはそのことを書いてこの書評を終えようと思っていたのである。

 新潮クレスト・ブックス屈指の名作と言っていい。表紙の絵も好きだ。


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