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2008年01月17日

『母の声、川の匂い----ある幼時と未生以前をめぐる断想』川田順造著(筑摩書房)

母の声、川の匂い →bookwebで購入

名前のなかの記憶

 ぼくがこの本に出会ったのは、この川田の本にも名前が出てくる陣内秀信『東京の空間人類学』や、鈴木理生『江戸はこうして造られた』、富田和子『水の文化史』、中沢新一『アースダイバー』、四方田犬彦『月島物語』(復刊『月島物語ふたたび』)といった本への興味の延長上にある。キーワードは、江戸・東京、川、下町といったところだろうか。 

 文化人類学者で、本書の著者の川田順造が生まれたのは、東京・下町の代名詞といっていい深川。川田は8歳までこの地で暮らした。深川は、隅田川、小名木川をはじめ、無数の川と運河が縦横に流れる場所である。

 深川は昭和以降に二度の喪失を経験している。東京大空襲のときが一度目。この空襲で川田の叔母と従姉も亡くなったという。二度目は、戦後の高度経済成長以降、運河のいくつかが埋められたり、川の両岸がコンクリートで固められたりして、人と川との有機的なつながりが失われた時である。川田が語るのは、いまは失われた戦前の深川である。
 

この頃ではもう話す人も少なくなった東京下町風の、軽く鼻に抜ける人なつこい喋り方で、「見(め)えない」「低(しく)い」そんな下町ことばも混る母の声を思い出の中できいていると、私には、家の前の小名木川の匂いがよみがえってくる。川ともいえないちっぽけな運河で、行徳の塩を江戸に運ぶために徳川家康が開鑿させたものだ。母が子どもの時分にも、塩の叺を積んだ塩舟がよく来て、家の前で揚げて荷車に積んで行ったという。姉の小学校の同級生の、夜店通りの豆屋の恭子ちゃんのおばあさんも、行徳の塩造りの家からお嫁に来た。祖父が小さい頃には、家の前の小名木川で蜆がとれたらしい。

 これは、川田が思い出として語っている小名木川の風景であるが、この一節を読むだけでもいろんなことがわかる。引用文中の行徳は千葉県行徳のこと。かつては塩の産地であった。千葉の行徳と深川は、いまは電車あるいは車で行き来するのがふつうだろうが、昔は塩も野菜も川を通じて深川へ運ばれていた。運ばれたのはモノだけではないこともわかる。お嫁さんも来たのである。当時は、千葉の行徳ばかりでなく、埼玉の川越や茨城の潮来、利根川を遡って群馬あたりまでは、無数の川や運河によって結ばれた一大ネットワークを作っていて、水の縁で、深川へお嫁に来るもの、家督を継ぐために養子に来るものなどがいたという。

 しかし、この本は、幼時をすごした深川という「地」の思い出のみを語った本ではない。川田が、副題に「未生以前をめぐる断章」という部分をつけているのは、自分が生まれる以前のこと、つまり川田家の由来についても語っているからである。つまり、これは「血」についての本でもあるのだ。川田が生まれた家は江戸時代から八代続くお米屋さん。名前を上州屋といった。上州という言葉から分かるように、八代前のご先祖さまは、群馬県沼田市の一部になっている旧川田村の出身である。利根川から江戸川へ入り、江戸川から小名木川へと入り、江戸の下町へとやって来たという。
 

八月の暑い東京で、私は江戸以来「諸国の掃き溜め」でありつづけたこの都市の、先祖が八代棲みつき、私も八つまで育った一隅に行ってみた。そして私のことを下町風で、大人になってもちゃんづけで「順ちゃん」と呼んでくれたり、昔の屋号の「上仙」(上州屋仙之助---(筆者注)仙之助は川田順造の父)のせがれとして思い出してくれる人たちと、何十年ぶりかでことばを交わした。

 この一節には、深川という「地」に住む人びとだけでなく、父とのつながり、さらには、上州屋を代々継いできた人とのつながりが語られている。川田は、文化人類学者として、つまりひとりの「個」として生きてきた人である。深川を8歳で離れてからは千葉の市川に住み、長じて文化人類学者になってからはアフリカやフランスなどにも住んだ人だ。彼にかぎらず現代人は、幸か不幸か、「地」だの「血」だのを強く意識せずに生きている。川田はこの本の最初期の原稿を50歳直前から発表しているが、その年齢までは、「地」も「血」も、振り返るよりは、振り捨てていくべきものとして考えていたのであろう。

 「血」のつながりの意識、ということで思い出すのは、安岡章太郎『流離譚』の冒頭の、こんな話である。

 まだ昭和10年代の半ば、安岡の家に、東北から親戚だと名乗る者がやってくる。安岡の家はもともと土佐であったが、戊辰戦争の頃、新政府軍に従って戦死した安岡の本家のほうの末裔を章太郎の家では「奥州の安岡」と呼んでいたので、「あなたがご本家の…」と聞くと、「はい、安岡です」と答えた、その人の「やすおか」の発音に「おかしな感動」を覚えたというのである。東北の人は「やすおか」を発音するとき、「か」あるいは「おか」にアクセントを置き、しかも「やす」は「やし」に近い音で発音されるのに、この本家の人は、この「やすおか」という名前だけ、「や」にアクセントを置いた土佐訛りで発音したからである。土佐から流れていき東北に住み着いた安岡の本家の末裔は、南国の訛りを寒冷の地においても記憶していたのである。安岡は言う、「東北弁のなかでその訛りをきくと一瞬、私は寒流のなかに暖流が流れこんできたときのように、生温いもので全身を包まれる気がしたものだ」と。

 川田はこの深川の思い出を書くにあたって、旧川田村まで訪れている。それは文化人類学者らしい調査の仕方でもあろうが、たぶん、この本の根底には、自分がどこから来て、どこへ向かおうとしているかという問いがあるのだ。そのような問いを立てたとき、川田は、「上仙のせがれ」として思い出してくれる人たちとの出会いによって、「寒流のなかに暖流が流れこんできたときのように、生温いもので全身を包まれる」ような体験をしたのではないか。「やすおか」のイントネーションと発音に、歴史が保存されたように、「上仙台」という名前にも「川田」という名前にも、「上州」の「川田村」から川を通じて江戸へと流離してきた者たちの歴史が記憶されている。

 川田は、深川が、松尾芭蕉や平賀源内、不遇時代の間宮林蔵など「風来坊」的な性格をもった居住者を包み込む場所であったと書いている。彼は深川をそう位置づけることで、そのような人たちの姿に自分をそっと重ねているのだ。老境に入った川田が、こんなふうなことを考えるようになったのは、時間の彼方へと流離していった先人たちと同様、自分もまた川の流れのように未来へと流れ去ってしまう「流離する者」であると意識しているからなのだろう。

 この本には、貯木場で聞こえた「木遣り歌」の話とか、和船を作る職人の話とか、水の文化と密接に関わっていた時代の話がたくさん出てくる。そこに出てくるモノの名前や風俗のいくつかをぼくは知らなかった。ぼくの無学を度外視しても、それほどに、かつての「水」の文化は失われてしまったのだ。

 しかし、昔の街並みや風景は消えても残るものがある。それは名前だ。渋谷や四谷という名前には、そこが低地であった(渋谷や四谷では地下鉄を地上で見ることができるのはそのためだ)という記憶が保存されているわけだし、深川という地名には、「川」の、そして「水」の文化の痕跡が刻印されている。そして、川田という名前にもまた。

 地名は雄弁である。いまアットランダムに東京のいくつかの地名を思い浮かべてみよう。八丁堀、谷中、八重洲、潮見、日比谷、築地、入船、蔵前…。地名には、その地の歴史的時間が刻み込まれている。大岡信の名詩「地名論」が言うがごとく、「奇体にも懐かしい名前をもった」「土地の精霊」は「時間の列柱」となって私たちを包んでいるのである。


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2008年01月09日

『イラクサ』アリス・マンロー著、小竹由美子訳(新潮クレスト・ブックス)

イラクサ →bookwebで購入

いけずな作家

 アリス・マンローはカナダの女性小説家。ここに収められた9つの短篇は最後の作品を除いて、女性、とくに人生も半ばに入った女性を主人公としている。女性に人気の作家というが、男性のぼくにもおもしろかった。小説の作りがすごくうまい。まずそう思った。次に思ったのは、マンローっていう人は、「いけず」(いじわる)だなあ、ということだった。

「浮橋」という短篇がある。死に至る病いを得ている中年女性の物語である。夫は福祉関連の仕事についているらしい。冷たい人ではないのだけれど、夫の言動の一つ一つが勘にさわって仕方がない。自分は死んでいくかもしれないのに、夫は他人様の不幸ばかり心配している。――というストーリーなのだが、この作品にはひとつ屈折がある。この女性は、一度は死を宣告された身だが、抗ガン剤(?)の治療のおかげで、助かるかもしれないと言われるのだ。しかし、それは救いではない。苦しい治療がまた続くことになるからである。もう助からないと思っていたときには諦めがついた。でも、諦めがつかないので、苦しくなる。気持ちが揺れる。そういう宙ぶらりんの状況を設定してマンローは小説を展開する。

 「イラクサ」という表題作はどうか。大きな不満というわけではないけれど、やはり、夫婦関係のなにかが不足し、なにかが不満だと思っているが中年女性が主人公である。小さいときに引越しをしてしまった幼なじみに、偶然、友人の家で出会う。この幼なじみと人生をやり直すことができるかもしれないと彼女は心密かに思う。二人がゴルフをする場面で、突然、雷が鳴り出す。ロマンスの起こる時の定番だ。激しい雨が降り出し、二人は、雨宿りのために、あわてて草むらに入り込む。そして定石どおりキスをする。しかし、二人は人生をやり直せない。男は息子をみずからのミスで轢いて死なせてしまった過去をもち、その罪悪感に悩んでいる。罪悪感はいまの夫婦関係を逆に強くし、この男を拘束する。男はみずからの過去を告白するが、そこでマンローは女性に心のなかでこんなことを言わせるのだ。「わたしたちになんの関係があるっていうの?」。どうして女性は、こういうとき、自分中心の台詞を吐くのだろう、と思ってしまうが、女性のエゴイズムをマンローはきちんと書き込んでいる。

 最後の短篇「クマが山を越えてきた」は、この作品集で唯一、男性が主人公である。妻は年をとって、呆けてしまう。施設に入れたのはよかったが、妻は同じ施設の男性に恋をしてしまうのだ。しかも妻は自分のことを夫とも認識しなくなっている。――こんな話はいくらでもあるにちがいないが、この作品にも仕掛けがある。この夫は元来浮気性なのだった。だから、可哀想な夫のオハナシにはならない。浮気を繰り返した自分の過去を振り返るならまだしも今もまた浮気のチャンスを狙っているような男なのだから。しかし、妻が自分を認めてくれず、別の男に心を移していることにはやっぱりおろおろする。その一方で、ボケてしまった妻が恋した男が施設を出てしまってからというものすっかり悄げきったのを見て、なんとかこの男を妻に会わせたいと願って、男の家に訪ねていったりもするのである。

 マンローの短篇小説は、話の屈折のさせ方がうまい。基本はどこにであるような日常のオハナシなのだけれど、ちょっとだけ、仕掛けがしてあるのだ。そのようにして、必ずしも自分の思うようにならない生の日常、トゲトゲが意地悪くついている「イラクサ」のような人生の断面が描き出されることになるのである。

 仕掛け、という言い方をしたのだけれど、マンローという人は非常に技巧的な作風の作家である。丁寧に読まないと大事なことを読み落としてしまう。言い換えると、マンローの作品は、ある種の謎解きみたいにもなっていて、その謎を解くことが作品を読むことの愉しみにもなっている。

 だから、この書評ではあんまり種を明かすことはできないが、上でちょっと紹介した「浮橋」の主人公が「帽子」(抗ガン剤治療をしている主人公は髪がみんな抜け落ちていて帽子をかぶっているのだ)をいつ被りいつ脱ぐかといったことに注目して読んでいくと、じつに巧妙な仕掛けになっていることがわかるはず。大学の英文学科の授業のテキストに採用して短篇小説の読み方を教えるのにうってつけの短篇だ。ちなみにこの「浮橋」という短篇は、後半に、素敵な若い男性が風のように現れ、近くの「浮橋」に連れていってくれるという話。その末尾のロマンティックな浮橋のシーンは、多くの中年女性をうっとりさせるであろう(でも、これって、浮気する話だよねえ)。

 この「イラクサ」という本、原題をHateship, Friendship, Courtship, Loveship, Marriageという。本書の冒頭に入っている短篇で、訳題では「恋占い」という作品。占いふうに訳せば、「嫌い、お友達、片思い、両思い、結婚」というぐらいだろうか。この短篇は、中年の、魅力的とはとても思えないひとりの独身の家政婦の物語である。

 これも、マンローらしい「いけずな」話であって、彼女が働いている家の娘(とその女友だち)が、ニセのラブレターをでっちあげて、この家政婦をからかう話である。その残酷な悪戯のおかげで、心も身も固くして生きてきた家政婦が、遠くカナダの西の果てのほうに住んでいるさる男やもめと結婚できるかもしれないと期待してしまう。この男やもめはホテルを経営しているという。長い時間をかけて列車で西部へやってきた彼女は、目的の駅に到着して目指すホテルを探して歩き始めるが、それらしい建物が見つからないので、地元の人に聞くと、反対方向にあるという。彼女は、駅をおりたとき、じつはその建物を見ていた。「来たときにちゃんと列車から見ていた。そのときは、大きくてかなりうらぶれた、おそらく打ち捨てられた普通の家だろうと思っていたのだ」と書いてある。本当にそうなんだろうか。たぶん、彼女はそれがホテルかもしれないとわかっていたのだ。だけど、バラ色かもしれない未来が、そんなホテルで開けるとも思えないから、彼女は見えないふりをしたのではなかったのか。あのホテルであるはずがない、どこか別のところにもっと素敵なホテルがあるはずだ、と思って、彼女は別の方向へ歩き始めたのではなかったか。マンローは、駅に着いて、みすぼらしいホテルをすぐに見つけていきなり落胆の奈落へ落とされてしまう、というようなストーリーにはしない。わざと駅を出てから迷わせるのだ。心のちょっとした油断、愚かな期待を、たとえば、マンローはこんな何気ない仕掛けで描いてしまうのだ。

 この短篇は家政婦にとっても悪戯をしかけた少女たちにとっても予想外の結末を迎えるのだが、その予想外さに見合うように、作品は、ホラティウスの「問うてはいけない、我々が知ることは禁じられているのだから---いかなる最後が用意されているのか、わたしに、あるいはあなたに」というラテン語の一節を少女のひとりが勉強しているシーンで終わる。言うまでもない、人生はどうなるか分からない、という寓意であるが、この結末はどうなんだろう。マンローにしてはずいぶんとあざといのではあるまいか。

 と、ここまで考えて、この短篇にこういうシーンがあったことに気がついた。少女のひとりがもう一方の少女に占いを教えたという何気ない一節である。その占いというのが、表題の恋占いである。どういう占いかというと、男の子の名前と女の子の名前を書いて、重なった文字をぜんぶ消して、残ったのを数える。そしてその数だけ、「嫌い、お友達関係、片思い、両思い、結婚」と指を折っていく。そうして、その男女の相性が分かるというわけだ。もしや、と思って、その占いをぼくはこの家政婦についてもやってみた。家政婦の名前はジョアンナ・パリー、男性の名前はケン・ブードローだが、占いは原語でやらないと意味がないだろうから、Johanna ParryとKen Boudreauでやってみた。おお、思ったとおり!(良い子のみんなは、この本を読んでから、この占いをやってみるように。)

 ちなみに、訳書では、名前はカタカナ表記のままで、英語の綴りが記されていない。この仕掛けはぼくにはどうしてもただの偶然とは思えないのだけれど、英語の綴りをどこにも記していないところを見ると訳者はこの仕掛けに気づいていなかったのか(それとも敢えて翻訳上無視をしたのか)。一文一文丁寧に付き合った訳者にすら、その存在を気づかせないほどひそかな仕掛けを施すマンローは、やっぱりいけずな作家である。


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