• 愛読者諸兄諸姉。週2回(火・金)ということで2007年5月にスタートしたぼくの書評ですが、近々100回目を迎えるところで一応決着ということにさせていただきます。

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  • 高山宏の読んで生き、書いて死ぬ
    ―ぼくの中に貪婪の書評魔が帰ってきた―

    かつては一日に一冊読んだ。そして気に入ったものがあれば諸誌紙に週二、三冊は書評を載せてもらっていた。書評に名を借りた論文というスタイルで、よくものを書いた。読みについても魔と呼ばれ巧者と言われ、達人の名をたまわった。十年も前のことである。 長い長い中断が入った。

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  • 紀伊國屋創業80年記念・連続セミナー“9 days talk live”
    「学魔・高山宏、知の系譜と人文科学の未来を語る」
    2007/9/8(土) 13:00~15:40 新宿・紀伊國屋ホール
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2007年12月25日

『南総里見八犬伝 名場面集』湯浅佳子(三弥井古典文庫)

南総里見八犬伝 名場面集 →bookwebで購入

シンプル・イズ・ベストを「発犬」させる一冊

ただ目に付いた本をてんでんばらばらに取り上げるのなら何もぼくがやることもない当書評空間なので、マニエリスムや、かつて「専門」ということになっていた英文学畑、技術史、文化史と何冊かずつテーマで括ってきて、そして今は江戸関連の最新刊ということ。

世間公認になったから言うと、今まで某大学で英文学を約25年、「表象」論を5年弱教えてきたが、勤続30年で些か「勤続」疲労の気味で、ついに転出。「気分転換」を図らねば頭が腐りそうだ。新しい相手がぼくに望んだのは「新人文学」万般という何とも鵺(ヌエ)じみたものだったが、江戸と大正という一番相性の良い時代を手掛かりに日本の表象文化・視覚文化を教えたいがと言ったら、認められた。手間暇かけて巨細にわたって日本文化・日本文学をやってきた人たちから憫笑されそうな一大冒険、もしくは身の程知らずな「敢為」である。成算は、ある。

もともと文化・文政期の頽唐文化についてはマニアだが、ヨーロッパ18世紀に転じてマニエリスム/ピクチャレスクの実態を追い、アーリーモダン新歴史学と「アートフル・サイエンス」(B・M・スタフォード)の大体が身についていくうちに、自ずと宝暦・明和(1760~70年代)期以後の江戸にもほぼ同じ問題群が生じていることが掴めてきた。先回取り上げたタイモン・スクリーチ氏とのお付き合いも実に巧くプラスした次第である。そして『黒に染める-本朝ピクチャレスク事始め』(初版1989)を一種のマニフェストとして世に問い、そこを出発点に青い目のホクサイ、蒼い目のキョクテイ・・・といった思いっきりバタ臭い江戸文化論を一方で続けてきた。だから明くる2008年からぼくが東京発信の江戸文化論の人間となっても、皆さん驚かないように。

まるでその変わり目を祝うかのように、江戸東京博物館に開館15周年記念と銘打って「北斎-ヨーロッパを魅了した江戸の絵師-」展が来た(~2008年1月27日)。今、実は久方ぶりに少しまとまった時間と落ち着きを得て、北斎論を書き下しつつある。60才になってきっと飽き飽きしていると心配していたが、十年は大丈夫そうだ。

「専門家」たちとネチネチ渡り合う気はないが、一応ミニマル・エッセンスは急いで頭に入れておこうと思って、これはという文学と芸術のカノン作品をもう一度虚心に見直し、読み直し、あいている穴を埋める作業を始めた。

その矢先に『南総里見八犬伝 名場面集』に出くわしたのも、何やら宿世の因縁か。文化から天保年間、28年の日子を掛けて熱く綴られ続けた98巻106冊。昔、岩波『文学』の鉄中の錚々というべき面々の只中に一文草さねばならず全巻読破したもの凄い体験を、ここでもう一度やるのかと些か暗然たるものがあったので、何とも嬉しくなるような魅力的なタイトルに惹かれ、早速読んでみた。

細かい点に関わっている暇はない、兎角全貌を掴みたいという願いは百パーセント満たされた。「あらすじ」が入り、それが終わる時点から本文原文(さわり)、その現代語訳、そしてまた「あらすじ」、原文、現代語訳、「あらすじ」・・・。全巻、この単純極まる繰り返しだが、いわゆる語釈だの解説だの一切ないところが、上のような目的の馬琴読みには逆説的でも何でもなく、実に有難い。昔、受験時代に徒然草だの枕草子だのこんな感じで読めたなあと妙に懐かしいが、最近のIT家電から学参・一般書籍まで機能過多の時代に、このぎりぎりシンプルな「名場面集」の爽快なスピード感は心地よい。三弥井古典文庫の「名場面集」は今のところこの『南総里見八犬伝』だけらしいが、ぜひ点数増えると、よろしな。

早速巻之一第一回、つまり冒頭を見る。「時は戦乱の世である・・・」で切り出す「あらすじ」が巧い。そして続く本文。

見わたす方は目も迴(はる)に、入江に続く青海原、波しづかしにて白鷗眠る。比(ころ)は卯月の夏霞、挽遺(のこ)したる鋸山、彼(あれ)かとばかり指(ゆびさ)せば、こゝにも鑿(のみ)もて穿(うがち)なし、刀して削るがごとき、青壁峙(はたち)て見るめ危き、長汀曲浦の旅の路、心を砕くならひなるに、雨を含(ふくめ)る漁村の柳、夕を送る遠寺の鐘、いとゞ哀れを催すものから、かくてあるべき身にしあらねば、頻に津(わたり)をいそげども、舩一艘もなかりけり。

本当に名文だ。しかも日本の伝統的風景観に関わる注一片ないから虚心に読むと、蛇状曲線(長汀曲浦の旅の路)を核にした掛け値なしのピクチャレスク・ランドスケープなのだ。シンプルなるが故にこちらの持つ豊かさ(!?)がいくらでも引き出される。

まさしく名場面集。ここ抜けてどうすると思った個所皆無。場面選択にも、「あらすじ」と「本文」の接続にも、まったく文句なし。編者湯浅氏は大久保純一スクリーチ両氏とほぼ同世代。松田修、高田衛以降パワーダウンしたと噂される江戸学、いやなかなかのものですよ。

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2007年11月27日

『わたくし率 イン 歯ー、または世界』川上未映子(講談社)/『そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります』川上未映子(ヒヨコ舎)

わたくし率 イン 歯ー、または世界
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そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります
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関西弁のマニエリスムかて、や、めっさ、ええやん

ぱらっとめくったページにいきなり、

それまでの季節を洗濯機に入れたのは二十歳のこと。それをきしめんにして、きざんで乳液にまぶす。で、君の粒だった背中を保湿したのもいつかの荒れ狂う最大の四月のことであった。

という文章があっては、取り上げる他ない。むろんT.S.エリオットの「残酷な四月」を知っていればの話でもあるが、この散文は完全に詩である。ランボーの「季節」(おお季節よ、おお城よ)と洗濯機との、きしめんとの無体な組み合わせは詩というものの機能をさえ定義している。このイメージの疾走は何なのかと思うと、「イメージが結ぶ早口で興奮してゆく物語が何十万回目の腹式呼吸を追い越してゆくのを」掴まえられない自分とあって、そのわけは「そいつの首ねっこを壁にぶち抜いて留める削ったばっかしのとっきんとっきんの鉛筆を持っていなかったからなのでした」。こういう感覚の人が鉛筆を「とっきんし忘れる」ことなく「物語」を「掴まえ」たらどうなるか、見られるものなら見たい。

それがミュージシャン川上未映子初の小説『わたくし率 イン 歯ー、または世界』である。2007年5月、「早稲文」こと伝統ある『早稲田文學』誌に掲載。断然異彩を放っていると見ていると、もう一篇と併せて同名で単行本化され、芥川賞にノミネートされた。そして、今年創設された坪内逍遥大賞で奨励賞を受賞した(大賞は村上春樹氏)。

身体という表の部分に担われる「わたし」、意識という中心なる「私」、そのふたつが巧い具合に混ざり合った、いわばあるべき「わたくし」の関係を問う。そしてそうした自分なる何かが養老唯脳論の言うように「脳」にあるのではなくて「歯」にある、自分は歯であるとすることで、世界を、関係を、意識を、愛を、歯と歯医者のメタファーで徹底して語り抜く大変カーニヴァレスクな奇想小説が綴られ始める。奥歯を見せ合う約束としての愛だの、口の中の口としての歯科治療室だの、感覚的でもあり、しかし実によく計算されたアナロジーの追求などは、もはやネオ・マニエリスム小説の名を献呈してもよい。フィリップ・ロスの『乳房になった男』とか松浦理英子の『親指Pの修業時代』(〈上〉〈下〉)でもよろしいが、身体部位とマクロな大世界との関係や照応で楽しませる奇想小説の、また一段と笑わせてくれる傑作を、ここにぼくたちは恵まれた。

ブッデンブローク家神話はじめトマス・マン文学の歯大好きぶりは名高いし、『グレート・ギャツビー』では奥歯をお守りにしているギャングを登場させたり、いろいろあるが、面白いことに歯狂いは断然1960年代対抗文化である。ギュンター・グラス『局部麻酔をかけられて』(1969)はどうか。アップダイクの『カップルズ』だの、ヴォネガットの『母なる夜』だの、すぐ思い出せる。ピンチョンの『V.』(〈上〉〈下〉)中の歯科医アイゲンバリューは、歯はイド、それを覆うエナメル質こそ超自我という妙にフロイト的な理屈を唱え、現に歯こそ持ち主の精神の指標と称して、精神分析ならぬ精歯分析(psychodontia)という理論を築こうとした。この辺になるとだいぶ川上未映子の世界に近付くが、ご本人に尋ねても当然知らなかった。歯に対する人間の応接の「観念史」などろくに存在しないが、奇想の系譜がないではない。日常化せるマニエリスムとでもいうべき自由な感覚で川上未映子の方がこういう奇想の系譜を自らの方に引き寄せているのが面白いし、すがすがしい。

身と心の二元論、また、その中間にあって身でも心でもあるいわゆるソマティックス(somatics)の領域にずっぽりの物語は、想像通り埴谷雄高の熱烈ファンの手で書かれた。養老孟司の愛読者でもあるらしい。というようなことを教えてくれるのが、2003年8月から2006年8月まで3年間のブログ日記を2006年末ぎりぎりに単行本化した『そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります』である。埴谷のハードと武田百合子『日日雑記』をトイレの中でまで読む作者は、意識の激しさと身体の愚直の間で巧みなバランスをとる人種だ。「逆も可、人生は両極を往き来するなんかの玉」など簡単にアフォリズムにされると、おじさん唸るよりない。読者のどなたかが「これはおじさんに愛される世界。今どきの若い人には一寸ね」と仰有っているのを小耳に挟んだのだが、確かに、確かに。例えば次の日記のくだり。

鳩よ、おはようカラスよ、おはよう。名前も知らんなんか茶色くてときどき見かける焼きおにぎりみたいな鳥よ、おはよう。工事現場のおっちゃんよ、おはよう。コンビニのやる気微塵も伝わらんちょっと栗毛で天パの兄ちゃんよ、おはよう。中也よ、おはよう、かの子よ、おはよう、ホッケよ、おはよう、おはよう。横光と森茉莉よ、おはよう。あなたがたは一生懸命書いた己の文章が没後このように東京の片隅の、ほんとの片隅の本棚で、なんのアレもなく半永久的に隣り合わせに棲息していることを、ま、知る由もないわよ。(2005年7月13日「絶唱体質女子で!」)

売れないヴォーカリストが人に言われて書いてみたら、こんな賞をいただいて、何も知らないし一所懸命頑張りますと、授賞式で挨拶していたが、冗談じゃない。「でかい」頭に猛烈なストックを「すこんと入」れていることははっきりしている。あまり「頑張」らないで、今のまま少し行ってみてくれ、と祈る。

この日記は相当面白い。結果的に随想集の体裁となり、現代の徒然草だ。「この恣意に始まって恣意に終わっていく人生」の中で一人のフツーの人間として精一杯生きていくあきらめ(明らかに究める、がその元の意味ではないんかしら、とぼくもついカワカミ調になってくる)と日々のひたすらさが良い。散文で終わる日もあれば、詩一篇の日もある。まるで一篇の短篇がすこんと入っている一日もある(玩具「シルバニアファミリー」の部品を買いに幼い姉妹で出掛けたのにおしっこを漏らした妹のために姉が持金全部使ってパンツを買ってしまう「キャロルとナンシー」など、笑い泣きして浄められずに済むか)。俳文の体言止めで終わる日のものは余韻を引く。アフォリズムはさらりと読めば良し、こだわるとどれも深い。

昔を思ってみいや。吐き気がするほど楽しいではないか。楽ではないか。生きているではないか。昔も一応、生きてたけども。(2004年12月22日午前4時)。

ミュージシャン「未映子」がスタジオ録音を進行し、サボテンを愛で、知人のパフォーマンスを見歩く日常が流れていく時間を、こうした日常雑感を深めたり深めなかったりするエッセーが断ち切る、つうか、ごちゃごちゃ混ぜこぜになる。ジャンル的にいえばこうして書きつがれる言語のレベルでも身体性がことほがれるのであろう。

今はやりだから少し大袈裟にいえば、ドストエフスキーの『作家の日記』のミニ版という味のエッセー集。

そしてそれに具体の人物を配して物語として動かしたのが問題の歯の小説と、「奨励」された以上、息詰まる期待感にもひしがれず身体を通しての関係観主題を、さらに一段グロく切なく書きついだ第二作「乳と卵」(『文學界』2007年12月号。すぐ書店へ行くべし、べしっ!)である。挿入される日記と物語本体の関係とか意識的にさぐられる方法への、「自同律の不快」を病む脳や意識へのマニエリストとしての引っ掛りを、「繋がり」や「結ぼれ」にすがる当り前の人間の当り前の体と日常が支える、や、包みとるこのなんかアレなバランスがこの今やハッキリ暫らく見なかった天才の本来の持ち味である。埴谷調のいわゆる形而上学的な議論を運ぶ大阪弁(河内弁)が、こういうカーニヴァレスクな「軽み」に、絶妙に力を与えている。

ぼくは他の選考委員に兎角「声に出して読め」と主張した。歯をテーマにする以上「口」の意味論も相当面白く深められる。口に器具の入る歯科はいきなりエロティックでもあれば、食物を言葉にしてフィードバックする大層文化的な場でも「口」はある。大阪はここでは食とお喋りが融通する「口」のメタファーなのである。歯科の治療室が大きな口に、大きな舌に感じられてきて、口の中の口という「入れ子」が想定されるが、それがメタフィクションの喩でもあると気付かない「おぼこな」新人作家の「ふり」が飽きずオモロイっ。それにしてもマニエリスムの詩性に弱いぼくなどは、あちこちにナニゲに散らされた「言葉にすると『象』もこんなに小さくなるのだね」「裏腹という素敵を垣間見る、いいね日本語文化」といった一行二行に串刺しにされるのだ。意識と身体が哲学し合う世界には「梱包された荷物みたいにどしんと夜が来る」。そこでは「向日葵は 夏の口/薔薇は四月の眼/お母さんは やさしかったなあ」。

ぼくは「三枝子」のお母さんの「トシエ」への、どこにもはっきりしている深い思いを、ひたすら愛する。大間抜けなマニエリストには奇跡の愛。「どうも奇跡、やあ奇跡」。

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2007年07月10日

『先生とわたし』四方田犬彦(新潮社)

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由良君美という「敗者の精神史」

もう60冊は簡単に越えているのだろうか、四方田犬彦氏の仕事には無条件に脱帽してきた。とにかくアクチュアルであることに憑かれてパレスチナへ、クロアチアへ、韓国へと飛ぶ。どこまで知っているのかという博読ぶりにも驚くが、だから現地ルポがルポルタージュに終るはずもない。過激な政治的スタイルで文章が荒れる虞(おそ)れなどなく、『摩滅の賦』を頂点とする、澁澤龍彦ぶりの小さな対象へ感入していく微細玄妙の感覚と文体を放すこともない。つい先日も阿部嘉昭氏が『摩滅の賦』収中の「オパールの盲目」の精緻を激賞していたが(『d/SIGN』14号)、本当に主題の自在、観察の巨細、驚くばかりで、ぼくは実は世間的に言えば氏の「先輩」ということになるが、この「後輩」にはずっと頭が上がらないで今日に至っている。

中でも特別の才と感じるのが、『モロッコ流謫』に極まる評伝の書き方であり、それを巧く融かしこんだ(山口昌男氏のいわゆる)歴史人類学そのものを四方田風に発明し直した『月島物語』のデータ処理の経済と巧妙である。

それが、また一段と直接、一段ともの凄い相手を選んで繰り展げられたのが、『先生とわたし』である。著者の自伝『ハイスクール 1968』に続く時代をめぐる「自伝」第二弾という位置付けにもなる。東大入学を果たした四方田青年は、駒場キャンパス1970年代に伝説として残る「由良ゼミ」に難関突破して入る。まずはこの時の講義ノートを改めてめくりながら、四十代、脂の乗り始めた若き天才英文学者の年毎に新たなゼミの、びっくりするように斬新なテーマの紹介と、ゼミの様子を述べる冒頭に、同世代の脱領域・脱構築(両語とも由良氏発明の訳語だ)をキーワードに、ひょっとしたら沈殿する人文・社会科学に面白そうな明日が開けるかとワクワクしていた気分を多少とも知る団塊と、団塊直下の世代は、結構胸を熱くするかもしれない。構造主義的民話・物語分析があり、マニエリスムがあり、かと思えば気の利いた学生が調達してきたフィルムの実写を伴うドイツ表現主義映画の分析あり、つげ義春ほかの漫画の記号論的分析あり、学生の発表を悠然とダンヒルをくゆらせながら聴く美男ダンディ由良君美(きみよし)の姿が、まるで眼前にホーフツする。エルンスト・ブロッホを読み、ミルチャ・エリアーデを講じるこのゼミとは、つまるところ、1960年代後半から約十年強続いた「学問の陳立ての再編」(由良氏自身の言葉)の大きな――しかし改革を迫られていた大学が巧妙にやり過ごした――うねりの余りにも見事な縮図であることを、このどきどきする百何十ページかをめくりながら改めて再認識した。

教育や出版のポイントの所にこういう人々がいて、それが巧く連関し合ってこそムーヴメントになる。そういう瞬間を絶妙に切りだしてひとつの物語にする醍醐味を歴史人類学(山口昌男)と言い、ぼくなら知識関係論と呼ぶのだが、この本の魅力は、こうして学生とのつき合いで、また優秀なエディトリアル感覚の人間との交渉で、由良君美が時代の寵児となっていったトータルな脈路を絶妙にあぶりだしてくれている点で、特に当時、そこから出た本をぼくなど無条件で全点購入したせりか書房や現代思潮社その他の背後に「暗躍」した知的企画人、久保覚の存在をクローズアップしたのは、読書人たち全体に対する四方田発の熱いメッセージ。素晴らしい。

やがて由良君美(1929・2・13~1990・8・9)という英文学者の出自とつくられ方がたどられる。ぼくも取材を受けたが、目の前で進む四方田氏の質問の巧さと、メモの要領良さには感心させられた。こうして由良家存命の血縁者をも含む多くのインタヴューと資料の山から、由良家が「南朝の遺臣の血を引く」「神官の家系」であり、母方の吉田家は「代々幕府に仕えた教育者」の家系であって、その一人が「福沢諭吉の盟友」でもあればこそ、由良君美の慶應義塾との相性の良さもわかる、とかとか、びっくりするような脈路が見えてくる。由良の父、由良哲次のことが面白い。ハイデガーやディルタイ、カッシーラのドイツに留学しながら、やがてナチズムに傾倒していったこの父親の圧倒的影響力に対するアンビヴァレンツとして、由良君美のダンディズムの裏に貼りつく非情や奇癖奇行が説明されていく。説得力がある。同年生れのジョージ・スタイナーへの異様な共感も「父からの解放」という物語で解明される。由良ゼミで北畠親房『神皇正統記』を読まされた不可思議が、こうして謎解きされる。

良き弟子へのこの良き師の一発の鉄拳で袂別が訪れる。外国へ出たことがなく、客観的に自分と日本を見る展望を持ち損ねた師が老いを迎えて、新時代の潮流に身をさらし、英語もイタリア語も韓国事情も自由自在という弟子に「嫉妬」という物語では、わかりすぎて少々艶消しで、師弟というものをめぐる山折哲雄の深い思索への目配りが救いだ。由良の弟子の一人として、複雑な思いではあるが、よくぞ書いてくれました。「さながら悪魔祓いのように」、と四方田は記している。

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