• 愛読者諸兄諸姉。週2回(火・金)ということで2007年5月にスタートしたぼくの書評ですが、近々100回目を迎えるところで一応決着ということにさせていただきます。

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  • 高山宏の読んで生き、書いて死ぬ
    ―ぼくの中に貪婪の書評魔が帰ってきた―

    かつては一日に一冊読んだ。そして気に入ったものがあれば諸誌紙に週二、三冊は書評を載せてもらっていた。書評に名を借りた論文というスタイルで、よくものを書いた。読みについても魔と呼ばれ巧者と言われ、達人の名をたまわった。十年も前のことである。 長い長い中断が入った。

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  • 紀伊國屋創業80年記念・連続セミナー“9 days talk live”
    「学魔・高山宏、知の系譜と人文科学の未来を語る」
    2007/9/8(土) 13:00~15:40 新宿・紀伊國屋ホール
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2008年02月29日

『巨匠の傑作パズルベスト100』伴田良輔(文春新書)

巨匠の傑作パズルベスト100 →bookwebで購入

私たちは毎日パズルを解きながら暮らしているようなものだ

「心霊科学」の優れた研究書を取り上げた先回、シャーロック・ホームズの生みの親アーサー・コナン・ドイル卿が現実の世界の向こうに不可視の霊界があることを示そうとして、19世紀末を代表するマジックの帝王フーディーニと組んだ話をした。世界が「マジカル」であることを、世紀末、倦怠を持て余した人々は強く望んでいた。とすると、少しだけズラして世界が「パズリング」であることを願うのも、驚異に飢えた世紀末倦怠人として当然であったはず。かくて本書は、「パズル」の黄金時代たる19世紀末から1930年代ハイ・モダニズムのにぎやかな世相と文化のことを語り得るのではなかろうか。

前座はもちろんルイス・キャロル(1832-1898)である。前座というにはあまりにもいろいろとパズル、ゲームをつくってくれたキャロルだから、専門の数学(ユークリッド幾何、数論)と論理学を少しズラしておびただしい数と図形と言葉のパズルを制作した。生前にコンピュータを知っていたらもの凄く創造的なことを成し得たであろう人物として、キャロルとデュシャンが考えられるが、キャロル最晩年の奇作『記号論理学』などは、問題の時期の論理学革命(アリストテレス論理学から記号論理学への転換・パラドックス趣味)の代表的な本格書でありながら、パズル仕立ての悪癖が高じて、専門書としての評価は低い。パラドックス論理学のアポリアに気鋭のコンピュータ工学者が挑み世界的ベストセラーとなったダグラス・ホフスタッター『ゲーデル、エッシャー、バッハ』(白揚社、1985年)でも、こういうキャロルはストーリーの狂言回しの役どころで、その部分は「語呂つき」を自称する言葉のトリックスター、柳瀬尚紀氏が訳していた。

キャロルこと数学教授チャールズ・L・ドジソンは、アリス他のリデル家姉妹に実にさまざまなパスルを出して楽しんだらしいことが、『不思議の国のアリス』の登場人物と女主人公のやりとりに反映されている。というようなことを、マーティン・ガードナーはその『詳注アリス』や『新注アリス』の厖大な注に書いたし、パズル・メイカーとしてのキャロルを徹底してチェックしたジョン・フィッシャーの名作『キャロル大魔法館』は、考えてみればぼく自身が翻訳した(河出書房新社、1978年)。

「マジック」が19世紀末、「呪術」なのか「奇術」なのか未分化な面白い状況があったように、「パズリング」とは人々を当惑させる新しい生の状況を指すのか、何かのパズルやゲームを指すのか、未分化な表現であるところが面白い。19世紀末を幻想や「お耽美」のパラダイムから少しはずれたところで再考してみようと、百貨店だの、オリンピックだの、ロジェのシソーラスだのを取り上げた「異貌の世紀末」論者のぼく、キャロル研究家、パラドックス研究者のぼくにして、パズルという視点から見た19世紀末論、モダニズム論はなおできていないのだ。

だから、伴田良輔氏のこの最新刊には「ヤラレタッ!」である。生前に世界中の誰もが知っている名作奇作を含め、万という数のパズルをつくったアメリカ人サム・ロイド(1841-1911)と、英国人ヘンリー・アーネスト・デュードニー(1857-1930)、パズル史上の東西横綱の事跡を紹介する。サーカス王フィニアス・バーナムと結びついて巨富を得たサム・ロイドと、学究肌で表に出ることを嫌ったいかにもという英国紳士デュードニーの対照が面白いが、二人は手紙をやりとりする仲で、片方が懸賞パズルを出したものの答えが出せずに困っていると片方が助けるなど、協力し合って19世紀末パズル王国を築き上げたらしい。二人の代表的名作パズルを解きながら、さりげなく間に差し挟まれる簡単な評伝部分が世紀末論に向けてのヒントに満ち満ちていて、さすがポイント押さえの名人伴田の手だれぶりに改めて感心する。

これほど世相や人生そのものを「パズリング」と感じる人間なら、きっとシャーロック・ホームズ・シリーズ大ヒットの時代のこと、自分も推理小説のひとつも書こうと思うのでは、と想像していると、現にデュードニーはそんなことを考えていたらしいと教えられる。名探偵ホームズが一挙に大衆的人気を得た名雑誌『ストランド・マガジン』を有名にしたのが、実は同誌に連載されたデュードニーのパズルの方だったと教えられるに及んで、ヤッパそうかと、改めて19世紀末論を考える上で大きなヒントをもらえ、興奮した。伴田氏は「私たちは毎日パズルを解きながら暮らしているようなものだ」と言うが、19世紀末の人々は特にそうだったのではないか。

サム・ロイドの息子が父親の事跡をまとめた大作について、伴田氏はこう書く。

独特の落語口調で政治や経済に言及した小さなコラムも収録しており、まさにパズルを通してみたアメリカといった趣の本だ。いやアメリカのみならず、19世紀末から20世紀はじめの世界も見えてくる。新聞や雑誌といったメディアが大きく成長する中で、知的娯楽も大きく変化していた。パズルの時代の到来は、マス・メディアの時代のはじまりと無関係ではなかった。

パズル本として面白い(巻末に解答あり)のはむろんだが、長山靖生や伴田良輔の世紀末論の、とにかく意表突く視点の「奇」こそ珍重すべきである。

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2007年07月03日

『書物の宇宙誌-澁澤龍彦蔵書目録』国書刊行会編集部(国書刊行会)

書物の宇宙誌-澁澤龍彦蔵書目録 →bookwebで購入

もっとストイックなドラコニアをという欲ばり

そもそも2006年が読書好きにとってとんでもない「驚異の年」になったのは、松岡正剛『千夜千冊』(求龍堂)『書物の宇宙誌-澁澤龍彦蔵書目録』(国書刊行会)二点の刊行のせいである。貪欲な博読家松岡正剛が毎日毎日書きだめ、編集工学研究所の電子環境から数年がかりで発信したものに、千冊の区切りをつけて猛烈に加筆して巨大冊子体に変性せしめた異様な企画は、十万円にも手が届くものであるにもかかわらず、早々に重版した。

大企画は大企画ながら、故澁澤龍彦蔵書の目録は一万余点の書目の一覧表であって、一点一点がレヴュー・アーティクルとなっている『千夜千冊』と比べようがないが、1960年代から幾つか山を迎えつつ世紀末にいたるあたりの書物界について雄弁に証言してくれるという点では、両者何径庭も遜色もない。

澁澤邸書目は全体何のジャンルなのだろう。数年前、ぼくは以前書いた推理小説関係の文化史評論を『殺す・集める・読む』という一冊にまとめて、編集者ともども仲々の野心をこめて、幾つかの関係の章を狙ったことがあり、特に江戸川乱歩章狙いだったのを、『幻影の蔵-江戸川乱歩探偵小説蔵書目録』にもっていかれた。乱歩の蔵書目録とあって、此方に勝目などあるはずはなかったにしろ、「批評」部門なのになぜ「目録」と同じ土俵で甲乙つけられるのかと、釈然としない。いろんな賞で全部次点に終った。

蔵書一覧て、そんなに面白いものなのか。たとえばかつて本狂いという伝説のあったぼく。図書館の司書まがいの仕事をしたこともあり、図書館派である。勿論、他の人間と異なる専門的分野の本は自分で蔵する他はなく、愛書家蔵書家一人前くらいの本は、別に一軒、床の頑丈な家をそのために借りたことはあるが、もともとためこむのに向いたたちでないらしく、その上に家内のごたごたや、子供たちにも空間を次々と宛がわないといけないという子沢山(愛書家には致命傷)の身ということもあって、新千年紀を越えたあたりからは、とにかく当面喫緊の本以外は買わないというばかりか、蔵書を解体し、多くは近所の公共図書館何館かに寄贈したり、売り払ったりした。

澁澤邸蔵書目録は、付録の、龍子未亡人による読み手としての故人の思い出話が爽やかで小気味よい。本と中身のことで神の如き記憶力を誇った澁澤氏が、日常生活の中では一人では何もできない「博士の愛した数式」状態であったという逸話の連続が、ささやかながら全く同族のぼくなどからみて、そうだそうだと、甚だ痛快なのだ。この思い出話で、澁澤氏が本を買うことにいかにストイックで、一旦買った本についてはいかに大事にし、どこに置いてあるか完全に把握していたかという話が、いかにもと感じられて実に面白かったが、ぼくが死んだ後、少なくとも二人の女が(複雑な事情あり)ぼくと本の付き合いについて、これときっと逆のことを言うのだろうと思って、ひとり苦笑してしまった。

若き日の澁澤氏の手元不如意はよく知られている。その頃読んだ本が、この目録にどう残っているのだろう。もうひとつの付録が、故人に一番近しかった松山俊太郎・巖谷國士両氏の対談で、これで印象的だったのは、書いているものの割に蔵書が少ない、というより、どこかでちらりと見た雑誌の片々たる記事といったものを巧みにつないで文章にすることが多かったのではないかという話である。この一万五千にも近い本や雑誌の集積が澁澤氏の書きものを支えたには違いないとしても、これがそのまま澁澤氏の書の趣味を反映しているともいい切れない。そこが残念。

痛烈なのは、知人(あるいは澁澤ファンにすぎないもの書き)からの寄贈本をチェックしマークを付けた工夫である(ぼくの本なども随分ぼくから送ったものである)。架蔵点数が一番多い三島由紀夫、中井英夫、埴谷雄高、種村季弘など、皆友人なので、互いに寄贈し合っている。だから寄贈のマークが付いていても澁澤偏愛の本はいっぱいあるわけなのだが、「ストイックな」澁澤氏が敢えて身銭は切らなかったであろう寄贈本も実は随分混じっている様子だ。一定量処分はしたということだが、本はもらったものでも大事にしたと龍子夫人の言葉にある。本当は一寸膨満気味な一覧表だ。

勿論、澁澤氏にとってぎりぎり大事な本と著者たちはすぐチェックできる。澁澤邸の本棚毎に書目を追う仕掛けだが、結構混沌たる部分があるのを、巻末の索引が救う。花田清輝や林達夫は全集があるのに、花田と仲が悪かった吉本隆明は果然少ない。熊楠や石川淳は全集が2セットもあるとか、蓮實重彦はあるのに柄谷行人は一点のみとか、中沢新一、四方田犬彦はあるのに浅田彰ゼロとか、フーコーやルフェーヴルはいっぱいあるのにデリダ皆無とか、澁澤趣味がよくわかって実に面白い。海野弘とかコリン・ウィルソンとか、猛烈な学知を巷へと開く書き手が好きだったようだ。

悲しむべき1987年8月(逝去)以前の一番娯しみ多かった読書界のエッセンス。それ以降の寄贈本一切排除という礒崎純一氏の編集方針や良し。
「創作ノート影印」には、撫でながら、はまった。

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