• 愛読者諸兄諸姉。週2回(火・金)ということで2007年5月にスタートしたぼくの書評ですが、近々100回目を迎えるところで一応決着ということにさせていただきます。

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  • 高山宏の読んで生き、書いて死ぬ
    ―ぼくの中に貪婪の書評魔が帰ってきた―

    かつては一日に一冊読んだ。そして気に入ったものがあれば諸誌紙に週二、三冊は書評を載せてもらっていた。書評に名を借りた論文というスタイルで、よくものを書いた。読みについても魔と呼ばれ巧者と言われ、達人の名をたまわった。十年も前のことである。 長い長い中断が入った。

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  • 紀伊國屋創業80年記念・連続セミナー“9 days talk live”
    「学魔・高山宏、知の系譜と人文科学の未来を語る」
    2007/9/8(土) 13:00~15:40 新宿・紀伊國屋ホール
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2008年04月22日

『萩原朔太郎というメディア-ひき裂かれる近代/詩人』安智史(森話社)

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したたかな引き裂かれ?それってマニエリスムじゃん

漱石を取り巻いていたメディア的環境に関する優れた博士論文を読んだ後では、その直後の時代、大正から大東亜戦争くらいの時代にメディアの世界はどうなっていたのか、という関心が湧く。そこに安智史氏の萩原朔太郎論が出た。これも博論である。立教大学に提出。

母語たる日本語にリズムがないという欠陥を、『新古今』他の古典的和歌の「調べ」に回帰しながら克服しようとした朔太郎の「日本への回帰」という、「隠れた」論争で小林秀雄に叩かれた詩論が、前半(第1部「詩語としての日本語と朔太郎」、第2部「声のメディアと朔太郎」)を占める。「声のメディア」とは「ソング」(佐藤惣之助や西条八十などの流行歌の歌詞)と、それを大衆化していくラジオというメディアのことだが、日本には珍しい理論派・高踏派詩人のイメージが強い朔太郎がここまで流行歌に対抗意識を持っていたということに、まずびっくりした。朔太郎はエッセー「流行歌曲について」で「僕は珈琲店の椅子で酒を飲み、大衆と共に<あなたと呼べば>を唄った後で、自ら自分の髪の毛をむしりながら、自分に向って<この大馬鹿野郎奴>と叫ぶのである」と書いたが、いろいろなレベルで「引き裂かれ」を分析される詩人の、これ以上に強烈で愉快なイメージはなかろう。「あなたと呼べば」は古賀政男作曲「二人は若い」の有名な文句。作詞はサトウ・ハチロー。

後半部は、レコードやラジオの歌謡を支えた大衆を「都市化」を動かした「群集」と捉え直し、有名なル・ボンの群集心理学研究の日本紹介などを援用した第3部「大衆社会状況のなかの朔太郎」と、同時代最大の大衆的メディアたる映画への朔太郎の伝説的な入れ込みを論じる第4部「視覚の近代と朔太郎」という構成である。第3部の群集論の間奏曲という感じで入る「猫町温泉――近代(裏)リゾート小説としての『猫町』」の章が非常に面白い。日本に入ってきたばかりの西洋温泉療法を担う「浴医局長」の一人が朔太郎の父・密蔵であったということを出発点として繰り広げられる「Kという温泉」周辺の「U町」のモデル探索が実に面白い。下北沢や代田まで関係あるらしく、近所に住むぼくなど、急に朔太郎を身近に感じた。

群集論はぼくなど(ポーの「群集の人」の大ファンを任ずる者として)迂闊にも知らなかった朔太郎の詩「群集の中を求めて歩く」が20年にわたって改訂改稿されていくプロセスを克明に追跡するというやり方を通して、群集として現れた都市大衆に向かう詩人の好悪の感情の揺れ動きを読み取る。抽象的な都市論でないところが説得力あって良い。

同じことが映画論についても言え、朔太郎と言えばあれと言われる詩「殺人事件」(1914)の高名な犯人イコール探偵説の可か否かをめぐる議論が一本芯にあるから、議論が危うげに拡散することもなく、朔太郎のチャップリン狂いを丁寧に分析した後、彼のベルクソン耽溺、ベルクソン『創造的進化』に言う存在の持続に話が及び、「幽霊」でもありながら長く生命を保つメディアでもある映画同様、詩人自らの詩作品も永く「持続」してあれという詩人の祈念に全巻を落着させる。

読みものとしてもよくできた構成、流れになっているせいか、テキスト改稿を追い続けたり諸家の諸説を比較吟味するといった博士論文の技術的手続きの煩わしさも読後きれいに「止揚」され、あざやかである。朔太郎視覚文化論としては、伝説的な種村季弘「覗く人」(『壺中天奇聞』)以来の刺激的なエッセーだ。イエスと言っていたかと思うとやがてノーに化し、いやなのかと思えばやはり執着しているという「二律背反」を生きた相手についていこうと言うのだから、論も当然うねうねと蛇状曲線を描き、そう思えばむしろ論の紆余曲折はそうあって然るべきと大いに得心がいく。しかし、「一般」読者にはどんどん入れる後半部から読むことを、老婆心ながらお勧めする。

前半は、「たんなる行別けされた散文から区別し、ジャンルの独立性を保証する基準となるものは存在するのか」という、日本現代詩における宿命的な問いを扱う。いわゆる「定型詩」論争の不毛をよく知り、まがりなりにもヨーロッパのアルス・ポエティカを少しは知っている人間として、この辺の論の不毛はうんざりしているので、蜿蜒続くリズムの「調べ」論に付き合うのは少々しんどい。安氏の本の救いは、朔太郎の詩論のねじれが、徳川末期学者たちの「音義説」に直結する「第二次クラチュロス主義」的発想に起因するという実に面白い見方で、ぼくなどが久しく朔太郎をその系譜に入れようと腐心してきた普遍言語・純粋詩路線に朔太郎を取り込もうとしいて、大層有望である。安氏はジュネットの『ミモロジック』に拠っているようだが、ぜひノイバウアーの『アルス・コンビナトリア』に言及すべきである。要するに朔太郎はしたたかなマニエリストなのだから。映画を「幽霊」と見ようというのに、テリー・キャッスルの「ファンタスマゴリア」論(『女体温計-18世紀文化と<不気味なもの>の発明』に収録)を知らないという以上のもったいなさを、ぼくは感じた。それによってこの論文は衝撃書にもなり得たと思うからである。

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2008年02月08日

『画文共鳴-『みだれ髪』から『月に吠える』へ』木股知史(岩波書店)

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学と遊びが共鳴するこういう本をエロティックスと呼ぶ

ギリシア神話の記憶の女神ムネモシュネの9人の娘がそれぞれ芸術の9分野を1つずつ担当したことから、例えば詩と絵はシスターアーツ [姉妹芸術] と呼ばれ、もとをただせばムネモシュネなる「集合記憶」に発する同一の「表現衝動」(G・R・ホッケ)、同一の「芸術意思」(A.リーグル)が、たまたま違う表現形式をとったに過ぎない。こういう「精神史としての美術史」 (M.ドボルシャック)と呼ばれるアート観の中心的主題がシスターアーツ論であり、ホラティウスが発祥とされる“ut pictura poesis”[詩ハ絵ノ如クニ] というアプローチである。こういう大掛かりな比較芸術論のバイブルとされるマリオ・プラーツの大著『ムネモシュネ』を拙訳した時、ぼくはさんざん頭をひねって“ut pictura poesis”に「画文一如」という訳語を充てたが、木股知史氏考案の「画文共鳴」の方がアイオロスの琴めいて断然良い。今後は皆、これで訳語統一するように!

ヨーロッパでもプラーツ書より十年以上も早く、Jean H.Hagstrumの“The Sister Arts”(初版1958年)という基本的名著がある。ジャンル区分や超ジャンル論争の主戦場だった18世紀に紙数が費やされているせいもあり、その革命的意義がなかなか理解されない。シスターアーツ論など、たまたまこの詩とこの絵が似ている・似ていないという思いつきの集積で、とても文芸批評の名に値しないという、ルネ・ウェレックとオースティン・ウォーレンの共著『文学の理論』が、ウェレックのビッグネーム故に影響力を発揮して、いまだに詩や小説の「説明」に似たような絵を並べてみせるのは好事家的学者の「趣味」程度にしか見られない。英文学でいえば河村錠一郎、由良君美といった先人たちの敢為がそういう評価で今に至る。ぼく自身その一人と言われてもいて、つまりは文学研究の正統から見ると所詮、邪道外道なのである。そうでないはずということを示したいこともあって、当ブログで、荒木正純氏の芥川論を紹介したり、アメリカ文学に場を借りたマダム入子などの優れた画文共鳴論を続けて取り上げたりした。今後どうなるかというところに、実に見事なシスターアーツ論の大冊が出現。欣快事である。

「1900年代から10年代にかけて」の日本における「文学と美術をつなぐ表現史」を、自ら「開拓的」と号する300余ページの労作がやり抜いた。本当にシスターアーツ論の心得ある人間が日本を相手にするなら、問題になるべきは(1)宝暦・明和の江戸、そして(2)明治四十年前後すなわちこの『画文共鳴』が真芯に捉えた20年ほどのヤマである。画文共鳴の濃密なり切迫において、のんびり古臭い絵巻物など論じている場合ではない。このふたつの時期は、いうまでもなく出版メディアに「大」の付く変革が発生したタイミングである。(1)は錦絵をうみ、源内と応挙をうみ、(2)は木股氏言うところの「装幀や書物の形態、挿画などのイメージ的表現」の実験を許す出版メディアをうんだ。同じ紙葉上に文と絵とを併せ載せるメディアの仔細を巧みに論じさえすれば、ウェレック、ウォーレンのなんとも古臭い「絵と文学は別物」論などあっさり論駁できる。その辺の理論的せめぎ合いを一切知らない風情でいきなり核心をわしづかみする木股式は爽快だ。本書が示す通り、マスメディアの欲望と技術が、共鳴する画文にさらに共鳴した、まさしくそういう時代をバッチリ選び取った直観(プラス研鑽)の勝利だ。

第I部は与謝野鉄幹・晶子夫妻をめぐる動き、第II部は「象徴主義再考」を謳うなら避けられぬ蒲原有明周辺の動き、第III部は「装幀や書物の形態」といった木股氏のいわゆる「画像世界」の創出と言えばこれに尽きる『月に吠える』を舞台にした朔太郎と版画家田中恭吉、恩地孝四郎の深々とした交渉を、それぞれ縷説する。日本近代におけるシスターアーツと言えばロセッティ狂いの蒲原有明ははずせないし、『月に吠える』の画文共鳴ぶりは神話的ですらある。『みだれ髪』については先達芳賀徹氏によるシスターアーツ論の傑作『みだれ髪の系譜-詩と絵の比較文学』があり、「詩は絵の刺戟から生まれたが、その詩は別の絵を生み、その絵はまた詩の別様の解釈をうながす、という詩画間の世紀末的近親相姦」なる、これ以上は無駄というシスターアーツの決定的「定義」さえあった。

目次としては革命的といえるほどのものはない。例えば漱石。木股氏には花のシンボリズムで息が詰まりそうな『それから』について『イメージの図像学-反転する視線』という見事な成果があるのだから、『草枕』ピクチャレスク論、『抗夫』サブライム論など、真にポップな画文共鳴論も、氏ほどの切れ者にはお願いしたい。それから、鏡花の『春昼』になぜ一行の言及もないのかなど、ぼく個人としては、これだけ1900~1920年の画文共鳴をやるなら少しだけ紙葉メディア論から逸れたところも、と求めたくもあった。ま、いずれ。

メディアが繋ぐ詩と絵という視覚については完璧だ。『みだれ髪』が三六変形判だったことの意味とか、石版木版の「版の表現の展開」をめぐる濃密な議論とか、もう一度言うが、長い間シスターアーツ論者を苦しめてきたウェレック、ウォーレンの呪いなど、「詩画集」という絶妙の場で工夫される印刷・出版のメディアの実験をきちんと論じさえすれば、すらすらと解けてしまう。これがおそらく著者が知らぬ間にやりおおせた最大の功績だ。竹久夢二ひとりとっても、夢見の美女を描いた絵師としてでなく、「文字の代りに絵の形式で詩を画いてみたい」という絶妙の台詞を吐くメディア・マンとして登場する。

象徴主義文芸のイメージ分析の最高水準は種村季弘がホッケの『迷宮としての世界』の「姉妹」本と勝手に見立てて訳したハンス・H・ホーフシュテッターの『象徴主義と世紀末芸術』に尽きるが、これを実によく消化した木股氏の、驚くべき資料博捜とバランスする「筆者の推測」がどれも唸る他ないほど面白い。『みだれ髪』の判型が「お経のかたち」に似ていると仰有る。なんだあと思っていると、次のように木股節としか称しようのない見事な修辞の寝技に持ち込まれてしまうのだ。

 ところで『みだれ髪』には、次のような歌が収められている。

 笛の音に法華経うつす手をとどめひそめし眉よまだうらわかき
 うら若き僧よびさます春の窓ふり袖ふれて経くづれきぬ

 青年僧は、仏道に帰依し、道を志す修業者であるが、経をくずす「ふり袖」や、写経の手をとめる「笛の音」は、彼を誘惑する記号として表現されている。道成寺伝承に代表されるように、修行に励む青年僧と誘惑する女人という組合せは、物語の発想の基本形の一つだと言ってもよいだろう。青年僧は、誘惑を拒み、「ふり袖」や「笛の音」が暗示する女人の影は、その拒絶を突き崩そうとする。

なるほど。しかし素晴らしいのはここから。

女性の官能の勝利を肯定的に高らかにうたう『みだれ髪』が、お経と同じかたちをしているとすれば、それはとてもアイロニカルな発想だと思う。なぜなら、誘惑者(歌集『みだれ髪』)と、それを拒むもの(経典)が、同じかたちとして表現されているからである。

ううむ、ううむ。こういう批評的エロスいっぱいの一冊。大好きだ。

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2008年02月01日

『視覚のアメリカン・ルネサンス』武藤脩二、入子文子[編著](世界思想社)

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いまさらながら巽孝之には「おぬし、できるな」である

入子文子氏氏の「覇気」に触れた機会に、氏も共編者となった『視覚のアメリカン・ルネサンス』という論叢を紹介したい。「アメリカン・ルネサンス」とは薄幸の巨人的批評家F.O.マシーセンが19世紀中葉、やがてD.H.ロレンスがトルストイ、ドストエフスキー時代のロシア文学にも匹敵するとして、田舎ぶりと貶下されていたアメリカ文学に初めて高い評価を与えることになる、ホーソーンやメルヴィルの文学を総称して用いた巧妙な呼び名である。そのマシーセンの巨著“American Renaissance”は、1941年という超のつく早い時期に、この時代のアメリカ文学の特徴として、見ることと認識することの相同・乖離という非常に哲学的な問題をメインに抱え込んでいることを、冒頭に取り上げていて印象的であった。

時代の哲学的側面を一人代表したネオプラトニスト、エマソンの1836年のエッセー“Nature”(各版あるが例えば“The Essential Writings of Ralph Waldo Emerson”に収録/邦訳『自然について』)など、ぼくはアメリカ文学研究を志していた初学生時分、ほとんど全文を暗誦できたほど、その一行一行を熟読したものである。余りにも有名な“Eye=I”という「語呂合わせ」を基に主体と世界の関わりを論じたこの一文が既に、ジョン・ダンのマニエリスム・イングランドと19世紀アメリカ文学の深い共鳴関係を示しているもののように思われる。

であるにも拘らず、アメリカン・ルネサンスにおける「視覚的」文学の研究は遅れに遅れた。もっとも例えば先行すべき英国の同種研究自体、デイヴィッド・ワトキンによる久々のピクチャレスク研究が1982年刊ということだから、アメリカ文学研究ばかり責めるいわれはない。英国ピクチャレスクについてはたまたまその役が回ってきたので、拙著『目の中の劇場』(1985)でその辺総覧すると同時に、E.A.ポーとヘンリー・ジェイムズに触れて、アメリカにおける視覚的な文学の研究が差し迫った課題であると提案した。顧みて信じられないが、当時、“Picturesque”を「画趣ある」「美しい」などと平気で訳す訳文が多くて呆れかえった(本当は「荒涼とした」という凄愴美のことである)。

それから約20年、状況の一変は驚くばかり。エンブレム文学テーマで独走する入子氏は別格として、1980年代からは本国アメリカでのまさしく汗牛充棟の研究書刊行を反映して、アメリカン・ルネサンスの視覚的文学の研究は伊藤詔子、野田研一両氏を中心にあれよあれよという急進展ぶり。却って御本家英国のそちら方面の脆弱が恥ずかしいほど勢いのある世界となっている。認識と視とは骨がらみであり、認識のフレームワークを一貫したテーマに挙げる鷲津浩子氏も、この動きを引っ張る一人だ。

この論叢にしても、第70回日本英文学会全国大会の「アメリカン・ルネッサンスと視覚芸術」部門(司会は入子女史。実はぼくもゲスト参加)の口頭発表、『英語青年』誌でのその活字化(1998年10月号)を基にしている。また、本書の執筆者は、さまざまな学会誌や『英語青年』などに各自発表したエッセーを基にしたり加筆したり、いろいろな学会での口頭発表の積み重ねであったりする旨、それぞれ記していて、英文学界一般の低調に比し、アメリカ文学界のこの方面における精彩はたいしたものだ。

収録13篇のうち4篇がホーソーン論というのは、たぶん入子効果だろう。重いモラルを引きずる暗い文学というホーソーン文学のイメージが絵大好きな方法論の書き手というイメージにチェンジするのが、今どきの一般読者にとっては貴重だが、やはり入子氏の綿密な『痣』の紋章学・図像学的読みが圧巻。『ホーソーン・《緋文字》・タペストリー』を知らずにいきなり本書を読んでいたら、本当にびっくりしたはずである。

ポーが排されているのはマシーセンが「アメリカン・ルネサンス」概念からポーを締め出したからなのか。ピクチャレスク風景を巨大単眼と化したエマソンが見るという絵柄で“Nature”を論じた野田論文、このところのアメリカン・サブライム研究の隆昌をきちんと復習させてくれる伊藤論文など、バランス良い目次案だが、ポーにはもっと紙幅を割いて欲しいし、メルヴィル論はあまりにもおざなりであるまいか。概して、やはり世代が上になるほど方法意識がないということが判る。ヘンリー・ジェイムズ関係は2本。ジェイムズと写真の関係を追う中村善雄論文は手堅く、かつ必須のテーマだが、Adeline R. Tintner女史のジェイムズ研究三部作(“The Museum World of Henry James”等)こそアメリカ視覚文学研究の近来の枠なのに、肝心の絵画との関わりがズボ抜けなのはいかがなものだろう。収穫は水野眞理氏の「挿絵は誰に何を見せるか」。読者が一緒に考えられ、入り易い素材を選んだのが良い(議論はハイレヴェルだ)。

やはり桁が一つ違ったのが「超絶時代のフィルム・ノワール――エミリー・ディキンスンの形見函――」の「大」巽孝之氏である。鷲津氏をインスパイアしたアレン・カーズワイルの“A Case of Curiosities”(邦訳『驚異の発明家(エンヂニア)の形見函』〈上〉〈下〉)を下敷きにして、その家屋敷に異様に執着したディキンスンのヴンダーカンマー詩学とでも呼べそうなものを論じるのかとドキドキしながら読み始めたら、想像通りキャビネ [袖出し] の中に「ポートフォリオ」状態で書き溜められていくディキンスンの詩のありようが、ジョゼフ・コーネルの有名な「箱アート」以下多くのアーティストを、ウィリアム・ギブスン、デニス・アッシュボウ共作の書物芸術『アグリッパ』(1992)までインスパイアした経緯を辿る。文章にエレガンスが要求される展開だが、「まさしくポートフォリオ形式に関する理論こそが、書物以前の原書物が備えるジャンクアートの理論として、ディキンスン作品がいったいなぜ以後の作家はおろか、とうにモダニズムを超えたポストモダニズムの視覚芸術家たちにまで絶大な影響を与えていったかを、解き明かすよすがになる」とか、なんとまあ巧いものだし、材料にしても要するに持っているものが違うということなのだろう。文学とアートが本質的に通じざるを得ないことを「解き明か」し得たのは結局、巽論文のみ。今後あり得べきekphrasis [画文融通] 論のモデルとなるだろう。以前取り上げた『人造美女は可能か?』中の巽氏による一文とも併せ、一度ディキンスンを読み込んでみようかと思わせる。『人造美女は可能か?』同様、本書も巽氏が編集したら良かったのだろう。

総論が弱いと論叢は求心力を欠く。いろいろあって論叢ブームの世情ながら、全巻を巧くオーケストレートできている論叢があまりに少ない。改めてそう思ったのも、Takayuki Tatsumi が中心になって編んだ“Robot Ghosts and Wired Dreams : Japanese Science Fiction from Origins to Anime”を併せ読んでいるからだ。日本語での仕事の凄さがそっくり英語で世界発信の段階に入った巽、まさしくやりたい放題の自在無碍。あっばれである。

入子氏には藤田實氏との共編の最新刊『図像のちからと言葉のちから-イギリス・ルネッサンスとアメリカ・ルネッサンス』もあり、副題に謳われるように「文学的図像学」の領域ではアメリカはイギリスと堂々と肩を並べるに至ったようで、見るところ入子文子ひとりの獅子奮迅によるものだから驚く他ない。

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2008年01月29日

『ホーソーン・《緋文字》・タペストリー』入子文子(南雲堂)

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珍しくヨーロッパ・ルネサンスに通じたアメリカ文学者の大なた

英米文学研究の世界で驚倒させられることはそう滅多にないが、入子文子という名からして優雅で遊びめくこの研究者の覇気は、確かに驚倒すべきものである。御本人があとがきでお書きのように、企業にお勤めの時期に参加した勉強会で知的刺激を受けたのに発して、あれよあれよという間に、ヨーロッパ・ルネサンスのヘルメス学的部分、とりわけその視覚的な表現(エンブレム学・図像学)に親懇し、やがて「アメリカン・ルネサンス」に目を転じ、ナサニエル・ホーソーンにこのヨーロッパ16、17世紀の異伝統を確かに認めるという壮大な構想を獲得した。

本書は結果的には少々辟易させられそうなアカデミー的な配慮と細かいテキスト読みの大冊になったが、方法としては、ヨーロッパ研究者が根拠なきプライドからアメリカを軽んじる一方、アメリカ研究者が意地と無知ゆえヨーロッパ(ましてその異貌部分)を理解せず、ゆえに生じる中間地帯、はざまの沃野を大胆に埋めてみせた、という存外単純なものである。自らの感覚に確信を持ち、的確に「芸域」を広げていく様子を語るあとがきが、あとがきの類には珍しく展開に納得がいき、好感を持てる。

洒落たテクスト=織布論が一時流行った。もともと「テクストゥス(Textus)」というラテン語は異要素を経(たて)糸、緯(よこ)糸として織り合わせたものを指したが、結局は引用三昧な文学なる言語構成体に他ならない。テクスト、イコール織布という、考えるほどに面白そうなメタファーを、大方の評論はそういうメタファーとしてしか使わない。しかし、『緋文字』はじめ作中の至るところにタペストリーを作<中>作(mise en abime)として取り込んでみせる、それというのも自身の根本的な方法がタペストリーそっくりなものだから、というホーソーンのような相手に、これはただのメタファーで済むわけがない、というのが骨子である。

ただのメタファーに落とさない。ヨーロッパ・ルネサンスの宮廷の壁上を風靡した「もの」としてのタペストリーの織り方の技法・意匠を徹底的に浮かび上がらせる。半可通にわかった気分でメタファーに落とすのでなく、本当にゼロからタペストリーを考え詰めていって、これが“ut pictura poesis”[詩は絵のように] を言い、ルネサンスの「諸神混淆」そのままに雑多の世界、多彩な趣向をどんどん織り込むことのできる工芸世界であるということを納得させ、かくて言ってみれば同じ営みである「ロマンス」文学とこのタペストリーが全く「通底」するものであることをごく自然に得心させる。文章も絢爛。

 およそタペストリーの織り職人は、枠に張られた太い生成りの麻の縦糸(warp)に、ウールや絹の色糸や、金糸銀糸などの繊細な横糸(weft)を糸巻きで渡し、縦糸が表から見えなくなるまで櫛を用いて横糸をつめながら、横糸で美しく装飾的意匠を施して織り上げるという。細部にわたる絵画的技巧により、色糸のグラデーションが浅浮き彫り様の光と影の三次元的効果を生み出した点描の画法のごとき光をあらしめる壮麗な奢侈の品である。しかし織りが現出させるこれほど多量の光の存在にもかかわらず、タペストリーの各場面は黄昏の光に置かれ、血のたぎるような情熱を抑制した静謐の世界である。しかも織りの醸し出すどっしりとした触感が、単なる白い壁土の表面に描かれた平板なフレスコ壁画とは異なる落ち着きを伝えてくる。一つ一つのタブローと細部の図柄を追い、意味を考えながら歩を進め、一巡りして元の位置に戻り、全体を眺めては再び細部を確認する。ときには部屋の中央に立ち、終りを初めに、初めを終りに繋いで全体を見回す。過去・現在・未来にわたる異なる時間の出来事を一望のもとに収めたタペストリーの、物語の細部と全体の意味を巡って想像力が動き出す。外光を締め出し、抑えた人工照明で照らされた幽明の<タペストリーの間>は、訪れる人を瞑想に誘い込む囲われた小宇宙と化すのである。(p.47)

著者が現実に、過去のアメリカ史を回顧させるボストンのさる美術館で見た光景だそうで、これと同じものを『緋文字』中の悪役チリングワースの部屋に読み取らぬ方がおかしいというのが、そもそもの出発点となる。確かにおかしい、アメリカ文学界ってこれくらいのセンスもなかったの?と驚き呆れてしまうほど説得力ある議論だ。

ただのテクストではなく、図像を織り込むテクストである。織り込まれるのはおなじみ『緋文字』の「罪と罰」をめぐる様々に伝統的な図像――デューラーの『メランコリアI』他――だ。前に取り上げた伊藤博明氏E.ヴィントの教示した図像学の世界が文学的に展開される現場を目の当たりにする。岩崎宗治、藤井治彦といった碩学がシェイクスピアに見、蒲池美鶴氏がウェブスターやフォードに認めた「リテラリー・イコノロジー」の驚くべき達成を、「無教養」と思い込んできたアメリカ文学の人が成し遂げたことに、ぼくはショックと異様な感動を覚えた。許されぬ愛のうんだ子、パールの真珠という「真円」の図像分析がルドルフ二世らのハプスブルク帝国へと飛躍する、まるでF.イエイツの『シェイクスピア最後の夢』じみた壮大な話になると、流石に眉に唾つけたくなるが、面白い。

期待通りの『アメリカの理想都市』でもそうだが、誰しも考えてもみなかった驚異の着眼がほとんど覇気とまで化しているところに、マダム・イリコの魅力がある。織布論に没頭中の田中優子氏、これを読むべしっ。

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2008年01月25日

『後ろから読むエドガー・アラン・ポー-反動とカラクリの文学』野口啓子(彩流社)

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宇宙が巨大なマガザンであるかもしれない夢

アメリカ文学をその狭い守備範囲でやり続けている人たちにとっては大きな衝撃であったかと思われる鷲津浩子氏の『時の娘たち』は、女史自身言うように「『ユリイカ』を西洋知識史の流れのなかで読み直そうという試み」であった。ストレートにE.A.ポーの奇怪な宇宙論を論じたその「暗合/号する宇宙」は、このテーマで書くならジョン・アーウィン“American Hieroglyphics”(『アメリカ聖刻文字』)、ショーン・ローゼンハイム“The Cryptographic Imagination”(『暗号的想像力』)のニ著をベースにせざるを得まいと岡目八目的に感じるところにズバッときて、なかなかの使い手と思わせる。こういう大型の仕事の後でポー論を綴るのはしんどいだろうなと、アメリカ文学で食っていくはずの人たちに少しく同情した。鷲津氏は新知見が兎角はちきれそうという感じで、批評文体としては生(き)というか、も少し洗練と重複の整理が必要かと思うが、その点では<大>巽孝之の『E.A.ポウを読む』が1995年時点で我が国のポー研究スタイルの頂点を見ている。

その後のポー研究はどうなっているのだろう。大きな呪縛を引き受けての仕事にならざるを得ないはずだ。なかなか突破作がないところで注目株に見えるのが野口啓子氏の『ポーと雑誌文学』(山口ヨシ子との共編著)である。『後ろから読むエドガー・アラン・ポー』はその野口氏がポーの文業全体に改めて触れた新刊というので読んでみた。タイトルの「後ろから読む」が良い(「反動とカラクリの文学」というサブタイトルは艶消し)。ポーのキャリアの最後(“Eureka”『ユリイカ』)から全文業を逆照射しようという主旨である。

最初に『ユリイカ』を論じる。一種ビッグ・バンに似たコズモロジーを繰り広げるポーの『ユリイカ』についてわりと一般的な読み方を、まず紹介する。次に楽園(庭園)ものにおける万物合一への憧憬、長篇“The Narrative of Arthur Gordon Pym of Nantucket and Related Tales”(邦訳『ゴードン・ピムの物語』)における反転のテーマ、美女蘇生物語における精神と肉体の確執、推理小説における都市と群集へのアンビヴァレンス、そして眼、見ることへのポーの反エマソン的な形での強烈な関心という順番で、ポーの文業がほぼ全体的に取り上げられていく。そして、それぞれ浮かび上がったサブテーマが「後ろ」に控える『ユリイカ』中に全てまとめて入っていることを最後に見る。

ほら「後ろから」見ると面白いという章立てなのだが、先行作を最後作が総合してみせたという構造でもあり、別に「前から読む」ポーでちっとも構わないのがおかしい。たとえば推理小説とは断片的な情報を基に「過去の始源」に遡及するジャンルであるというのは良いとしても、ポーについては、拡散した宇宙が始源の「単一状態」に戻る夢を描いた『ユリイカ』から即ち「後ろから読」んでわかってくるというものでもないだろう。むしろ推理小説をつくりだす拡散から糾合へという構造が最後作に「前から」入っていったと、ごく自然に読んで不都合があるのか。

個々の作品論は陳腐だ。著者が作品に対峙して考えたことを書くのは当然かつ少しもおかしいことではないが、少し程度の良いポー入門者が喜ぶだけのことで、2008年の今、改めてことごとしく読むほどの内容ではない。野口氏がどうこうというのでなく、いかにも知的好奇心をかき立てるポーという相手について書かれ得ることはほぼ書き尽くされている感があるということだ。ポー注釈産業は盛況だ。

にも関わらずこの本を取り上げたのは、マガジニスト・ポーという、野口氏の個性的かつ貴重な視点の故である。それは全巻棹尾の「アメリカの叙事詩」という文章まで読んで、ほとんど初めて強烈にわかる。そうか、この本自体が「後ろから」読むとわかる作品だったか、と。

 ポーの『ユリイカ』は、単純化を恐れずにいえば、十九世紀前半に形成されつつあったナショナリスティックなアメリカ像への激しい反発であり、北部中心の進歩主義的世界観に対抗するもう一つの世界観の提示だったといえよう。それでは、ポーは全米で盛りあがりつつあったナショナリズムとは無縁だったのだろうか。
 ここで『ユリイカ』が彼の理想の雑誌の具現であるといえば、あまりにも唐突だろうか。(p.240)

唐突でないことを言うために、この本一冊書かれたのではないか。

彼にとって、雑誌は、アメリカの読者を啓蒙してアメリカ文学をイギリス文学なみに引きあげるためのメディアであると同時に、詩や小説やエッセイ、批評、書評、専門知識など、多様なジャンルを盛り込める文芸誌かつ情報誌であり、芸術性と娯楽性を兼ねそなえた文字媒体であった。そのような雑誌の多様性こそ、経済的にも領土的にも発展し、加速度的に多様化する十九世紀のアメリカ社会を映しだせる最良の媒体であった。科学や哲学、宗教、批評、文学の混合物である『ユリイカ』は、彼が理想とした雑誌のありようを、宇宙論という形で具現したものだったのではないだろうか。

これ、これですよ。この『ユリイカ』=マガジン論に立って「後ろから読」むと、ポーの“The Purloined Letter”(HardcoverPaperback/邦訳『盗まれた手紙』)論として少し論じられていたのはこのことだとわかる。比較的関係薄な作品の概観の類を削ってでも、上に引用した設問と野口氏らしい一定の解答(らしいもの)をもっと縷説すべきだったと思う。

雑誌を意味するフランス語“magasin”が倉庫・店舗をも意味したことを野口氏はご存知ない。だからポー同時代あたりから発達する百貨店を“grand magasin”というのであるが。それがわかったら、以前取り上げたローレンス・ウェシュラーの『ウィルソン氏の驚異の陳列室』を熟読することだ。鷲津氏もアレン・カーズワイルの“A Case of Curiosities”(邦訳『驚異の発明家(エンヂニア)の形見函』〈上〉〈下〉)を読まれているのに、何故ウェシュラーはお読みにならないのかと思ったが、雑誌というコラージュの編集工学がマニエリスム文学の混淆ジャンルの問題であることを、電脳時代のアメリカ文学者はウェシュラーを通してそろそろ考え始めなければならない。ないものねだりついでだが、『ユリイカ』を論じる若い世代が誰ひとり Eveline Pinto,“Edgar Poe Et L'Art D'Inventer”を読んでいないのは怠慢の一語に尽き、さらに言うと、「引力」物理学の心理的側面を追求し切ったHélène Tuzet, "Le cosmos et L'imagination"を使えないのは「大」のつく失態である。ポーの母国と称しても良いフランスである。ポー読みがフランス語くらい読めて当たり前ではないか。

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2008年01月22日

『時の娘たち』鷲津浩子(南雲堂)

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ひと皮むけたら凄いことになるはずの蓄積

いろいろなところで書いた通り、ぼくの出発点はメルヴィルの『白鯨』(1851)で、その書かれた時代をF.O.マシーセンが「アメリカン・ルネサンス」と呼んだことで田舎者だったアメリカ人たちが急に文化的に元気になったというが、ぼくは、その馬鹿馬鹿しい呼称以上の真に「ルネサンス」として高く評価すべきだという確信に至った。簡単に言えば、人間が神よりも<私>へ関心を移さざるを得ない状況に後ろ暗さを引きずりながらも次々に知的な大発明をうんだ(御本家の)ルネサンスが「新世界」でそっくりリピートされる状況を、マシーセンは言祝いでいたと感じたし、もしそうであるなら、そういう栄光のルネサンスが後半に抱えることになった後ろ暗い自意識過剰の文化が、少なくとも20世紀いっぱいかけてオルタナティブなルネサンスという意味でマニエリスムと呼び換えられ、独墺を中心にその問題が緻密に煮詰められている今、アメリカン・ルネサンスならぬアメリカン・マニエリスムと呼んでアメリカ文学史を書き換えればいいのに、と思い続けてきた。16世紀マニエリスムを引き継いだのが18世紀初めのロマン派、それらをまとめて引き継いだのが20世紀初めのハイ・モダニズム、それらを継いだのが1950~60年代、という今では常識と化した線に、メルヴィルやポーのみか、ピンチョンやミルハウザーもぴたりとはまってしまうのではないか、と。

要するに今でいう領域横断の精神史(Geistesgeschicte)の話になる。やれそうなのは長上世代に八木敏雄氏一人、同年輩か下には巽孝之「青年」ただ一人。ぼくは「英」文学の人間、何も特にうるさそうな英と米の守備範囲を越えてまでちょっかい出すこともないと思い、『白鯨』エッセーを「卒論」に仕上げて以来ほぼ四十年間、わずかな例外を除いてアメリカ文学研究をテーマに文を綴ったことがない。例外は唯一「ペテン」の話題で、由良君美退官記念論文集にフィニアス・バーナムのことを、また『テクスト世紀末』にウィルソン・ピールのことを、そしてピールの騙し絵アートの延長線上のヘンリージェイムズ論を『目の中の劇場』に書いたのみ。それ以外はアメリカ専門の知人たちに委ねた。朝日週刊百科「世界の文学」を編集した際、アメリカン・ルネサンスの一冊を八木氏に依頼したところ、巻頭エッセーに、ついに日本初のアメリカン・マニエリスム文学論が載った!巽氏にはウィルソン・ピールを中心にぜひ、と言い続けてきている。

鷲津浩子氏は高山君の言っているようなことを大体やっている人、という噂を聞き、大変楽しみにしていたところ、どんと出てきたのが『時の娘たち』であった。科学史・技術史も含めた「知識史」という大構想をもってアメリカン・ルネサンスを捉え直そうという覇気をひたすら慶賀慶賀で爽快に読んだ。そこで前回に引き続き鷲津浩子著だ。

ロマン派時代に歴史の長い「存在の大いなる連鎖」的有機体宇宙観に限界が来て、時計に喩されるような機械論的な発想が前に出てくるという問題を、「科学革命」やジョン・ロックの帰納法の発明にまで遡って論じる。たとえばメルヴィルの『ピエール』に出てくる神の時と人間の時間のずれを仮託されたクロノメータという計時機械について、本当はそれが神の時を表すような機械でなかった技術史の現実を知れとする目からウロコの議論も。

 このような論理の背景を知るためには、もうすでに何度も言及している知識史の概観が有効だろう。すなわち、アリストテレス・スコラ学派の「旧学問」の質的演繹法が、知識革命を経てベーコンを旗手とする「新学問」の数量的帰納法へと移行したものの、「帰納法の問題」が起こった結果、何が典型で何が例外であるかを判断する暫定的法則に対する必要性が浮かび上がったということである。ここには、もはやベーコンが暗黙の了解とした宇宙の予定調和はない。あるのは、百科全書的な目録集大成、組織的体系を約束しているように見えたリンネ式植物分類法やキュビエの比較解剖学、失われてしまった予定調和を求めたドイツ自然哲学やアメリカ超絶主義である。(p.131)

いまさらとも思うが、とにかく不当に遅れているアメリカ精神史的文学論がやっと開くかという感慨がある。展望は大きいし完全に正しいのだが、兎角文体が硬い。同じ展望を開きながら中高生でも愉しめるマージョリー・ニコルソンの技を勉強すれば良い。というか、この本が出た時の鷲津氏に二番目に近いニコルソンの著書に一言も触れていないのは、やはりおかしい。一番近いはずのバーバラ・スタフォードへの言及もない。『時の娘たち』が刊行された2005年時点にはスタフォード主著は全部出ていたはずなのだから、これははっきり無知である。科学と「からくり」が交錯する現場をホーソンやポーに見るところに魅力ある『時の娘たち』がスタフォード“Artful Science”(邦訳『アートフル・サイエンス』)でかなり広大なパースペクティブへと引き出されることは確かだし、“Voyage into Substance”を読めば『時の娘たち』のキーワードたる「ネイチャー」の意味づけが相当変わらざるを得ないと思う。気球の文化史がないから自分のポー気球幻想譚の分析はユニークと仰有っているが、そんなものはスタフォードがさんざんやっているし、民衆的想像力の中でのロマン派時代の気球ともなれば、リチャード・オールティック『ロンドンの見世物』で既に一定の結論が出ている。やはり「筑波系」は批評に強く、文化史にまだまだ弱い(あとがきの気取りもやめた方がよろしい。つまらんです)。

新知見を誇る参考文献は実際なかなかのもの。村上陽一郎と山本義隆以外はずらり最新鋭の洋書というリストは圧倒的。と言いたいが、ロレイン・ダストン他の“Wonders and the Order of Nature 1150-1750”(1998;Hardcover2001;Paperback)を読むほどの人が、同主題をずっとアメリカ19世紀に近いところで大展観したスタフォードを知らないのか。まさしく鷲津氏のような人のために翻訳紹介を続けてきたのに空しい(本をご存知であれば、当然、英語でお読みになったはずではあるが)。うーん、頑張ってよ。

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2008年01月18日

『知の版図-知識の枠組みと英米文学』鷲津浩子、宮本陽一郎[編] (悠書館)

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ルース・ベネディクトの『菊と刀』に心底恐怖した

なにしろ凄いタイトル。魅惑そのもののタイトルの一冊。荒木正純氏経由、同じく悠書館ということで続けて読んでみた。編者の一人、鷲津浩子氏は、アメリカ文学をやる人たちに一番欠けている認識論的知――エピステモロジー――のアメリカ知性史というべきものを今のところちゃんとやれそうな稀有の才として、ぼくなどがその異風作『時の娘たち』を愛読している相手なので、これは見落とすわけにいかない。想像通り、筑波大学系の人脈が核なので、批評理論のメッカを自称する読み手集団の実力の現状を見、場合によってはぼく自身の長年の筑波嫌いを改める機縁にもなるかと期待して読み始める。

この種の論集・論叢が増えた。いわゆる大学改革の中で研究業績が評価基準としてますます重要になり始めたこと、暇なくなかなか煮詰まらなくても短めの分量で「進行中の大仕事」のワンステップでございますという形で免罪符をいただけそうなこと、みんなで渡ればこわくないという集団依存の心理、いろいろある。

もちろん、成功作も多い。高知尾仁編の『表象としての旅』のように、当該テーマの多面性を遺漏なく多面として捉え、編者差配の最強メンバーに寄稿依頼して、個人単著にはあり得ぬパースペクティブを獲得したものもあるし、同じことをなお壮大なスケールで続ける慶應義塾大学出版局「身体医文化論」シリーズ(〈1〉〈2〉〈3〉〈4〉)などは驚異の充実ぶりだ。人文書院に編集者松井純氏がいた時の『文化解体の想像力』『カラヴァッジョ鑑』2点は批評アンソロジーの極致を極め、執筆寄稿に加われなかったことが恨みとさえ思えた大傑作だ。

要するに編者のイニシアティブの一点にかかる。テーマから大きく逸脱したものについてはいっそ落とすかという(難しい!?)決断まで含めて。あるいは原稿を依頼する時の編者もしくは編集者のパースペクティブの強固、そして各メンバーに対するその説明。平凡社がかつて『ヴァ-ルブルク学派』とか『エラノスへの招待』といった名論叢をうみだしたのは二宮隆洋氏のそうしたイニシアティブによるものだった。読者まかせという遊びの部分が極力少ないのである。遊びそのものは悪いとも言い切れないが、論叢の場合、それはイニシアティブを欠く拡散でしかない。逆に例えば特集雑誌をも歴たる論叢にしおおせる例としては、石原千秋・小森陽一郎両氏が動かした「漱石研究」(翰林書房)や、篠原進氏が見上げた覇気で身銭を切る「西鶴と浮世草子研究」(笠間書院)その他をあげる迄もない。

で、本書あとがきを見て、編集方針を知ろうとする。機器やネットといった道具、インフラが時代の知の内容そのものを変える、とある。かつて一人の著者単独の叢績にエンゲルハルト・ヴァイグルの『近代の小道具たち』という名名名作があって、月刊「現代思想」連載中からめったにないはまり方をし、青土社から単行本化されたその日に一冊購った記憶がある。避雷針といった「小道具」十ほどを通して、文化史の秀才、シヴェルブシュやロザリンド・ウィリアムズでも一冊費やしそうな内容を一章ずつに封じこめた偉大な作品だったが、それほどの評価は受けなかった。少し早過ぎた本である。

今ならばという期待を抱いて本書を頭から読み始めると、さすがに編者あとがきを記した鷲津氏の『白鯨』論は、19世紀半ばの「船舶の位置確定」の水準と、エイハブ船長の船がその水準からどんどん遠ざかっていくように見えるところに秘められた作者の反時代的意図を追う中に、航海機器の精度に仮託された知と無(反)知の問題が浮かび上がる。

茫漠として人跡未踏の世界における知は地理から当然歴史の問題に移る、そこのところは山口善成「旅する歴史家」論文がアメリカ中を旅しながら「記憶」なき地にそれを創出していった歴史家フランシス・パークマンの鴻業を紹介して、注で明示されているようにサイモン・シャーマの名作『風景と記憶』が穴として残した部分を補って貴重。「旅する知識」による領略といえば必ず想起される「オレゴン街道」。オレゴン街道といえば必ず出てくるパークマンのことを、シャーマは怪物的大著中、僅か3行しか書けていない。訳者としてこれって何だと思っていたところへの山口氏の善戦、サンキューである。

二作とも結論は今や何だか予定調和だが、<知の版図>に即した誠実な作として楽しめた。しかし、イーハブ・ハッサン氏の地図論は全然いただけない。講演されなかった講演原稿の訳という不利はあるにしろ、例えばヒリス・ミラーの“Topographies”(邦訳『批評の地勢図』)とか、地理や地勢をめぐる文化史のこのところの進歩ぶりを考えると、何とぼけた牧歌調かと思ったし、真打ち荒木正純氏の「ジョイス<レースの後で>の交通表象」は死にそうに細かいテキスト読みをじっと我慢してついていっても、それが<知>の大きな問題の何かに巧く接続していかず、“car”を馬車、自動車いずれととるかという翻訳者のつらい「知」の現場に同情するところで終わってしまう。これはきっとぼくの頭が少し悪いせいかもしれないが、章立ての順番を考えた方が良かった。

アメリカ通でもなくアメリカを越えた<知>の問題を考えるなら、第I部「旅する知識」より断然、第II部「制度としての枠組み」である。個人的には、アメリカ哲学協会と祖型たる英国ロイヤル・ソサエティの関係に見るパラドックス(「起源への過剰な配慮」)を論じる佐藤憲一「起源付きのアメリカ」は、御本家のことばかりやってその系について完全に無知だった自分自身の虚を突かれて有難かったが、白眉は編者、宮本陽一郎氏のタイトルからして嬉しい「大学と諜報」の全35ページ。ひいっ、と息詰めて読んだ。

巽、越川、宮本という俗っぽい括り方の「アメ文三羽ガラス」のイメージ。父君陽吉氏にはアップダイクやセルビーの読み方を教わったが、軽妙な喋りに洒落たズボン吊り姿が印象的。というようなことがいろいろあり呑気な秀才一族と思っていた自分の軽率を、思いきり恥じた。「私の祖父である画家宮本三郎は戦時中に『山下・パーシヴァル両司令官会見図』を始めとするいわゆる戦争記録画を制作し、戦時中の名声と戦後から見た汚点を残している」という一文を初速の動因としている論文、一体どういう風に転んでいくのか、息を詰めてページを繰る他ない。この「従軍画家の遺族」の一人たる宮本陽一郎氏は「アメリカ軍による戦争記録画の接収が異様に早い段階で始まっていること」を訝しみ、調べ始める。そして現下のイラク戦争下、ブッシュ大統領がイラクの「民主化」がいかに可能かを説くのに太平洋戦争後の日本の民主化の成功を例に引いたという事件を糸口として、本論の実にスリリング、かつ今日本において「知」に関わる全ての人間が頭に入れておくべき秘められた学問史の一局面が、少しずつあぶりだされていく。第二次世界大戦中の二つの米国政府情報機関、OSS(Office of Strategic Services、戦略情報局)とOWI(Office of War Information、戦時情報局)がアメリカの学問界の最優秀部分をいかに壮大な規模で糾合し、重要部門として利用し尽くしたかという報告。

山本五十六はじめ海軍を中心とするアメリカ留学組は米国の軍事力を知っていたがため開戦に反対し続けたものの陸軍に押し切られた、という話は有名だが、日本人の習慣からメンタリティまで学者集団が日本映画その他の材料を文字通り人文・社会諸学の学際的アプローチによって分析し、これを前線でフルに活用していく様子を、もし日本の学者たちが知っていたら、日本の学界また開戦に反対しただろうと想像させる。日本人のメンタリティ研究として誰もが知るルース・ベネディクトの『菊と刀』も、まさしくこうした動きの中でできた成果だった。グレゴリー・ベイトソン、エルヴィン・シュレーディンガー、ジークフリート・クラカウアー、フランツ・ノイマン・・・と錚々たる協力学者の名が出てくる毎に、エラノス会議やヴァールブルク研究所といった20世紀の知的コロニー史がそっくり反転したネガと見えてくるように思うのは、ぼくだけだろうか。アインシュタインが原爆で日本をねじり伏せる結果になったように、「日独伊のみならず地球上のあらゆる地域に関して、情報をデータベース化して、必要があればいつでも軍事外交において利用可能な状態を作るというメガロマニア」もまた日本をねじり伏せた。それのみか天皇制存続をうち出し、「教育制度にまで遡って日本を逆洗脳し戦前を消去するという発想」までうんだ。いま現在の我々日本人の腑抜けぶりは、これら「ニューディーラーであると同時に冷戦戦士」たちの引いた青写真なのだ、と宮本氏は言う。

およそ65年前にすでにアメリカ合衆国の学者たちによって織り紡がれていた。オイディプスのように、あるいはピンチョンのエディパのように、私たちは決して知ることのできない起源――私たちの知識の枠組みそのものの起源――を探究していくという宿命を免れない。(p.212)

これが編者あとがきであったら、どんなに怖い一冊であったかと思う。現下叫ばれている産学官協同路線にしろ、あるいは「学際」にしろ、出自がいかに生臭いものであるか、ほとんど初めて知らされて思いきり考え込んだ。人文学が役に立ったんだ!そしてそれはとても剣呑なことだったんだ!

「役に立たない」人文でいいんだ、とさえ思う。第III部「エピステーメとしての<アメリカ>」のアメリカ音楽、女性差別告発、日系三世詩人の詩と知をめぐる三篇がいかにも平和な時代の人文学に見えてくる。一篇一篇は新発見あり、誠実な正義感ありの力作なのだが、今に関わる日米の「知の版図」として宮本論文が指し示したものの後では牧歌的。前に紹介した圓月勝博氏もいかにも秀才らしいキャラクター論を寄せているが、この本の中では浮いてしまう。「知」とは何か、きつく問う一冊とはなった。

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2008年01月15日

『芥川龍之介と腸詰め(ソーセージ)-「鼻」をめぐる明治・大正期のモノと性の文化誌』荒木正純(悠書館)

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鼻で笑えない新歴史学の芥川論

副題を見ると「鼻」白むしかない(何をしようとしているか即わかってしまうからだ)が、メインタイトルを近刊案内で見た時には、あの怪物的大著『ホモ・テキステュアリス』の荒木氏がついに本気で「日本回帰」の企てに!とワクワクしたのである。荒木正純氏はぼくよりひとつ上。ぼくより少しだけ上の英文学者はどうもろくでもない者ばかりで意に介すこともほとんどないが、唯一の例外が荒木氏である。ポスト構造主義と一括りされる批評全体のトータルに見てそうたいしたこともできなかった動きを代表する論客でありながら、その幼稚な自己満足に陥ることのなかった珍しい才物である。

大変素直な人で、「あとがき」でも「わたしが文学理論に強い関心を抱き・・・テキスト論的読みの実践活動に従事し、地道な個別作家の研究をしてこなかった」とし、表象論および新歴史学によって芥川の『鼻』を切ってみる、とさらりと言ってのける。「著者が新しい欧米の理論を使い、従来とはことなる切り口を本書で呈示できているとご判断頂ければ、それは著者のねがってもない喜びである」、と。随分とお気楽だが、しかし狙いは十分果たされた。

「従来の」『鼻』研究は、主人公禅智内供の鼻が「腸詰」のようだとする比喩に、それが比喩というどうでもよさそうな文飾(「仕方がない」モノ)であるが故に全く注意を向けてこなかったが、本書では、他にもいろいろたとえようもあろうのに、何故わざわざ明治末から大正にまるで馴染み薄だった西洋渡来の「腸詰」の比喩なのか、新歴史学のテキスト処理、細かいデータの提示によって明らかにする。

しかも、細密データの中核は近代デジタルライブラリー『読売新聞』明治・大正期データの徹底検索によって得たもので、「鼻」であたり、「腸詰」であたり、「肉食」であたってヒットした材料相互を徹底分析する、というやり方だ。批評にも来るべきものが来たと思わせる。

たとえばある日の新聞にあたると、高木敏雄の「世界童話」連載において鼻をめぐる童話が掲載された回の「同一紙面」に、「毎日の惣菜」というコラムがあり「トマトサラダ」のつくり方を教えているかと思えば、「淋病治療器」発明についての報道記事があるという具合で、旧来のアプローチでは絶対引っ掛からなかったような「仕方がない」材料が、完璧な同時代性の中で相互連関したものとして眼前に現れる。ウィキペディアなど含めネット検索による情報獲得については、学生たちのレポートの劣化・均質化といったネガティヴ面が危惧されているが、戦略的に使われると凄いもので、検索データがどんどん繋がり「批評」が構築されていく現場をかくまで魅力的に見せつけられると、確かに新しい局面を迎えているのだと痛感せざるを得ない。

どんどん繋がりがついていくところが荒木氏の新歴史派的修練の独自な所産でもあるし、「顋」という字には「思」が含まれ、「茹」は「茄」に似ているといった、たとえば名著『漱石論』の芳川泰久にも近い精密なエクスプリカシオンの勘の冴えでもあって、このレベルになると、ただもうふうんと感心してしまうよりない。あるいは芥川が依拠したかもしれないあるソースでは「禅珍」だった主人公の名が「禅智」に変わった理由。それはもう単なる言葉遊びでは終わらず、この作そのもののメッセージと重なっていく。

確かに「従来とはことなる」何かが始まって紙面に生動している。次に何がくるのだろうと息を詰めさせる批評なんて英文学界(いや今や国文学界か)では何年ぶりだろう。『鼻』の草稿原稿を検討する手堅い標準的な手続きから始まる。禅智内供の鼻は最初は「大柑子の皮」にたとえられていたのが「赤茄子」、「烏瓜」と変わり、そして「腸詰」にと「転換」されたらしい。ただたとえが変わったのでなく「鼻に付随した説明空間」が変化したのだ。つまり肉食という問題があぶりだされ、それが僧侶と結びつく。僧侶の妻帯という時代の大問題がそこには隠され、「廃仏毀釈」政策に則って僧たちを堕落させようと目論んでいた明治日本の国策があった。しかも僧たちのそうした「邪淫戒の破戒」を表象として芥川は自らの性の葛藤を描いている。

鼻が「陰茎」だ「性欲」だのの象徴である、という結論だけなら別に、である。明治末からの隆鼻整形手術言説、手淫言説、あるいは「花柳病」言説の中に置かれてみると、納得。「ハート美人」の名で国産コンドーム第一号誕生というコンテクストに芥川の初期作品群を置いて、荒木正純は旧套人文系各方面の鼻を明かしたと言える。

洋もの文献の徹底排除。それはそれですがすがしいが、P.バロルスキーの“Michelangelo's Nose”(邦訳『芸術神ミケランジェロ』)は一考に値しますよ。

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2007年11月02日

『パラドックスの詩人 ジョン・ダン』岡村眞紀子(英宝社)

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あまりにもみごとに閉じた<開け>の本

ロザリー・L・コリーといえば、ルネサンス後半(今日流にいうマニエリスム)におけるパラドックスの各局面での大流行を、ことに英国について論じた決定的な仕事であまりにも有名な研究者である。シェイクスピアについてパラドックスを見た(もちろんそれ以外の視点からもいろいろ論じられている)『シェイクスピアの生ける芸術』という大冊は現在某版元で邦訳進行中と聞くし、主著『パラドクシア・エピデミカ』はぼく自身、長年の約束を果たすべく、少しは暇がとれるようになったこの頃、意を決して河出書房新社から再度邦訳に挑戦中である。なにしろ「文化と精読」の両極にこれだけ達芸の人もいないし、庭狂いのアンドルー・マーヴェルの庭詩パラドックス(→先回書評を参照)を大著に仕上げた『我が「谺(こだま)する歌」』も併せれば、マージョリー・ニコルソン級か、ひょっとしたらフランセス・イエイツ級と、どこかでぼくが褒めそやしたこともある稀代のルネサンス研究家の驚くべき鴻業が、そう遠くない将来、本邦読者諸氏の愛するところとなろう。

そのコリー女史の「ルネサンスにはパラドックスの文学と称すべき伝統」ありとする主張を大枠に借りて、とびきり尖鋭なパラドックス狂いの詩人ジョン・ダン(1572-1631)のほぼ全文業をパラドックス駆使という観点から概観する、有難い本が出てきた。

ルネサンスのパラドックスを文芸評価の一大基準にして<批評>の優位をいち早く理論化したいわゆる「ニュークリティシズム」の運動にとって、パラドキシストであるジョン・ダンは一種スーパースターである。当然、本格的研究が出揃っているのかと思いきや、「ニュークリ」の日本における代表的存在、故川崎寿彦氏にはマーヴェルのそれあり、こちらは完成品に近いのに、『ダンの世界』は特段パラドックスに限った仕事ではない。マニエリストの鏡憑きぶりに立ち入った優れた研究書もあるが、ダン一人標的というわけではない。川崎氏と双肩と言われた故高橋康也氏の『エクスタシーの系譜』(コリーの主著と同じ1966年刊)が、英国ルネサンスのパラドックス「精神」については一番深いところに至ったものかと思うが、ダンは長大な系譜の一端に過ぎない。高橋氏の『ノンセンス大全』も同じである。

また、1970年代、マニエリスムが若い文学研究者たちのその若さに丁度いい感じで媚びた頃、河村錠一郎門下の加藤光也氏、篠田一士門下の故大熊栄氏など、ダン=パラドキシスト=マニエリストという図式でダンを読む研究者がたくさんいた(カッコいい英文学者はまずダンのパラドックスにまいらねばならない、という気分は今顧みても面白い)。では、ダン研究書が汗牛充棟とかというと、やはりそうではないことに、岡村氏の『パラドックスの詩人 ジョン・ダン』を見て、改めて気付かされた。ダンのほぼ全文業にわたって過不足なくパラドックスの巧みな利用を取り上げて一冊にまとめた仕事は、本書が最初である。一種ジョン・ダン辞典として重宝する。有難いと言ったのはそういうことである。

「愛と修辞のパラドックス」、「都市と諷刺のパラドックス」、「マニエリスムのパラドックス」、「近代と懐疑のパラドックス」、「死と宗教のパラドックス」、そして「無のパラドックス」という截然たる章立ては、随時利用させてもらうのにも非常に便利だ。座右に置こう。

「ジョン・ダンはロンドンに生まれ、ロンドンで育ち、ロンドンに生き、ロンドンで生を終えた詩人であった。ダンが生まれた1572年はロンドンの人口が急激に増加しつつあった頃である。1500年には5万人であった人口は、この頃には倍増し・・・」(p.62)、それがダンの『諷刺詩』に社会学的なパラドックス性を授ける、といった、主に神学や修辞学の形式的側面で考えていったコリーには欠けがちな視点が、「文化史」研究の今めいていて、勉強になる。

しかし、一気読了後に残るこの違和感は何だ。あれもある、これもあると分類、併記した挙句、これをまとめる「結」の部分が凄い。

 パラドックスは、それ自体がパラドックスである。「嘘つきのパラドックス」に見られるごとく、自己矛盾を内包する。真を述べればそれが偽となり、偽を述べれば、述べたこと自体が偽であり、ゆえに肯定と否定とが拮抗して、一点に解を見出すことができない。そこからパラドックスは自己批判となる。それ自体の方法や技法を批判し、その議論の限界を明るみに引き出す。かくしてパラドックスは同時に主体ともなり、客体ともなる。究極的には人間の悟性を弄ぶものとなる(。)(p.241)

すばらしいっ!と思うが、注(3)とあるので見ると、コリー主著の丸写しである。結論まで誰かをソースに引いてくるような応接の人間が扱って一番面白くないテーマが、パラドックスではあるまいか。違和感とは、象徴的に言えばこのことである。この本を書くことによって「限界を明るみに引き出」され、そのことにパラドキシカルに呆然とし、戦慄する著者の姿がどこにも全くないのだ。あらゆる静的なものを、まとまりつかなくても動へと開くのがパラドックスの真諦だと主張しながら、自らこれ以上ないほど予定調和へと穏やかに閉じてしまうとすれば、この本自体、なかなか皮肉なパラドックスである。本は閉じようとする装置であるから、こういうふうにパラドックスをテーマに選ぶ以上、「開け」を本自らにどう構造化するか、メタな頭が必要だ。この本は一研究者、岡村眞紀子にとっては年月かけた研究の一大レポートであるかもしれないが、選ばれたテーマはそれを許さぬ、なかなか性悪の相手。相手が悪かった。序文開巻の一行にいきなり、「最後にしか書けないのは序文である」という冴えたパラドックスを綴ったコリーの強靭な「ますらおぶり(strong limes)」を、メタフィクション感覚当たり前の<今>の研究者になら、やっぱりぼくは要求したいが、どんなものでしょう。

象徴的なのはマニエリスムの扱いだ。これも、今現在、2007年の我々が我がものとして得べきマニエリスム(もしくはネオ・マニエリスム)は「開かれた作品(opera aperta)」の原理なのだが、第三章「マニエリスムのパラドックス」は単純に、1970年代に我々が初めて読み知った随分古いマニエリスム観のおさらいでしかなく、マニエリスムがその前後の章ににじみ出ていく面白さなど、全く工夫の埒外なようだ。

なかなか微妙な偏見を少し混じえて言えば、関西系英文学界にかなり通有なでき方である。川崎寿彦、藤井治彦世代の独特に執念深いパトスが薄れたら、彼らの勉強家ぶりばかりが残る。東京の同輩たちへの対抗心も手伝って、えらく勉強家の論文の大量生産となる。いわゆるカルチュラル・スタディーズにおいても関西が強いのも、どうやらその辺である。

実は三分の一ほど読んだところで、関西の書き手と感じ、つい「著者紹介」を見たところ、京大出のバリバリ京都である。先回、安西氏の作品がいかに例外か記しおいたが、もはや紀要論文の静態など、狭い学会・学界の外では何の読書欲もそそらない。京都なら京都で、何故、蒲池美鶴氏が京大にいた時に出した『シェイクスピアのアナモルフォーズ』(→6月26日付書評)が全然引かれていないの?

その気になれば自閉し安息できてしまうのが、Kyotoの魔力だ。英文学にもどうやら京都学派というものがあって、御輿員三、寺田建比古といった筋金入りの大家をうみ出してきたはずだが、来年、縁あってぼくを非常勤講師に呼んでくれた若島正氏から、実は高山さんの話を聞いてもらいたい肝心の英文学の院生が在籍していなくて、と聞かされ、ぼく憮然としているところだ。

<開け>を忘れた英文学界に、他の事情も手伝って数年前、ぼくは「バイバイ」を告げた。そのあとの英文学界を予想させるに、パラドックスの、マニエリスムの、といった<開け>に賭けるテーマの、このいかにもウェル・メイドに閉じた本のページフェースは、なかなか象徴的である。学者でも、もっと乱れましょうぜ。

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2007年10月19日

マリオ・プラーツ編 『文学、歴史、芸術の饗宴』 全10巻 (うち第1回配本・全5巻) 監修・解説:中島俊郎/発行:Eureka Press

A Symposium of Literature, History and Arts.
Edited by Mario Praz [English Miscellany所収論文集]

A Symposium of Literature, History and Arts
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■第1回配本 (1950年-1967年) 全5巻
 税込価格¥102,900 (本体¥98,000)
 在庫あり 書誌確認・購入は-->
■第2回配本 (1968年-1982年) 全5巻
 税込予価¥102,900 (本体¥98,000)
 (2008年秋刊行予定)

マリオ・プラーツ邦訳書一覧-->

あのマリオ・プラーツが中心でにらみをきかせた文と学の一大帝国

当ブログ愛好の明敏なる諸氏にはすでに御明察の通り、たまたま最近刊行、落掌の本をただ気紛れに取り上げているのではなく、そういう本で一テーマを構成するように選び、論じるなかなかきつい作業を書評子は続けてきたのである。機械と発明というテーマで16世紀から19世紀末までいろいろ拾ってきた。そういう連続線はなおシヴェルブシュやスティーヴン・カーンの19世紀文化史への評として続いていくはずのところ、ここで初めてどうしても一回、突然ふってわいた事件のため、少し中断させてもらえないか。マリオ・プラーツが精力的に編集した伝説の文学・美術研究誌“English Miscellany”(1950-1982)中の英語論文ばかり約230本を採りだして、『文学、歴史、芸術の饗宴』の名の下、全10巻として刊行しようという大企画がいよいよお目見えしたからで、これは大いに慶賀しなければならない。

なにしろ厖大な量の活字ゆえ、とりあえず今秋は第一期分(1950-1967)の全5巻。本体価格は松岡正剛『千夜千冊』級の10万円弱だが、どう評価するか。一世の大碩学プラーツについて、もはや何か言う必要もないだろうが、編集人、目利きとしても想像通りもの凄いものを持っており、特に英文学とイタリア文学との融通交流を一挙実現させることを目指した“English Miscellany”は、途中からジョルジュ・メルキオーリ他「プラーツ」組の面々に助力を求めながら御大が総力編集の腕をふるった、「名」や「超」の付く大ペリオディクルである。雑誌の性質上、半分はイタリア語論文であるが、なにしろ厖大活字量ではあり、読書人口というものをクールに考えて、英語論文のみ採った。といっても圧倒的な分量である。

1950年第一号、ということは、要するにシェイクスピア同時代の形而上派詩(ジョン・ダン、リチャード・クラショー他)に対するマリニスモ的関心がイタリアで急に盛り上がった時期。マリニスモとは少々耳慣れぬ語だが、マニエリスムの別名である。要するに、マニエリスム、バロックから19世紀末唯美派文芸へという、今日むしろ単純に「プラーツ」風と言ってしまえばいっそわかり易いような「負」の系譜からヨーロッパ文学を見ようという御大の「グスト」(“gusto”[趣味])がよく行き渡った雑誌である。「負」を改めて負として際立たせる「正」の系譜――新古典主義――への怪物的な造詣でもプラーツは有名だが、そちらへの目配りも周到で、かつて目にしたことはないが、正負よろしく均衡を得た一大比較文学論集の登場となった。

たとえば先ほど、メルキオーリのことを言った。この博読家の『ファナンボーリ(綱渡り師)』一冊訳された暁には、ペイターからヘンリー・ジェイムズまで、19世紀末にまぎれもない英語圏マニエリスムが存在したことが不動の事実となるはずだ。英訳もされたが、引かれて利用されたのを見たことがない。むろん大プラーツ級とはいかぬにしろ、プラーツ・タイプの何十人もの常連論者がぞろりと並ぶ総合目次には息を呑むほかない。

イタリア文学に強そうなことをしきりと書いていた故篠田一士氏のイタリア文学情報源は主にこの“English Miscellany”であったことを、ぼくは旧都立大英文科の伝説的書庫で知った。他に読む者ありとも思えぬ全30号に、この種の雑誌類には珍しく、すべて丁寧にペイパーナイフの刃先が入っていたのだ。

本当に230本の論文の一本一本が、プラーツ自身大好きな言い方だが、「珠玉」である。たとえば、かつて月刊誌『ユリイカ』が「文学と建築」の特集号を組むにつき、一本翻訳で論文をと言ってよこした時、“English Miscellany”が日本語に移し換えられるとどうなるか、この目で見たくて、第3号(1952)掲載のヨルゲン・アンデルセンの「巨大な夢」を同僚の井出弘之氏に訳してもらって載せたが、建築狂ホレス・ウォルポール、ウィリアム・ベックフォードが何故ああしたいわゆるゴシック小説をうみだすに至ったのかの実に華やかな大論文として日本にお目見えした。1980年代「ゴシック文学」ブームの中で別に珍しくもなくなった視点だが、1950年代にしてこのレヴェルの論文エッセーが満載されている。

別に昨今の英米文学のペリオディクル(“PMLA”、“English Literature”、etc. )を子供と言うつもりはないけれど、「英文学」が「ヨーロッパ文学」というスケールの中で捉えられていた時代の「大人の英文学」に魅了されるのも、カルチュラル・スタディーズ漬けで腑抜けになった英文学に喝を入れるのに好個かもしれない。ちなみに米文学についても姉妹雑誌“Studi Americani”があるが、こちらはプラーツその人の編集ではない。ペイパーナイフも入っていなかった。

ぼくの長年の知人が関西でやっているEureka Pressは、ピクチャレスク関係の復刻など試みるまことに奇特な版元。是非、もっともっとアッという復刻ができるよう、支持してあげたい仕事ぶりである。

期せずして、一時代を画した発明としての編集ということで、先回のエッツェル本の評につながったのが嬉しい。考えてみると、シニョール・プラーツ(1896-1982)だって19世紀人と言えなくもない(!?)




マリオ・プラーツ邦訳書一覧

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  1. 『官能の庭 マニエリスム・エンブレム・バロック』 若桑みどり・訳 (ありな書房、1992/02)
  2. 『ペルセウスとメドゥーサ-ロマン主義からアヴァンギャルドへ』 末吉雄二/伊藤博明・訳 (ありな書房、1995/02)
  3. 『綺想主義研究-バロックのエンブレム類典』 伊藤博明・訳 (ありな書房、1998/12)
  4. 『ムネモシュネ-文学と視覚芸術との間の平行現象』 高山宏・訳 (ありな書房、1999/11)
  5. 『肉体と死と悪魔-ロマンティック・アゴニー』 倉智恒夫/草野重行/土田知則/南条竹則・訳 (国書刊行会、2000/08)
  6. 『蛇との契約-ロマン主義の感性と美意識』 浦一章・訳 (ありな書房、2002/03)
  7. 『バロックのイメージ世界-綺想主義研究』 上村忠男/尾形希和子/廣石正和/森泉文美・訳 (みすず書房、2006/06)
  8. 『ローマ百景〈2〉-建築と美術と文学と』 伊藤博明/上村清雄/白崎容子・訳 (ありな書房、2006/09)


2007年10月16日

『名編集者エッツェルと巨匠たち-フランス文学秘史』私市保彦(新曜社)

名編集者エッツェルと巨匠たち →bookwebで購入

編集とは発明、と言うのはなにも松岡正剛さんだけではなかった

フランス19世紀文化史には「発明」という観点からみて実に面白い画期的な着想がいくつもあって、ロビダの『20世紀』などいってみればその滑稽な集大成、かつそもそも「発明」とは何かの社会的コメンタリーたり得ているものでもあったはずだ。その書評でぼくは百貨店商空間と通販システムを発明したアリスティッド・ブシコーの第一号デパートを「発明」された「機械」とみたゾラの小説を引き合いに出して、ロビダがひねり出した幾十もの発明品と並べてみたが、実際、今われわれがあまりにも当たり前のものと感じ過ぎて文化史としてみる距離をとれないものたちが、それらの存在しなかった時代の中からゆっくり立ち上ってくるのを眺められるなら、実に新鮮に改めて驚くことができる。発明王たちの人物研究(prosopography)を今どきの大学での必修課目にせよ、と大学改革ブームの中でぼくが言ってきたのは、この辺である。

問題の時期のフランスを相手にさすがにナンバーワンの研究実績を誇る鹿島茂氏の仕事は、この点でも拍手喝采である。同じ新曜社から出ているウージェーヌ・シューの新聞小説の「発明」を論じている小倉孝誠氏の仕事なども良いが、やはり鹿島茂だ。早速ブシコーで要領良い新書一冊をあげたかと思うと、エミール・ド・ジラルダンの「新聞王」としての多面の才覚を新趣向の評伝に仕立てた。文化史もの今年最強の『ドーダの近代史』にしても、政治を自己愛に由来する表現行為の「発明」としてむちゃくちゃ面白い。中江兆民像を改めてフランスつながり像で発明した鹿島その人の頭のひらめきには脱帽だ。

鹿島氏が「金かせぎのマシーン」、バルザックの研究から出発したのは当然だ。この私市氏の大著もバルザックから出発している。出版・印刷の業者から出発しながら、やがて都市生活者の類型学というべき「生理学もの」(前回10/12の書評を参照)を発明、これに「再登場人物」の着想をまぶして相互相関する大小説群、「人間喜劇」サイクルをつくり出していった。以前にあったものを次々糾合して、今まで存在しなかったものをまさしく「発明」したわけだが、実はこのアイディア出現には編集者ピエール=ジュール・エッツェルが介在していた。あるいは発明そのものが作品のメインの売りとなっているヴェルヌの同様のシリーズ、「驚異の旅」叢書も、この同じエッツェルによる編集――というか自ら作家でもある人物による斧鉞の筆――なくば今日のような形になっていないはず。大革命後の動乱と市場経済化の稀にみる歴史激動期の約半世紀、ほとんどのフランス人文豪と深く交渉を持ったこのエッツェルという人間とは何者、という本邦初の評伝である。

二月革命に際しては大政治家としてルイ・ボナパルトと対峙してベルギーに亡命したなど、全然知らなかった。今改めて問題となっている著作権というものの確立に、バルザックとともに奮迅の戦いをした人。知らなかった。今「児童出版」なる観念そのものが当たり前なのも、この人物の「教育娯楽雑誌」プロジェクトが開けてくれた道なのである。知らなかった。日本でなら鈴木三重吉に当たる、と私市氏。おそらくは石井研堂にも当たると、ぼくは感じる。「子供」読者という観念を「発明」したのだ。

文学があまりにもはっきりと政治がらみである時期が相手。それを一人の共和派活動家でありながら文壇キング・メイカーでもある好個の人物を視点に据えて繋げきった。エッツェル研究はこれからだと私市氏はいうが、なんだかもう全部わかった気分になる力篇だ。

一番の読みどころはヴェルヌの文章が編集者(にして一人の作家でもある)エッツェルの意見で変えられていく現場。よほど六神通の存在だったのである。許したヴェルヌも偉い。

ぼく個人としては、エッツェルが本の挿絵に尋常ならぬウェイトを置き、次々登用したイラストレーターたち(『動物の私的公的生活情景』のグランヴィル、『パリの悪魔』のガヴァルニ等々)で19世紀フランス民衆絵画史のギャラリーができるかと思われるほど、視覚的センスを併せ持っていたことの分析が嬉しい。こうしてうまれたエッツェルの「発明」とはつまり、「テキストとイメージによる、パリの人種のコード化であり、分節化であり、定義化である」(p.110)というあたり、そもそもナダールの気球飛行によるパリのパノラマ写真の話で始まる呼吸、いずれも先回紹介したジュディス・ウェクスラーの名作『人間喜劇-十九世紀パリの観相術とカリカチュア』(ありな書房、1987)[原書"A Human Comedy : Physiognomy and Caricature in 19th Century Paris"] を随分愛用していただけたふうで嬉しい。

この書評シリーズのつながりでいえば、先の『人造美女は可能か?』中に精彩あった新島進氏によるヴェルヌ論が利用されていて、繰り返しいうが、新進の仕事を、一家成した大家がやわらかく取り込んでいく様子は、そういうことは珍しいだけに、珍重すべき景色である。

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2007年10月09日

『ホフマンと乱歩 人形と光学器械のエロス』平野嘉彦(みすず書房)

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本当はフロイトその人が一番あぶないのかも

マラルメの「純文学」的難解詩にアキバ系人造美女の構造を見た立仙順朗氏のエッセーに感動させられた『人造美女は可能か?』を読んだ後、今年の新刊なら平野嘉彦『ホフマンと乱歩 人形と光学器械のエロス』に手を伸ばさないわけにいくまい。『人造美女は可能か?』の陰の主役だったドイツ・ロマン派怪奇“Märchen”の名手、E・T・A・ホフマンの超難物奇作『砂男』(1816)の「人形」と「光学器械」を俎上に載せる。約百年間、難解とグロテスクリの故に忘却されてきたこの短篇に、眼の喪失=去勢恐怖というアッというエディプス複合的解釈を下して精神科医ジークムント・フロイトが精神分析的文芸批評に突破口を開いたこと(「無気味なもの」1919)はよく知られているが、百年を間に挟むこのふたつのテクストに焦点を当て、はからずも分析者フロイト自身、『砂男』で悲劇的な死に至る主人公ナターナエルとそう違わない「関係妄想」に陥っていたことを言う。その一方で、一見『砂男』と似た物語の展開と「人形と光学器械」の小道具を持つ乱歩の『押絵と旅する男』(1929)を『砂男』と比較して、実は「ヴェクトル」は真逆ではないかという指摘に至る。

『砂男』を訳し直した上、フロイトの如上問題作「無気味なもの」をも併せ訳し直し、両者の関係をいかにもフロイトマニアの立場から巧妙に説いた解題を付した種村季弘氏の企画力抜群な河出文庫版『砂男』(絶版が大遺憾)よりこの方、『砂男』ものでは一番の掘り出し物。高校生をターゲットにした叢書の一点としては大変すぎる本、というほどの意味である。

個人的には精神分析批評の手法にはつくづく嫌気がさして、まずまともには相手にしないぼくにしても、フロイトという異様な頭脳の中でネチネチと紡ぎだされてくる文芸理論の構造そのものは、これはまた格別に面白い。フロイトや愛弟子マリ・ボナパルトの精神分析的文芸理論の上澄みを便利な小道具として運用する一方の故澁澤龍彦流と違って、援用したフロイトそのものをホフマン的構造の中に取り込んで論の対象にしたところに、この本の輝く価値あり、と見た。独文的知とでも言える何かがあるのか、種村季弘流に近い。

『砂男』の粗筋はなかなか簡略には述べられない。複数の視点が互いに相対化しつつ錯綜するので、幾解釈も可能。とはつまり粗筋というのも一解釈である以上、正確な「事実」を述べる粗筋なる観念事態が宙吊り、ということになるからである。こういう作者をも読者をも巻き込む作品構造を、マニエリスト的瞬間のオルテガ・イ・ガセーやニーチェはパースペクティヴィズムと称したが、平野氏は「小説批評の重要なカテゴリーであるパースペクティヴ」をこそ問題にするのであって、従ってホフマン、乱歩の双生児的二作において、望遠鏡、双眼鏡という「光学器械」は「芸術の構造原理そのもの」を担い、「主題と構造の双方にかかわっている」ことになる。光学の喩えで言うなら、この複眼的、マルティプルな論の大小軸のタフな往復がはっきり見えるから、大に紛れず小に溺れぬ実にバランス良いホフマン論に仕上がっている。

『砂男』冒頭に闖入してくる怪人コッペリウスが、成人した主人公の会う晴雨計売りのコッポラと同一人物であるかは、実はわからない。名が類似しているというだけ。それが「換喩的連関」をどうしても「隠喩的連関」へと昂進せずにいられぬ主人公の「関係妄想」は二人を同一人物と見てしまうことから、墜死に至る錯乱にと追い詰められていく。

主人公ナターナエルを狂気にした望遠鏡だが、同じホフマンの『従兄の隅窓』では、広場を広やかに眺めわたす「市民社会の観相学」の具として機能し、悲劇の後の(ナターナエルのかつての許婚者)クラーラのささやかだがハッピーな小市民生活に連なるものの見方をもたらす。カフカの『変身』の幕切れそっくりという指摘は実に新鮮である。

乱歩の『押絵と旅する男』も同様に実に巧みに「人形と光学器械」というテーマで整理されていくが、要するにホフマンとはヴェクトルが逆というところがポイントである。蜃気楼の見せるパノラマ的拡大イメージの「近代」に背を向けて「覗きからくり」のミニチュア世界に身を潜める『押絵と旅する男』の中の「兄」の「古びて」見える外観に触れて、平野氏はこう結論づける。

日本の前<近代>への回帰は、「当時としてはとびきりハイカラな、黒ビロードの洋服」を着たモダニストを、「プリズム双眼鏡」という最新のアイテムをもちいて、「結い綿の色娘」が棲んでいる押絵の世界へと回収するという、きわめて逆説的なプロセスによって遂行されました。昭和初期に身をおいている「私」の眼からすれば、すでに古びた<近代>が、やはり古びた<近代>によって回収されてしまっている、というだけのことになりかねないのですが。いずれにせよ、そのような退行は、生成しつつある市民社会の認識原理を構築しようとしたホフマンとは異なって、すでに<近代>に背をむけてしまっている、往きて還らぬ、もはやあと戻りすることのできない方途であったことだけは、まちがいないようです。(pp.73-74)

洋風文物を大量に移入する一方で日本「近代」の「いよいよ亢進する歴史の跛行」というアポリアないしパラドックスが富山から東京への「夜汽車による帰り途」という行程にこそ象徴されるという見事な、コンテクストと細部分析両軸の一致とはなるわけで、久しぶりに幻想文学批評の読み応えある文章である。

今、独文といえば、「メディア革命」プロジェクト下のフリードリヒ・キットラーであり、ヘルムホルツ文化・技術センター周辺に集まる21世紀標準の新人文科学の動きであって、キットラーやブレーデカンプの名が出てくるだけで、人文系他分野の人間はいきなりおそれいるしかない。ホフマン、乱歩を講じ切ったあとの第三講の実質的主人公がキットラーである。先に言ったように、ホフマンの主人公の病根を分析中のフロイトその人も「隠喩的連関」に囚われていて、本当は相反する役割を分担している「父親たち」をすべて同一視している。『砂男』冒頭は錬金術の実験の場面らしいのだが、

魔術的、呪術的な<知>は、この小説のいたるところに瀰漫しています。あるいはナターナエルの<妄想>の所産とも思える、そして、この作品を分析しているはずのフロイトまでもが駆使しているところの、「類似性」を契機にして網の目をひろげていく、あの「隠喩的連関」が、その正体です。(p.118)

こういう「魔術的、呪術的な<知>」に戻った乱歩、「差異化」へと逃れたホフマンという対比になるわけだが、フロイトがそうやって「魔術的」にごっちゃにし同一視した「父親たちの差異化に成功」したのがキットラーである、とする。こういう「フロイトの願望」、「フロイトの思考の特徴」そのものを、ホフマン、乱歩を通して洗い出す意図をもった第三講は「高校生が読んでわかりやすい」かどうかには疑問があるが、多面に過ぎて入りにくいフロイト心理学と、その文芸批評の中での位置については最近稀にみる明察といえる。

「いささかの文化史的考察」も含むという前書きにわくわくしていたら、サイレントからトーキーに移る頃の映画史のことらしく、ホフマンにしろ乱歩にしろ、映画的なものも含め広い「見る」営みの考察に淫した相手なのだから、ラカンを重くみる平野氏のこと、マックス・ミルネールの『ファンタスマゴリア』(ありな書房)、それからホフマンからフロイトに至る目と眼差しの問題を初めてという目次立てで精査したマリア・タタールの『魔の眼に魅されて』(国書刊行会)の二著のみは、いくら「二次文献はあえてほとんど利用しなかった」とはいっても、掲げてほしかった。こういう素晴らしい本の登場をこそ期待してこの二名著の逸早い邦訳を実現しておいたぼくなればの望蜀の思いである。

近々、三谷研爾氏が編んだ『ドイツ文化史への招待』(大阪大学出版会)を評すつもりだが、英語圏・フランス語圏になかなか育たぬ「文化史」。細かい語句にこだわりつつの批評から深いキットラー文化史への理解も含め、いよいよこの面白いドイツ文化史への受け皿となり得べき世代が登場、と言いたいところだが、平野氏は既にカフカ研究他で一家なす知らぬ者ない御大。1944年生まれというから松岡正剛さん世代。立仙順朗氏といい、若者真ッ青のやわらかな自在境ではないか。いつも拠るのが『平凡社大百科事典』というのも、高校生向きに気を回したなかなかのご愛嬌で、笑える。兎角、本当は凄い本。

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2007年10月05日

『人造美女は可能か?』巽孝之、荻野アンナ[編](慶應義塾大学出版会)

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オタク死んでも、やっぱマラルメは残るぞかし

いってみれば機械マニエリスムが16世紀に始まったことを教えてくれる最近刊に次々と啓発された後、その20世紀末~21世紀初頭における再発を一挙総覧できるのも、有難いし、面白い。それが慶應義塾大学藝文学会2005年末の恒例のシンポジウムのプログラムに多少の稿を加えての今回作。

巽孝之氏の編というので、見ぬうちから安心。序に「わたしたちの人造美女エンサイクロペディア」を謳うが、書き手・読み手として以外に、編む人としての巽氏の目配りぶり、遺漏なき網羅への意志を誰よりも愛ずるぼくなど、目次案をじっと眺めて、もはや画期書と納得した。1954年にフランスで刊行されるや近現代セクシュアリスム論のバイブルと呼ばれて、東野芳明や澁澤龍彦といった論者の決定的霊感源ともなったシュルレアリスト作家・批評家、ミッシェル・カルージュの名著『独身者の機械』“Les machines celibataires”の主張を前提にした上で、2007年に向けその先へ出ようとした一冊である。精神の不毛と愛の不能が機械をうみ機械狂いに反映されていく、という今時最大のテーマのはずが、根幹になってくれそうな議論が、依然カルージュ本以外にない。見るに見かねて(仏文の人間でもないのに)ぼくが訳したのが遅くも1991年。考えてみるとサイバーパンクの熱い議論はその辺からなので、この恥ずべき文化的ラグは怪我の功名だったのかもしれないと、本書を読みながら微苦笑のぼくでありました。

収録作「ヴェルヌとルーセル、その人造美女たち」(新島進)が、このカルージュのアプローチを巧く整理する役で、それによると、カルージュがデュシャン、カフカの共通項として析出した独身者性(celibacy)とは「愛と生殖の拒否」、「機械的工程としてのエロティシスム」、「女性との関与や交感の不可能性を模している機械」というふうにまとめられる。あの超の付く難解書を巧く読んでいると感心したが、新島氏のコメントや良し。巽序文をさらに凝縮した一文を全巻要約として、引く。

 カルージュの「独身者の機械」論はそれ自体が刺激的な論考であるが、戦後の高度成長に伴うハイテク産業の発展と、これに無縁でない独身者文化の成熟のなかで、ながながとその命脈を保つことになる。1975年には「独身者の機械」展がヨーロッパの複数都市で行われ、翌年にはカルージュ論が増補改訂した新版が出版された。
 また80年代半ばに世界の文壇を騒がせたサイバーパンクSFも独身者文化と高い親和力を持っていた。仮想現実やサイボーグといったガジェットからもそれは必然であったろう・・・
 そしてサイバーパンクSFで幻視され、消費された記号に「ハイテク国家ニホン」があった。現在、アキバという聖地を持ち、非婚・晩婚化と少子化が止まらず、ピグマリオン/独身者の欲望が全開になっている人造美女の帝国。この地でのカルージュ受容は速やかに行われた。その中心人物こそが――球体関節人形史と同様――澁澤龍彦であり、彼はカルージュの論考に刺激を受け、自らの人形愛論を構築していくのだった。(pp.38-39)

寄稿者全員に、この「人造美女文化で明らかに世界の最先端」が日本という認識と、「現代のオタク文化」と論者各自のテーマとを必ず結びつけて論じなければという強迫が徹底している。

だから、場としての日本の特権視ということで、名著『現代日本のアニメ』のスーザン・ネイピアによる寄稿文「ロスト・イン・トランジション」も、one of manyという感じで余裕をもってふむふむ、と楽しめる。「日本が世界中のどの国にもまして1853年以来明らかにトラウマ的な移行の数々を経てきた」。あまりにも当たり前のことと見えて、こう批評的にまとめられると、アッ、ふうんである。激しい移行のうむ「空虚に対する一種の自己防衛手段」として、「移行対象」として、アキバのもろもろ、「かわいい」あれこれは、このニホンに大繁殖する他ない、と、『新世紀エヴァンゲリオン』や『イノセンス』といったアニメを使い、宮台真司や東浩紀を使ってやられると、別段何を今さらという感じもなく、巧いまとめだなと素直に勉強した。ガイジンが澁澤を云々しているのを初めて見て、それだけで時代を感じる。『ユリイカ』2005年5月号が「人形愛」特集号で、一読、挙げて若者文化がシブサワを大賛美。S.ネイピアが『ユリイカ』を熟読している図、愉快。このところのオタク寄りを昔の愛読者たちからいろいろ言われてきた『ユリイカ』。だが確かに新生面を開いた。時代が、そうさせる。

見事な目次の下、あとは各論。独身者の機械といえばホフマンの『砂男』が不可欠。これは『メトロポリス』の女ロボットとの系譜で識名章喜氏が巧く書いている。『砂男』のナタナエルの墜死を、クライストの「操り人形論」を使って、「重力に罰せられた」のだとまとめるウィットは、当たり前と見えて創見。「萌え」をドイツ・ロマン派でやったのがホフマンといわれて痛快だった。ホフマンとくればポー。これは系譜化の天才、巽氏の領域。実に広い目配りで危なげない中にも、「ポーをドストエフスキー経由で摂取したモダニズム作家ウィリアム・フォークナー」などという文章が輝く。余人にかなうわざでない。

人造人間といえばフランケンシュタイン・モンスター。高野英理氏の「ゴシックの位相から」はそこから始めて、意外に陳腐なのかなと読み進めると、日本における稚児愛、そして少年天皇をめぐる天皇観の問題へと深まり、「主体を完全に捨象した絶対の客体としての<不可能な自己>」こそがこの問題の核芯とする。美少女アンドロイド(ガイノイド)問題はどうもこの一句に集約される。カルージュ名著の増補改訂版には、独身者機械の神話とは即ち常は隠されて見えない“object”の浮上だと主張する新たな長文補遺があったが、このことだったかと、やっと腑に落ちた。高野英理氏の最新刊『ゴシックスピリット』(朝日新聞社、2007)を読みながら、ゴスロリの「歴史的」考察ということではこれも忘れがたい『テクノゴシック』(ホーム社、2005)の著者、小谷真理氏も並んで一文を寄せている。アーサー・ゴールデンの原作小説を映画化した話題の『さゆり』の芸奴世界の偽物性が『ジュラシック・パーク』(1990)のテーマパーク性と通じるという議論が、テーマパーク化した日本を分析するスーサン・ネイピアの論と反響し合う。巧妙なテーマと人との配置の下に、第一級論者の寄稿文がこういう感じの反響を繰り返し、論集にありがちな掻き集めの散漫と無縁なのが良い。

個人的にいえば、ただ一人戦前派、自ら「旧人」と名のる慶應義塾大学「名誉教授」、立仙順朗氏の巻頭論文「マラルメの効用」の効用に感激した。実は問題のシンポジウムはパネリスト一同コスプレで行ったらしく、荻野アンナ氏紹介のその場のやりとりは、元祖ゴスロリ宝野アリカ氏の学者コンプレックスが笑える場違いとともにご愛嬌なのだが、そういう仮装大会の中でただ一人、端然と平服で坐す老体の威風になぜか感激してしまう。

マラルメといえば、およそアキバと一番遠い、まさに純文学中の純文学と思われている。その優秀な研究者が、パネリストたち共通の関心事たるアニメを借りようとしてショップに赴き、ネイピア『現代日本のアニメ』を読んで改めてマニエリスム的優美をもって鳴るマラルメの秀什「エロディアード」を読み直すとなれば、この頃、何のかんの言って似たようなことを要求されることの多い身としては、どきどきしてページを繰る他ない。四捨五入して七十(失礼!)という学匠が、「ほとんど勝ち目のない賭け」と仰有りながら、「言語サイボーグ」だ、「言語という人形遣いプログラム」だの口にされるので、何と危うげなことを、と思って読んでみると、定型詩はそのものが独身者機械なのである、とちゃあんと説得されてしまう。「テクストの快楽という、われわれのオタク的状況そのもの・・・」。なあるほどね。超難解詩人が「現代のオタク文化」に「はしなくも」通じるという指摘さえ薄氷を踏む思いでできてしまえば、あとは修練積んだマラルメ詩愛好家の自身に満ち満ちた解説のわざ全開。にわか勉強でも、実力ある人の文化論は、やはり凄いものだ。二世代も三世代も若い人たちとの「ほとんど勝ち目のない賭け」に結局、立仙氏が勝った。男だ女だではなく「言語というもの自体が実は精巧な機械、一種のプログラム」(新島論文)という認識で共通するフランス系批評の説得力が大きいのも、面白い。立仙論文はそこをズバリ。立仙論文を一番頭に置いた巽氏の編集判断に非常に興味がある。問題作の年表や相互関連略図などもよくぞ付けてくれましたで、カルージュ本付録の同種年表を現在にまで展げてくれて貴重。兎角、サイバー文学に関心ある人には必携の一冊と見た。

ひとこと。ここまで完璧にやるのなら、どうして、Felicia Miller Frank, "The Mechanical Song : Women, Voice, and the Artificial in Nineteenth-Century French Narrative"(Stanford Univ. Pr.、1995)という究極の一書がどこにも出てこないのか。仏文のヒトのあらかたが英語が苦手だからといったつまらぬ理由で、こういうニッチーな名作が次々忘却されていく。なんなら訳そうか。今回作のキーのところにありながらカルージュの名作邦訳が出版社の恣意で知識市場から姿を消して久しい。新島氏あたり新訳して、息長く出してくれそうな別の出版社から出し直してみてはくれまいか。凄い本を出したら、本屋は出し続ける責任がある。『独身者の機械』は絶対その種の本なのだ。

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2007年09月07日

『山口昌男の手紙-文化人類学者と編集者の四十年』大塚信一(トランスビュー)

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二度目読むときは、巨匠の手紙のとこだけね

20世紀後半、人文科学・社会科学が猛烈に面白くなった状況を反映し、というか演出しさえした象徴人類学のチャンプ、山口昌男の、初速から爆走までずっと四十年、直近で伴走した岩波書店編集者、大塚信一氏の、一代の知的仕掛人としての自伝、『理想の出版を求めて』の続篇ないし補完という一冊。

続篇を自らのかつてのカリスマ、「落ちた偶像」に仮託して構成するやり方では、四方田犬彦の自伝『ハイスクール1968』の後篇・補完本が『先生とわたし』であるのとパラレルである。四方田が師、由良君美への訣別を言葉にしたように、大塚は山口昌男への「違和感」をこうして公にした。同時代ということもあって山口氏が由良君美について辛辣なことを言っていたことが、この本でよくわかった次第だが、山口・由良といったかつてのヒーローたちへの、今年になっての最も身近だった人たちの訣別の辞は、これは何ごとと思わないわけにはいかない。

山口昌男という人は日常雑感をどんどん入れて「論文」を書く南方熊楠スタイルだから、何年にどこでどう動いていたか、ファンはかなり知っているのだが、それを一人の編集者への八十通余りの私信でわからせるというアイデアが、編集術の妙と言える。私信だから、山口氏の有名な罵詈雑言も一段と切れ味良い。

当然、人間関係の交錯が、多少のスキャンダルも面白い。たとえば同趣向の四方田本では1970年代、豊穣の出版人離合集散図の要石として燦然と輝いたせりか書房の久保覚氏が、山口氏の私信では、本を出してしまえば後はなしのつぶて、印税も払わぬ怪しからぬ相手になる。「運動としての小出版社」ということを考えていた山口氏は裏切られたという思いを抱いたはず、と大塚は書く。書くのだが、同じ編集人間として、「金策」に駆けずり回っていた久保に共感してもいる。立場を変えて見ると、そりゃそうだと思えてくる。「本の馬鹿買い」の「つけをそちらに」という際限ない山口書簡を見ていると、「その度に上司に頭を下げ、経理担当者にモミ手をしなければならない」大塚氏の大変さに、此方も共感しないわけにはいかない。

「何を話してもこちらの方が知りすぎている」ので、会う相手ことごとくが脱帽し、レヴィ=ストロース、エドマンド・リーチ、そしてオクタヴィオ・パスに絶賛され、それを嫉妬した下っ端どもが「飛びかかってきたけれど、小生はバッタ、バッタとなぎ倒し」という山口私信の部分が一塊りあって、それに大塚氏の説明と寸評が付くというやり方で、ドン・キホーテ、サンチョ・パンサ二人旅の体裁だ。面白おかしい手紙と読むと、「山口氏は演劇を愛するあまり、物事を劇的に語りたがる癖があるのではないだろうか」と、その「レトリック」をやんわり批判したりする。

気になるのは、発禁本でもあるまいに、やたらと「□□□□」(伏字)が多い紙面だ。「著者の判断で伏字あるいは(□行削除)」とした、とある。差し障りありそうな文面には必ず何行削除とある。何をどうカットするかは「著者の判断」。この「著者」というのは大塚氏のことだろうから、いったいその辺、手紙の書き手自身にはどう了解とったのだろう。せっかく高橋康也氏の名を「□□」にしたのに、その猛烈にバカにされているのが「東大」の先生で『道化の文学』の著者とはっきりしてしまっていては、本書を読むほどの読者はすぐわかってしまうだろう。この辺の配慮の基準はどうなのか。また、山口氏自身は「文化人類学における東西の手配師」としか言っていないのを、大塚氏の方で梅棹忠夫、泉靖一氏のこととしていたり、微妙なところだが、もっと風通しよくしてもらいたい。かえって、誰のことか考え詰めてしまう。

要するに一代天才道化知識人の世界を股にかけての書簡集、ということで読むなら、まことに気分爽快な読みもので通るのだ。

前略 しばらく御無沙汰いたしましたが御元気ですか。小生は、昨日朝パリを発ってミラノに参り、午後はミラノの新本屋で、クローチェのコメディア・デラルテ論(全集収録)とか、チェコの構造言語学・文学理論の指導者ムカロ[ジョ]フスキーのイタリア語訳、その他チェザーレ・パヴェーゼの神話論的分析、イタリアで出ているセミオロジー[記号論]関係を買い込んで発送を依頼。夜は、ピッコロ・テアトロ・ディ・ミラノでフェルチオ・ソレリ夫人に会い、ヴェデキントの「ルル」(地霊とパンドラの箱)のただの券をもらい、四時間の公演をみました。

人名と地名の高速なカレードスコープにこそ、本書の、余人には絶対敵わぬ魅力がある(四方田犬彦『星とともに走る』以来)。こういう極彩色の長文手紙が「すべて絵はがき」に変わった点に、「本当の山口昌男」が消え「山口昌男の本来の姿ではない」姿が現れてきた、という。文面に「本のことがない」。「かつての山口氏はどこに行ってしまったか」。「狭義の人類学的フィールドワークにほとんどコミットしなくなった」一方、「日本の問題に目を向け始めた」。1990年代になって、「宴の年月」の終りと「違和感」を感じ始めた大塚氏がその理由として述べるのは、そういう点である。マスコミにちやほやされ、「周縁」にいるべきが「中心」に、「有名人」になったのは「氏の理論そのものに背反する結果」である、と。変わるなと要求するのも相手が天下の山口昌男であればこそ、という言い訳がなければ、一編集者として笑止僭越である。山口本中、『歴史・祝祭・神話』が「もっとも好き」と言う大塚信一の好みはよくわかる気がする。あれを編集した中公の早川幸彦氏自慢の一冊だ。しかし、ぼくなら『道化の民俗学』が好き。それだけの話。

人に向かって「本来の姿」をうんぬんするほど君はえらいんですか。時代はずっと変わらないんですか。日本の問題に目を向けるの、ヒトひとり老いて当然のことではないのですか。一方で「半世紀を経て、本質的には何一つ変わっていない」相手が、最近では「自らの足跡に砂をかけて埋めてゆくが如く」である、と書けるこの矛盾、この気色悪いアンビヴァレンツで、一代のピカロの東奔西走の大活劇のつや消しをしてはいけない。『先生とわたし』の幕切れ数ページの居心地悪さとおんなじだ。激しくけなすなら、激しくけなしなさいよ。気色悪う。60年代、70年代の残党て、メッチャ、キショイんだよっ。

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2007年06月26日

『シェイクスピアのアナモルフォーズ』蒲池美鶴(研究社)

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マニエリスム英文学を体感

敬愛する編集工学研究所所長、松岡正剛氏の話題の『17歳のための世界と日本の見方』(春秋社)を読んで、背景にミッシェル・セールのライプニッツ研究やジル・ドゥルーズの『襞』を置きながらバロックを先駆的「編集工学」として説くくだりで、ぼくも一昔前、神戸芸術大学大学院で同じような講義をしたことがあり、これが帝塚山学院大学の学生にどこまで理解されたかわからないが、とにかくバロック・マインドを高校生(17歳)に教えようという玄月松岡の意力には拍手を送りたい。

高校までで教わるバロックなど、教科書が一段とヴィジュアルになっただけの話で、理解のあり方そのものは、一昔前、二昔前と全然変わらず、相も変わらずヴィヴァルディのバロック、せいぜいでカラヴァッジョのバロック、音楽美術の一範疇としてのバロック以上のことは全然出ていない。松岡氏のように「関係の発見」の“arte”としてのバロックなんて、とてもとても。

「関係の発見」のための巨大な練習問題集として松岡氏が途方もない大年表『情報の歴史』(NTT出版)を出して、バブル頽唐期にしかありえない贅沢なショックで我々を驚倒せしめたのが、1990年。知も財もすべてが実体より「関係」にシフトし、つまり一文化全体が「バロック」化した。

『17歳・・・』で松岡氏自体、そのために「バロック」という旧套概念をブラッシュアップしてみるか、いっそ耳慣れない(高校生が絶対知らない)「マニエリスム」というキーワードを選ぶかで、一瞬躊躇しているあたりの呼吸が面白い。

高校の教科書にマニエリスムが出てくるとは考えにくいし、ミケランジェロをマニエリストと呼ぶとは書いてあるとしても、今きみの歩いている新宿だって立派に(ネオ)マニエリスムの空間なんだよ、という話なんかになるはずはない。しかし今、たとえば新宿を理解し享楽するに一番必要なのは、まさしく(ネオ)マニエリスム(ないしネオ・バロック)なのに、である。

精神の孤立と世界拡大(の噂)、その中での蒐集と仮装―これがバロック/マニエリスムの標識だとするなら、「アキバ」系なんて、別にある時代のある場所だけが専売特許みたいに威張るものでもない。電気がなかっただけで、16世紀末のプラハにも17世紀末のロンドンにも、いくらでもあった。マニエリスムという極端なハイカルチャーが俗化して現下のサブカルチャーとたいして違わないこの構造って何か、宮台真司を読んでも大塚英志を覗いても、全然教えてくれない。オマール・カラブレーゼやアンジェラ・ヌダリアヌスの過激なネオ・バロック論、翻訳進行の噂さえ聞かない。

マニエリスムには日本語の入門書がない。昔そう謳った新書一点あるも現在入手不可だし、やはりマニエリスムは「入門」という観念と合わない。ひとつあるとすれば、やはり大若桑みどり先生の『マニエリスム芸術論』(現在、ちくま学芸文庫)か。しかし16世紀から出ないオーソドックスなマニエリスム論(なんだか変)には違いない。

ぼくは、蒲池美鶴『シェイクスピアのアナモルフォーズ』(研究社出版)を推したい。マニエリスムがいかに何かを試みながら、それを自意識たっぷりに自分でも見つめながら進行するアートであるか、つまり、いかに鏡でしか比喩されない“reflexive”なアートであるかを、これだけ徹底して説得してくれる一冊は、洋書にだってそうおいそれとは、ない。マニエリスム入門とは、こういう自意識過剰な運動を理解し、共感共振できるかどうかということなのであって、別段XX年にどうしたこうしたという知識の問題ではないのだ。

遠近法的に世界を見せる技術は「理にかなった制作法」と呼ばれていた。それが実はいかに虚構であるかを批判的にあばく技術を、「アナモルフォーズ(anamorphose)」と呼んだ。簡単にいえば、ルネサンスの遠近法にマニエリストたちのアナモルフォーズが対峙した。ひとつ上の世代で一番開かれていた故川崎寿彦氏の『鏡のマニエリスム』(研究社)がチャートを描いた分野、それを蒲池氏が徹底的にやったのが本書。

正面から見るとわけ分からないもやもやの多色の塊が、横や斜めから見ると国王の肖像に見えてくる。一番有名なのはハンス・ホルバイン子の『大使たち』で、二人の外交官の足元に長細い謎の物体があって、横から見ると。これが骸骨。この種の騙し絵の流行が、まさしくイリュージョンどっぷりの世界たる演劇ジャンルに影響を与えなかったはずがなく、シェイクスピアやジョン・ウェブスターといったエリザベス朝・ジェイムズ朝の中心的劇作家が一様に、アナモルフォーズ的に現実が二重化している芝居を作り出した。

背景に薔薇十字結社の動きを配するといったマクロな次元でも斬新な本なのだが、具体的な詩行について、ひとつの文にふたつ以上の意味を析出する著者の有名な英語力に驚くほかない。サントリー学芸賞受賞作。名が示すように松田聖子の縁者だ。

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