• 愛読者諸兄諸姉。週2回(火・金)ということで2007年5月にスタートしたぼくの書評ですが、近々100回目を迎えるところで一応決着ということにさせていただきます。

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  • 高山宏の読んで生き、書いて死ぬ
    ―ぼくの中に貪婪の書評魔が帰ってきた―

    かつては一日に一冊読んだ。そして気に入ったものがあれば諸誌紙に週二、三冊は書評を載せてもらっていた。書評に名を借りた論文というスタイルで、よくものを書いた。読みについても魔と呼ばれ巧者と言われ、達人の名をたまわった。十年も前のことである。 長い長い中断が入った。

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  • 紀伊國屋創業80年記念・連続セミナー“9 days talk live”
    「学魔・高山宏、知の系譜と人文科学の未来を語る」
    2007/9/8(土) 13:00~15:40 新宿・紀伊國屋ホール
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2007年12月21日

『江戸の大普請-徳川都市計画の詩学』タイモン・スクリーチ[著] 森下正昭[訳] (講談社)

江戸の大普請 →bookwebで購入

タイモン・スクリーチにこんな芸があったのか

「その筋」のお偉方に「青い目の人間に江戸の何がわかる」などと言われながら、『江戸の身体(からだ)を開く』で新美術史学の新しい「黄金時代オランダ絵画」観とのアナロジーによる江戸「認識論」革命を論じ、博士論文の邦訳『大江戸視覚革命』ではB.スタフォードと対抗するように本朝における18世紀「アートフル・サイエンス」の様相を一挙に明るみに出してみせることで、タイモン・スクリーチは誰に何と言われようと江戸を標的にするナンバーワン・ジャパノロジストになった。そして一挙に「くだけた」ところでは、「高橋鐵以来」(中条省平氏評)という『春画』で講談社選書メチエにおける高売上の記録をうちたてもした。

もう東京に20回も来た、と今回の本で威張って(?)みせているが、20回くらい来たところで何、ということが外国人による江戸研究には、どうしようもなくある。もっと頻繁に来て長く滞在しろと、ぼくは友人として、企画プロモーターとして、(かつての)翻訳者として言い続けている。日本に少しいて材料を集めては、(〆切督促の電話のない)静かなロンドンで執筆する、というヤワなやり方では力不足だ。

スクリーチ氏を批判する者はそれこそ重箱の隅をつつくようにディテールの曖昧やテクストの誤読をあげつらうが、実際、彼にはびっくりするようなミスが多かった。検校タモツキイチというのがいて立派な業績をあげていると言うのだが、はて、としばらく読んでみると、保己一、即ち塙保己一のこと。第一、「検校」を文字通り、ものを調べる学校の意味にとって、勝手なことを言っている。呆然とするばかりのこの種のミスを「摘発」しながらの邦訳はそれなりに面白かった。上述した『江戸の身体(からだ)を開く』『大江戸視覚革命』の二大著および『定信お見通し』についてはこうした大中小のミスがほぼ(?)絶滅しているが、編集担当の加藤郁美さん(お名前をあげるのをご本人はきっといやがられると思うが)が土日返上で早稲田大学図書館と国立国会図書館に「お籠り」してスクリーチ氏が引く一次資料を片端から点検し、ぼくはそれを基に翻訳したというのが実情だ。

『定信お見通し』など、当時破竹の勢いの今橋理子氏の切っ先鋭い江戸表象文化論を意識しながら、資料のあまりといえばあまりにズサンな読みに呆れ、越権覚悟の斧鉞を加えるの余儀なきに至った。故種村季弘氏の朝日新聞掲載評に、日本美術史の世界がぼやぼやしているから外国人にいいとこどりされたとして、それにしてもこれはスクリーチ、タカヤマの共著という印象を受けると書かれ、流石っ!と感心しながら冷汗三斗であった。ぼくはこのなかなかスケールの大きいジャパノロジストを全くのスタートから一定高度に立ち上げるブースターエンジンの役を引き受け、大体上記の数冊を訳したところで任を完遂したと認識して、今後は別途翻訳者を自分で見つけてやっていくようにと提案した。

日本人がシェイクスピアについて何か言っているようなものだから、大中小、くさぐさのミスは仕方ない。本を出すたびにミスは減っているし、これからだ。そういうこと一切に目をつむっても良いと思わせる魅力がスクリーチ氏にはある。氏自身繰り返し認めているようにディテールの綿密さでは日本人研究者に敵わないが、アプローチの方法論に日本人にはない絶対の新味がある(E・H・ゴンブリッチに導かれ、スヴェトラーナ・アルパース、ノーマン・ブライソンに師事、マイケル・バクサンドールに兄事したばりばりの新美術史学派)。それに、日本人研究者がやらないようなことをやらない限り先がないという「斬新さ」の強迫観念が、いい。何をやる気なのだろうと、いつもタイプ原稿をめくりながらワクワクする。

他の翻訳者によるスクリーチ本を手にするのはこれで三度目だ。細かいミスがないようにと念じつつ読み出すと、これがどうして面白い。あっという間に爽快に読み切れた。

江戸城天守閣消失のあと再建しようとしなかった将軍家の戦略的な「図像学的抑制」は著者の長年の持論。この「不在の図像学」論をさっさと置き去りにするかのごとく、日本橋の「日本の臍(へそ)」としての意味、京都への対抗意識も手伝っての風水都市江戸論が、猛烈なスピードで展開される。東海道53次の53の数秘学、終点/始点の二つの「品川」があることの意味など、矢継ぎ早に結びつけて江戸の中心/周縁の記号論を構成してみせる。

が、白眉は最終章「吉原通いの図像学」である。絵と文学の吉原関係資料を組み合わせた上、吉原への「道行き」を、まるで一人の遊客の目線で、何がどう見え、どう聞こえてくるか克明に再現し、一夜ごとの「死の訓練」でもあるかのごとき非日常な「仙女界」での擬似宗教的体験が描き出される。最後は「行く猪牙(ちょき)ハ座像 帰る猪牙寝釈迦」とは笑う他ないが、この珍妙な道行きをなぞる文章の洒脱。この異人、ひと皮むけたね。

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2007年06月15日

『大英帝国という経験』井野瀬久美惠(講談社・興亡の世界史16)

大英帝国という経験 →bookwebで購入

絵解き歴史学の魅力

英国史家、井野瀬久美惠の語り口がどんどん巧くなっている。最新刊『大英帝国という経験』を見て、そう思った。講談社の人気叢書「興亡の世界史」の一冊ということで、できるだけリーダブルに、まるで良くできた受験参考書みたいに簡略化のための図表処理が入ったりといった全体的方針があるのだろうが、ある議論を虚を突く面白い逸話で導入する「つかみ」の巧さは著者独自のものであるし、絵画を含む「モノ」のイメージを史料として提示する勘の良さは新しい歴史学のひとつの方向を示していて、たとえばぼく愛好の大歴史家サイモン・シャーマに似てきた。

そのサイモン・シャーマが、ちょうど2000年にBBC連続番組で「ブリテンの歴史」を組み立て、それが2000年から2001年にかけて同名の三分冊(※)として出て、ベストセラーになった。ぼくは自分の趣味で同じシャーマの『風景と記憶』"Landscape and Memory"、1995)と『レンブラントの目』("Rembrandt's Eyes"、1999)の訳を引き受けて力尽き、『ブリテンの歴史』に手がつかなかったのだが、紀元前3000年から1603年を分かれ目にして2001年まで語り抜く活字も、ヴィデオ映像もすばらしかった。そして同じ2000年には、類書中に図抜けたリンダ・コリーの『ブリトンズ』("Britons:Forging the Nation, 1707-1837")が『イギリス国民の誕生』という訳で名古屋大学出版会(良書好著の連続)から出たのを耽読できた。
※A History of Britain.
 1.At the Edge of the World? 3000BC-AD1603(hardpap.
 2.The British Wars, 1603-1776(hardpap.
 3.The Fate of Empire, 1776-2001(hardpap.

18世紀から19世紀一杯、世界に覇権を拡げたツケが帝国各部分からの猛烈な数の非白人移民の流入という「帝国の逆襲」を受け、ロンドン地下鉄爆破未遂犯のように英国生れ英国籍のパキスタン人といった「イギリス人」を一杯つくりだしてきたが、新千年紀、ますますこの「イギリス人とはだれか」というアイデンティティ不安が強烈になってくるだろうと思われた。そこに9.11。一挙に「帝国」が「現代思想」最大のキーワードと化す。

カボットのニューファンドランド島「発見」から語り起こし、そうした新千年紀劈頭のブレア政権の抱えた非白人英国人排斥か、問題の「内在化」かという選択肢まで、たかだか400ページ弱でよくもここまでと感心する目次構成で大英帝国を疾走した井野瀬氏のこの最新刊で、その思いを改めて強くした。

スコットランドとアイルランド、当然一番多くの紙幅の割かれるアメリカ、そしてカナダ、アフリカと、地理的にも実に巧みに帝国各部分の抱えた問題をすくうのみか、移民、奴隷貿易といったテーマでも切りこみ、そのテーマもヴィクトリア女王の表象、フェミニズム(「女たちの大英帝国」)、青少年文化と、いわゆるカルチャル・スタディーズが「帝国」を切る切り口の総覧の観もある。植物が植民地支配の「緑の武器」に化す「植物帝国主義」も語られる。井野瀬氏を一躍ポピュラーにしたのは朝日選書の『大英帝国はミュージック・ホールから』だが、最新刊でもちゃんと復習される。今まで刊行された仕事のエッセンスがきちんと取りこまれ、一種「井野瀬ワールド」のオンパレードというでき方で、着実に進む学問の好ましい見本である。

ヴンダーカンマーの「驚異」の背後に他文化に対する「占有」があったように、第一回ロンドン万国博やホワイトリー百貨店の背後にインドやアフリカの苦しみがあることを、飲茶の習慣やショッピングの快楽を分析しながら語る「モノの帝国」の賞が出色である。嗜好や視覚的娯楽といった文化史の局面を欠いたら、もはやただの帝国政治史にしかならない。

ぼくなど、リチャード・オールティックの『ロンドンの見世物』やリン・バーバーの『博物学の黄金時代』を訳しながら、珍奇興行施設「エジプシャン・ホール」や博物学という「理に叶った娯楽」の浸透を、誰かが帝国の文化史として綴ってくれないかなと願っていた。それが今、真芯に井野瀬氏の仕事だ。

文化史、「モノ」をめぐる感性史に敏感ということと絶対相関していると思う氏のもうひとつの強みは、絵に対する感受性である。開巻すぐの口絵グラビアに「イギリスの想像力」と題して、ジョン・エヴァレット・ミレイの『ローリーの少年時代』等5点の絵が並んでいて、「膨張しすぎた大英帝国にとって、絵画とは、時として国民のアイデンティティの支柱となり、またある時には植民地のイメージを伝えるメディアの役割を担うものであった」というキャプションがある。何故この5点かを読者なりに考え抜いてから、本文中の説明を読むことを勧める。いかにこの視覚的史家(?)の絵画感覚が卓越しているか、よくわかるだろう。勿論その一枚は井野瀬氏の名作『黒人王、白人王に謁見す-ある絵画のなかの大英帝国』(山川出版社、2002)一巻の主題だった絵。美術史の専門家に不可能な読みをこの絵に試みた女史を、コロンビア大学で「アート・ヒストリー・アンド・ヒストリー」を講じているサイモン・シャーマにたとえたことがあるが、『風景と記憶』の「大英帝国」論を、シャーマも『ローリーの少年時代』で語りはじめていたのが面白い。

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