• 愛読者諸兄諸姉。週2回(火・金)ということで2007年5月にスタートしたぼくの書評ですが、近々100回目を迎えるところで一応決着ということにさせていただきます。

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  • 高山宏の読んで生き、書いて死ぬ
    ―ぼくの中に貪婪の書評魔が帰ってきた―

    かつては一日に一冊読んだ。そして気に入ったものがあれば諸誌紙に週二、三冊は書評を載せてもらっていた。書評に名を借りた論文というスタイルで、よくものを書いた。読みについても魔と呼ばれ巧者と言われ、達人の名をたまわった。十年も前のことである。 長い長い中断が入った。

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  • 紀伊國屋創業80年記念・連続セミナー“9 days talk live”
    「学魔・高山宏、知の系譜と人文科学の未来を語る」
    2007/9/8(土) 13:00~15:40 新宿・紀伊國屋ホール
    盛況のうちに終了しました。 講演レポートはこちらから-->

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2008年02月22日

『マクルーハンの光景 メディア論がみえる』宮澤淳一(みすず書房)

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これでもう一度、一からのマクルーハン

息せき切ったダミ声の大阪弁で、政財界への講演が一回で何百万という噂もあった時局コメンテータ竹村健一氏の名も姿も知らない学生たちの前で、マクルーハンのことを喋るのも妙なものだ。マクルーハンは、竹村氏のアンテナがピリピリ敏感だった絶頂期、その『マクルーハンの世界-現代文明の本質とその未来像』(講談社、1967)で一挙に有名になり、同じ年の「美術手帖」12月号「マクルーハン理論と現代芸術」特集で、大学闘争がいよいよ爆発寸前という時代の、学とアートとがごっちゃになる創造的混沌の季節の代表的ヒーローとなった。1960年代末にかけての世上あげての「クレイジー・ホット・サマー」の何でもミックス、何でもありの、日本と世界の知的状況の中で、マクルーハン・カルトとも「マクルーハン詣で」とも称されたメディア論の元祖を位置付けるチャートの巧さに、宮澤淳一『マクルーハンの光景 メディア論がみえる』の魅力はまずある。

1980年代にはすっかり沈静化していたマクルーハン・ブームの中、マクルーハン没の翌1981年、象徴的にも「たった一人の、マクルーハン追悼」(「早稲田文学」通巻60号)を書いた日向あき子の名など、懐かしいとしか言いようがない。ぼくにとって美術評論家 日向あき子といえば、美術誌「みづゑ」誌上でポップ・マニエリスム」論を展開した天才として記憶されているからだ。恥ずかしいことだが、日向女史が2003年には既に他界されていたことを、宮澤氏に教えられて初めて知った。

個人的には、ジョン・レノン、「サウンドスケープ」のマリー・シェーファー、ハプニングアートのジョン・ケージ、バックミンスター・フラー、そしてとりわけ1960年代的な前衛集団「フルクサス」のアーティストたちとナム・ジュン・パイクといった芸術家集団へのマクルーハンの影響を次々概観する第3講が、発見といまさらながらの驚きに満ちた収穫である。『グレン・グールド論』で吉田秀和賞を受賞した著者のこと、当然グレン・グールドとマクルーハンの交流もきっちり描いてくれる。

妙な縁で、マクルーハンの死後出版、ご子息のエリックとの共著の形で『メディアの法則』の監訳・解説を引き受けた際、メディア論プロパーの世界がこの一種禅坊主じみた宗祖の扱いに手を焼いたまま忘れたがっている風情に、改めて時の流れを感じると同時に少しびっくりした。マクルーハン・メディア論にろくな展開がなく、マクルーハンが自身をポーやジョイスに入れ込む「英文学者」と見てもらいたがっていたことを考え直す余裕も見当たらない。

確かに、マクルーハンは難解だ。いわゆるアフォリズム(マクルーハン流に言う「プローブ(Probe)」だから、前後の文章が、考えないと巧くつながらない。引用モザイクというスタイルも厄介だ。えらそうに論を展開する前に、まずこのスタイル、この英語が問題だ、と言いたげに宮澤氏が持ち出してくるのが、1964年、『メディア論』で世界的にブレークする直前、ある雑誌に載った「外心の呵責」というマクルーハンの記事である。これを英米の大学でやるパラグラフ・リーディングの方法で逐条的に解読してみせる。未来のマクルーハン理論の全体が早くもコアとして出揃っていることが次々わかっていくスリリングな第1講である。

有名な「理想の教室」シリーズ中の一冊。双書の約束事として、有名な一文を冒頭に訳載し、それへのコメントという形で本論が進むのだが、宮澤本はそのために精読するテキストの選択で既に意表を突き、成功した。難解なテキストがゆっくりと読みほどかれていくのに付き合う作業は、マクルーハン理論の何かを知るというよりはテキスト講読の手だれの講義を聴いている感じで、快感だ。

第2講「メッセージとメディア」は、マクルーハン・メディア論といえばこれという、たとえば「ホットなメディア/クールなメディア」論や「メディアはメッセージである」という警句の正確な意味を考える、メディア論としては骨子の部分だ。「メディアはメッセージである」。英語の読めるマクルーハン読者ならたぶん意味を取り違えることはないだろうが、現実には中途半端な理解しかされていない。「マクルーハンを中心に扱った本邦初の博士論文」の公開審査の席で、審査官の一人、佐藤良明氏が発した「メディアこそがメッセージである」と訳すべきではないか、という質問をきっかけに、いかにもという「正解」に至る。“a”と“the”の違いだったのだ。“「メディアはメッセージ」解決!”とオビに謳うのもムベなるかな。この一点からマクルーハニズムという巨大なコリが一挙にほぐれていく。そう、「メディアはマッサージ」でもあった!

一番肝心なところが曖昧なまま、もごもごごそごそと積み重なってきた世界が、肝心なところがクリアーになって、あとは次々展開し、近時稀な爽快感を味わった。と同時に、“a”と“the”の違いなど屁とも思わぬ「紹介」や「翻訳」の怖さを改めて痛感させられた。佐藤良明はやっぱり凄いな。宮澤淳一も凄いな。巨大な世界を丸ごとひとつ救い出したのだから。

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2008年02月12日

『ハプスブルク帝国の情報メディア革命-近代郵便制度の誕生』菊池良生(集英社新書)

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速く、速く、速く、昼も夜も一刻も失うことなく

慶應義塾大学でドイツ文化を研究している人が「文化史興隆への期待」という一文を草して、ドイツでなら文化史(Kulturgeschichte)、文化学(Kulturwissenschaft)とでも呼ばれる領域横断的感覚の広義の人文学こそ高山宏の新境地なのだと書いてくれていて、そこまでは自画自賛し切れなかった(当時の)ぼくは快哉を叫んだものだった。ぼくの仕事を、ぼくがかつて熱愛したエンゲルハルト・ヴァイグルの『近代の小道具たち』や、ドイツロマン派の文人たちの少女愛を「文学のみならず、教育学、自然科学、植物学、蝶字、神話学、図像学、病理学などの分野から」追跡した、Michael Wetzelの“Mignon. Die Kindsbraut als Phantasma der Goethezeit”(『ミニョン-ゲーテ時代のファンタスマとしての少女花嫁』)などと比べ、ついこの間まで冷遇ないし無視されてきたこういう新しい人文学感覚が、いよいよ表に姿を現し始めてきたようだと書いて、さらに和泉雅人氏はこう結んでいた。

 現代ドイツで先端的な研究のひとつは、コンピュータをはじめとするテクノロジー、映像、音声、活字、演劇、経済、政治、さらにはサブカルチャーをも含めたメディア全体を横断的・歴史的・考古学的に研究していこうとする、要するに何でもありのメディア美学研究かもしれない。現在、「メディア美学研究所」を設立したドイツ・ジーゲン大学の主導で、2006年に研究成果を発表する文化史ジャンルの巨大研究プロジェクト「メディア革命」が進行中である。「ドイツの高山宏」が出てくる日もそう遠くはない。

普通、いくらなんでも過褒だとか言って頭掻くところだろうが、ぼくは「具眼の士よな、よし、よし」と至極悦に入ってしまった。

ミレニアムの変わり目をはさむ十年、丸善のカタログ誌「EYES」の選書・編集のため、世界中のメディア批評とヴィジュアル本のカタログを日々熟読しながら、ドイツ語文献の日増しに大きくなるウェイトに驚き、また、そういう動きを英語圏でパラレルに始めたバーバラ・スタフォードが、もともとウィーン人で、クラウスベルク、ブレーデカンプなど「メディア革命」を担うドイツの人脈と密接に連携して大活躍していることなど、よくわかってきた。周りが異端としか評し得ないぼくの仕事は、どうもホルスト・ブレーデカンプやザビーネ・ロスバッハの仕事の仕方と、どうしてと思うほど重なっているが、これは何かと考え始めていた時、上述の和泉氏評を得、大いに意を強くした。こういう大きなメディア論としての文学という議論について、いずれ何かの本で触れようと思う。

そう、そう、例えばこの紀伊國屋書店「洋書・基本図書リスト」2007年2月号「書き込みのシステム2000―デジタル的転回と人文知の行方―」(※)が、今のところ、そうした「転回」とその中でのドイツ新人文学の威勢をよく伝えていて、結構衝撃的だ。ぜひ!フリードリヒ・キットラーはじめ、この動きは確かに凄い。

メディア論の下に新しい人文学を、なんて言っても日本じゃあね、と思いかけた矢先、ズバリのタイトル『ハプスブルク帝国の情報メディア革命』に出会った。新書の「軽み」と菊池良生氏の俗に通じ軽口も滑らかなテンポの良い口調に騙されてはいけない。

メディア中のメディア、メディアの祖ともいうべき郵便と手紙という、ついこの間の郵政民営化で世間が沸いたタイミングにでも出ていればかなりな話題になったテーマで、15世紀末から19世紀いっぱいにかけてのヨーロッパ史をそっくり辿る。メインは、今の日本ではおそらく菊池氏が研究の第一人者たるハプスブルク家と、その下で郵便制度を取り仕切ったタクシス一族(トマス・ピンチョンの『競売ナンバー49の叫び』でお馴染み)との関係だ。三十年戦争はある、ネーデルランドを挟んでの二つのハプスブルク家の統一・分裂はある、ハプスブルク家を崩壊せしめたフランス革命はある。我々がフツーに知っている西洋近大史の一コマ一コマが郵便制度の改革や再編成と実に密な表裏一体の関係になっていたことが説かれる。

まるで郵便制度が世界史の動向を決めていったかのような気分にさせられるのは、菊池氏の目次案と語りの巧妙さによるものだ。特に蜿蜒19世紀半ばまで割拠する領邦国家の四分五裂に苦しんだハプスブルクのドイツを語るに、情報の重要さそのものの郵便をどこがどう押さえるかというテーマが、一番手早く、かつ面白いということを、本書一読、しみじみと知った。こういう着眼のコロンブスの卵ぶりでは一寸、『鉄道旅行の歴史』のヴォルフガング・シヴェルブシュや『古代憧憬と機械信仰』のホルスト・ブレ-デカンプの読後感に通じる。

旧知の菊池氏が少しハプスブルクに詳しいという歴史家に終わるはずなしと思っていたところ、案の定、「ドイツの菊池良生」と期待される第一級の「文化史」家に一挙大バケ中。次は「警察成立史」だそうで、大爆発が愉しみである。

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紀伊國屋書店洋書部(yk01@kinokuniya.co.jp)作成の選書リスト「書き込みのシステム2000―デジタル的転回と人文知の行方―」をご覧いただけます。 こちらから―>
(書名に貼ったリンクを開いて詳細をご覧になる場合、一度デスクトップなどに保存されてからの方が操作がスムーズに進みます)




2007年06月01日

『暗号事典』吉田一彦、友清理士(研究社[創立100周年記念出版])

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暗号はミリタリー・マニエリスム

一方に電子メール、電子マネーの飛躍的発達があり、他方に北朝鮮による拉致の問題があって、時代はまさしく「暗号」の時代だ。暗号と聞いて思い浮かべられるほとんどあらゆるテーマを拾いあげる面白い本が出た。その「北朝鮮の暗号」という項目を見ると、日本にいる工作員にいろいろ指示した乱数表読み上げ放送のことが詳しく出ている。

今みたいにNHKが終夜放送をしていなかった頃、深夜0時に放送終了の君が代が流れた後の無音の空白に、ラジオのダイアルを少しずらすと、不気味に平坦な女の声で数字を読み上げる電波が入ってきた。いわゆる乱数表で、解読に手を焼いている自衛隊が懸賞金を出しているという噂もあって聴いていた時期もある。その中に日本人拉致の指令もあったわけだ。理由はいろいろ取り沙汰されているが、2001年のある瞬間からふつりと途絶えた。戦争とばかり結びつくと思っていた暗号がこの平和時にちゃんと機能しているという感じは気味悪かった。平和ボケの日本は伝統的に諜報・防諜に弱い。紫暗号をきれいに解読されたまま、珊瑚海で、ミッドウェーで負けた。スパイ・ゾルゲにもしてやられた。連合艦隊司令長官山本五十六を南の空に喪った。いわゆる「海軍甲事件」である。

電子時代の暗号についての技術的説明が半分である。AES(高度暗号化標準)とかDES(データ暗号化標準)から、変体少女文字や少女たちのポケベル暗号(「7241016」で「なにしている?」)まで、徹底を極めるし、そうした世界を支える技術と数学の説明にも存分の紙数が割かれる。どの言語で一番使われる文字は何といった「頻度分析」や「乱数の割り出し」くらい、何とかついて行けるが、モジュラー算術だ、通信解析だ、楕円曲線と楕円曲線暗号など、素人には手に余る。

なにしろ面白いのが、電子時代の経済や認証制度といった局面に入る前の、もっぱら単純に軍事に関わった暗号史の項目である。日清・日露戦争で日本軍の暗号発達は著しかったが、信濃丸発信の「ネネネネ」「タタタタ」という暗号無線がバルチック艦隊撃破をもたらしただの、親日派米人による「人形暗号」だの、「風通信」だの、鹿児島弁で電信したらそのまま暗号として通用しただの、びっくりするような初耳逸話がいくらもある。親日派で愛嬌ある人柄で人気の高かった駐日大使エドウィン・ライシャワーが諜報の出だったと知って、いささか考えこんでしまったりする。

つい先日、上海領事館で日本人要員が自殺して安部普三内閣に衝撃を与えたが、色仕掛けで身動きとれなくされての自裁だった由。「蜜の罠」と、こういうやり方を言うのだそうだ。そういう諜報・防諜の話題を単に「暗号」というところを超えてカヴァーする。野放図だが、読みものとして歓迎すべき幅が出た。

個人的な関心で言えば、異様なページ数が割かれている江戸川乱歩が、暗号小説の名作『二銭銅貨』で、チャールズ2世治下の英国から暗号技術は発達するとした指摘が、「フランシス・ベーコンの二文字暗号」「アーガイルの暗号」「薔薇十字の暗号」「ピューリタン革命時の暗号」「ジョン・ウィルキンズ」「ジョン・ウォリス」「ジャコバイトと暗号」等の項目を読むと改めて正しいと確認できた。カトリック王党派が命懸けで通信した手紙の中で暗号が発達した。小説家サッカレーがこの時代に取材した作品『ヘンリー・エズモンド』が、その辺、巧く書いていると知らされて、今頃不明を恥じてしまう。

英国17世紀末を「表象」の整備期として捉え直せといってきたぼく、改めて、フーコーの『言葉と物』に「暗号」が全然扱われていなかったことに、「大」歴史家ゆえの限界を感じた。アルファベットをいじくり回した王党派のナンセンスな書簡は、その実、一命賭しての表象行為だったことがわかる。現にチャールズ1世は妃への書簡を押さえられ、ジョン・ウォリスに解読されたものを証拠に斬首台に落命したのである。

ことは英国に限らない。アメリカの独立戦争・南北戦争周辺もやたら暗号が発達したし、「鉄仮面と暗号」「ナポレオンと暗号」を読むとフランス史がそっくり暗号史に見える。

著者の一人は、パノラマ館を舞台の幻想小説を書いて皆川博子を感嘆させた文学教養派だけに、「文学における暗号」「小説に登場する暗号」の項が面白い。E・A・ポーと乱歩、『クリプトノミコン』(〈1〉〈2〉〈3〉〈4〉)のニール・スティーヴンスン、そしてもちろん『ダ・ヴィンチ・コード』のダン・ブラウンがメインとなる。谷崎潤一郎のイメージを狂わせる暗号趣味だとか、阿川弘之が「対敵通信諜報暗号解読機関」出身だとか、面白いトリヴィアにも事欠かない。

「カバラ」や「魔方陣」、「象形文字といった項目を見て、ホッケの『文学におけるマニエリスム』(1959)を思い出した。グロンスフェルト暗号を考案したカスパール・ショット。デルラ・ポルタにアタナシウス・キルヒャーと並ぶと、暗号とは数学という名のマニエリスムだと改めて確信できた次第である。

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