• 愛読者諸兄諸姉。週2回(火・金)ということで2007年5月にスタートしたぼくの書評ですが、近々100回目を迎えるところで一応決着ということにさせていただきます。

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  • 高山宏の読んで生き、書いて死ぬ
    ―ぼくの中に貪婪の書評魔が帰ってきた―

    かつては一日に一冊読んだ。そして気に入ったものがあれば諸誌紙に週二、三冊は書評を載せてもらっていた。書評に名を借りた論文というスタイルで、よくものを書いた。読みについても魔と呼ばれ巧者と言われ、達人の名をたまわった。十年も前のことである。 長い長い中断が入った。

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  • 紀伊國屋創業80年記念・連続セミナー“9 days talk live”
    「学魔・高山宏、知の系譜と人文科学の未来を語る」
    2007/9/8(土) 13:00~15:40 新宿・紀伊國屋ホール
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2008年05月02日

『富豪の時代-実業エリートと近代日本』永谷健(新曜社)

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こんな領域横断もありか、という驚き

明治後半から昭和初年にかけての、現在の日本の基盤を築いた半世紀という、いま日本で学者をやっていて一番面白がるべき問題を(「文学」を入口として)探ることができる本を、当書評欄でここ数回、続けて取り上げてきた。蓋を開けてみると皆、いわゆる博士論文が世間に向けて出版された大著ばかりというのも、長い間「学者」をやってきてしまったぼく自身の限界を示すのかもしれないし、逆に、誰も見向きもしない、つまらないものの代名詞のように言われてきた博士論文にも時代の流れで面白いものが出始めた、喜ばしい兆候かもしれない。

大喜利(おおぎり)とでも言える一冊を見つけたので、それを推輓して博論傑作選に一応のキリをつけたいと思う。それが、京都大学大学院に提出されたこの論文。「ただし、研究者だけではなく、近代日本の富裕層や金銭的な成功者に関心をもつ方々にも読んで」欲しいということで、大幅加筆を経ての『富豪の時代』である。

東大のシンボルといえば安田講堂だ。ちょうどぼくなど大学生であった頃、学生闘争で占拠され機動隊突入、一度だけ入学式で見た美しい内装が大破し水浸しになっているのに直面して、一時代の終わりを感じたが、それというのも名の通り、これが「富豪の時代」の風雲児の一人、安田商店安田善次郎の夢、というかメセナ感覚の所産たる寄付の講堂だったと聞かされていたからだ。改装されて機能的にも象徴的にも全然別ものになったわけだが、今の東大生にとって、この講堂はなお、自分がなるべき存在への夢の「表象」たり得ているのだろうか。それにしても、赤門という江戸時代の大金持ち、加賀百万石の所有物だったものをくぐって、明治・大正の「富豪の時代」を象徴する安田講堂に対い合う東大(という場所)とはいったい何だろう、とこの本を読みながら、「学」と「富」の関係ということまで含めて、いろいろ考えてしまった。

三井・三菱について何がしか知らぬ人はいまい。それに安田善次郎、大倉喜八郎、森村市左衛門といった実業界の超エリートを加え、彼らがビジネス・エリートになっていった過程、そして「紳士」と呼ばれ、まだよくは見えなかった「新時代」のシンボル(文字通りの“representative men”)として「表象」されていった経緯を、やはりそこは博論、ハウトゥー実業書の軽薄とはかけ離れたところで緻密な統計処理と一次資料の累積で丁寧に追う。少し前なら経営学・経営史分野の仕事だったものであろうが、著者もはっきり意識しているように、やられているべきなのに実はまるでやられていないスーパーリッチたちの研究をしようとすれば、経営学だけではとても足りない旧套諸学の混淆と再編成が必要なので、いわばこの本は、本人たちが時代突破の意力のためマージナル・マンであるしかなかった異能群像を相手に学のマージナルを行く方法的な試みの現場という(実はもっともっと過激に主張して欲しい)二重の側面を持っていて、それが魅力だ。

強みは金持ちの表象論に徹している点で、よくある(当然自己美化のウソだらけな)富到立志伝の累積のようなアプローチとは無縁。たとえば江戸後期に初めて金持ちをそうでない人種と分けた「長者番付」なるジャンルの延長線上に、交詢社の名が象徴する明治20年代、30年代のいわゆる紳士名鑑の類を置く。この交詢社自体、あの福沢諭吉が維新の無の中から今後の社会ヴィジョンを託すためにひねり出したリーダー養成の社交機関であったことを、この本で初めて教えられた。「学問ノススメ」の人物の社会的「発明」の強力なトンデモ発想に改めて驚かされる。

「明治20年代から30年代初頭にかけては、『日本紳士録』など、多種多様な人名録が刊行された時期である。人名録ブームとでもいえるほどの刊行ラッシュが生じ、人名録は同時代における刊行物の一ジャンルを形成したのである」という着眼が良い。誰を富豪、「紳士紳商」とするかという基準が面白いし、難しいが、時々の納税法の変化との関係の分析など、富豪の社会史が着実に記述されていく。メディアが金持ちイメージをつくり、金持ちと言われた本人がメディアとの関係の中で金持ちに「なっていく」ダイナミズムが経済ジャーナリズムの成立、「姻戚関係のパターン」「天覧芸への便乗」「茶会サークルの成熟」など興味津々たる目次で次々展開していく。博論が傑作へ飛躍したと言っておく。

一時の荒俣宏の産業考古学(『黄金伝説』他)にも、『経営者の精神史』に行き着いた山口昌男の歴史人類学にも系譜しそうな、人文学と社会学の<はざま>を行く画期書。時代の趨勢か、「明治」大学国際日本学部という<はざま>をウリにしようという世界に属すことになり、経営学の人々を同僚にハテこれからどうするか思案ナゲクビのぼくに、まさに旱天慈雨の如きインスピレーションを与えてくれた。

因みに、新同僚となった(元)仏文学者鹿島茂氏が新学部開設記念講演会で渋沢栄一の事跡について喋る。交詢社人名録にぼくも鹿島センセーも載っている。たしかこの紳士名鑑も今年で終わる。いろいろ時代であるなあ、と感慨深い。意表つかれるとは快いものだと久しぶりにせいせいした。リニューアル前の電通『アドバタイジング』誌で「デパートの解剖学」や「メセナの時代」を編集したぼくの感覚、「経営史学」的に見ても間違いではなかった。

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