• 愛読者諸兄諸姉。週2回(火・金)ということで2007年5月にスタートしたぼくの書評ですが、近々100回目を迎えるところで一応決着ということにさせていただきます。

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  • 高山宏の読んで生き、書いて死ぬ
    ―ぼくの中に貪婪の書評魔が帰ってきた―

    かつては一日に一冊読んだ。そして気に入ったものがあれば諸誌紙に週二、三冊は書評を載せてもらっていた。書評に名を借りた論文というスタイルで、よくものを書いた。読みについても魔と呼ばれ巧者と言われ、達人の名をたまわった。十年も前のことである。 長い長い中断が入った。

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  • 紀伊國屋創業80年記念・連続セミナー“9 days talk live”
    「学魔・高山宏、知の系譜と人文科学の未来を語る」
    2007/9/8(土) 13:00~15:40 新宿・紀伊國屋ホール
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2008年02月19日

『フロイトとユング-精神分析運動とヨーロッパ知識社会』上山安敏(岩波モダンクラシックス)

フロイトとユング →bookwebで購入

「モダンクラシックス」の名に愧じぬ呆然の一冊

人文学がだめになったと人は言う。だが、そうでないどころか、上山安敏氏の『神話と科学―ヨーロッパ知識社会 世紀末~20世紀』、そしてこの『フロイトとユング-精神分析運動とヨーロッパ知識社会』のような名著が現に書かれていたりして、イマイチ輪郭と中身が巧く定まらず厄介な文化史・文化学に、そうした名著群がかなりの実体を与えてくれ始めていることを考えると、人文学のある局面など未曾有に面白くなりそうな気がする。

その局面というのは、たとえば、フロイト・ユング往復書簡(邦訳:講談社学術文庫〈上〉〈下〉)の編集ウィリアム・マクガイアの『ボーリンゲン-過去を蒐める冒険』(1982)が頂点を極めた優れた知性の交流史、スケールの大きい学界史・学問史、文化コロニー興亡の追跡の分野で、あるべきプロソグラフィー(人物研究)としての個人の文化史研究も、こうした個人と個人のダイナミックな関係をちゃんと押さえる人と知の交流史を背景に置くと、一層面白くなるはずだ。誰と誰がどこでどう会ったが故にどうなっていき、その出会いの結果、別の誰がまた他の誰かと出会うことになる、という壮大な連続的・累積的記述。「出会いのアルケミア」!

別に難しいことを言っているわけではない。人文学の優れた本は何を論じていようと、そこに介在した人間関係について卓越した考古学を大なり小なり含んでいる。そのことをたとえばぼくは『ブック・カーニヴァル』でえらく大仰にやろうとしたし、モデルにした山口昌男『本の神話学』も、先達である林達夫氏に敬意を表しつつ戦間時代のワイマール文化やアビ・ヴァールブルク周辺をめぐって大きく切り開いた方法だ。1970年代初めからこういう人的交流の追跡をテーマとし、方法として山口昌男氏はある時点からそれを歴史人類学と名付け、『敗者の精神史』(〈上〉〈下〉)、『挫折の昭和史』(〈上〉〈下〉)、そして極めつけの『内田魯庵山脈』を、力を失いつつある人文学全体へのカンフル剤とした。全ての出発点となった『本の神話学』、それが出発点としたスチュアート・ヒューズやピーター・ゲイの人的交流史、山口氏と雁行するように人的交流そのものの発掘と関連付けで異彩を放った『ヴォルプスヴェーデふたたび』他の種村季弘、そういう知性交流史あまたの主人公の一人、芸術心理学のE・H・ゴンブリッチがヘーゲルやパノフスキー、ホイジンハやフランセス・イエイツといった面々をめぐって知的交流史を記述した“Tributes”(『貢物』)など、今やたちまち十指に余る仕事を思い出すことができる。

この欄でも、ぼくのそういう趣味が働いてその種の本を多く取り上げてきた。菊池氏のドイツ郵便制度論も、ウェブスター辞書を介する明治啓蒙人士たちの動きをめぐる早川勇氏の労作も、実は皆、ダイナミックな人的交流がうみだす知的ムーブメントの記述である。岩佐壮四郎氏による島村抱月をめぐる日欧両舞台での華々しい人と人との交流を明るみに出した仕事など、実はいろいろある。山口門下一の情報通である坪内祐三氏の新刊など、こういった人的交流史の名作・奇作揃いではあるまいか。

それ自体でこうしてひとつの(超)ジャンルになりそうな文化史記述の模範的な傑作が、1989年に岩波書店が出した上山安敏『フロイトとユング』である(現在は岩波モダンクラシックス)。精神分析の祖とその第一の高弟のあまりにも有名な袂別を、二人が属した文化の中の軋みという大きなスケールから捉え直す。いわゆる科学と、いわゆるオカルティズムとの間の線引きが、二人違った、とする。これがこの本の中心主題であるが、世紀末からハイモダニズムにかけての魔都ウィーンのみが可能にした異物混淆の環境に「モデルネ」とそれがうんだ神経科学、「神経小説」を置いてみる克明な作業を通して、上述の呆然とさせるようなスケールの知性交流史、そして当然、都市文化論の名作に仕上がった。

世紀末~1930年代のウィーンが、西欧と中東欧(ユダヤ)ふたつの流れが混じり合う長い歴史(三谷研爾編著『ドイツ文化史への招待』でぼくらはその大体を掴めているはず)の頂点にあり、こういう文化史のこれ以上ない標的たり得ることは、ジャニク、トゥールミンの『ヴィトゲンシュタインのウィーン』を陽とし、ゲルハルト・ロート『ウィーンの内部への旅』を陰とする、ウィーンのKultur-Reisefuhrer を通して見当はついていたが、それにしても異物同士のこの混じり合いのもの凄さは何だ、と上山書を見て改めて呆然とする。神経医学の誕生を都市論の中でやりおおせたデボラ・シルヴァーマンの大著“Art Nouveau in Fin-De-Siecle France : Politics, Psychology, and Style”(邦訳『アール・ヌーヴォー』)と堂々肩を並べ、ひょっとして田中純の『アビ・ヴァールブルク 記憶の迷宮』を準備した一冊、という位置付けだ。

これを法学部の有名教授がやりおおせたという事態が凄い(退官記念)。法学部の授業にユングやヴァールブルクが出てくる。うーん、脱帽です。

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