• 愛読者諸兄諸姉。週2回(火・金)ということで2007年5月にスタートしたぼくの書評ですが、近々100回目を迎えるところで一応決着ということにさせていただきます。

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  • 高山宏の読んで生き、書いて死ぬ
    ―ぼくの中に貪婪の書評魔が帰ってきた―

    かつては一日に一冊読んだ。そして気に入ったものがあれば諸誌紙に週二、三冊は書評を載せてもらっていた。書評に名を借りた論文というスタイルで、よくものを書いた。読みについても魔と呼ばれ巧者と言われ、達人の名をたまわった。十年も前のことである。 長い長い中断が入った。

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  • 紀伊國屋創業80年記念・連続セミナー“9 days talk live”
    「学魔・高山宏、知の系譜と人文科学の未来を語る」
    2007/9/8(土) 13:00~15:40 新宿・紀伊國屋ホール
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2008年01月29日

『ホーソーン・《緋文字》・タペストリー』入子文子(南雲堂)

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珍しくヨーロッパ・ルネサンスに通じたアメリカ文学者の大なた

英米文学研究の世界で驚倒させられることはそう滅多にないが、入子文子という名からして優雅で遊びめくこの研究者の覇気は、確かに驚倒すべきものである。御本人があとがきでお書きのように、企業にお勤めの時期に参加した勉強会で知的刺激を受けたのに発して、あれよあれよという間に、ヨーロッパ・ルネサンスのヘルメス学的部分、とりわけその視覚的な表現(エンブレム学・図像学)に親懇し、やがて「アメリカン・ルネサンス」に目を転じ、ナサニエル・ホーソーンにこのヨーロッパ16、17世紀の異伝統を確かに認めるという壮大な構想を獲得した。

本書は結果的には少々辟易させられそうなアカデミー的な配慮と細かいテキスト読みの大冊になったが、方法としては、ヨーロッパ研究者が根拠なきプライドからアメリカを軽んじる一方、アメリカ研究者が意地と無知ゆえヨーロッパ(ましてその異貌部分)を理解せず、ゆえに生じる中間地帯、はざまの沃野を大胆に埋めてみせた、という存外単純なものである。自らの感覚に確信を持ち、的確に「芸域」を広げていく様子を語るあとがきが、あとがきの類には珍しく展開に納得がいき、好感を持てる。

洒落たテクスト=織布論が一時流行った。もともと「テクストゥス(Textus)」というラテン語は異要素を経(たて)糸、緯(よこ)糸として織り合わせたものを指したが、結局は引用三昧な文学なる言語構成体に他ならない。テクスト、イコール織布という、考えるほどに面白そうなメタファーを、大方の評論はそういうメタファーとしてしか使わない。しかし、『緋文字』はじめ作中の至るところにタペストリーを作<中>作(mise en abime)として取り込んでみせる、それというのも自身の根本的な方法がタペストリーそっくりなものだから、というホーソーンのような相手に、これはただのメタファーで済むわけがない、というのが骨子である。

ただのメタファーに落とさない。ヨーロッパ・ルネサンスの宮廷の壁上を風靡した「もの」としてのタペストリーの織り方の技法・意匠を徹底的に浮かび上がらせる。半可通にわかった気分でメタファーに落とすのでなく、本当にゼロからタペストリーを考え詰めていって、これが“ut pictura poesis”[詩は絵のように] を言い、ルネサンスの「諸神混淆」そのままに雑多の世界、多彩な趣向をどんどん織り込むことのできる工芸世界であるということを納得させ、かくて言ってみれば同じ営みである「ロマンス」文学とこのタペストリーが全く「通底」するものであることをごく自然に得心させる。文章も絢爛。

 およそタペストリーの織り職人は、枠に張られた太い生成りの麻の縦糸(warp)に、ウールや絹の色糸や、金糸銀糸などの繊細な横糸(weft)を糸巻きで渡し、縦糸が表から見えなくなるまで櫛を用いて横糸をつめながら、横糸で美しく装飾的意匠を施して織り上げるという。細部にわたる絵画的技巧により、色糸のグラデーションが浅浮き彫り様の光と影の三次元的効果を生み出した点描の画法のごとき光をあらしめる壮麗な奢侈の品である。しかし織りが現出させるこれほど多量の光の存在にもかかわらず、タペストリーの各場面は黄昏の光に置かれ、血のたぎるような情熱を抑制した静謐の世界である。しかも織りの醸し出すどっしりとした触感が、単なる白い壁土の表面に描かれた平板なフレスコ壁画とは異なる落ち着きを伝えてくる。一つ一つのタブローと細部の図柄を追い、意味を考えながら歩を進め、一巡りして元の位置に戻り、全体を眺めては再び細部を確認する。ときには部屋の中央に立ち、終りを初めに、初めを終りに繋いで全体を見回す。過去・現在・未来にわたる異なる時間の出来事を一望のもとに収めたタペストリーの、物語の細部と全体の意味を巡って想像力が動き出す。外光を締め出し、抑えた人工照明で照らされた幽明の<タペストリーの間>は、訪れる人を瞑想に誘い込む囲われた小宇宙と化すのである。(p.47)

著者が現実に、過去のアメリカ史を回顧させるボストンのさる美術館で見た光景だそうで、これと同じものを『緋文字』中の悪役チリングワースの部屋に読み取らぬ方がおかしいというのが、そもそもの出発点となる。確かにおかしい、アメリカ文学界ってこれくらいのセンスもなかったの?と驚き呆れてしまうほど説得力ある議論だ。

ただのテクストではなく、図像を織り込むテクストである。織り込まれるのはおなじみ『緋文字』の「罪と罰」をめぐる様々に伝統的な図像――デューラーの『メランコリアI』他――だ。前に取り上げた伊藤博明氏E.ヴィントの教示した図像学の世界が文学的に展開される現場を目の当たりにする。岩崎宗治、藤井治彦といった碩学がシェイクスピアに見、蒲池美鶴氏がウェブスターやフォードに認めた「リテラリー・イコノロジー」の驚くべき達成を、「無教養」と思い込んできたアメリカ文学の人が成し遂げたことに、ぼくはショックと異様な感動を覚えた。許されぬ愛のうんだ子、パールの真珠という「真円」の図像分析がルドルフ二世らのハプスブルク帝国へと飛躍する、まるでF.イエイツの『シェイクスピア最後の夢』じみた壮大な話になると、流石に眉に唾つけたくなるが、面白い。

期待通りの『アメリカの理想都市』でもそうだが、誰しも考えてもみなかった驚異の着眼がほとんど覇気とまで化しているところに、マダム・イリコの魅力がある。織布論に没頭中の田中優子氏、これを読むべしっ。

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2008年01月25日

『後ろから読むエドガー・アラン・ポー-反動とカラクリの文学』野口啓子(彩流社)

後ろから読むエドガー・アラン・ポー →bookwebで購入

宇宙が巨大なマガザンであるかもしれない夢

アメリカ文学をその狭い守備範囲でやり続けている人たちにとっては大きな衝撃であったかと思われる鷲津浩子氏の『時の娘たち』は、女史自身言うように「『ユリイカ』を西洋知識史の流れのなかで読み直そうという試み」であった。ストレートにE.A.ポーの奇怪な宇宙論を論じたその「暗合/号する宇宙」は、このテーマで書くならジョン・アーウィン“American Hieroglyphics”(『アメリカ聖刻文字』)、ショーン・ローゼンハイム“The Cryptographic Imagination”(『暗号的想像力』)のニ著をベースにせざるを得まいと岡目八目的に感じるところにズバッときて、なかなかの使い手と思わせる。こういう大型の仕事の後でポー論を綴るのはしんどいだろうなと、アメリカ文学で食っていくはずの人たちに少しく同情した。鷲津氏は新知見が兎角はちきれそうという感じで、批評文体としては生(き)というか、も少し洗練と重複の整理が必要かと思うが、その点では<大>巽孝之の『E.A.ポウを読む』が1995年時点で我が国のポー研究スタイルの頂点を見ている。

その後のポー研究はどうなっているのだろう。大きな呪縛を引き受けての仕事にならざるを得ないはずだ。なかなか突破作がないところで注目株に見えるのが野口啓子氏の『ポーと雑誌文学』(山口ヨシ子との共編著)である。『後ろから読むエドガー・アラン・ポー』はその野口氏がポーの文業全体に改めて触れた新刊というので読んでみた。タイトルの「後ろから読む」が良い(「反動とカラクリの文学」というサブタイトルは艶消し)。ポーのキャリアの最後(“Eureka”『ユリイカ』)から全文業を逆照射しようという主旨である。

最初に『ユリイカ』を論じる。一種ビッグ・バンに似たコズモロジーを繰り広げるポーの『ユリイカ』についてわりと一般的な読み方を、まず紹介する。次に楽園(庭園)ものにおける万物合一への憧憬、長篇“The Narrative of Arthur Gordon Pym of Nantucket and Related Tales”(邦訳『ゴードン・ピムの物語』)における反転のテーマ、美女蘇生物語における精神と肉体の確執、推理小説における都市と群集へのアンビヴァレンス、そして眼、見ることへのポーの反エマソン的な形での強烈な関心という順番で、ポーの文業がほぼ全体的に取り上げられていく。そして、それぞれ浮かび上がったサブテーマが「後ろ」に控える『ユリイカ』中に全てまとめて入っていることを最後に見る。

ほら「後ろから」見ると面白いという章立てなのだが、先行作を最後作が総合してみせたという構造でもあり、別に「前から読む」ポーでちっとも構わないのがおかしい。たとえば推理小説とは断片的な情報を基に「過去の始源」に遡及するジャンルであるというのは良いとしても、ポーについては、拡散した宇宙が始源の「単一状態」に戻る夢を描いた『ユリイカ』から即ち「後ろから読」んでわかってくるというものでもないだろう。むしろ推理小説をつくりだす拡散から糾合へという構造が最後作に「前から」入っていったと、ごく自然に読んで不都合があるのか。

個々の作品論は陳腐だ。著者が作品に対峙して考えたことを書くのは当然かつ少しもおかしいことではないが、少し程度の良いポー入門者が喜ぶだけのことで、2008年の今、改めてことごとしく読むほどの内容ではない。野口氏がどうこうというのでなく、いかにも知的好奇心をかき立てるポーという相手について書かれ得ることはほぼ書き尽くされている感があるということだ。ポー注釈産業は盛況だ。

にも関わらずこの本を取り上げたのは、マガジニスト・ポーという、野口氏の個性的かつ貴重な視点の故である。それは全巻棹尾の「アメリカの叙事詩」という文章まで読んで、ほとんど初めて強烈にわかる。そうか、この本自体が「後ろから」読むとわかる作品だったか、と。

 ポーの『ユリイカ』は、単純化を恐れずにいえば、十九世紀前半に形成されつつあったナショナリスティックなアメリカ像への激しい反発であり、北部中心の進歩主義的世界観に対抗するもう一つの世界観の提示だったといえよう。それでは、ポーは全米で盛りあがりつつあったナショナリズムとは無縁だったのだろうか。
 ここで『ユリイカ』が彼の理想の雑誌の具現であるといえば、あまりにも唐突だろうか。(p.240)

唐突でないことを言うために、この本一冊書かれたのではないか。

彼にとって、雑誌は、アメリカの読者を啓蒙してアメリカ文学をイギリス文学なみに引きあげるためのメディアであると同時に、詩や小説やエッセイ、批評、書評、専門知識など、多様なジャンルを盛り込める文芸誌かつ情報誌であり、芸術性と娯楽性を兼ねそなえた文字媒体であった。そのような雑誌の多様性こそ、経済的にも領土的にも発展し、加速度的に多様化する十九世紀のアメリカ社会を映しだせる最良の媒体であった。科学や哲学、宗教、批評、文学の混合物である『ユリイカ』は、彼が理想とした雑誌のありようを、宇宙論という形で具現したものだったのではないだろうか。

これ、これですよ。この『ユリイカ』=マガジン論に立って「後ろから読」むと、ポーの“The Purloined Letter”(HardcoverPaperback/邦訳『盗まれた手紙』)論として少し論じられていたのはこのことだとわかる。比較的関係薄な作品の概観の類を削ってでも、上に引用した設問と野口氏らしい一定の解答(らしいもの)をもっと縷説すべきだったと思う。

雑誌を意味するフランス語“magasin”が倉庫・店舗をも意味したことを野口氏はご存知ない。だからポー同時代あたりから発達する百貨店を“grand magasin”というのであるが。それがわかったら、以前取り上げたローレンス・ウェシュラーの『ウィルソン氏の驚異の陳列室』を熟読することだ。鷲津氏もアレン・カーズワイルの“A Case of Curiosities”(邦訳『驚異の発明家(エンヂニア)の形見函』〈上〉〈下〉)を読まれているのに、何故ウェシュラーはお読みにならないのかと思ったが、雑誌というコラージュの編集工学がマニエリスム文学の混淆ジャンルの問題であることを、電脳時代のアメリカ文学者はウェシュラーを通してそろそろ考え始めなければならない。ないものねだりついでだが、『ユリイカ』を論じる若い世代が誰ひとり Eveline Pinto,“Edgar Poe Et L'Art D'Inventer”を読んでいないのは怠慢の一語に尽き、さらに言うと、「引力」物理学の心理的側面を追求し切ったHélène Tuzet, "Le cosmos et L'imagination"を使えないのは「大」のつく失態である。ポーの母国と称しても良いフランスである。ポー読みがフランス語くらい読めて当たり前ではないか。

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2008年01月22日

『時の娘たち』鷲津浩子(南雲堂)

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ひと皮むけたら凄いことになるはずの蓄積

いろいろなところで書いた通り、ぼくの出発点はメルヴィルの『白鯨』(1851)で、その書かれた時代をF.O.マシーセンが「アメリカン・ルネサンス」と呼んだことで田舎者だったアメリカ人たちが急に文化的に元気になったというが、ぼくは、その馬鹿馬鹿しい呼称以上の真に「ルネサンス」として高く評価すべきだという確信に至った。簡単に言えば、人間が神よりも<私>へ関心を移さざるを得ない状況に後ろ暗さを引きずりながらも次々に知的な大発明をうんだ(御本家の)ルネサンスが「新世界」でそっくりリピートされる状況を、マシーセンは言祝いでいたと感じたし、もしそうであるなら、そういう栄光のルネサンスが後半に抱えることになった後ろ暗い自意識過剰の文化が、少なくとも20世紀いっぱいかけてオルタナティブなルネサンスという意味でマニエリスムと呼び換えられ、独墺を中心にその問題が緻密に煮詰められている今、アメリカン・ルネサンスならぬアメリカン・マニエリスムと呼んでアメリカ文学史を書き換えればいいのに、と思い続けてきた。16世紀マニエリスムを引き継いだのが18世紀初めのロマン派、それらをまとめて引き継いだのが20世紀初めのハイ・モダニズム、それらを継いだのが1950~60年代、という今では常識と化した線に、メルヴィルやポーのみか、ピンチョンやミルハウザーもぴたりとはまってしまうのではないか、と。

要するに今でいう領域横断の精神史(Geistesgeschicte)の話になる。やれそうなのは長上世代に八木敏雄氏一人、同年輩か下には巽孝之「青年」ただ一人。ぼくは「英」文学の人間、何も特にうるさそうな英と米の守備範囲を越えてまでちょっかい出すこともないと思い、『白鯨』エッセーを「卒論」に仕上げて以来ほぼ四十年間、わずかな例外を除いてアメリカ文学研究をテーマに文を綴ったことがない。例外は唯一「ペテン」の話題で、由良君美退官記念論文集にフィニアス・バーナムのことを、また『テクスト世紀末』にウィルソン・ピールのことを、そしてピールの騙し絵アートの延長線上のヘンリージェイムズ論を『目の中の劇場』に書いたのみ。それ以外はアメリカ専門の知人たちに委ねた。朝日週刊百科「世界の文学」を編集した際、アメリカン・ルネサンスの一冊を八木氏に依頼したところ、巻頭エッセーに、ついに日本初のアメリカン・マニエリスム文学論が載った!巽氏にはウィルソン・ピールを中心にぜひ、と言い続けてきている。

鷲津浩子氏は高山君の言っているようなことを大体やっている人、という噂を聞き、大変楽しみにしていたところ、どんと出てきたのが『時の娘たち』であった。科学史・技術史も含めた「知識史」という大構想をもってアメリカン・ルネサンスを捉え直そうという覇気をひたすら慶賀慶賀で爽快に読んだ。そこで前回に引き続き鷲津浩子著だ。

ロマン派時代に歴史の長い「存在の大いなる連鎖」的有機体宇宙観に限界が来て、時計に喩されるような機械論的な発想が前に出てくるという問題を、「科学革命」やジョン・ロックの帰納法の発明にまで遡って論じる。たとえばメルヴィルの『ピエール』に出てくる神の時と人間の時間のずれを仮託されたクロノメータという計時機械について、本当はそれが神の時を表すような機械でなかった技術史の現実を知れとする目からウロコの議論も。

 このような論理の背景を知るためには、もうすでに何度も言及している知識史の概観が有効だろう。すなわち、アリストテレス・スコラ学派の「旧学問」の質的演繹法が、知識革命を経てベーコンを旗手とする「新学問」の数量的帰納法へと移行したものの、「帰納法の問題」が起こった結果、何が典型で何が例外であるかを判断する暫定的法則に対する必要性が浮かび上がったということである。ここには、もはやベーコンが暗黙の了解とした宇宙の予定調和はない。あるのは、百科全書的な目録集大成、組織的体系を約束しているように見えたリンネ式植物分類法やキュビエの比較解剖学、失われてしまった予定調和を求めたドイツ自然哲学やアメリカ超絶主義である。(p.131)

いまさらとも思うが、とにかく不当に遅れているアメリカ精神史的文学論がやっと開くかという感慨がある。展望は大きいし完全に正しいのだが、兎角文体が硬い。同じ展望を開きながら中高生でも愉しめるマージョリー・ニコルソンの技を勉強すれば良い。というか、この本が出た時の鷲津氏に二番目に近いニコルソンの著書に一言も触れていないのは、やはりおかしい。一番近いはずのバーバラ・スタフォードへの言及もない。『時の娘たち』が刊行された2005年時点にはスタフォード主著は全部出ていたはずなのだから、これははっきり無知である。科学と「からくり」が交錯する現場をホーソンやポーに見るところに魅力ある『時の娘たち』がスタフォード“Artful Science”(邦訳『アートフル・サイエンス』)でかなり広大なパースペクティブへと引き出されることは確かだし、“Voyage into Substance”を読めば『時の娘たち』のキーワードたる「ネイチャー」の意味づけが相当変わらざるを得ないと思う。気球の文化史がないから自分のポー気球幻想譚の分析はユニークと仰有っているが、そんなものはスタフォードがさんざんやっているし、民衆的想像力の中でのロマン派時代の気球ともなれば、リチャード・オールティック『ロンドンの見世物』で既に一定の結論が出ている。やはり「筑波系」は批評に強く、文化史にまだまだ弱い(あとがきの気取りもやめた方がよろしい。つまらんです)。

新知見を誇る参考文献は実際なかなかのもの。村上陽一郎と山本義隆以外はずらり最新鋭の洋書というリストは圧倒的。と言いたいが、ロレイン・ダストン他の“Wonders and the Order of Nature 1150-1750”(1998;Hardcover2001;Paperback)を読むほどの人が、同主題をずっとアメリカ19世紀に近いところで大展観したスタフォードを知らないのか。まさしく鷲津氏のような人のために翻訳紹介を続けてきたのに空しい(本をご存知であれば、当然、英語でお読みになったはずではあるが)。うーん、頑張ってよ。

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2008年01月18日

『知の版図-知識の枠組みと英米文学』鷲津浩子、宮本陽一郎[編] (悠書館)

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ルース・ベネディクトの『菊と刀』に心底恐怖した

なにしろ凄いタイトル。魅惑そのもののタイトルの一冊。荒木正純氏経由、同じく悠書館ということで続けて読んでみた。編者の一人、鷲津浩子氏は、アメリカ文学をやる人たちに一番欠けている認識論的知――エピステモロジー――のアメリカ知性史というべきものを今のところちゃんとやれそうな稀有の才として、ぼくなどがその異風作『時の娘たち』を愛読している相手なので、これは見落とすわけにいかない。想像通り、筑波大学系の人脈が核なので、批評理論のメッカを自称する読み手集団の実力の現状を見、場合によってはぼく自身の長年の筑波嫌いを改める機縁にもなるかと期待して読み始める。

この種の論集・論叢が増えた。いわゆる大学改革の中で研究業績が評価基準としてますます重要になり始めたこと、暇なくなかなか煮詰まらなくても短めの分量で「進行中の大仕事」のワンステップでございますという形で免罪符をいただけそうなこと、みんなで渡ればこわくないという集団依存の心理、いろいろある。

もちろん、成功作も多い。高知尾仁編の『表象としての旅』のように、当該テーマの多面性を遺漏なく多面として捉え、編者差配の最強メンバーに寄稿依頼して、個人単著にはあり得ぬパースペクティブを獲得したものもあるし、同じことをなお壮大なスケールで続ける慶應義塾大学出版局「身体医文化論」シリーズ(〈1〉〈2〉〈3〉〈4〉)などは驚異の充実ぶりだ。人文書院に編集者松井純氏がいた時の『文化解体の想像力』『カラヴァッジョ鑑』2点は批評アンソロジーの極致を極め、執筆寄稿に加われなかったことが恨みとさえ思えた大傑作だ。

要するに編者のイニシアティブの一点にかかる。テーマから大きく逸脱したものについてはいっそ落とすかという(難しい!?)決断まで含めて。あるいは原稿を依頼する時の編者もしくは編集者のパースペクティブの強固、そして各メンバーに対するその説明。平凡社がかつて『ヴァ-ルブルク学派』とか『エラノスへの招待』といった名論叢をうみだしたのは二宮隆洋氏のそうしたイニシアティブによるものだった。読者まかせという遊びの部分が極力少ないのである。遊びそのものは悪いとも言い切れないが、論叢の場合、それはイニシアティブを欠く拡散でしかない。逆に例えば特集雑誌をも歴たる論叢にしおおせる例としては、石原千秋・小森陽一郎両氏が動かした「漱石研究」(翰林書房)や、篠原進氏が見上げた覇気で身銭を切る「西鶴と浮世草子研究」(笠間書院)その他をあげる迄もない。

で、本書あとがきを見て、編集方針を知ろうとする。機器やネットといった道具、インフラが時代の知の内容そのものを変える、とある。かつて一人の著者単独の叢績にエンゲルハルト・ヴァイグルの『近代の小道具たち』という名名名作があって、月刊「現代思想」連載中からめったにないはまり方をし、青土社から単行本化されたその日に一冊購った記憶がある。避雷針といった「小道具」十ほどを通して、文化史の秀才、シヴェルブシュやロザリンド・ウィリアムズでも一冊費やしそうな内容を一章ずつに封じこめた偉大な作品だったが、それほどの評価は受けなかった。少し早過ぎた本である。

今ならばという期待を抱いて本書を頭から読み始めると、さすがに編者あとがきを記した鷲津氏の『白鯨』論は、19世紀半ばの「船舶の位置確定」の水準と、エイハブ船長の船がその水準からどんどん遠ざかっていくように見えるところに秘められた作者の反時代的意図を追う中に、航海機器の精度に仮託された知と無(反)知の問題が浮かび上がる。

茫漠として人跡未踏の世界における知は地理から当然歴史の問題に移る、そこのところは山口善成「旅する歴史家」論文がアメリカ中を旅しながら「記憶」なき地にそれを創出していった歴史家フランシス・パークマンの鴻業を紹介して、注で明示されているようにサイモン・シャーマの名作『風景と記憶』が穴として残した部分を補って貴重。「旅する知識」による領略といえば必ず想起される「オレゴン街道」。オレゴン街道といえば必ず出てくるパークマンのことを、シャーマは怪物的大著中、僅か3行しか書けていない。訳者としてこれって何だと思っていたところへの山口氏の善戦、サンキューである。

二作とも結論は今や何だか予定調和だが、<知の版図>に即した誠実な作として楽しめた。しかし、イーハブ・ハッサン氏の地図論は全然いただけない。講演されなかった講演原稿の訳という不利はあるにしろ、例えばヒリス・ミラーの“Topographies”(邦訳『批評の地勢図』)とか、地理や地勢をめぐる文化史のこのところの進歩ぶりを考えると、何とぼけた牧歌調かと思ったし、真打ち荒木正純氏の「ジョイス<レースの後で>の交通表象」は死にそうに細かいテキスト読みをじっと我慢してついていっても、それが<知>の大きな問題の何かに巧く接続していかず、“car”を馬車、自動車いずれととるかという翻訳者のつらい「知」の現場に同情するところで終わってしまう。これはきっとぼくの頭が少し悪いせいかもしれないが、章立ての順番を考えた方が良かった。

アメリカ通でもなくアメリカを越えた<知>の問題を考えるなら、第I部「旅する知識」より断然、第II部「制度としての枠組み」である。個人的には、アメリカ哲学協会と祖型たる英国ロイヤル・ソサエティの関係に見るパラドックス(「起源への過剰な配慮」)を論じる佐藤憲一「起源付きのアメリカ」は、御本家のことばかりやってその系について完全に無知だった自分自身の虚を突かれて有難かったが、白眉は編者、宮本陽一郎氏のタイトルからして嬉しい「大学と諜報」の全35ページ。ひいっ、と息詰めて読んだ。

巽、越川、宮本という俗っぽい括り方の「アメ文三羽ガラス」のイメージ。父君陽吉氏にはアップダイクやセルビーの読み方を教わったが、軽妙な喋りに洒落たズボン吊り姿が印象的。というようなことがいろいろあり呑気な秀才一族と思っていた自分の軽率を、思いきり恥じた。「私の祖父である画家宮本三郎は戦時中に『山下・パーシヴァル両司令官会見図』を始めとするいわゆる戦争記録画を制作し、戦時中の名声と戦後から見た汚点を残している」という一文を初速の動因としている論文、一体どういう風に転んでいくのか、息を詰めてページを繰る他ない。この「従軍画家の遺族」の一人たる宮本陽一郎氏は「アメリカ軍による戦争記録画の接収が異様に早い段階で始まっていること」を訝しみ、調べ始める。そして現下のイラク戦争下、ブッシュ大統領がイラクの「民主化」がいかに可能かを説くのに太平洋戦争後の日本の民主化の成功を例に引いたという事件を糸口として、本論の実にスリリング、かつ今日本において「知」に関わる全ての人間が頭に入れておくべき秘められた学問史の一局面が、少しずつあぶりだされていく。第二次世界大戦中の二つの米国政府情報機関、OSS(Office of Strategic Services、戦略情報局)とOWI(Office of War Information、戦時情報局)がアメリカの学問界の最優秀部分をいかに壮大な規模で糾合し、重要部門として利用し尽くしたかという報告。

山本五十六はじめ海軍を中心とするアメリカ留学組は米国の軍事力を知っていたがため開戦に反対し続けたものの陸軍に押し切られた、という話は有名だが、日本人の習慣からメンタリティまで学者集団が日本映画その他の材料を文字通り人文・社会諸学の学際的アプローチによって分析し、これを前線でフルに活用していく様子を、もし日本の学者たちが知っていたら、日本の学界また開戦に反対しただろうと想像させる。日本人のメンタリティ研究として誰もが知るルース・ベネディクトの『菊と刀』も、まさしくこうした動きの中でできた成果だった。グレゴリー・ベイトソン、エルヴィン・シュレーディンガー、ジークフリート・クラカウアー、フランツ・ノイマン・・・と錚々たる協力学者の名が出てくる毎に、エラノス会議やヴァールブルク研究所といった20世紀の知的コロニー史がそっくり反転したネガと見えてくるように思うのは、ぼくだけだろうか。アインシュタインが原爆で日本をねじり伏せる結果になったように、「日独伊のみならず地球上のあらゆる地域に関して、情報をデータベース化して、必要があればいつでも軍事外交において利用可能な状態を作るというメガロマニア」もまた日本をねじり伏せた。それのみか天皇制存続をうち出し、「教育制度にまで遡って日本を逆洗脳し戦前を消去するという発想」までうんだ。いま現在の我々日本人の腑抜けぶりは、これら「ニューディーラーであると同時に冷戦戦士」たちの引いた青写真なのだ、と宮本氏は言う。

およそ65年前にすでにアメリカ合衆国の学者たちによって織り紡がれていた。オイディプスのように、あるいはピンチョンのエディパのように、私たちは決して知ることのできない起源――私たちの知識の枠組みそのものの起源――を探究していくという宿命を免れない。(p.212)

これが編者あとがきであったら、どんなに怖い一冊であったかと思う。現下叫ばれている産学官協同路線にしろ、あるいは「学際」にしろ、出自がいかに生臭いものであるか、ほとんど初めて知らされて思いきり考え込んだ。人文学が役に立ったんだ!そしてそれはとても剣呑なことだったんだ!

「役に立たない」人文でいいんだ、とさえ思う。第III部「エピステーメとしての<アメリカ>」のアメリカ音楽、女性差別告発、日系三世詩人の詩と知をめぐる三篇がいかにも平和な時代の人文学に見えてくる。一篇一篇は新発見あり、誠実な正義感ありの力作なのだが、今に関わる日米の「知の版図」として宮本論文が指し示したものの後では牧歌的。前に紹介した圓月勝博氏もいかにも秀才らしいキャラクター論を寄せているが、この本の中では浮いてしまう。「知」とは何か、きつく問う一冊とはなった。

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2008年01月15日

『芥川龍之介と腸詰め(ソーセージ)-「鼻」をめぐる明治・大正期のモノと性の文化誌』荒木正純(悠書館)

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鼻で笑えない新歴史学の芥川論

副題を見ると「鼻」白むしかない(何をしようとしているか即わかってしまうからだ)が、メインタイトルを近刊案内で見た時には、あの怪物的大著『ホモ・テキステュアリス』の荒木氏がついに本気で「日本回帰」の企てに!とワクワクしたのである。荒木正純氏はぼくよりひとつ上。ぼくより少しだけ上の英文学者はどうもろくでもない者ばかりで意に介すこともほとんどないが、唯一の例外が荒木氏である。ポスト構造主義と一括りされる批評全体のトータルに見てそうたいしたこともできなかった動きを代表する論客でありながら、その幼稚な自己満足に陥ることのなかった珍しい才物である。

大変素直な人で、「あとがき」でも「わたしが文学理論に強い関心を抱き・・・テキスト論的読みの実践活動に従事し、地道な個別作家の研究をしてこなかった」とし、表象論および新歴史学によって芥川の『鼻』を切ってみる、とさらりと言ってのける。「著者が新しい欧米の理論を使い、従来とはことなる切り口を本書で呈示できているとご判断頂ければ、それは著者のねがってもない喜びである」、と。随分とお気楽だが、しかし狙いは十分果たされた。

「従来の」『鼻』研究は、主人公禅智内供の鼻が「腸詰」のようだとする比喩に、それが比喩というどうでもよさそうな文飾(「仕方がない」モノ)であるが故に全く注意を向けてこなかったが、本書では、他にもいろいろたとえようもあろうのに、何故わざわざ明治末から大正にまるで馴染み薄だった西洋渡来の「腸詰」の比喩なのか、新歴史学のテキスト処理、細かいデータの提示によって明らかにする。

しかも、細密データの中核は近代デジタルライブラリー『読売新聞』明治・大正期データの徹底検索によって得たもので、「鼻」であたり、「腸詰」であたり、「肉食」であたってヒットした材料相互を徹底分析する、というやり方だ。批評にも来るべきものが来たと思わせる。

たとえばある日の新聞にあたると、高木敏雄の「世界童話」連載において鼻をめぐる童話が掲載された回の「同一紙面」に、「毎日の惣菜」というコラムがあり「トマトサラダ」のつくり方を教えているかと思えば、「淋病治療器」発明についての報道記事があるという具合で、旧来のアプローチでは絶対引っ掛からなかったような「仕方がない」材料が、完璧な同時代性の中で相互連関したものとして眼前に現れる。ウィキペディアなど含めネット検索による情報獲得については、学生たちのレポートの劣化・均質化といったネガティヴ面が危惧されているが、戦略的に使われると凄いもので、検索データがどんどん繋がり「批評」が構築されていく現場をかくまで魅力的に見せつけられると、確かに新しい局面を迎えているのだと痛感せざるを得ない。

どんどん繋がりがついていくところが荒木氏の新歴史派的修練の独自な所産でもあるし、「顋」という字には「思」が含まれ、「茹」は「茄」に似ているといった、たとえば名著『漱石論』の芳川泰久にも近い精密なエクスプリカシオンの勘の冴えでもあって、このレベルになると、ただもうふうんと感心してしまうよりない。あるいは芥川が依拠したかもしれないあるソースでは「禅珍」だった主人公の名が「禅智」に変わった理由。それはもう単なる言葉遊びでは終わらず、この作そのもののメッセージと重なっていく。

確かに「従来とはことなる」何かが始まって紙面に生動している。次に何がくるのだろうと息を詰めさせる批評なんて英文学界(いや今や国文学界か)では何年ぶりだろう。『鼻』の草稿原稿を検討する手堅い標準的な手続きから始まる。禅智内供の鼻は最初は「大柑子の皮」にたとえられていたのが「赤茄子」、「烏瓜」と変わり、そして「腸詰」にと「転換」されたらしい。ただたとえが変わったのでなく「鼻に付随した説明空間」が変化したのだ。つまり肉食という問題があぶりだされ、それが僧侶と結びつく。僧侶の妻帯という時代の大問題がそこには隠され、「廃仏毀釈」政策に則って僧たちを堕落させようと目論んでいた明治日本の国策があった。しかも僧たちのそうした「邪淫戒の破戒」を表象として芥川は自らの性の葛藤を描いている。

鼻が「陰茎」だ「性欲」だのの象徴である、という結論だけなら別に、である。明治末からの隆鼻整形手術言説、手淫言説、あるいは「花柳病」言説の中に置かれてみると、納得。「ハート美人」の名で国産コンドーム第一号誕生というコンテクストに芥川の初期作品群を置いて、荒木正純は旧套人文系各方面の鼻を明かしたと言える。

洋もの文献の徹底排除。それはそれですがすがしいが、P.バロルスキーの“Michelangelo's Nose”(邦訳『芸術神ミケランジェロ』)は一考に値しますよ。

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2008年01月11日

『ウーマンウォッチング』 デズモンド・モリス[著] 常盤新平[訳] (小学館)

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「文明の衝突」の真の戦場が少女たちの体であること

ただ楽しく読んでいれば良いというのなら、こんなに楽しい本はない。その昔、デズモンド・モリスに「人間の知性に対する侮蔑」と叱られたフィジオノミー(観相学)と18世紀後半というかなり専門的な議論をやった時、周辺の一寸面白い関連書という感じで、大きく見開いた瞳の中にヒト一人立っているあまりにズバリな表紙のモリス『マンウォッチング』を見つけ、一読はまってしまった。逆に、彼の名を歴史的にした超ベストセラー“The Naked Ape”(1967年初版/邦訳『裸のサル』)によって動物行動学を知ったわけだが、成り行き上、セミオティックスとかプロクセミックス、キネティックといった一種の「身振り」の記号論が流行している中、進化生物学の方からサポートしてくれるなかなか貴重な存在という印象を受けた。

ヒトやサルの外形・外観に表れたどんな要素をも「視覚メッセージ」「身体信号」と捉えるやり方は、面白い実例やエピソードの紹介においてはナンバーワンたるモリスの語り口もあり、圧倒的な説得力を勝ち得ていた。外形・外観の極みというべき「ウーマン」に、『マンウォッチング』『ボディウォッチング』と書き継いで来たモリスが一巻割かぬ方がおかしいと思っていたら、きた、きたっ。何でも『ボディウォッチング』の新版を書こうとして、女性に特化しようと思い立って出来たのだそうだ。そのせいか、話は人類全体(雄も含む)についての大きな話から、では女性はどうかという入り方になっていて、単純な女性論ではない。

兎角面白い。頭髪、額、耳、目、鼻・・・と続いて、背中、恥毛、性器、尻、脚、足で終わる、上から下へという章立ては、当然「問題的な」部位は後半で徐々に盛り上がるようになっていて、妙な話、いきなり書のメタファーとしての女性身体などといういかにも男の書評者のはしたない読み方に微苦笑し、頭掻く他ない。

なぜヒトには額があるのか、なぜ鼻はあるのか、なぜ鼻の穴は下向きなのか、なぜ首に頸飾りをつけるのか、なぜドラキュラは犠牲者の首に咬みつくのか、結婚指輪はなぜ左手の薬指なのか、そもそもその指はなぜ「薬」指と呼ばれるのか。こんな問いが百以上あって、たぶんそのほとんどの答にびっくりさせられると同時に感心させられる。ぼくなど知っていたのは、トランプ他のあのハートの形は実は心臓ではなく尻の形だったのだとか、スカート丈の上下は時々の景気に比例しているといった、ごくごく僅かなことだ。これだって飲み屋で座をもたせる「話の面白いおじさん」役を二度や三度務めるには十分である。こういう体をめぐる豆知識や「トリヴィアの泉」本としては申し分ない。

人間の体というものが我々の精神活動や日常生活にいかに深く入り込んでいるかは驚くばかりで、バーバラ・スタフォードの大冊『ボディ・クリティシズム』がでか過ぎる「近代」を「身体のメタフォリックス」の体系として読み解こうとしたのもその辺だ。目からウロコの本と言ってみて、これも身体のメタファーと知れる。抱腹絶倒の書。これだって、そう。

面白いエピソードや伝説は必ず解剖学や進化生物学に引き戻される。ヒトの女性とはまず「ほかの霊長類の多くの雌が持つ特性を失」った存在、そして赤ん坊の身体の特徴を維持することで男性を惹きつけるネオテニー(幼形成熟)の存在であるとし、同じ直立歩行を始めても男は狩人、女は男不在の部族をまとめる伝達者としての役割を担ったため、進化の過程で今見るような身体的差異が生じた、とこの基本的立場が揺るがないから、ただの面白話集として拡散せず、学術書としての「品格」も保っている。

このレヴェルでまず驚かされるのは、「強力な視覚信号」としての「泣く目」の分析。「人間は泣くが、他の霊長類は泣かない」ことくらいは知っていても、次など驚嘆。

・・・苦悩して流す涙と、目の表面が刺激されて出る涙を化学的に分析した結果、顔にこぼれ落ちるこのふたつの液体は、タンパク質の成分が異なることが明らかになったのだ。感情的に泣くのは、本来、ストレスによる余分な化学物質を体内から排出する手段であることを示唆するものであり、「思う存分泣けば気分がすっきりする」のも、これで説明がつく。気分の改善が生化学的な改善につながるのだ。
 泣き濡れた頬という視覚信号は、相手に、苦悩する人を抱きしめて慰めてやりたいという気持ちを起こさせるので、それをこの老廃物除去メカニズムの二次的活用と見ることもできる。またしてもわかりにくいのは、この理論と、チンパンジーなどの動物が泣かない事実をどう結びつけたらよいのか、である。チンパンジーも、野生の社会的争いでは激しいストレスを感じるからだ。(p.94)

「悲しいから涙が出るのか、涙が出るから悲しいのか」(ヘンリー・ジェイムズ)については考えたことがあるが、泣き濡れる目にこうまではっきりと二種類あるのを知って驚く。肝心なのは最後の部分で、どういう説であろうとずらり並べ、やはりおかしいものはおかしいとして、無理やり結論を出さないスタイルが貴重だ。超下世話な話ですまないが、たとえばぼくのように「女体の神秘」ということでは『男の遊艶地』だの『ビデオ・ボーイ』だので(ある時期)むちゃくちゃ鍛えられた(?)種族は、いわゆる「潮吹き」の成分が何か、ということをモリスがきちんと取り上げ、尿なのか愛液なのか、いくら研究してもなお断定できていない産婦人科の最先端(!?)の現状をそれとして記録してあるか、まず見たところ(笑)、ちゃんと書いてあり、正体良くわからぬ(p.323)と記してあった!「最近、ある男性は妻に尿をかけられたと信じこみ、離婚訴訟を起こした。女性の性器機能に関する無知とはそんなものだ」とあって爆笑した。インテリ中のインテリ、ジョン・ラスキンが勝手に崇拝した妻に恥毛が生えているのに衝撃を受けて離縁したのをエヴァレット・ミレイが同情して妻にした、という有名な実話も出てくる。

兎角面白い逸話はそれとして網羅し、真面目な対応はちゃんと真面目にし、良くわからない点は良くわからないとして開く。この大人のバランスが、同じ進化生物学を口実としながらも結局女性抑圧の猥書、却っていかがわしくなった擬似科学的医書――「アウラ・ヒステリカ」――のパラダイムと化した19世紀末セクソロジーの類とデズモンド・モリスの爽やかさを決定的に分かつ。そういう世紀末セクソロジーの一種と見られぬこともないフロイトの有名な口唇性欲論に対するモリスの対応が象徴的だ。

フロイトは口蓋癌にかかり、33回にわたる手術でその大部分を切除せねばならなかったので、彼と違って成人として口唇の喜びを享受できるというだけの理由で、そういう大人たちのことを、口唇に拘束され、乳房に固執し、幼児的であると考えた態度も許されるだろう。

氷解である!

ユーモアがあって(訳者はその点ばかり言う)、学問的にバランスがとれているというだけなら、この書評欄に取り上げはしない。各種エステ技術による女性の身体加工・変工にも、それらが最終的には女性個人の選択でなされる限りは、これも文化、これも長大な進化過程の一部と容認していて、それはそれでびっくりするが、回教圏の女児割礼に対しては「ぞっとする」と言って嫌悪をむき出しにし、その惨劇を知りながら手を打たぬ「国連など無能な組織の男性外交官や政治家たち」を激しく指弾し始める。モ、モリスさん、ど、ど、どうしたのっ?

毎年、200万人もの少女が泣き叫びながら押さえつけられ、麻酔もなしに、この残酷な手術に従わされている。切除する道具は、かみそりの刃、ナイフ、はさみといった粗雑なもので、非衛生的であり、たびたび死に至ることもあるが、その死はいつも揉み消される。割礼支持者は次の言葉で弁護する。「女性の割礼は神聖であり、それなしの人生は無意味である」。

「毎日3000人の少女が陰核」を切り取られている国があるという現実は、その直前に女性性器がいかに繊細な仕組みをしているか読んで感心した直後、もはや許せまい。他文化の妙な習俗はすべてそれと容認する冷静な科学者のこの突発する告発の激語には、やはり胸打たれるべきである。コーランに何も書かれていない以上、その「本当の理由は女性の性的快楽を減少させて、専制的な男性のパートナーに従属させやすくするため」と考える他ないだろう。

最後も「足フェチ王子の花嫁」シンデレラ物語をインスパイアした中国の纏足の告発で終わるが、「進化による生得権からかけ離れた、低い社会的地位に沈んだ女性たちの犠牲」は許さぬという気合が、変な動物行動学書をセクシュアル・ポリティクスの強烈書に変えた。

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2008年01月08日

『綺想の表象学-エンブレムへの招待』伊藤博明(ありな書房)

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視覚メディア論、どうして最後はいつもイエズス会?

一時、エルメスのエンブレムなどといって、随分フツーに「エンブレム」という言葉が使われた。実は16、17世紀ヨーロッパ文化が一挙に視覚文化の色合いを強めていった時の尖兵となった画期的な画文融合メディア、伊藤博明氏の言う「イメージとテクストの両者に訴えかけた中世・ルネサンスのある文学ジャンル」(p.158)であったものが、今日なんとまあ軽くエンブレムなんて呼ばれて、と嘆くこともない。たとえばEveryman's Libraryのワールド・クラシック叢書などによく付いている大きな船の錨にくねくねっとからみついた海豚も実は立派にエンブレムだ。立派にエンブレム、とは?

本書によると「錨にからみつく海豚というヒエログリフ」を自社の社標として最初に選んだのは1501年、ルネサンス・イタリアのアルドゥス・ピウス・マヌティヌスであるという。時代はダ・ヴィンチの死、そしてローマ却掠を間近に控えたマニエリスム前夜だ。この書肆と眤懇だった大エラスムスが、「錨は船を遅らせ、留め置くので<遅さ>を表す。海豚は、これよりも速く、敏捷に動く動物なので<速さ>を表す」と説明したそうだ。「もしこれらが巧みに結合されるならば、<常にゆっくり急げ>という格言が出来るだろう」。なるほど、なるほど。長年の謎、というか謎であることさえ知られなかった社標、商標のいわれが氷解。

「ヒエログリフ」はいまさら言うまでもないが古代エジプトの絵文字。ルネサンス期にホルス・アポッロ(ホラポッロ)『ヒエログリフィカ』が「発見」されて(1419)一挙、ルネサンスに時ならぬエジプトマニアとヒエログリフィックス熱が生じたことは周知のところ。「普通の文字で記されたものはいつか忘却される」(L.アルベルティ)のに対し、「絵」はその曖昧/多義な性格のまま持続力ありというので、古来というのでもなく新時代の日常に根ざす意味や新解釈が加えられ、コロンナ『ヒュプネロトマキア・ポリフィリ』のような画文一体の幻夢建築奇譚(1499)などがうまれた。故澁澤龍彦が偏愛を隠さなかった『ポリフィルスの夢』のことである。こうして日常化されたヒエログリフに、さらにインプレーサが加わって、これがエンブレムの材料になっていくのだ、と『綺想の表象学』は言うが、類書ではもうひとつ歯切れの悪いこの三者の関係についての説明が非常に明快で良い。

「インプレーサ(impresa)」というのは飽くまで一人の個人の鴻業、野心、性格がそれを見るとわかる図柄で、説明の文句(「モットー」と言う)が付く(“motto”“legend”“device”など皆、この辺の面白い意味を持つことを、辞書で改めて確認した)。これがその個人を含む一族といった集団によって繰り返し使われエンブレムと化していくのだとか、個人的意味を卒業してもっと普遍的な意味、万人向けの道徳的教訓を持つとエンブレムなのだとか、いろいろ細かい例外はあるにしろ、副題に「エンブレムへの招待」を謳う入門書にはぜひ必要な枠組の、類書に見ぬこの明快さは非常に貴重だ。

著者自身、今まで日本人に馴染みのないこのテーマの「入門書」を心掛けたと言っている。ヒエログリフ復権、インプレーサ流行、そしてエンブレムの各方面での発展、宗教そして聖俗の「愛のエンブレム」といったサブジャンル化を経て、イエズス会の視覚的布教戦略に説き及び、すると当然、日本への到来(司馬江漢)という章立てはゆるやかに時系列にも沿い、ポイントになる話柄も過不足なく取り上げられていて、まさしく入門書としては文句なし。

インプレーサにしろエンブレムにしろ、絵を言葉が解き、言葉を絵が文字通り絵解きしている画文融合の面白いジャンルである。何かの具合で文字がなくなれば、絵はエニグマ(謎)と化すという関係。もっとも説明の文字があっても、然るべき古典や聖書の知識がないとやはりこじつけめき、謎めいたままで、そこの解釈の面白みがエンブレム研究の、ひいては本書の一番の面白さであろう。

自分の尾を咬む蛇はウロボロスといって、ゆっくり、しかし確実に進む故に時間を表す、くるっと円環する時間、つまり季節の巡りを表すといった単純なものから、そういう単純な要素の累重によってめちゃくちゃ複雑になったケースまで、学説の隘路に入らず、次々そういう読みの具体例でページが埋まるので、解き明かされる感覚を楽しめるゲーム感覚のある読者なら、浩瀚500ページ、さしたる苦ではない。というより想像通り、エンブレムを作るのはルネサンス宮廷内で奇想とこじつけの頭を競う、ダンスなどと同じ「一種の遊戯」であったかもという指摘で、読者は研究などと構える気負いから救われる。

変わった世界のように見えるが、たとえばぼくが大学・大学院でシェイクスピアなど勉強していた1970年前後にはイコノロジーという大名目の下で文学、特に演劇をエンブレムの計算ずくの集合体と見る研究がむしろ主役じみて、岩崎宗治、藤井治彦といった秀才たちの研究が若者たちを驚かせたものだが、なんだかそれきり。エンブレム探しゲームに終わる本ばかりの中、ロイ・ストロングの『宮廷繚乱』のように、時代におけるエンブレムの装置を明快に書いた名著もあり(『ルネサンスの祝祭』として平凡社より邦訳)、そしてその一著で全てという例の「プラツェスコ」(プラーツ的)な書、マリオ・プラーツの『綺想主義研究』も日本語で読めるのだから、昨今マンガやアニメをやればヴィジュアル・カルチャー研究と思い込んでいるそれはそれで少々情けない風潮に抗して、言葉と物(つまり絵)の関係――「ウット・ピクトゥーラ・ポエーシス(詩は絵のごとく)」ともエクプラーシス(ecphrasis)とも呼ばれる画文融通の異ジャンル――を、ここいらから一度本気で鍛え直した方が良いのではなかろうか。

それにつけても、もの凄いシニョール・イトウである。プラーツ『綺想主義研究』も伊藤氏に訳させてしまった書肆ありな書房である。ありな書房にプラーツとイタリア異美術史学の路線を始めさせたのは、かく申すぼくであるが、ここまで「暴走」してくれるとは想像だにつかず、いよいよこれからが大事という本邦の視覚文化論鍛え上げ、叩き直しのための重要拠点であるという自覚を、この名版元には固めて欲しいと願う。

本書に扱われる縁遠そうな文献、ホラポッロの『ヒエログリフィカ』、ジョーヴィオ『戦いと愛のインプレーサについての対話』、パラダン『英雄的インプレーサ集』から、ついには伝説のチェーザレ・リーパ『イコノロジーア』まで、そのあらかたがありな書房から「邦訳が進行中」だそうで、プラーツ選書、ヴァールブルク著作集に次ぐ「英雄的」企画と讃えたい。記憶術テーマの鍵、G・カミッロの『劇場のイデア』も訳し、J・シアマンの(名作『マニエリスム』より実は凄い)『オンリー・コネクト・・・』まで訳そうというありな書房、そして伊藤博明の今年には、またまた目が離せないだろう。

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