• 愛読者諸兄諸姉。週2回(火・金)ということで2007年5月にスタートしたぼくの書評ですが、近々100回目を迎えるところで一応決着ということにさせていただきます。

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  • 高山宏の読んで生き、書いて死ぬ
    ―ぼくの中に貪婪の書評魔が帰ってきた―

    かつては一日に一冊読んだ。そして気に入ったものがあれば諸誌紙に週二、三冊は書評を載せてもらっていた。書評に名を借りた論文というスタイルで、よくものを書いた。読みについても魔と呼ばれ巧者と言われ、達人の名をたまわった。十年も前のことである。 長い長い中断が入った。

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  • 紀伊國屋創業80年記念・連続セミナー“9 days talk live”
    「学魔・高山宏、知の系譜と人文科学の未来を語る」
    2007/9/8(土) 13:00~15:40 新宿・紀伊國屋ホール
    盛況のうちに終了しました。 講演レポートはこちらから-->

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2007年12月28日

『クロモフォビア-色彩をめぐる思索と冒険』 デイヴィッド・バチェラー[著] 田中裕介[訳] (青土社)

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ロラン・バルトもバフチンもいろいろ

そうだなあ、詩人の平出隆さんとか写真家でキュレーターの港千尋さんあたり、色について書くとこうなるかな、というエッセー。お二人は偶然多摩美の同僚ということだが、「感性」ばかりか相当な「知識」もおありだ。この『クロモフォビア』はまさしくそういう本である。読み易いし、第一、小体(こてい)に見える本だから、肩に力を入れず気楽に読めばと勧めながら、「色彩が西洋文化の運命と一体」(p.27)とか、「色彩の物語には、たいてい何かしら黙示録的なものがひそむ」(p.72)といった基本的認識が決してぶれない壮大な文化論であることに、読後、改めて驚いている。

色を憎んだプラトニズムの長い伝統に、1660年代、ニュートン他の虹とスペクトルの光学が時代の<表象>革命に大いなる力を与えながら、「和音」好きのニュートンが複雑多彩の色世界を結局7色に整理してしまうことで、勢いを得た「他者」抑圧の伝統(つまり近代)が加わったが、1960年代、ウォーホルやイヴ・クライン、フランク・ステラらの全く別の色彩観によって完全に覆滅させられるのみか、あっさり二千色をうみだせる「色彩のデジタル化」によって、言語からの色彩の解放はなお進行中である、とする。

大枠から見れば、ワイリー・サイファーの『文学とテクノロジー』などに近く、ある意味「他者性の回復」をテーマにした予定調和本なのだが、考えてみると、色彩については従来、色<対>線ないし色彩<対>構図という二項対立の中でのみ思考され、色彩が「きわめて特異な他者」であったし今もあるという大きな枠組みでの議論は、この本が最初である。

日中の生活でも夜中の夢でも、私たちは色彩に刺し貫かれている。単に色彩に取り巻かれているのではない。私たちが色彩そのものなのだ。(p.100)

「色彩そのもの」であるはずの我々は、文字すなわち線と化して、色彩としての自らを落(堕)ちた部分、堕落した半分として切り捨て、その切り捨てられた部分は「他者」として「女性、東洋、化粧、幼児、野人、麻酔」といったものと重ねられてきた。というので、順次、女性として、東洋として、化粧として憧憬されつつ軽蔑されてきた色の世界が論じられていく。アンリ・ミショーのメスカリン、ハクスレーのペヨーテは猛烈に多色な幻視をもたらしたが、「麻酔」というのはそのことを指す。「色彩という麻薬」なのだし、エイズで死んだデレク・ジャーマンの見事な一文が引かれているが、「色彩はクイア」なのである。いま現在のポストモダンの批評風土に至る色彩の「黙示録」が、カラーが「隠す」を意味する「コロレム」という語に発し、ファルマコン(癒し)でもあったという古代から蜿蜒と語り起こされる。

小さい大著だが、兎角スタイルが良い。

 芸術についての本を書くことになると私は思っていたが、それは単にこれまで私の書いたものの大半が芸術についてのものであり、色彩についての本では芸術について言うべきことがたくさんあろうと思われたということにすぎない。そうはならなかった。書き進めるにつれて、芸術はどんどん遠ざかった。芸術理論と少なくとも同程度には、文学、哲学、科学に言及し、また絵画や彫刻以上に映画、建築、広告について言葉を費やした。これは充分に正当なことである。色彩は学際的なのだ。他で何かを「学際的」という言葉であしらうのには私は違和感を覚える。私は色彩の異様さを守りたい。その他者性には重みがあり、他者性の商品化には結びつかない。学際的なものが毒抜きされた反学問的なものであることも多い。色彩は反学問そのものである。(p.140)

結構だ。色彩論としても、(白というその名からしてぴったりな)シャルル・ブランという理論家の『デッサン技術の法則』(1867)を手掛かりにしただけでも貴重だし、ユイスマンスの退嬰小説『さかしま』にも、ル・コルビュジエの建築にも、「色」から見た全く意表つく別の文脈が与えられていく。ロラン・バルト、ミハイル・バフチンといった互いになかなかつながりそうにない現代批評の最重要人物たちの仕事が「色」をめぐって見事につながっていくのには目を瞠るばかりだ。バフチンの紹介者でもあったジュリア・クリスティヴァがキーになっているのは、彼女が「東洋」の「女性」であるからだ、とかとか、現代批評そのものが「色」というテーマで逆にぴたりと整理されていくのが絶妙。ヴィム・ヴェンダース『ベルリン・天使の詩』(1987)からなんと『オズの魔法使い』(1939)へ遡及する映像史中の色の議論もよくできている。

リチャード・クラインの『煙草は崇高である』以来の、成功した現代批評の実践本として珍重したい。前に取り上げたトム・ルッツの『働かない』にも通じる批評の達芸。

さらに「色」気が加わっているのは無論のこと。訳者は「高山宏」の仕事を「色」でまとめる面白い感覚の人らしく、訳文も洒脱。いかにもReaktion Booksの本らしい名作である。

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2007年12月25日

『南総里見八犬伝 名場面集』湯浅佳子(三弥井古典文庫)

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シンプル・イズ・ベストを「発犬」させる一冊

ただ目に付いた本をてんでんばらばらに取り上げるのなら何もぼくがやることもない当書評空間なので、マニエリスムや、かつて「専門」ということになっていた英文学畑、技術史、文化史と何冊かずつテーマで括ってきて、そして今は江戸関連の最新刊ということ。

世間公認になったから言うと、今まで某大学で英文学を約25年、「表象」論を5年弱教えてきたが、勤続30年で些か「勤続」疲労の気味で、ついに転出。「気分転換」を図らねば頭が腐りそうだ。新しい相手がぼくに望んだのは「新人文学」万般という何とも鵺(ヌエ)じみたものだったが、江戸と大正という一番相性の良い時代を手掛かりに日本の表象文化・視覚文化を教えたいがと言ったら、認められた。手間暇かけて巨細にわたって日本文化・日本文学をやってきた人たちから憫笑されそうな一大冒険、もしくは身の程知らずな「敢為」である。成算は、ある。

もともと文化・文政期の頽唐文化についてはマニアだが、ヨーロッパ18世紀に転じてマニエリスム/ピクチャレスクの実態を追い、アーリーモダン新歴史学と「アートフル・サイエンス」(B・M・スタフォード)の大体が身についていくうちに、自ずと宝暦・明和(1760~70年代)期以後の江戸にもほぼ同じ問題群が生じていることが掴めてきた。先回取り上げたタイモン・スクリーチ氏とのお付き合いも実に巧くプラスした次第である。そして『黒に染める-本朝ピクチャレスク事始め』(初版1989)を一種のマニフェストとして世に問い、そこを出発点に青い目のホクサイ、蒼い目のキョクテイ・・・といった思いっきりバタ臭い江戸文化論を一方で続けてきた。だから明くる2008年からぼくが東京発信の江戸文化論の人間となっても、皆さん驚かないように。

まるでその変わり目を祝うかのように、江戸東京博物館に開館15周年記念と銘打って「北斎-ヨーロッパを魅了した江戸の絵師-」展が来た(~2008年1月27日)。今、実は久方ぶりに少しまとまった時間と落ち着きを得て、北斎論を書き下しつつある。60才になってきっと飽き飽きしていると心配していたが、十年は大丈夫そうだ。

「専門家」たちとネチネチ渡り合う気はないが、一応ミニマル・エッセンスは急いで頭に入れておこうと思って、これはという文学と芸術のカノン作品をもう一度虚心に見直し、読み直し、あいている穴を埋める作業を始めた。

その矢先に『南総里見八犬伝 名場面集』に出くわしたのも、何やら宿世の因縁か。文化から天保年間、28年の日子を掛けて熱く綴られ続けた98巻106冊。昔、岩波『文学』の鉄中の錚々というべき面々の只中に一文草さねばならず全巻読破したもの凄い体験を、ここでもう一度やるのかと些か暗然たるものがあったので、何とも嬉しくなるような魅力的なタイトルに惹かれ、早速読んでみた。

細かい点に関わっている暇はない、兎角全貌を掴みたいという願いは百パーセント満たされた。「あらすじ」が入り、それが終わる時点から本文原文(さわり)、その現代語訳、そしてまた「あらすじ」、原文、現代語訳、「あらすじ」・・・。全巻、この単純極まる繰り返しだが、いわゆる語釈だの解説だの一切ないところが、上のような目的の馬琴読みには逆説的でも何でもなく、実に有難い。昔、受験時代に徒然草だの枕草子だのこんな感じで読めたなあと妙に懐かしいが、最近のIT家電から学参・一般書籍まで機能過多の時代に、このぎりぎりシンプルな「名場面集」の爽快なスピード感は心地よい。三弥井古典文庫の「名場面集」は今のところこの『南総里見八犬伝』だけらしいが、ぜひ点数増えると、よろしな。

早速巻之一第一回、つまり冒頭を見る。「時は戦乱の世である・・・」で切り出す「あらすじ」が巧い。そして続く本文。

見わたす方は目も迴(はる)に、入江に続く青海原、波しづかしにて白鷗眠る。比(ころ)は卯月の夏霞、挽遺(のこ)したる鋸山、彼(あれ)かとばかり指(ゆびさ)せば、こゝにも鑿(のみ)もて穿(うがち)なし、刀して削るがごとき、青壁峙(はたち)て見るめ危き、長汀曲浦の旅の路、心を砕くならひなるに、雨を含(ふくめ)る漁村の柳、夕を送る遠寺の鐘、いとゞ哀れを催すものから、かくてあるべき身にしあらねば、頻に津(わたり)をいそげども、舩一艘もなかりけり。

本当に名文だ。しかも日本の伝統的風景観に関わる注一片ないから虚心に読むと、蛇状曲線(長汀曲浦の旅の路)を核にした掛け値なしのピクチャレスク・ランドスケープなのだ。シンプルなるが故にこちらの持つ豊かさ(!?)がいくらでも引き出される。

まさしく名場面集。ここ抜けてどうすると思った個所皆無。場面選択にも、「あらすじ」と「本文」の接続にも、まったく文句なし。編者湯浅氏は大久保純一スクリーチ両氏とほぼ同世代。松田修、高田衛以降パワーダウンしたと噂される江戸学、いやなかなかのものですよ。

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2007年12月21日

『江戸の大普請-徳川都市計画の詩学』タイモン・スクリーチ[著] 森下正昭[訳] (講談社)

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タイモン・スクリーチにこんな芸があったのか

「その筋」のお偉方に「青い目の人間に江戸の何がわかる」などと言われながら、『江戸の身体(からだ)を開く』で新美術史学の新しい「黄金時代オランダ絵画」観とのアナロジーによる江戸「認識論」革命を論じ、博士論文の邦訳『大江戸視覚革命』ではB.スタフォードと対抗するように本朝における18世紀「アートフル・サイエンス」の様相を一挙に明るみに出してみせることで、タイモン・スクリーチは誰に何と言われようと江戸を標的にするナンバーワン・ジャパノロジストになった。そして一挙に「くだけた」ところでは、「高橋鐵以来」(中条省平氏評)という『春画』で講談社選書メチエにおける高売上の記録をうちたてもした。

もう東京に20回も来た、と今回の本で威張って(?)みせているが、20回くらい来たところで何、ということが外国人による江戸研究には、どうしようもなくある。もっと頻繁に来て長く滞在しろと、ぼくは友人として、企画プロモーターとして、(かつての)翻訳者として言い続けている。日本に少しいて材料を集めては、(〆切督促の電話のない)静かなロンドンで執筆する、というヤワなやり方では力不足だ。

スクリーチ氏を批判する者はそれこそ重箱の隅をつつくようにディテールの曖昧やテクストの誤読をあげつらうが、実際、彼にはびっくりするようなミスが多かった。検校タモツキイチというのがいて立派な業績をあげていると言うのだが、はて、としばらく読んでみると、保己一、即ち塙保己一のこと。第一、「検校」を文字通り、ものを調べる学校の意味にとって、勝手なことを言っている。呆然とするばかりのこの種のミスを「摘発」しながらの邦訳はそれなりに面白かった。上述した『江戸の身体(からだ)を開く』『大江戸視覚革命』の二大著および『定信お見通し』についてはこうした大中小のミスがほぼ(?)絶滅しているが、編集担当の加藤郁美さん(お名前をあげるのをご本人はきっといやがられると思うが)が土日返上で早稲田大学図書館と国立国会図書館に「お籠り」してスクリーチ氏が引く一次資料を片端から点検し、ぼくはそれを基に翻訳したというのが実情だ。

『定信お見通し』など、当時破竹の勢いの今橋理子氏の切っ先鋭い江戸表象文化論を意識しながら、資料のあまりといえばあまりにズサンな読みに呆れ、越権覚悟の斧鉞を加えるの余儀なきに至った。故種村季弘氏の朝日新聞掲載評に、日本美術史の世界がぼやぼやしているから外国人にいいとこどりされたとして、それにしてもこれはスクリーチ、タカヤマの共著という印象を受けると書かれ、流石っ!と感心しながら冷汗三斗であった。ぼくはこのなかなかスケールの大きいジャパノロジストを全くのスタートから一定高度に立ち上げるブースターエンジンの役を引き受け、大体上記の数冊を訳したところで任を完遂したと認識して、今後は別途翻訳者を自分で見つけてやっていくようにと提案した。

日本人がシェイクスピアについて何か言っているようなものだから、大中小、くさぐさのミスは仕方ない。本を出すたびにミスは減っているし、これからだ。そういうこと一切に目をつむっても良いと思わせる魅力がスクリーチ氏にはある。氏自身繰り返し認めているようにディテールの綿密さでは日本人研究者に敵わないが、アプローチの方法論に日本人にはない絶対の新味がある(E・H・ゴンブリッチに導かれ、スヴェトラーナ・アルパース、ノーマン・ブライソンに師事、マイケル・バクサンドールに兄事したばりばりの新美術史学派)。それに、日本人研究者がやらないようなことをやらない限り先がないという「斬新さ」の強迫観念が、いい。何をやる気なのだろうと、いつもタイプ原稿をめくりながらワクワクする。

他の翻訳者によるスクリーチ本を手にするのはこれで三度目だ。細かいミスがないようにと念じつつ読み出すと、これがどうして面白い。あっという間に爽快に読み切れた。

江戸城天守閣消失のあと再建しようとしなかった将軍家の戦略的な「図像学的抑制」は著者の長年の持論。この「不在の図像学」論をさっさと置き去りにするかのごとく、日本橋の「日本の臍(へそ)」としての意味、京都への対抗意識も手伝っての風水都市江戸論が、猛烈なスピードで展開される。東海道53次の53の数秘学、終点/始点の二つの「品川」があることの意味など、矢継ぎ早に結びつけて江戸の中心/周縁の記号論を構成してみせる。

が、白眉は最終章「吉原通いの図像学」である。絵と文学の吉原関係資料を組み合わせた上、吉原への「道行き」を、まるで一人の遊客の目線で、何がどう見え、どう聞こえてくるか克明に再現し、一夜ごとの「死の訓練」でもあるかのごとき非日常な「仙女界」での擬似宗教的体験が描き出される。最後は「行く猪牙(ちょき)ハ座像 帰る猪牙寝釈迦」とは笑う他ないが、この珍妙な道行きをなぞる文章の洒脱。この異人、ひと皮むけたね。

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2007年12月18日

『江戸絵画入門-驚くべき奇才たちの時代』~「別冊太陽」日本のこころ150号特別記念号 河野元昭[監修] (平凡社)

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夢の美術館から戻ってきた感じ

その世界のバイブルとなった『奇想の系譜 又兵衛‐国芳』の著者辻惟雄氏を中心とした日本美術史研究の新風・新人脈で、江戸260年の長大な展望を試みた。『奇想の系譜』は1970年刊(初出)。当時、マニエリスムだグロテスクだと騒いでいた一般識者にしてもほとんど知らなかった若冲や蕭白を教えられた衝撃は大きかったし、まして狩野山雪や岩佐又兵衛など存在すら知らなかった。本書は、不遇なる南画家祇園南海の言った「奇」の趣味(「趣は奇からしか生まれない」)、同じく芥川丹邱(たんきゅう)の「狂」の趣味が、辻氏名著以来もう40年経とうとしている今、江戸美術を見る目としてなお有効かを問う一大紙上展覧会である。意図や壮。

当然、若冲や蕭白に割かれる紙数は多いし、逆に一人一作の扱いも多くなるが、人選は過不足なく、一人一作で選ばれる作品も画工の特徴がよく出ているものなので感心した。紙面デザインもこの四半世紀のヴィジュアル本編集の精華というべき達者な出来栄えで、「別冊太陽」のノウハウが生きたお世辞抜きの永久保存版。まさしく『奇想の系譜 又兵衛‐国芳』の余波というべき1970年代初めの「みづゑ」800号記念の若冲蕭白大特集(1971年9月号)以来の保存版である。江戸が、やりたいっ!

過不足ないのは見事である。やればやるだけややこしい狩野各分派の動きがはじめてよくわかった気がするし、画期的だったRIMPA展で発見された光琳周辺の斬新も改めて衝撃的。さほど奇でも狂でもないはずのフツーの絵師の作までどこか奇矯と感じられてくるところが、実は本書の眼目なのである。

監修の河野元昭氏との対談で辻氏は「江戸時代の絵画のイメージ変革というのか、奇想派の方が逆に表に出てきてしまうのは、あまりにもやりすぎかもしれない(笑)」とおっしゃっているが、どうやら今が正念場、江戸美術はもう少し「奇」に引っ張っていってもらわねばならない。個人的には伝俵屋宗雪の菊花図簾屏風のイリュージョニズムに魅了された。

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2007年12月14日

『広重と浮世絵風景画』大久保純一(東京大学出版会)

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そっくりピクチャレスクと呼べば良い

今年2007年夏、芸大美術館で広重の《名所江戸百景》展を見た。しばらく洋ものアートの展覧会ばかりだったのでえらく新鮮に感じたが、同時に久方ぶりに、18世紀末から19世紀劈頭にかけて洋の東西がThe Picturesqueの動向においてやはりもの凄くパラレルの関係にあるのだ、という思いを新たにした。このヒロシゲの切れの良いモデルニテって何?

直後、第19回国華賞を受賞した広重論の噂を聞けば、そりゃ黙ってはいられない。著者は1959年生まれ。十歳くらい下の世代の頭の中が今どうなっているか知りたくてたまらないので、早速読んでみた。東大大学院の博士論文というからどうしようかと思ったが、前例に安西信一氏の英国庭園文化論あり、なかなかのものだったので、今回もう一度トライ。

『名所江戸百景』という揃いものを中心に歌川広重の風景画について、よく広重ファンの言う「抒情性」ではなく「空間造形力」「空間構築力」の方から評価したいとする意欲作で、現にそういう分析をするところは、それを北斎についてやり抜いた中村英樹『北斎万華鏡』の広重版とも感じられる爽快な切れ味を堪能できた。浅野秀剛、岸文和、岡泰正、内山淳一、ヘンリー・スミス、ジャック・ヒリアー・・・と、参照される研究者が皆、ぼくなどでも良く知る世界標準の日本美術史家ばかりだし、日本人ジャパノロジストとしては今たぶんナンバーワンの稲賀繁美氏の仕事をも巧く利用しながら、「浮絵研究の多視点化は、その担い手がもはや美術史家だけにとどまらなくなったことを物語ってもいる」と言えるような相手なので、大いに安心して読み始めた。

まずは「浮絵の精神史」。奥村政信などのいわゆる「浮絵」の流行を、それを通して異界を「覗き込む」ための枠、窓として捉え、室内風景専門だったのが歌川豊春によって外の風景に応用されていったという風に江戸パースペクティヴィズム [遠近法絵画] 小史が綴られ、大きな窓があるところに天井から大きな亀が吊り下げられている広重の奇作「深川万年橋」の分析になだれこむ。パースペクティヴと言えば、中央が此方に迫ってきて、左右両端がそれぞれ向こうに後退していく「二点透視法」に冴えを見せるのがひとり広重のみだそうで、表紙にその名作、「東都名所 吉原仲之町夜桜」という一幅をあしらっている。

ディテールの面白い広重のこと、大旅行家と思いきや基本的に粉本画家、つまりネタ本があるというのが、次の話題。面白い。淵上旭江の『山水奇観』、斎藤月岑らの『江戸名所図会』など、夥しい名所図会、風景絵本を駆使して、「自らは訪れたこともないであろう」場所について却って斬新無類の風景画を量産した(作品数千点は凄い)。他人の材料を相手に、自らのオリジナリティといえばひたすらに視座、視点である。「広重はかなり早い時期から、名所図会の挿絵をもとにしつつ、透視図法や空気遠近法、あるいは視点の移動などによって、俯瞰による図会の挿絵の説明性を払拭し、画中の景観のリアリティーを高めるという絵づくりをおこなっている」とする。「視点を低く取り、極端に拡大した近景の物体越しに遠景を見せる」、成瀬不二雄氏のいわゆる「近像型構図」の妙に、広重のオリジナルな才幹があるという。

批評の用語は違っても広重論として、少し気が利いた人間ならこの辺までは言える。さらに先があるので、この本は面白い。斜線というか対角線の構図があって、これがつまらぬ均衡を破って運動感をもたらし、かつ余白の美学をももたらすのだとする明快な分析が第二弾に控えており、何か「洋風」だなと思えば実はこれが広重や国芳に対する四条派の影響だというので、一驚を喫する。発見した大久保氏自身、驚いているあたりが嬉しい本だ。「従来、江漢や田善の銅版画から、北斎・広重らの浮世絵風景画へと単線的に発展すると語られてきた江戸後期の風景画史に対して、筆者は四条派の影響も加えた複線的な視点が重要であると考えている」として、本書が「多少は新たな視点を付け加えること」ができたのではないかとするが、ぼくなど仰天したのであるから、所期の目的は果たされている。

ところで、そういう全体のまとめに当たることを著者は次のように書いていて、ぼくは少し思うところがあったので、引いてみる。

 これまで述べてきたような考察が正しければ、四条派の作画手法は、相当に広範、かつ深く、天保期以後の江戸の浮世絵に影響を及ぼしていたことになる。ことにその大胆な構図法が、広重や国芳らの描く風景画、あるいは風景画的背景を有する物語絵の構図の上に、積極的に利用されていたことは驚きでさえある。これまで江戸末期の浮世絵の風景画の展開は、概して秋田蘭画から江漢・田善の銅板画、そして北斎一門の洋風版画といった、洋風表現の流れの中で位置づけられてきた観があるが、対角線構図や近像型構図といった構図法には、むしろ四条派の影響を想定するほうが合理的なものも少なくなかったのである。そもそも時流に敏感な浮世絵師たちが、同じ時代に上方で隆盛をきわめていた四条派の画風に無関心でいたはずはないのだから。今後は従来からの洋風表現の消化吸収という文脈に加えて、新たに四条派絵本の影響という視点を加えれば、江戸末期の風景画の成立を考察する上でより大きな成果が得られるように思われる。(p.239)

実に圧倒的なマニフェストである。ぼくは四条円山派については、英国人ジャパノロジスト、タイモン・スクリーチ氏の『定信お見通し』の邦訳を手伝った限りでのことくらいしか知らないが、今まで四条派、円山派に大久保氏が指摘されるような低い評価しか与えられてきていないのだとすれば、ひょっとしてこれは一寸した革命書なのかもしれない、と思う。

ところで、大久保氏のテーマの半分、「枠の意識」をぼくが敢えてパースペクティヴィズムと「洋風表現」してみたことで想像していただけるかと思うが、ここで「浮絵の精神史」と呼ばれているものはずばり、マニエリスムの中心的論点なのである。「小さな窓」から「覗き込む」こと即ちマニエリストたちの「原身振り」(G・R・ホッケ)であったことを、よもや1980年代(マニエリスム論再燃の十年)に猛勉強されていたはずの大久保氏がご存知ないとは信じられないが、本書の言うことが本当なら、ばりばりのマニエリストたる広重や芳年をどうしてマニエリストとただの一度も呼ばないのだろう。もっと面白くなるのに。

この本の残る半分、風景を「大胆なトリミング」と「遠景との極端な対比」をもって見ていく美学、「枠」で世界を切り取る技術と快感に溺れた文化は、北斎や広重とまさしく同時代のヨーロッパにも生まれ、「ピクチャレスク」と呼ばれ、世上を席捲していた。均衡を破り、運動を好み、余白と戯れる。まるで18世紀ピクチャレスクそのものの定義ではないか。円山応挙が目指した「新意」即ちマニエリストたちの“diségno interno”ではないか。綺想・奇知で受け手を驚かせようと、かつて16世紀マニエリスム、そして18世紀ピクチャレスクは同じことを主張した。世界そのものより、それを見る「視座」「視点」に狂うパースペクティヴィズムにおいても、ひたすらにアイディアの斬新と受容者の驚愕を企てることにおいても、マニエリスム/ピクチャレスクはまるで双生児のようで、現に18世紀末には間然なく合体していた。

大久保氏が学恩を受けたとおっしゃっている辻惟雄氏が若冲や又兵衛を曖昧に「奇想」の画家と呼んだ同じ1970年代初め、故種村季弘氏は若冲についてはっきり江戸のマニエリストと呼んだ。江戸のあり得べきグローバルな評価の中で、マニエリスムは間違いなく大きな手掛かりになるだろう。そのことに気付いてぼく自身、『黒に染める』を「本朝ピクチャレスク事始め」なる副題の下に世に送り、服部幸雄氏や田中優子氏などとそのことで対談を重ねてきた。タイモン・スクリーチ氏を半ば使嗾(しそう)して、旧態依然の江戸学をニュー・アート・ヒストリーの風にさらしもした。四年か五年、そうやって集中的に新しい江戸学の可能性をスケッチしてみたのだが、そちらの世界のフロント・ランナーがこれではね。ヘンリー・スミス・ジュニアまでは読めているのだから、もう一歩出てくれないかな。もったいないよ。

「従来の洋風表現の消化吸収」という方向からではなく、と言うが、その「洋」の部分についての知見が今、飛躍的に拡大しつつあるのだからと、これだけの相手だから、ついつい言いたくなる。そうではなくて四条派なんだと言われるかもしれないが、たとえば円山応挙の描く岩や滝がめちゃめちゃピクチャレスクだとしたら、議論はどうなっていくんだろうね。

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2007年12月11日

『時代の目撃者-資料としての視覚イメージを利用した歴史研究』 ピーター・バーク[著] 諸川春樹[訳] (中央公論美術出版)

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「視覚イメージの歴史人類学」にようやっと糸口

なにかと話題多い映画監督のピーター・グリーナウェイだが、その最新作『レンブラントの夜警』でもって2008年、「文化史」をめぐる動きは賑々しく始まることだろう。名画『夜警』に加えられる「解釈」という営みそのものを、解釈行為の極みたる一探偵(=画家)による殺人事件推理というテーマに映し出した、なかなかにウィッティな作品である。

徹底して画家の「目」にこだわるところからして、歴史家サイモン・シャーマの記念碑的大冊“Rembrandt's Eyes”が決定的なソースらしいことはまず間違いない。2008年のぼく自身の仕事がこの大著の邦訳刊行(『レンブラントの目』)で開始されることもあり、そして『魔の王が見る』はじめ、グリーナウェイがなぜオランダ17世紀にばかりかかずらう「歴史映画」家たるより他ないのかをほとんど唯一、執拗に書いてきた身であってもみれば、どうしても歴史(学)と、歴史をヴィジュアルを介して考える作業との関係に思いを致さないわけにはいかず、随分以前からヴィジュアルを「史料」として大いに取り込む新しい歴史学の展望と問題点を一度総ざらえしてみたいと考えていた。ちょっと参考的に絵をカットして挿入というおそるおそるの感じではなく、全巻の三分の一、いや半分が図版で埋まる研究書を「ヒストリー」の名の下に連発する歴史家が、サイモン・シャーマやバーバラ・スタフォードのように、この20年くらいはっきりその数を増やしている。考えてみれば、この「ヒストリー・アンド・アートヒストリー」(コロンビア大学でシャーマが所属している学科名だ)の大先達二人をプロモートしているのがぼくというわけで、ぼく個人の知的関心のありかをぜひ教えてもらいたいという個人的な思いもあって、取るものも取り敢えず跳びついた次第である。

ピーター・バーク自身、そうした新しい歴史学の動向に沿った一人であるのだが、大変平衡感覚のある書き手だから、ヴィジュアルを抱えて突っ走るシャーマやスタフォードの大著群とは違って穏やかな教科書である。古文書類が史学確立のための「証拠」として使われてきたのと同じような意味で史料が「証拠」になり得るか、というテーマに本一巻割かれたのは本書が最初でもあり、ホットな挑発書(かつてのジョン・バージャーの“Ways of Seeing”;初版1972/邦題『イメージ』のような)というより、大人な教科書であるのが有難い。史料としてのヴィジュアルの魅力を言い、そしてその「落とし穴」をも冷静に分析し、その上で平衡のとれた「第三の道」を勧め、最後に芸術社会学がゆっくりとこうした「視覚イメージの文化史」、もしくは「視覚イメージの歴史人類学」に移行していくためにエキスパートが忘れてはならない心構えを箇条書きにしてくれるところで終わるなど、いいのかと思ってしまうほどクールである。

・・・私は読者が視覚イメージを、あたかも決った答えがひとつしかないパスルのように解読するための「ハウ・ツー論」だと期待して本書を手にしたのではないことを願っている。本書があきらかにしようとしたのはそれとは逆に、視覚イメージがしばしば曖昧で多義的だということだ。したがって私たちのアプローチにはあいかわらず誤読の落とし穴が待ち受けているのであり、視覚イメージを読まない方法を一般論化することの方がはるかにたやすいと考えられてきたのも道理である。一方、多様性も何度も繰り返されてきたテーマである。それは視覚イメージ自体の多様性のこともあれば、それらの証拠が科学史、ジェンダー、戦争、政治思想など異なった関心を持つ歴史家たちによって使用されたその多様性のこともある。(p.252)

この一文に尽きている。そしてフローベールの言とも、アビ・ヴァールブルクの言ともされる「神は細部に宿る」という言葉が全巻の締めになっているように、実にさまざまなヴィジュアルの細部読みをバーク自身やってくれる。17世紀オランダの画家サーンレダムが加速遠近法で教会内部空間を描いた「表象」的画家であることはスヴェトラーナ・アルパースの“The Art of Describing”(『描写の芸術』)でよく知っていたが、新教の教会たるべきなのに仔細に見るとカトリックの服装の人物たちが描き込まれているというのは流石のアルパースも見逃していて、そうかこれこそ偶像崇拝、偶像破壊を交互に激しくやった時代なのね、と改めて感心した。こういう具体的な例でのバークの読みが本書第一の魅力で、今まで取り上げた中ではダニエル・アラスの本の魅力に通じる。

それはそれで素晴らしいが、やはりピーター・バークと言えば、余人には手に余る20世紀「文化史」のサーヴェイができる、例えば(バークと非常に近しい気配の『クリオの衣裳』他の名企画者)スティーヴン・バンのタイプの大展望にこそ最大の魅力がある。本書でもそれが大きな魅力で、ブルクハルト、ホイジンガ、ヴァールブルク、フランセス・イエイツ等々、まるで文化史学最高の案内書、E・H・ゴンブリッチのTributesもかくやという壮大な展望をうち開く中に、パノフスキー、ヴァールブルク派の図像学とヴィーン派「精神史」の関係、クラカウアーの映像社会学、アリエス他の「感性の歴史学」、フーコーの表象論、サンダー・ギルマンのメディカル・イラストレーション分析、ギーアツによるヴィジュアル学批判、そして歴史学と美術史学の間と言えば出ぬわけにいかないカルロ・ギンズブルクの「徴候」論、言語テクストがヴィジュアルを束縛する「イコノテクスト」を論じ始めたピーター・ワグナーの仕事・・・と、ヴィジュアルを史料として新しい人文学を工夫しようとしてきた一大系譜学がこの一冊でほぼ通覧できる。当然、歴史を物質文明の細部を通して見ると一番ぴったりくるいわゆる「風俗画」ジャンルで光彩を放つオランダ17世紀がひとつの中核で、アルパース、エディ・デ・ヨンク、そして想像通りサイモン・シャーマが主人公の一人となる。

歴史学とカルチュラル・スタディーズの交わるあたりの整理も適当な分量配分で、「下層から見た歴史」、「読書の歴史」、女性史、そして「他者」史と抜かりなく、しかし差別のステレオタイプをつくり出していく当のものとしてのヴィジュアルを史料に用いることのややこしさという眼目に全てつなげていくあたり、やはりこの著者ならではの見事なフットワークである。歴史学と精神分析批評、構造主義、ポスト構造主義三者との関わりなど、少ないページ数でよくこれだけと思える的を射た簡潔な整理で、何もかも二項対立にしてしまう傾向、いわゆる言語中心の徹底という動向の中でのヴィジュアル侮蔑をきちんと押さえ、そろそろ翻訳刊行されるはずのマーティン・ジェイの“Downcast Eyes”に向けた恰好の露払い役にもなっている。

白眉は220ページから続く7、8ページ。歴史映画の「歴史」とヴィジュアルの関係を説くのにクラカウアーの映像論やヘイデン・ホワイトの「ヒストリオフォティ」論を押さえ、黒澤明やロッセリーニの映画の、歴史映画としての大きな意味を問うていく。『マルタンゲールの帰還』の史家ナタリー・Z・デーヴィスが映画のアドヴァイザーとして雇われることで、彼女自身の史学の方法が一変していくというエピソードが大変建設的、創造的だ。映画はその独自の細部処理によって、(1970年代以降、歴史家たちの間に流通した)「マイクロヒストリーの形成にも貢献」したという指摘は大変考えさせるところが大きい。「羅生門効果」と呼ばれるそうだが、ひとつの事象を別々の個人やグループが別々の見方で見てしまうという曖昧さを映画以上に巧く剔抉(てっけつ)できる世界はない。「目立たぬほどのささやかな動きや、数多くのつかの間の行為からなる日常生活の全体像を明らかにできる場はスクリーン以外にはありえない」(クラカウアー)。となると、ポジティヴな史家ピーター・バークとしては当然「歴史の研究者たちがそうした映像の力を制御し、過去を認識するための映画を自分たちで制作すること」を提言することになる。「歴史家と監督が同じ言葉を使って協力すること」のメリットという現実的提案にはうならされてしまう。ぼくの周囲でこういう発想を一度として耳にしたことがない。

視覚の曖昧、不確定性をよく知った上で云々というクールな議論はダリオ・ガンボーニに通ずるし、視覚文化論と歴史学が交錯するあわいに新しいディシプリンがうまれてくるのを感じる快感は田中純の大冊にも似る。この快感を歴史学プロパーで追ったエグモント、メイスン(シャーマとギンズブルクの弟子たちだ)共著の『マンモスとネズミ-ミクロ歴史学と形態学』の併読もぜひに。

重くならないように啓蒙性が前に出た訳文はさっぱりして読み易い。この世界をメインにした革命的雑誌『リプリゼンテーションズ』を『ルプレザンタシオン』と訳してしまうあたり、少し底が割れたかな。

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2007年12月07日

『都市の詩学-場所の記憶と徴候』田中純(東京大学出版会)

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エイデティック(直観像素質者)のみに書ける本

人文科学はもはや過去のものという貧血病の負け歌、恨み節は何も今に始まったものではないが、大体済度しがたい語学オンチや無教養人とぼくが見ている連中に限ってそういうことを言っているので、本気で聞かない。なに、人文科学はこの四半世紀、かつて見ない自由度と結実の豊穣を見、しかも昔なら何の関係がと思われていたディシプリンの境界あたりで他の知の領域と生産的に混じり合って何とも形容しようのない快と愉悦をうみつつある、ということをぼくなど、浅学の者なりにしたたかに予感し続け、そして現に今、天才田中純による一大スケールの新人文学マニフェストを見て、この予感が的中していたことを改めて心強く実感している。

例えば記憶術が面白いらしいといろいろ「紹介」しても、ハナで嗤われた。ヴンダーカンマーをやらないでどうすると主張しても、渋・種小僧の暇つぶしと言われた。アール・ヌーヴォーとナンシー派心理学の連繋をエミール・ガレを通して語るデヴォラ・シルヴァーマンの大冊(“Art Nouveau in Fin-De-Siecle France : Politics, Psychology, and Style”/邦訳『アール・ヌーヴォー-フランス世紀末と「装飾芸術」の思想』)に興奮して「紹介」しても、何のこっちゃという扱いだった。今は歴史家サイモン・シャーマの「クロニクル」の再評価的方法による歴史学の「紹介」を終えて、なぜか彼我の差が全く感じられないバーバラ・スタフォードの、まだ訳し切れていない何冊かの邦訳に忙殺されている。

といった高山宏のこの20年ほどの過去と現在を軽くスッポリと射程におさめてしまう仕事が、いずれ出てきてくれないと困ると思ってはいたが、こんなにも早く登場してきてくれてはね、と頭掻いている。それが田中純氏の一連の著作著述であり、極めつけが今次の『都市の詩学』である。アカデミーに捉われない自由な博言博読を背景に個性的な文章使いで一種知的な抒情さえ醸す視覚文化論ということでは、海野弘の『装飾空間論-かたちの始源への旅』(美術出版社、1973)、そして多木浩二『眼の隠喩』に次ぐ驚くべき完成度のエポック・メイカーたる一着ではあるまいか。

だが<波打ち際の知>を標榜するからといって、いわゆる<学際的>分野にありがちな、門外漢のいい加減な思いつきをほしいままにした衒学的エッセイと受け取られてしまうとしたら、これほど無念なことはない。本書では、実証主義的な真理の限界をも問わざるをえないがゆえに、実証性を確保できる場面では、よりいっそう厳密な論理と精密な考証を心がけたつもりである

と著者言にあって意外な小心に苦笑いしたが、この一著通読して誰が「いい加減な思いつき」などと思うものか。視覚文化論という小洒落た枠を外せば、最も輝いていた時の山口昌男的パースペクティヴをしっかり持つ。山口の最大傑作『文化の詩学』(〈1〉〈2〉)の強力対抗馬。達人たちが行き着くところ「詩学」というのも偶然でなく、面白い。

例えばこんな文章をさらりと書けるか。

一九二〇年代から三〇年代にかけてのヨーロッパ、とりわけドイツにおいて、ヨハン・ヴォルフガング・ゲーテの形態学(モルフォロギー)は、美術史を含む数多くの学問に多大な影響を与えた。それはたとえば、アビ・ヴァールブルクの図像アトラス「ムネモシュネ」、ヴァルター・ベンヤミンの『パサージュ論』、アンドレ・ヨレスの『単純形態』、カール・グスタフ・ユングの「元型」概念、オスヴァルト・シュペングラーの『西洋の没落』、ルートヴィッヒ・クラーゲスの「表現理論」、ウラジーミル・プロップの『昔話の形態学』などである。一方において形態学は、シュペングラーの場合のように、擬似科学的な思弁に陥る危険を孕んでいた。しかし、他方において、クロード・レヴィ=ストロースに対するプロップの影響が示すように、形態学の方法は文化現象の科学的分析、とくに構造主義やカルロ・ギンズブルクの「ミクロ歴史学」の方法論を準備するものであった。(p.185)

ゲーテのモルフォロギーに淵源を持つことが少しずつ知られ、少々好事家風扱いながらロジェ・カイヨワやバルトルシャイティスなどの仕事を通してその片鱗が知られる程度の形態学よ再び、の輝かしいマニフェストでもある。『アビ・ヴァールブルク 記憶の迷宮』もそうであると言えるが、読者が限定されるモノグラフより、間口の広い今作『都市の詩学』の方が、田中純躍進のためには絶対好個のマニフェスト本だ。出来方は『都市表象分析〈1〉』と同じだが、同じ雑誌『10+1』連載記事のコンピレーション本といっても、この『都市の詩学』は、「都市」という「通時的な出来事の無数の連鎖を、巨大な規模で物理的に、共時的な空間構造として記録してゆくメディア」(p.164)が、その厄介な相手を読みほぐす方法の模索のど真ん中、そうした融通自在な方法のあり方自体の中に姿を現すという、まるで田中氏が間断なく参照するベンヤミンやアルド・ロッシそのものの都市表象分析の方法論を一貫して追跡していく。そのはっきりした目的意識が旧作とは違うし、暴力だ戦争だという暗めの話(?)をテーマにした『死者たちの都市へ』よりも、田中純への入り口としては断然良いのかもしれない。

アルド・ロッシの『都市の建築』『科学的自伝(アルド・ロッシ自伝)』の分析により、集合的記憶としての都市、特に境界域の創造的両義性のテーマ、ヴァールブルク研究で自家薬籠中のものとなった「パトスフォルメル(情念定型)」を対象に求めていく方法、「隠れたものを上手に発見する」セレンディピティ、即ちギンズブルクが「徴候的な知」と呼び「狩人の知」と称した方法でないと、そうした都市の「アハスウェルス」(「さまよえるユダヤ人」の名)としての変幻無限な相貌は捉えられまい、という本全体のテーマと方法の全部が示される。あとはこのロッシ論の展開である。

とは簡単に言うが、上に引用した文章に明らかなドイツ文化・社会学の系譜、特にベンヤミンへの並々ならぬ傾倒、『分裂病と人類』の中井久夫、ある時期、新しい学のバイブルとして人気のあった『胎児の世界』の三木成夫の世界への深い共感、網野善彦・中沢新一コンビの境界文化論への親和など骨太な背景を構えながら、江戸の連歌やら小村雪岱の「面影」絵やら、トマソン物件・路上観察学会やら、カエルの進化論・図像学やら、畠山直哉や森山大道の写真やら、次の章に何がとび出してくるやら、まるで一個のヴンダーカンマーさながらの面白さである。確かに一方で中沢新一本の与えてくれる学と芸の面白さが田中純のコンピレーション本にある。「痙攣的な美としての驚異」というわけだが、ヴンダーカンマーを江戸博物学とつなげる一章もあって、ローレンス・ウェシュラーの奇書を肴に、ぼくなど十年掛かりでやってきた世界をさっと、しかも過不足なく整理している。リンネの知られざる一面の話は、ぼくの虚を突いたし(ぜひ自分で読んで!)、「19世紀のパリが、すでにひとつのクンストカマー」という一行で、ぼくが長年つなげられなかったふたつが一遍につながった。

兎角、目次がこんなに楽しい経験は最近珍しい。視覚文化全体から、詩学を標榜する以上、言語化された都市(連歌から朔太郎まで)も話題に乗せる。視覚と言語の間を越える手続きはもちろん議論されるが、「都市は街路名によって言葉の宇宙となる」というベンヤミンの一言の引用で全てオーケーとなるところが、ベンヤミンの、そして田中純の神がかりだ。

個人的に一番感心したのは、参照されて登場する人やその所説が次々喚起され、交錯する最中にいろいろ巧みに混淆して、認知考古学だの、生命形態学だの、生態心理学だの、見慣れぬ新知・奇知のインターディシプリナリティが至極自然に現れ、いま現在、行き詰まっている学知の世界がこうして模範的に融解・融和されていく、いわば現場の刹那刹那を目撃できること。そのスピード感はさすがの山口昌男本にもなかったし、並べるならやはり中沢新一氏だが、田中氏にはこの好敵手にない「精緻な考証」もある。いま現在、境界を越えるべき時にさしかかっている人文学が、永遠に境界にあればこそ生彩ある「都市」に自らを鏡映することでその危機を知り、越えていけという熱いメッセージと読んだ。

もうひとつ個人的なことを。今後あり得べき(田中氏の言う)「神経系都市論」のことだが、ぼくが一時百パーセント感激没入したバーバラ・スタフォードの仕事、彼女と雁行するホルスト・ブレーデカンプの業績を、ヴァールブルクの「古代の残存」美術史学と結びつけてその意味を文脈の中でわからせてくれた「神経系イメージ学へ」という一文こそは、面白さのみに引きずられいわば力ずくで「紹介」してきたスタフォードの仕事を、「紹介」者自身にはじめてわからせてくれた電撃的な一文であった。スタフォードやそのドイツ圏の眷族が追求中の「あらたな陶酔の技法を知る神経病理学」の動向は、いま現在一番重要な学問語になりつつあるドイツ語に堪能な田中氏が熟知している。といって、フランス語だって、ディディ=ユベルマンひとりで大変な豊穣を誇っているが、それももはや田中氏のフィールドである。

いま指折りに面白い人と分野をこうして総なめにし(ふたを開けるとつまらぬものと知れる相手に、見たところ全く手を出していないところが凄い)、その本を「まだかたちをとらないそんな理論を予感させる思想の系譜が描いた歴史のアラベスク」と自評する言葉がまたニクい。コンテクストの中で生きる一行二行がアフォリズムとして立派に立つこの人の文章は麻薬的だ。さらに学のある平出隆や港千尋というこの感じは本当に凄い。ぼくは、嫉妬を感じる必要のない老年に達してしまったことを幸運に思う。ぼくの書物殿堂にこれも入れよう。ヴァールブルク論はきつい本だったが、『都市の詩学』は幾重にも楽しい。

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2007年12月04日

『秘密の動物誌』 ジョアン・フォンクベルタ、ペレ・フォルミゲーラ[著] 荒俣宏[監修] 管啓次郎[訳] (ちくま学芸文庫)

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ホモ・フォトグラフィクムが一番性悪だった

いわゆる奇書である。二人のスペイン人写真家が1980年、取材で赴いたスコットランドの小さな村でペーター・アーマイゼンハウフェンという動物学者が遺した古い木製の棚を発見する。「剥製標本、地図、デッサン、写真、記録カード、X線写真その他の雑多な品物」を収めたその棚は、要するにポストモダンに蘇った「ヴンダーカンマー」である。家の持ち主の縁者に邪魔もの扱いされたそのキャビネに大いなる霊感を得た二人はそっくり譲り受けるが、そこには現在まで知られている動物のいずれとも違う奇妙奇天烈な動物たちのキングダムが、写真と「フィールドでのデッサン」を通して、確かな「存在」を主張していた。それが「<実在するもの>は、存在しうるものの小さな一部分にすぎない」というバルセロナ国立自然史博物館館長ペレ・アルベルクの言葉がエピグラフ<題辞>になっていることの意味である。

ちょうど20の「新種」が紹介される。ソレノグリファ・ポリポディーダは、この文庫本邦訳版の表紙に選ばれた脚をたくさん持つ蛇で、「爬虫類と飛べない鳥類との混合形態」と、その“description”[動植物の新種登録時の記載事項。「描写」ではない] にあり、タクソノミカル [分類学的] には脊索動物門・脊椎動物亜門・爬虫類、和名はダソククサリヘビ。表紙に掲載された写真は「攻撃直前の体勢」というキャプションの付いた一枚。影までちゃんと写っていてリアルな反面、12本の脚を妙にきちんと揃えたえらく真っ直ぐな姿は妙に変でマガイっぽい。そういえば20世紀最大のフェイク写真だったネス湖のネッシーに似た感じがある。和名の方だって「ヘビ」のくせにわざわざ「ダソク」なんて、「蛇足」でシャレ言ってんのか。

という具合で、もとのスペイン語原書の20種に日本語版でさらに3種が加わった23種の動物は、そのなかなか説得力あるヴィジュアルな「証拠」を通して、真実とは何、存在する/存在しないとは何、専ら存在するものを相手に真を語ってきた科学とは何、そして科学的真理を真理一般のひな型として妄信してきた我々の存在と非在をめぐる感覚そのものを問う。狙いは難しいが、やり方としては誰にでも一番わかり易い、愉快この上ないメタフィクション。実は大きな文化史的問題をいっぱい抱えたジョークブックである。「蛇足」と卑下した表象論の傑作だ。

バルセロナ生まれの写真家コンビは11年かけてこの本を出した。1991年刊。あのグリーンブラットの、「驚異」のマニエリスム美学が周縁に対する中心のいかなるコロニアリズムのアリバイであったかを指弾した“Marvelous Possessions : The Wonder of the New World”(1991;Hardcover1992;Paperback/邦訳『驚異と占有』)と同じ年である。自然(ここでは動物界)をポゼス(略取)する文化を、洒落な写真家コンビは、しかつめらしいカルチュラル・スタディを介せず、いきなりこみあげてくる笑いでやる。

生息地、捕獲年月日、全般的特徴、形態、習性の順にディスクリプションが典型的な記述で綴られる。問題の蛇足なヘビで言えば、その「全般的特徴」は「骨性の内骨格。肺呼吸。脊椎動物固有の神経系が見られる。生殖系を確認することはできなかったが、あらゆる点から見て卵生有性生殖・・・」といったスタイルで書かれていく。いくのだが、途中に、食べる相手に消化液をかけて相手が融けていく間に「特徴的な<グロブ・ト>という鳴き声を3拍:休止:1拍のリズムで声高に発しながら」相手の周囲をぐるぐる回るとか、そんな奴いねえよ、と言いたくなる珍妙な記述が挿まれる。ニセワルモノモリウサギの和名通り牙を持つウサギ、ペロスムス・プセウドスケルスは「毎日30回交尾するが、交尾に際して雄は奇妙な憂愁をただよわせたメロディーのある歌をうたう」んだと。カタルーニャヒクイオオトカゲなる和名のピロファグス・カタラナエは口から火を吐き出すのだが、「口から吐き出す火の大部分は、自分が息を吸いこむたびにふたたび飲みこまねばならず」これが自分でも「不快らしく」、また火事にならぬよう消火に便利な水際を好む。真面目なディスクリプションのどこかに必ずニ、三行挿まれる、どこか愚かなホモ・サピエンスの営みを思いださせる逸脱部分がおかしくてたまらない。

このピロファグス・カタラナエが火を吐く現場写真が一枚、「消火に努める」お笑い写真が一枚、掲載されている。バカバカしいと思っても写真があるとまず信じてしまう(この場合なら、その後に笑ってしまう)我々のメディア的惰性が笑われていることになる。「存在するとは写真にうつるということである」というボルヘスの言葉がこの本の出発点だと書かれているが、二人の写真家のウィットからこの本がうまれた意味はひとえにそこにある。アーマイゼンハウフェン博士の突然の失踪ということもあり、キャビネの資料はかなり不完全で、ディスクリプションが全然ないのに写真やデッサンがあったりする。どういう相手か知りたいが言葉とヴィジュアルのどちらを欠いても何か物足りない、と感じさせられる時、我々は「言葉と物」(M.フーコー)、言語中心主義と視覚中心主義の均衡や緊張の問題に見事に絡めとられており、この本が1980年代に形づくられて1991年に出た理由がよくわかる。上述のグリーンブラットもそうだし、例えばバーバラ・スタフォードの仕事(“Voyage into Substance” 1984/『実体への旅』として拙訳進行中)と雁行し、我々が既に読み知っているところで言えば、ローレンス・ウェシュラーの『ウィルソン氏の驚異の陳列室』とのあまりの相似形ぶりに驚くはずである。なんだか馴染み深い世界だ。

写真や絵を見てフウンこういうものかと思う相手に名がつくと、ミコストリウム・ウルガリス、アナレプス・コミスケオス、ポリキペス・ギガンティス、ヘルマフロタウルス・アウトシタリウス・・・と舌を噛みそうな言語表象の一大迷宮である。エドワード・リアが『ナンセンス博物学』(“Nonsense Botany”)で嗤いのめしたこの世界は、1750年代にかのリンネが発明したニ名法に基づいて学名が設定される世界である。その1750年代初めに大英博物館法ができ、つまりはヴンダーカンマーのマニエリスム文化が終わった。そこからはじっくり時間をかけて自然界万般への「略取」が始まった。動物園や植物園の歴史、ぼくがこれからしばらく付き合おうと思うミュージアム一般の歴史を見、図鑑の文化史、ペット狂いの歴史を見れば一目瞭然だ。名作『見るということ』において激しい動物園批判をしたジョン・バージャーは『イメージ』中にキャプションの付かぬ写真だけの章を構えて読者を揺さぶったが、彼のこの二つの仕事をそっくり一冊でやり遂げた『秘密の動物誌』を読むことで、その意味が改めてよくわかった。この本は一方でウェシュラーに、もう一方でジョン・バージャーに非常に近いところにある。

いわゆる偽書である(かどうかは貴方の受け取り方次第だ)。動物を離れたところではロミの『突飛なるものの歴史』に似ているし、なぜか同じくドイツ系の博物学者を著者に擬した(天才伴田良輔氏の)『女の都』に極めて近い。いきなり擬書・偽書と知れてしまうが、動員されるメタフィクティヴなニセ写真の類の面白さを楽しむことができる。

言葉のいい加減さを悪く言いながら、言葉のないヴィジュアルだけのケースでも我々がいかに不安になるか、いくつかの動物の項でわかる。エレファス・フルゲンスなんて、写っているのはどう見てもただの象なのに、本が本だから何かきっと変な動物だと思いたがってしまう我々。リアのナンセンス博物学を相手にした時と同じで、ただアハアハとだまされ読みでも全然かまわないのかもしれないが、やはり著者がウィッティなフォトグラファーである点にこの本の究極の意味があると、もう一度繰り返しておこう。例えば心霊写真がそうだが、相手の存在、不在と重なるように、ないものを<視>を介して存在せしめるメディア(巫女/媒体)の策略の方が気掛かりになってくるのである。

どこまでがフェイクなのか段々わからなくなる。二人のスペイン人はそもそも実在するのか、ボルヘスは本当に如上の名文句を吐いたことがあるのか、これひょっとしてアラマタールム・ヒロショールムの脳髄の産物ではないのか。確かだと自信を持って言えるのは、「原著者」二人による巻末の「製作ノート」に示された

<リアリズム>ならびに<写真イメージの信憑性>だけではなく、さらには<科学的言説>ならびに<あらゆる認識形成メカニズムに潜む技術や策略>までをも考え直してみよう

という真っ当な提案は見事に伝わってくる、ということだ。

ケンタウルス・ネアンデルタレンシス。半猿半馬の怪獣の誇り高い雰囲気を伝えるニセ写真は遠くへヒトが捨て去ってきた気高さを伝えて、個人的にはこの数頁だけで一冊買う。

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