• 愛読者諸兄諸姉。週2回(火・金)ということで2007年5月にスタートしたぼくの書評ですが、近々100回目を迎えるところで一応決着ということにさせていただきます。

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  • 高山宏の読んで生き、書いて死ぬ
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  • 紀伊國屋創業80年記念・連続セミナー“9 days talk live”
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2007年11月16日

『アンリ・ミショー ひとのかたち』東京国立近代美術館[編著](平凡社)

アンリ・ミショー ひとのかたち →bookwebで購入

「汚点(しみ) 心を迷わせるための」

今年2007年もいろいろな展覧会が見られた。東京はその気になれば世界一、さまざまなアートを一遍に楽しめる稀有な場とつくづく思う(料理にも言えるだろう)。模倣と具象に即(つ)いて市民社会に媚びる「文化的芸術」はいくらも見られるし、狂気や幻覚を追求する一種向精神薬的な「生(ナマ)の芸術(ア-ル・ブリュット)」だっていつもどこかで展示されている。後者を代表する――といってもご本人は、シュルレアリストだ、アンフォルメルだと他人様の貼るレッテルなど恬として知らぬ素振り――アンリ・ミショー(1899-1984)の展覧会が東京国立近代美術館ギャラリー4で開かれたのを最終日に見に行った。詩画集『アンリ・ミショー ひとのかたち』は、その会期中に同時出版されてカタログの役を果たした本である。英語タイトルは『Henri Michaux/Emerging Figures』。装丁の美しさ!

ミショーといえば、向精神薬メスカリンによる幻覚体験を自動書記した汚れやしみだけの絵で有名だ。汚れを意味するフランス語「タッシュ(tache)」から派生したタシスム(tachisme)の代表格のように言われる。イタリア語では「マキュラ」。ミショーがメスカリンや、さらにきついサイロシビンを飲んで描いたデッサンも当然載っている。そこにあるしみを見ていると必ず何かの「かたち」に見えてくる。なぜか「ひとのかたち」に見えてくる。

他方でミショーを有名にしているのは、詩画集『ムーヴマン』中の、誰が見てもずばり人の形が一種カリグラフィックに描かれた絵である。中国や日本の絵とも書ともつかぬ墨による筆勢・筆触の世界。あるいは洞窟壁画の人物表現にインスパイアされたかのように動く線の戯れがヒトに見えてくる、不思議な絵のグループである。詩人アンリ・ミショーは歌う。

 汚点(しみ)の祝祭、腕の音階
 さまざまな運動
 人は<無>の中に跳びこむ
 旋回するさまざまの努力
 人はただひとりでありながら、大勢群がっている
 何という数えきれないほどの人類が前進し
 つけ加え、広がり、広がっているのだろう!
 疲労よ さらば
 橋の基台の棲息地のつましい両足動物よ
 引き抜かれた鞘よ さらば
 人は どんな他者でもいいが (on est autrui
 とにかく他者だ          n'importe quel autrui)

(小海永ニ氏の名訳である。考えてみれば、宮川淳クラスに業績総覧が長く待望されていた小海氏の著作集が今年刊行されたのも、何かの機縁である。故宮川淳がアンフォルメル運動を指して言った「表現過程そのものの自己目的化」という言葉を改めて思いだす。やはり宮川は早いし、凄いね。)

そこにあるのは明確に記された線による「かたち」である。それを「フィギュール」と呼ぶ人がいても良いが、ぼくは例えば「カラクテール」、英語で「キャラクター」と呼びたい。ぼくがこだわっていることを知っている人には敢えて言うまでもないが、“character”はもともとは木石から何かの形をうみだす具、あるいは物質としての(大工や彫刻の道具たる)ノミを指し、転じて文字・記号全体を指し、然るのちに性格(人となり)を意味するようになった。いわば自然・天然がしみ状、斑点状につくりだした原-記号が、ヒトの頭を介在して「擬人化」されていくプロセスが、この「キャラクター」という観念の展開そのものに示されている。『ムーヴマン』中の、まさしくポーや、傑作『踊る人形』のコナン・ドイルを思いださせる人形(ひとかた)どもは、ノンセンシカルな線の戯れになぜヒトは自らの姿(「ひとのかたち」)を見てしまうのかを問う。「キャラクター」観念をめぐり、一段と難事だがその先の「フィギュール(figure)」観念をめぐる精神史が記述される時、アンフォルメル(形なし)な斑点やしみからフォルムをつくりだすヒトの頭の病を問うミショーは、こういう広義の反「文化的芸術」論の中にこそ、今後は確かに大きい位置を占めるだろう。

アンフォルメルがどうしたこうしたという狭い美術史学の議論から、例えばぼくが大きくはみだしてしまいそうなのは、非ヨーロッパに広く旅した人々がヨーロッパ的人間(homo europens)をどう捉えるようになるかということに深い関心を抱く中、1920~30年代モダニズムの時代のそうした典型的な世界旅行家だったアンリ・ミショーと出会ったからである。『エクアドル』という名作紀行を書き、かつて『みづゑ』 (1971年8月号に、ぼくが日本のミショーと呼びたい元永定正の特集記事もあり。時代やねえ) の飯島耕一氏をしてその日本嫌いを大いにいぶからせた『アジアにおける野蛮人』(1933)を遺したミショーを、18世紀半ばから出てきた「他者(autrui)」との出会いを深いレベルで突き詰めようとした旅行者たちの系譜の中で捉える作業は、大きなスケールでは全然進んでいない。ポーの『ゴードン・ピム』の主人公が南洋絶域の洞窟中に見出した壁の「ひとのかたち」とも見える謎-文字に、近代西欧人の表象観、擬人的世界観の栄光と悲惨を読み取ろうとした未聞の大著、バーバラ・スタフォードの『実体への旅』の拙訳が予定通り今年夏に刊行されていれば、きっとミショー展を全く別の見方でご覧になった方もいたはず、と少し口惜しい気がする。同邦訳は明年すぐ刊行予定につき、また改めて。

要するに、こういういかにも小洒落た、こじんまりとした展覧会が、近代西欧の巨大な時空を猛烈に激しく受けとめている、その小体(こてい)さの逆説が面白くて、取り上げた。自然はフェノミナ、ただ単なる現象である。創世記に、神も、その神が自分の姿に似せてつくったヒトも「ひとのかたち」をしていることが記されている。ヒトは結局、自然を「ひとのかたち」に変え続けて来た。生きるのに便利だからであるが、物質としての現象界との絶縁は必至だった。絵を描く営みも、紙や画布の上に線が走り顔料が盛られていくその物質的なあり方と「表現過程そのもの」を忘れ、「透明」なメディアである振りを始めた。

それが行き詰まったのが1920~30年代と、そしてとりわけ第二次大戦直後の1950年代である。二つの大戦は300年ほど続いた西欧近代の限界点を示した。その二つの脱近代の動きを誰よりも激しく体現したのがミショーだと思う。1920年代からしばらく続く南米、北アフリカ、そして日本を含むアジアへの大旅行でまず脱欧の試みに出た。その直後から、しみだらけのデッサン画が描かれ始める。脱欧、脱近代は1950年代のサイクルにあって一層内攻した。ユング心理学やエラノス学派のサイキック科学の流行という一事を考えても良いが、もっとミショーに近いところで言えば、1952年にいわゆる精神薬理学が本格的にスタートしたことを思いだすべきだ。メスカリンを典型とする精神展開薬、いわゆる「向精神薬(psychotropic)」の研究が市民権を得た。同じ1952年にミシェル・タピエの『別の芸術』がマニフェストとして出ることでアンフォルメル芸術がスタートしていることの意味をちゃんと教えてくれる(反)美術史・精神史が書かれなければならない。

ミショーが麻薬メスカリンを実験的に服用し始めたのは1955年。直後、続けざまに傑作詩集『みじめな奇蹟』、『荒れ騒ぐ無限』が発表された。文字とデッサンが絵か文字かも曖昧というレベルで最高度のウット・ピクトゥーラ・ポエーシス(“Ut pictura poesis”[詩は絵のごとくに])を究めた。けだしその前年には同様に向精神薬を使ったオルダス・ハクスレーの『知覚の扉』が書かれている。例えば医学全体の話として、20世紀までは身体のための薬の時代、21世紀は全面的に向精神薬の時代と予測されている。司直とのぎりぎりの駆け引きの中でコカインやアンフェタミンをやりながら、アーティストたちは物質と「ひとのかたち」の間を行き来する。

このノンセンスの絵本からセンスを引き出そうとする自分の営みが、読者の前に明らかにされんことを。

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