• 愛読者諸兄諸姉。週2回(火・金)ということで2007年5月にスタートしたぼくの書評ですが、近々100回目を迎えるところで一応決着ということにさせていただきます。

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  • 高山宏の読んで生き、書いて死ぬ
    ―ぼくの中に貪婪の書評魔が帰ってきた―

    かつては一日に一冊読んだ。そして気に入ったものがあれば諸誌紙に週二、三冊は書評を載せてもらっていた。書評に名を借りた論文というスタイルで、よくものを書いた。読みについても魔と呼ばれ巧者と言われ、達人の名をたまわった。十年も前のことである。 長い長い中断が入った。

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2007年11月30日

『潜在的イメージ-モダン・アートの曖昧性と不確定性』 ダリオ・ガンボーニ[著] 藤原貞朗[訳] (三元社)

潜在的イメージ →bookwebで購入

曖々然、昧々然たる(ポスト)モダニズムの大パノラマ

曖昧さ、曖昧性を指すアンビギュイティ(ambiguity)という言葉は、心理学で愛と憎のふたつがひとつ心の中に併存することを指す語、アンビヴァレンス(ambivalence)と一緒に流行った。両語に共通する「アンビ(ambi)」について、本書本体の冒頭でダリオ・ガンボーニはいきなり、こうまとめている。

曖昧性とは、反則的に「複数の解釈を受け入れる性質」として定義される。また「二つの範疇に属するもの」、「正確さを欠き、困惑させるもの」とも定義される。曖昧性に二つの要素が関与することは、語源に暗示されている(ラテン語の「アンボ ambo」は、「同時に二つ、二つ一緒に」を意味する)が、二つ以上の場合に意味を拡大適用することもある。この場合には、特殊な例があり、肯定的性質を表す際に、反語的に否定的な含意を示すことがある。その結果、否定的な含意が主要な意味となることも多い。類義語には、「定義、確定、境界づけを明確になしえないものの性質」を表す「不確定性」、「複数の内容、複数の意味を有する記号の性質」を表す「多義性」、「両義性」、「漠然性」、「不正確さ」などがある。(p.19)

日本語の「あいまい」は未だにこういう広がりある「曖昧」の多元多重の意味合いを勝ち取れず、専ら「否定的な含意」でのみ通用している。従って広義に、肯定的にそれを使おうとして、例えばズバリ、『文化と両義性』他の著作で山口昌男氏は「両義性」の訳語を採った。現実の多重性・多元性という言い方もする山口象徴人類学(『文化の詩学』〈1〉〈2〉、他)ではあるが、つまりは同じことを言っているのである。中沢新一氏が故河合隼雄氏などと「あいまい」概念をめぐる論叢を岩波書店から出した(『「あいまい」の知』)ことは以前に紹介したが、これも同じ流れである。いっとき「ファジィ」という少々難しい概念が「ゆらぎ」という訳語とともに流行したのも、ごく最近のように感じるが、こちらはもはや死語である。ぐっと俗化した「アバウト」という妙な言い方は今なお元気で、よく使われている。

アンビギュイティおよびアンビギュアスは、ぼくのように1960年代末の世代に属する英文学者が最も強烈に影響を受けた観念である。1930年代から約20年ほどかかって、ほとんど初めてといってよい強度を持つ英文学関連の批評理論としてニュークリティシズムという大きな動向があり、文学作品を評価する客観的基準として、パラドックス、アイロニー、アンビギュイティの三本柱を提示した。表向き言われていることとは違う、あるいは少しズレた別の意味を併せ持った発想および修辞を指す、互いに重なり合う三本の柱ということである。

決定的なのは、数学畑出身の大批評家ウィリアム・エンプソンの“Seven Types of Ambiguity”(1930年初版/邦訳『曖昧の七つの型』〈上〉〈下〉)である。順列組合せ(combinatrics)の数字を専門としている秀才らしく、並び合う語と語の間で生成される意味の可能な形を列挙し、そのうちのただひとつだけを正しい「解釈」と唱える傲慢を嗤う。多元的解釈の可能性を残せというニュークリティシズムの旗手の主張は、1960年代の、たとえばウンベルト・エーコの『開かれた作品』(原題“opera aperta”)の論旨を早々と先取りしていたことになるし、いわゆるコンスタンツ学派の「受容理論」と早くも呼応していたことになる。詩人が一篇の詩を、一語一語多義的たるはずの言葉を組み合わせてつくりあげていくということが、いかに大変な力わざであるか、慄然とする他ないこの歴史的名著が、なんと岩波文庫で上下2冊となって読める。1960年代末には考えられない欣快事である。ガンボーニも当然ながら、エンプソンの鴻業を改めて讃え、同じことを視覚芸術の分野でやろうとしたジェイムズ・エルキンズの仕事に触れて全巻の幕開けとしている。この際、エンプソンの『曖昧の七つの型』(〈上〉〈下〉)と一緒にガンボーニを読むことを勧める。

ウィリアム・エンプソンの名を思いだしたのは、そういうまあ常識に類するレヴェルの連想によるものだけではない。例えば、アンビギュイティの本場と今なら誰しもがまず言うバロック、そしてマニエリスムがそもそも文化史概念として成立したのは、1880年代(ヴェルフリンのバロック論)から1920年代(ドヴォルシャックのマニエリスム論)にかけてのことだが、考えてみればこの19世紀末の最後の20年、そして20世紀劈頭の20年ほどは同時に、いわゆる世紀末アート(象徴派、印象派)~モダニズム諸派(キュビズム、シュルレアリスム)、アートの大革新の半世紀でもあって、その凝縮された時間の中で、模倣を良しとするアート観にピリオドが打たれ、アーティスト側の内面が投影/表現されたものこそアートだという基本的なアート観がほぼ確立した。文学批評のみか、哲学、心理学から数学、論理学、はては量子物理学といった多分野が互いに意識し合いながら、要するに統一的に「曖昧性」「不確定性」などと呼ばれ得る異世界の全面的な出現を言祝いだ。ニュークリティシズムもその一環だったし、エンプソンの名作はそうした知的趨勢のシンボル的存在だった。

1880年代~1920年代の理論実践一如といったアートや学知のそうした華々しい展開についてパノラミックに書ける書き手がすっかりいなくなった。ガンボーニのこの本はワイリー・サイファーの『自我の喪失-現代文学と美術における』(原題“Loss of the Self in Modern Literature and Art”)に匹敵する視野の広さをもって問題の時期の曖昧性/両義性ずっぽりなアートの百態を追う。サイファー、松岡正剛、中沢新一などを通して、文系理系を問わぬ20世紀初頭の「曖昧性」と「不確定性」の文化環境について、ある程度、我々は既に知っているが、当該テーマ初の「包括的研究」を豪語している通り、おおよそこのテーマで考えつく限りの網羅を実現している本書の目次案には何度見ても喫驚するばかりだ。

もともとオディロン・ルドン研究で知られるガンボーニだから、ルドンを中心にスーラやゴーギャンから始めてキュビズム、抽象、レディ・メイド、シュルレアリスムのアート史が、「曖昧性」に関わる各分野――「大衆向けイメージや科学的イメージ、写真や初期の映画、文学、美術批評や美学、哲学、心理学、医学、オカルト研究、自然科学など」――の展開の中で追跡されていく。ルイス・マンフォード、ワイリー・サイファー、アーノルド・ハウザーといった特別にパノラミックな怪物批評家にのみ許された、一時代の文化を包括したスケールの大きい仕事を実に久々に読めて、感動し、ため息を吐いている。当然、一昔前の大先達たちの知らなかったドゥルーズは出てくる、エーコは出てくる。参照すべき同時代美術史家として登場するのはディディ=ユベルマンであり、我々のこの書評空間では批評の名手として既に紹介した故ダニエル・アラスである。それだけでガンボーニ氏の趣味の良さはわかる。20世紀アートが実践面でもマニエリスムを蘇らせたという感覚があって、今ならそのことでミシェル・ジャンヌレの『永久機関』(“Perpetuum mobile : Métamorphoses des corps et des oeuvres, de Vinci à Montaigne”/英訳“Perpetual Motion : Transforming Shapes in the Renaissance from Da Vinci to Montaigne”)が参照されるべきだが如何、と思いながら読み出すと、レオナルド・ダ・ヴィンチの「曖昧性」趣味を縷説する段で議論をジャンヌレから出発させていることがわかり、すっかりぼくはこの書き手を百パーセント、ぼくの確かな同時代人として安心して読み進める。今年刊行された16世紀関連の何冊かを既に紹介してきたが、ジャンヌレの必読の一点を自らの論に取り込めている本邦の書き手は今のところ絶無である。

レオナルドが壁の上の染み(ミショー本を想起しよう)をじっと見ながらそこに何かのイメージがうまれるのを、訓練して自らの創作に活かそうとした、厳密にマニエリスム的な「偶然性」への応接を出発点に、アンビギュイティをキーワードにしたモダン・アートのネオ・マニエリスムとしての再整理が途方もない迫力とスピードをもって遂行された。これだけの「精神史としての美術史」を読めるのは実に久々のこと。快挙だ。

類書にすぐサイファーが思い出せるように、狙いはそう圧倒的に独自のものというわけではない。例えば『西洋思想大事典』(平凡社)にはトム・タシロの書いた「曖昧」の一大長文項目が入っていて、ほぼガンボーニ路線(逆に言えば、ガンボーニは「曖昧」という観念の優れた「観念史」をやり遂げた、ということになるだろう)。予定調和の結論でもあるのだが、この遺漏許さぬ守備範囲の広さにはやはり驚嘆する他ない。これだけのものをどんどん読ませてくれる訳文に拍手。

素晴らしい(タカヤマ流の?)索引に望蜀の一言。事項索引が実によく立項されているのだが、人名索引には配慮されている欧語原綴りがない。藤原君はわかると思うが、利用価値が半減してしまうのですよ。

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2007年11月27日

『わたくし率 イン 歯ー、または世界』川上未映子(講談社)/『そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります』川上未映子(ヒヨコ舎)

わたくし率 イン 歯ー、または世界
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そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります
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関西弁のマニエリスムかて、や、めっさ、ええやん

ぱらっとめくったページにいきなり、

それまでの季節を洗濯機に入れたのは二十歳のこと。それをきしめんにして、きざんで乳液にまぶす。で、君の粒だった背中を保湿したのもいつかの荒れ狂う最大の四月のことであった。

という文章があっては、取り上げる他ない。むろんT.S.エリオットの「残酷な四月」を知っていればの話でもあるが、この散文は完全に詩である。ランボーの「季節」(おお季節よ、おお城よ)と洗濯機との、きしめんとの無体な組み合わせは詩というものの機能をさえ定義している。このイメージの疾走は何なのかと思うと、「イメージが結ぶ早口で興奮してゆく物語が何十万回目の腹式呼吸を追い越してゆくのを」掴まえられない自分とあって、そのわけは「そいつの首ねっこを壁にぶち抜いて留める削ったばっかしのとっきんとっきんの鉛筆を持っていなかったからなのでした」。こういう感覚の人が鉛筆を「とっきんし忘れる」ことなく「物語」を「掴まえ」たらどうなるか、見られるものなら見たい。

それがミュージシャン川上未映子初の小説『わたくし率 イン 歯ー、または世界』である。2007年5月、「早稲文」こと伝統ある『早稲田文學』誌に掲載。断然異彩を放っていると見ていると、もう一篇と併せて同名で単行本化され、芥川賞にノミネートされた。そして、今年創設された坪内逍遥大賞で奨励賞を受賞した(大賞は村上春樹氏)。

身体という表の部分に担われる「わたし」、意識という中心なる「私」、そのふたつが巧い具合に混ざり合った、いわばあるべき「わたくし」の関係を問う。そしてそうした自分なる何かが養老唯脳論の言うように「脳」にあるのではなくて「歯」にある、自分は歯であるとすることで、世界を、関係を、意識を、愛を、歯と歯医者のメタファーで徹底して語り抜く大変カーニヴァレスクな奇想小説が綴られ始める。奥歯を見せ合う約束としての愛だの、口の中の口としての歯科治療室だの、感覚的でもあり、しかし実によく計算されたアナロジーの追求などは、もはやネオ・マニエリスム小説の名を献呈してもよい。フィリップ・ロスの『乳房になった男』とか松浦理英子の『親指Pの修業時代』(〈上〉〈下〉)でもよろしいが、身体部位とマクロな大世界との関係や照応で楽しませる奇想小説の、また一段と笑わせてくれる傑作を、ここにぼくたちは恵まれた。

ブッデンブローク家神話はじめトマス・マン文学の歯大好きぶりは名高いし、『グレート・ギャツビー』では奥歯をお守りにしているギャングを登場させたり、いろいろあるが、面白いことに歯狂いは断然1960年代対抗文化である。ギュンター・グラス『局部麻酔をかけられて』(1969)はどうか。アップダイクの『カップルズ』だの、ヴォネガットの『母なる夜』だの、すぐ思い出せる。ピンチョンの『V.』(〈上〉〈下〉)中の歯科医アイゲンバリューは、歯はイド、それを覆うエナメル質こそ超自我という妙にフロイト的な理屈を唱え、現に歯こそ持ち主の精神の指標と称して、精神分析ならぬ精歯分析(psychodontia)という理論を築こうとした。この辺になるとだいぶ川上未映子の世界に近付くが、ご本人に尋ねても当然知らなかった。歯に対する人間の応接の「観念史」などろくに存在しないが、奇想の系譜がないではない。日常化せるマニエリスムとでもいうべき自由な感覚で川上未映子の方がこういう奇想の系譜を自らの方に引き寄せているのが面白いし、すがすがしい。

身と心の二元論、また、その中間にあって身でも心でもあるいわゆるソマティックス(somatics)の領域にずっぽりの物語は、想像通り埴谷雄高の熱烈ファンの手で書かれた。養老孟司の愛読者でもあるらしい。というようなことを教えてくれるのが、2003年8月から2006年8月まで3年間のブログ日記を2006年末ぎりぎりに単行本化した『そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります』である。埴谷のハードと武田百合子『日日雑記』をトイレの中でまで読む作者は、意識の激しさと身体の愚直の間で巧みなバランスをとる人種だ。「逆も可、人生は両極を往き来するなんかの玉」など簡単にアフォリズムにされると、おじさん唸るよりない。読者のどなたかが「これはおじさんに愛される世界。今どきの若い人には一寸ね」と仰有っているのを小耳に挟んだのだが、確かに、確かに。例えば次の日記のくだり。

鳩よ、おはようカラスよ、おはよう。名前も知らんなんか茶色くてときどき見かける焼きおにぎりみたいな鳥よ、おはよう。工事現場のおっちゃんよ、おはよう。コンビニのやる気微塵も伝わらんちょっと栗毛で天パの兄ちゃんよ、おはよう。中也よ、おはよう、かの子よ、おはよう、ホッケよ、おはよう、おはよう。横光と森茉莉よ、おはよう。あなたがたは一生懸命書いた己の文章が没後このように東京の片隅の、ほんとの片隅の本棚で、なんのアレもなく半永久的に隣り合わせに棲息していることを、ま、知る由もないわよ。(2005年7月13日「絶唱体質女子で!」)

売れないヴォーカリストが人に言われて書いてみたら、こんな賞をいただいて、何も知らないし一所懸命頑張りますと、授賞式で挨拶していたが、冗談じゃない。「でかい」頭に猛烈なストックを「すこんと入」れていることははっきりしている。あまり「頑張」らないで、今のまま少し行ってみてくれ、と祈る。

この日記は相当面白い。結果的に随想集の体裁となり、現代の徒然草だ。「この恣意に始まって恣意に終わっていく人生」の中で一人のフツーの人間として精一杯生きていくあきらめ(明らかに究める、がその元の意味ではないんかしら、とぼくもついカワカミ調になってくる)と日々のひたすらさが良い。散文で終わる日もあれば、詩一篇の日もある。まるで一篇の短篇がすこんと入っている一日もある(玩具「シルバニアファミリー」の部品を買いに幼い姉妹で出掛けたのにおしっこを漏らした妹のために姉が持金全部使ってパンツを買ってしまう「キャロルとナンシー」など、笑い泣きして浄められずに済むか)。俳文の体言止めで終わる日のものは余韻を引く。アフォリズムはさらりと読めば良し、こだわるとどれも深い。

昔を思ってみいや。吐き気がするほど楽しいではないか。楽ではないか。生きているではないか。昔も一応、生きてたけども。(2004年12月22日午前4時)。

ミュージシャン「未映子」がスタジオ録音を進行し、サボテンを愛で、知人のパフォーマンスを見歩く日常が流れていく時間を、こうした日常雑感を深めたり深めなかったりするエッセーが断ち切る、つうか、ごちゃごちゃ混ぜこぜになる。ジャンル的にいえばこうして書きつがれる言語のレベルでも身体性がことほがれるのであろう。

今はやりだから少し大袈裟にいえば、ドストエフスキーの『作家の日記』のミニ版という味のエッセー集。

そしてそれに具体の人物を配して物語として動かしたのが問題の歯の小説と、「奨励」された以上、息詰まる期待感にもひしがれず身体を通しての関係観主題を、さらに一段グロく切なく書きついだ第二作「乳と卵」(『文學界』2007年12月号。すぐ書店へ行くべし、べしっ!)である。挿入される日記と物語本体の関係とか意識的にさぐられる方法への、「自同律の不快」を病む脳や意識へのマニエリストとしての引っ掛りを、「繋がり」や「結ぼれ」にすがる当り前の人間の当り前の体と日常が支える、や、包みとるこのなんかアレなバランスがこの今やハッキリ暫らく見なかった天才の本来の持ち味である。埴谷調のいわゆる形而上学的な議論を運ぶ大阪弁(河内弁)が、こういうカーニヴァレスクな「軽み」に、絶妙に力を与えている。

ぼくは他の選考委員に兎角「声に出して読め」と主張した。歯をテーマにする以上「口」の意味論も相当面白く深められる。口に器具の入る歯科はいきなりエロティックでもあれば、食物を言葉にしてフィードバックする大層文化的な場でも「口」はある。大阪はここでは食とお喋りが融通する「口」のメタファーなのである。歯科の治療室が大きな口に、大きな舌に感じられてきて、口の中の口という「入れ子」が想定されるが、それがメタフィクションの喩でもあると気付かない「おぼこな」新人作家の「ふり」が飽きずオモロイっ。それにしてもマニエリスムの詩性に弱いぼくなどは、あちこちにナニゲに散らされた「言葉にすると『象』もこんなに小さくなるのだね」「裏腹という素敵を垣間見る、いいね日本語文化」といった一行二行に串刺しにされるのだ。意識と身体が哲学し合う世界には「梱包された荷物みたいにどしんと夜が来る」。そこでは「向日葵は 夏の口/薔薇は四月の眼/お母さんは やさしかったなあ」。

ぼくは「三枝子」のお母さんの「トシエ」への、どこにもはっきりしている深い思いを、ひたすら愛する。大間抜けなマニエリストには奇跡の愛。「どうも奇跡、やあ奇跡」。

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2007年11月20日

『ファンタジア』 ブルーノ・ムナーリ[著] 萱野有美[訳] (みすず書房)

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人は70才でこんなやわらかいファンタジアを持てるものなのか

デザインに革命をもたらすイタリア人デザイナーには、流石レオナルド・ダ・ヴィンチを輩出したお国柄だけのことはあり、何でも知って何でもやってみようという多面万能、西周(にしあまね)流に言う「百学連環」(現在「百学連環-百科事典と博物図譜の饗宴」展開催中)の普通人(homo universalis)の血脈がたっぷり流れ込んでいる。代表格といえば右にピエロ・フォルナセッティ、左にこのブルーノ・ムナーリをあげたい。どちらも日本人のデザイン感覚が大好きという知日派、親日派であるのも素敵。二人とも、単にヤカンの格好がどうしたこうした、こういう場所には何の補色が良い・悪いなどということにかかずらう狭義のプロダクト系デザインとは大きくかけ離れた一種の総合芸術を目指し、従って例えばマニエリストと呼んで差し支えない稀有な存在である。

実はぼく自身、杉浦康平氏の口利きで神戸芸術工科大学(「日本のバウハウス」?)で教鞭をとる機会にいろいろと恵まれた際、まずデザイン概念の広義化を目指し、故に「ディセーニョ(diségno)」、それも模倣すべき対象を外界から人間の頭の中の内容物に転換したディセーニョ・インテルノ(diségno interno)の解明を言って、しかもその実践まで体系化しようと図った16世紀イタリア・マニエリスモの言い分に一つのモデルを求めたことがある。その時念頭にあったのが、少し商売気あり過ぎるフォルナセッティである。『マニエリスト』、『驚異の部屋』(“Cabinets de curiosités”/英訳“Cabinets of Curiosities”)のパトリック・モリエスが大著『フォルナセッティ』“Fornasetti : Designer de la fantaisie”/英訳“Fornasetti : Designer of Dreams”)を書いたことで分明のように、彼はバリバリの(ネオ)マニエリストたるデザイナー。教育熱心という肝心なところで格がひとつ上なのは、ブルーノ・ムナーリの方である。昨年邦訳が出た『デザインとヴィジュアル・コミュニケーション』は近来のデザイン教育論の傑作。

そういう一見バリバリの大学生向け講義とは違って、そうだなあ、中高生レベル相手に「デザイン」とは何かを説明しようという構えのどこまでも易しい(優しい)『ファンタジア』の方に、ぼくは深い魅力を感じているので、邦訳刊行は昨年であるが、取り上げたい。

シュルレアリストたちの堂々たるアート作品から中世のブロードサイド(瓦版)の絵、生物や鉱物結晶の写真から下手うまな子どもたちの手描きのデッサンまで、雑多にしか見えない図版満載。全部黒白なのが、ものがものだけに残念至極(中野美代子『綺想迷画大全』でフルカラーを堪能した「多頭怪ラーヴァナ」と同趣向の絵も入っているが黒白は駄目だ)だが、そのぶん安く手に入るわけだから我慢しよう。

猛烈な図版ラッシュの合間に綴られる言葉が伝えようとしていることは途方もなく凄い。例えば「ファンタジア(Fantasia))」、英語でファンタジー。簡単に幻想と訳して、幻想的だの幻想文学だの言うが、ファンタジーって何?と問われるとほとんどまともには答えられないだろう。それに「イマジネーション」との関係は?想「像」力という西周級に絶妙の訳語を持つ割には、我々はこれが「イメージ」をうみだす視覚的作用だということを忘れている。実に半世紀にもわたるあのロマン派文芸たるや、イマジネーションとファンシー/ファンタジーの重なりと齟齬をめぐって大騒ぎしたにすぎないとさえ言える。そしてひと巡り早く来たマニエリスムの中核にあったのが――例えばそれを見るのに一番ぴったりなG・ルネ・ホッケの『迷宮としての世界』(1957)によれば――デザイン(「ディセーニョ」)であり、「ファンタジア」であり、「イマジナツィオーネ(immaginazióne)」であったはず。発明と訳される「インヴェンツィオーネ(invenzióne)」も実はそう簡単な概念ではない。文芸寄りのところではさらに「コンチェッティ(concetti)」もある。英語でウィット(wit)。フロイトが本気で論じた「witz(機智)」である。

これら錯綜必至の哲学・美学的概念の区分けに今も美学の最先端は苦労し続けている。西欧近代の美の問題の粋というべき課題だが、議論百出、百家争鳴状態で、どうにもならない。こういう観念の一方的入超国たる我が国では事態はさらに絶望的で、例えばルイス・キャロルやハリ・ポタで論文を書いている人間と話していて、「ファンタジー」という語についてOEDさえ引いていないというので話は終わり、ということばかり重ねてきた。ファンタジアの究極の源はギリシア語の「ポス」、光であることを知るだけで状況は一新されるのに、など思う。

それが流石はムナーリ。教育現場に活かせる幻想論、想像力論のモデルを手際よくつくりあげる。ファンタジアとは「これまでに存在しないものすべて。実現不可能でもいい」もの。インヴェンツィオーネ(invenzióne)は「これまでに存在しないものすべて。ただし、きわめて実用的で美的問題は含まない」。クレアツィオーネ(creazióne)は「これまでに存在しないものすべて。ただし、本質的かつ世界共通の方法で実現可能なもの」。イマジナツィオーネ(immaginazióne)は「ファンタジア、発明、創造力は考えるもの。想像力は視るもの」。簡便過ぎて罠かもしれない(アインシュタインのE=mc²の罠?)。しかしその基本中の基本からアッという間に「ファンタジアと発明を利用する方法である創造力」とか、自分の目指すのは「ファンタジア、発明、創造力の操作方法について適切な方法論によって整備」することとか、<現場>を目指して理論がどんどん目の前で立ち上っていくのは、新しい内容を他の人間(特に子ども)に伝えていく<教育>に携わる者としては教えられること多く、大袈裟でなく息を呑む。昔、ユング心理学がよくわからなかった時に、フォン・フランツやアニエラ・ヤッフェといった超プロがゼロから説明してくれた『人間と象徴』(〈上〉〈下〉)で一から全部わかった爽快な気分になったことを、久しぶりに思いだした。解説書として危ういまでに善意に満ち、かつスマート。プロの仕事である。

こういう枢軸概念の相互作用で出来上がる「デザイン」の概念は、想像通り見事である。

創造力とは、発明と同様ファンタジアを、いやむしろファンタジアと発明の両方を多角的な方法で活用するものである。デザインは企画設計をする手段であり、創造力はデザインの分野で活用される。デザインはファンタジアのごとく自由で、発明のごとく精密であるにもかかわらず、ひとつの問題のあらゆる側面をも内包する手段である。つまりファンタジアのイメージ部分、発明の機能部分だけではなく、心理的、社会的、経済的、人間的側面をも含みもつものなのである。デザインとは、オブジェ、シンボル、環境、新しい教育法、人々に共通の要求を解決するためのプロジェクト・メソッド等々を企画設計することだと言ってもいいだろう。(p.22)

見事だ。この透徹した簡便さをぜひ原語で味わいたいと思う。翻訳者はむろん大健闘だ。

こうした理論的な部分に続く約3分の1は要するに異質な観念や次元の意識的な結合の仕方の類型学である。「コルクのハンマー」、「広場にベッド」、「五線譜のランプシェード」等々、男子用小便器を「泉」に変えたデュシャンの精神に倣って面白く続くこの「あべこべの世界」とは要するに“ars combinatoria”のわかりやすい解説である。残る3分の1が本書の白眉で、それは子どもたち相手のワークショプにおける実験実践のいくつかの写真入り解説の体(てい)であるが、既成の概念やオブジェがいかに別ものに変わっていくか目のあたりにした子どもたちの<驚異>の念が伝わってくる工夫の記録である。ぼくは大学が石原都政につぶされていく中、ぎりぎりの夢を抱き、教育の場にマニエリストたちの<驚異 meraviglia>をと唱えて大方の失笑を買ったが、例えばその時、ぼくの念頭にあったのが、ムナーリの奇跡的な絵本『きりのなかのサーカス』と、それを支えた優しいデザイナーが教えるマニエリストの心意気だった。

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2007年11月16日

『アンリ・ミショー ひとのかたち』東京国立近代美術館[編著](平凡社)

アンリ・ミショー ひとのかたち →bookwebで購入

「汚点(しみ) 心を迷わせるための」

今年2007年もいろいろな展覧会が見られた。東京はその気になれば世界一、さまざまなアートを一遍に楽しめる稀有な場とつくづく思う(料理にも言えるだろう)。模倣と具象に即(つ)いて市民社会に媚びる「文化的芸術」はいくらも見られるし、狂気や幻覚を追求する一種向精神薬的な「生(ナマ)の芸術(ア-ル・ブリュット)」だっていつもどこかで展示されている。後者を代表する――といってもご本人は、シュルレアリストだ、アンフォルメルだと他人様の貼るレッテルなど恬として知らぬ素振り――アンリ・ミショー(1899-1984)の展覧会が東京国立近代美術館ギャラリー4で開かれたのを最終日に見に行った。詩画集『アンリ・ミショー ひとのかたち』は、その会期中に同時出版されてカタログの役を果たした本である。英語タイトルは『Henri Michaux/Emerging Figures』。装丁の美しさ!

ミショーといえば、向精神薬メスカリンによる幻覚体験を自動書記した汚れやしみだけの絵で有名だ。汚れを意味するフランス語「タッシュ(tache)」から派生したタシスム(tachisme)の代表格のように言われる。イタリア語では「マキュラ」。ミショーがメスカリンや、さらにきついサイロシビンを飲んで描いたデッサンも当然載っている。そこにあるしみを見ていると必ず何かの「かたち」に見えてくる。なぜか「ひとのかたち」に見えてくる。

他方でミショーを有名にしているのは、詩画集『ムーヴマン』中の、誰が見てもずばり人の形が一種カリグラフィックに描かれた絵である。中国や日本の絵とも書ともつかぬ墨による筆勢・筆触の世界。あるいは洞窟壁画の人物表現にインスパイアされたかのように動く線の戯れがヒトに見えてくる、不思議な絵のグループである。詩人アンリ・ミショーは歌う。

 汚点(しみ)の祝祭、腕の音階
 さまざまな運動
 人は<無>の中に跳びこむ
 旋回するさまざまの努力
 人はただひとりでありながら、大勢群がっている
 何という数えきれないほどの人類が前進し
 つけ加え、広がり、広がっているのだろう!
 疲労よ さらば
 橋の基台の棲息地のつましい両足動物よ
 引き抜かれた鞘よ さらば
 人は どんな他者でもいいが (on est autrui
 とにかく他者だ          n'importe quel autrui)

(小海永ニ氏の名訳である。考えてみれば、宮川淳クラスに業績総覧が長く待望されていた小海氏の著作集が今年刊行されたのも、何かの機縁である。故宮川淳がアンフォルメル運動を指して言った「表現過程そのものの自己目的化」という言葉を改めて思いだす。やはり宮川は早いし、凄いね。)

そこにあるのは明確に記された線による「かたち」である。それを「フィギュール」と呼ぶ人がいても良いが、ぼくは例えば「カラクテール」、英語で「キャラクター」と呼びたい。ぼくがこだわっていることを知っている人には敢えて言うまでもないが、“character”はもともとは木石から何かの形をうみだす具、あるいは物質としての(大工や彫刻の道具たる)ノミを指し、転じて文字・記号全体を指し、然るのちに性格(人となり)を意味するようになった。いわば自然・天然がしみ状、斑点状につくりだした原-記号が、ヒトの頭を介在して「擬人化」されていくプロセスが、この「キャラクター」という観念の展開そのものに示されている。『ムーヴマン』中の、まさしくポーや、傑作『踊る人形』のコナン・ドイルを思いださせる人形(ひとかた)どもは、ノンセンシカルな線の戯れになぜヒトは自らの姿(「ひとのかたち」)を見てしまうのかを問う。「キャラクター」観念をめぐり、一段と難事だがその先の「フィギュール(figure)」観念をめぐる精神史が記述される時、アンフォルメル(形なし)な斑点やしみからフォルムをつくりだすヒトの頭の病を問うミショーは、こういう広義の反「文化的芸術」論の中にこそ、今後は確かに大きい位置を占めるだろう。

アンフォルメルがどうしたこうしたという狭い美術史学の議論から、例えばぼくが大きくはみだしてしまいそうなのは、非ヨーロッパに広く旅した人々がヨーロッパ的人間(homo europens)をどう捉えるようになるかということに深い関心を抱く中、1920~30年代モダニズムの時代のそうした典型的な世界旅行家だったアンリ・ミショーと出会ったからである。『エクアドル』という名作紀行を書き、かつて『みづゑ』 (1971年8月号に、ぼくが日本のミショーと呼びたい元永定正の特集記事もあり。時代やねえ) の飯島耕一氏をしてその日本嫌いを大いにいぶからせた『アジアにおける野蛮人』(1933)を遺したミショーを、18世紀半ばから出てきた「他者(autrui)」との出会いを深いレベルで突き詰めようとした旅行者たちの系譜の中で捉える作業は、大きなスケールでは全然進んでいない。ポーの『ゴードン・ピム』の主人公が南洋絶域の洞窟中に見出した壁の「ひとのかたち」とも見える謎-文字に、近代西欧人の表象観、擬人的世界観の栄光と悲惨を読み取ろうとした未聞の大著、バーバラ・スタフォードの『実体への旅』の拙訳が予定通り今年夏に刊行されていれば、きっとミショー展を全く別の見方でご覧になった方もいたはず、と少し口惜しい気がする。同邦訳は明年すぐ刊行予定につき、また改めて。

要するに、こういういかにも小洒落た、こじんまりとした展覧会が、近代西欧の巨大な時空を猛烈に激しく受けとめている、その小体(こてい)さの逆説が面白くて、取り上げた。自然はフェノミナ、ただ単なる現象である。創世記に、神も、その神が自分の姿に似せてつくったヒトも「ひとのかたち」をしていることが記されている。ヒトは結局、自然を「ひとのかたち」に変え続けて来た。生きるのに便利だからであるが、物質としての現象界との絶縁は必至だった。絵を描く営みも、紙や画布の上に線が走り顔料が盛られていくその物質的なあり方と「表現過程そのもの」を忘れ、「透明」なメディアである振りを始めた。

それが行き詰まったのが1920~30年代と、そしてとりわけ第二次大戦直後の1950年代である。二つの大戦は300年ほど続いた西欧近代の限界点を示した。その二つの脱近代の動きを誰よりも激しく体現したのがミショーだと思う。1920年代からしばらく続く南米、北アフリカ、そして日本を含むアジアへの大旅行でまず脱欧の試みに出た。その直後から、しみだらけのデッサン画が描かれ始める。脱欧、脱近代は1950年代のサイクルにあって一層内攻した。ユング心理学やエラノス学派のサイキック科学の流行という一事を考えても良いが、もっとミショーに近いところで言えば、1952年にいわゆる精神薬理学が本格的にスタートしたことを思いだすべきだ。メスカリンを典型とする精神展開薬、いわゆる「向精神薬(psychotropic)」の研究が市民権を得た。同じ1952年にミシェル・タピエの『別の芸術』がマニフェストとして出ることでアンフォルメル芸術がスタートしていることの意味をちゃんと教えてくれる(反)美術史・精神史が書かれなければならない。

ミショーが麻薬メスカリンを実験的に服用し始めたのは1955年。直後、続けざまに傑作詩集『みじめな奇蹟』、『荒れ騒ぐ無限』が発表された。文字とデッサンが絵か文字かも曖昧というレベルで最高度のウット・ピクトゥーラ・ポエーシス(“Ut pictura poesis”[詩は絵のごとくに])を究めた。けだしその前年には同様に向精神薬を使ったオルダス・ハクスレーの『知覚の扉』が書かれている。例えば医学全体の話として、20世紀までは身体のための薬の時代、21世紀は全面的に向精神薬の時代と予測されている。司直とのぎりぎりの駆け引きの中でコカインやアンフェタミンをやりながら、アーティストたちは物質と「ひとのかたち」の間を行き来する。

このノンセンスの絵本からセンスを引き出そうとする自分の営みが、読者の前に明らかにされんことを。

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2007年11月13日

『綺想迷画大全』中野美代子(飛鳥新社)

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ディテールの神に嘉されて永久に年とる暇などない

めちゃめちゃ知識を強いるポストモダン批評満載の建築学の本が続いて流石に頭が痛い、少し楽しいビジュアル本で目を楽しませようというか、同じ痛いのでも目に痛いタイプの本を新刊で何冊か選びたいと考えていたところ、そういう仕事なら今現在ナンバーワンたる第一人者シノロジスト[中国文化史家]、中野美代子先生の『綺想迷画大全』が出てきた。以前『乾隆帝-その政治の図像学』を取り上げたが、大新聞のドケチ書評欄みたいに一著者は一年通じて一度のみというようなことをぼくは言う気などさらさらないし、それに中野先生といえばビジュアル本、それも作品社叢書メラヴィリア収中の『肉麻(ろうまあ)図譜』で特に色彩絢爛の中国図譜に関して一体どれだけ未知な材料を持つ人なのかと常々びっくりさせてくれるお仕事ぶり、なのに新書版の限界で『乾隆帝』はビジュアル華麗という印象を残してはいない。そこで今回はビジュアル本の真骨頂ということで『綺想迷画大全』を読んでみよう。

丁寧に数えてみたわけではないが、使われた図版は150点に近い。時々モノクロームのものがあるが、わざわざカラーの適当なものがなくてと著者が申し訳ながるように、収録図版のほぼ全部が華やかなカラー図版。しかもほとんどの読者が目にしたことのない中国、東南アジア、インド、ペルシアといった地域の歴史古いビジュアルである。多くの資料源の中に杉浦康平氏の本もあるし、先般他界された若桑みどり先生が教材に使うのに最高と仰有って全巻愛読していた平凡社「イメージの博物誌」シリーズからも何点か採られている。その種のジャンルに入る本だ。杉浦康平氏の宇宙樹(『生命の樹・花宇宙』)や宇宙太鼓(『宇宙を叩く-火焔太鼓・曼荼羅・アジアの響』)といった一連のアジアの図像学をめぐる傑作群に類する。

とは言い条、口上にもあるひたすら極私的な「快楽」に動かされるまま、気随気ままを地で行った肩凝らぬ本である。今時、これだけのフルカラー大型ビジュアル本を「快楽」のまま形にでき、本にできる人はそうそういまい。目に痛いと先に言ったが、帯の惹句に「この絵は眼にしみる!」と書いてある。初出はクインテッセンス社刊の雑誌『歯医者さんの待合室』に「この絵は にしみる」という題で三年間36回連載したものを加筆・再編成したものとあって、笑えた。本当にカラーが「目にしみる」。

その36回を「交錯する異形」「空間のあそび」「動物たちの旅」、そして「いつものできごと」の四部に分ける。ふたつ繋がる回もあれば、てんでばらばら、自在にどこから眺めてもよいというルースな構成。印象としては図版は150できかず、もっとずっと多いはず、と思って眺めだすと、ひとつの図版が部分図としてどんどん増殖していくので、実はもの凄い数になるのだ。

それもそのはず、ディテールにこだわることで一見ワケの分からない絵の意味を解き明かす中野流図像学のエクササイズ、という本なのだ。龍を射とうとしている射手の体が当の龍の体と繋がっているのはなぜか、「ふしぎを解いてくれるかもしれない鍵が、つぎの図6のなかにかくされています」(p.56)というやり方で、どんどん「つぎの図」に拡大されていく「部分」図に読者は誘い込まれていく。思うに中野女史の頭の中には少々信じ難い量のビジュアルの集積があり、それが徹頭徹尾、熊楠や澁澤ふうのアナロジー感覚で次々と繋がれていく。澁澤、熊楠のみか、キルヒャー、バルトルシャイティス、エーコ、そしてピーター・グリーナウェイと、中野女史偏愛の人々が本書にも繰り返し召喚されるわけだが、考えてみれば、皆、バーバラ・スタフォードのいわゆる「ビジュアル・アナロジスト」たちである。得がたい系譜だ。

ぼくはスタフォードの一連の視覚文化論の大冊を片端から邦訳しながら、彼女の純欧系の作業を、東アジア域、あるいは特に中国・日本についてやって欲しいものと念じつつ、最高の読者として杉浦康平、荒俣宏、松岡正剛、田中優子各氏ともう一人、真芯に中野美代子を想定しながら訳を進めていた。だから本書序文(「前口上」)で、いきなりスタフォードの『ボディ・クリティシズム』と『実体への旅』を念頭に「ひるがえって中国では?」というのがこの本のアイディアであると宣せられて、いやはや虚脱するくらいびっくりし、かつ嬉しかった。スタフォードとか同系統のロレイン・ダストンとか、確かに中野女史が指摘されるように、アーリー・モダンの「驚異」の文化をめぐるこのところの欧米の研究と出版の活況はもの凄い。その辺の新刊を極力チェックし通した丸善の美術関連洋書新刊案内『EYES』の最高の読者がミヨコ・ナカノであったことを、カタログ・メイカー高山宏はいつも念頭に置いてビジュアル洋書紹介に努めてきた。そちらの新しい動向を実によく押さえている気配が、この新刊にもパリッと如実である。そのあたりのどこかで先生はドリス・レッシングにそっくりだと、ぼくは中野女史に申し上げたことがある。レッシング、本年度ノーベル文学賞。先生、まだまだやるお仕事、いっぱいありますよ。

西欧ビジュアルについてはそれこそ澁澤的文化を介してかなりよく知られてきたし、そのアジアとの繋がりでは例えば荒俣宏の功績大だ。がやはり、殊に中国については、つらつら見るに中野女史のストックが断トツ。

この『綺想迷画大全』でも、まくらに置かれる洋ものは今や例外なく我々熟知のものだ(それにしてもクリヴェッリとウッチェルロへの偏愛ぶりは本書でも改めてよくわかる)。やはり、当然ながら中国の材料が面白い。面白過ぎる。

山川に都邑に悠々たる時間が流れ・・・といったイメージが中国ビジュアルの基本としてあるが、そういう山水画、仙人画、そして都市パノラマにも中野女史のディテール狂いの目が入り込んでいく。そういう文章がとりわけ面白い。伝・馬麟『三宮出巡図』(p.76「かわいい魚介たち」)とか伝・仇英『群仙会祝図』(p.84「仙人飛行図」)とか、それこそ見ても見ても次々にディテールに目が移ってきりがない。空間恐怖と悠々の弁証法が面白い。定規でびっしり線を引いた建築図(界図・宮室というジャンル)にもびっくりしたが、余白があると後世のコレクターたちが自分の架蔵印をあとからあとからベタベタ捺していくというハンコの真空恐怖の話(『鵲華秋色』図)が、長年の謎が解けたという意味で個人的には一番勉強になった。

全巻白眉は「いつものできごと」という部立ての27・28・29章であろう。18世紀宮廷のフィギュア・スケート式閲兵式のパノラマ図(清代の『冰嬉図』)は材料の斬新にあっけにとられる。それよりも、タテ35.6センチ、ヨコ11.5メートルの壮大な画巻(絵巻)、清院本『清明上河図』(12世紀)が絵としても面白いし、右から左へ巻物相手に移動していくいわゆるローリング・パノラマの都邑風景に中野女史が付していく説明文が面白い。ひとつの材料で『歯医者さんの待合室』の連載2回分つぶした唯一のケースで、いかにこの材料が本書のメインであるか納得がいく。絵のディテールと中野女史の言葉による描写の往還のうちに、我々は識らず“Ut pictura poesis”(画文一致)の典型例を見ることになる。当然文章が一番多い章になり、絵はたった一点。それが「部分」図に分解されてはディテール分析の材料になる。「まちなみ散策」で概述された後、虹橋なる橋(表紙の橋だ)の上のマーケット、橋のつけ根の橋市の賑わいが一章縷述される。わが源内が『根無草』四の巻冒頭に記した両国橋上の殷賑ぶりを思いださぬわけにはいかないが、帝室が下々のことを知りたくて禁城内に巷の市そっくりの仮設市街を虚構したというマイマイジュ(買売街)を中野女史が連想している文章が、壺中天のミニチュア趣味、パラドックス愛好に目のない先生らしくて面白い。まるで江戸古典落語の「二階ぞめき」の面白さだ。

この本に一番似ているのは田中優子『江戸百夢』だ。同書でも一番面白かったのは、江戸都市観相学の霊感源となった昔の中国の都邑パノラマと橋市の賑やかしについての文章だった。これは一体、なんだろう。

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2007年11月09日

『歪んだ建築空間-現代文化と不安の表象』 アンソニー・ヴィドラー[著] 中村敏男[訳] (青土社)

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空間はどきどきしている/風船だ、と歌う大理論書だ

先回紹介の『建築の書物 都市の書物』に取り上げられた、現代文化における建築および建築学の位置を知る上で必須の100冊の中で、とりわけ読者に直接手にとってみたいと思わせたに違いないのが、アンソニー・ヴィドラー(1941- )の『不気味な建築』(原題 “The Architectural Uncanny : Essays in the Modern Unhomely”、MIT Press)である。別の本の解説のあちこちに参照対象として顔を出すので、どうやらガチガチの建築論とは少し手並みが違うらしいが何もの?と思う。

ポイントは、フロイト以下の心理学、いわゆる精神分析学が成立した19世紀末ぎりぎりの時期から1930年代ハイ・モダニズムにかけての約半世紀に、モダニズム観念をめぐって建築学そのものが成立したことにある。これは偶然ではないとして、「建築心理学」なる面白いジャンルに分類されそうなこの名著は書かれた。

フロイトの論文『不気味なもの』(1919)は、この十年ほど人文学畑でたぶん一番読まれたものではなかろうか。英語では、というかヴィドラーの英語原書では“the Uncanny”という語が充てられる「不気味なもの」のフロイトによるドイツ語原語は“das Unheimliche”で、日本語化された「ハイム」ですぐ見当がつくように「家でない」「家らしくない」、ひいては「くつろげない」という意味の語だからして、家屋論・建築論、さらに風景論・環境論・都市論に横すべりしていかないわけがない。今考えてみると気の利いた人間ならすぐにでも着手しそうなアイディアだが、実にヴィドラーの『不気味な建築』出現まで、建築に潜む疎外や恐怖、不安を論じ切ったものはなかったから、建築好きの人文学の徒はなべて、即とびついたものである。その続篇が『歪んだ建築空間』(原題 “Warped Space : Art, Architecture, and Anxiety in Modern Culture”、同じくMIT Press)で、訳者後書きによると、二冊一緒になった形で出してもよかったとヴィドラー自身語ったそうだ。今回、この続篇を取り上げる。

「歪んだ」に当たる原語は“warped”で、襞(ひだ)になった、褶曲したという意味らしいから、当然ドゥルーズとガタリの思想、殊にドゥルーズの『襞』がフロイトとともに一方の拠りどころになっていることが予想されるが、実際その通りで、バロックを二階建ての館に喩えたこのドゥルーズの記念碑的バロキスム論を建築畑の人間はこう読む、ということが実によくわかる「スキン・アンド・ボーンズ」という一文など、今のところ最高の『襞』論になっている。

全体は2部構成になっていて、第1部は、19世紀末に爆発したさまざまな恐怖症――フォボフォビア(phobophobia [恐怖恐怖症])なんてものまでうみだすほどの盛況ぶり――が公共の建築空間における建設ラッシュと重なるのがいかに偶然などではなかったか、フロイトの心理学と、それを取り込んで美術史・建築史を記述する基本コンセプトとしたドイツ系文化史の丁寧な系譜(ジンメル、クラカウアー、そしてベンヤミン)考が積み上げられていく。ぼくなど迂闊にして、ジークフリート・クラカウアーが建築家あがりだという大切なことをいまさら知って、いろいろ納得がいった次第である。これにギーディオンの空間論、ヴェルフリンのバロック論といったスイス系の空間文化論が重なっていく呼吸など、『建築の書物 都市の書物』で手渡されたシンプルな見取り図にそのまま分厚い肉付けがなされていく感じで、実に嬉しい。先回に続いて今度はヴィドラーを読み進もう、と考えたのは大正解だった。建築を学び、建築をやるとは、建築の部材や技法を知るより何より、まず「空間」観念に目覚めること、というのが建築モダニズムの変わらぬ骨子である。この一見当たり前のことが思想としての建築を知る上でいかに決定的なことであるか、『建築の書物 都市の書物』は一に掛かって教えてくれたわけで、やはりヴィドラーの前に読んでおいてよかった。

深淵を前にした戦慄と言えばパスカルだが、建築モダニズムの論がパスカル伝中の逸話(ベッドや崖から転落していくという悪夢に憑かれていたそうだ)に発して、空間(真空)恐怖と広場恐怖の分析を重厚に進め、先ほど触れた建築心理学のドイツ文化史家たちによる見事なバトン・リレーを描き切り、そして、建築と映画の強い結びつきを論じる。最後はこれも意外ながらジョルジュ・バタイユの建築論を下敷きに、「空間は古典的視覚の法則によって建設されたベンサム流のパノプティコン(円形刑務所)を瓦礫の山にしてしまう」と言い、「空間(エスパース)」は何となく空間というわけでなく、人間の心理的な深みを抑圧して惰性化・自動化する建築群の(いわば軽佻な)空間をむしろ根底から衝つべき永遠に脱構築的、脱権力的な力の場である、とする。建築界の論客たちによる論文の中には、実は不十分な論が能弁饒舌に語られ辟易させられるものも多いが、この点だけ押さえておけばそうはブレない。ヴィドラーのようにそこが明快、というか強靭な論者は珍しく、極端な話、20世紀建築学・建築史についてはこの一冊で十分かという気さえする。それが人々の不安を反映し、人々に不安を与える現代建築の負の局面を論じた本であるというのが、皮肉と言えば皮肉である。

第2部は「不気味なもの」、「歪んだ空間」を意識化した建築や都市計画を、ヴィト・アコンチ、レイチェル・ホワイトリード、マーサ・ロズラー、ダニエル・リベスキンドなどの実作に即して検討し、現下のサイバースペースにまで説き及ぶ。ハードな議論だった第1部の内容がいたるところで解きほぐされていく親切な構成の中で、フランセス・イエイツ流の「記憶術」や、ドゥルーズ一人ではない盛んなネオ・バロック感覚が現代芸術の現場においてどう実現されているか次々とわかって、もはや人文<と>建築など、<脱>領域をうんぬんしている場合ではないと実感できた。

 ぼく等の建築には身体にかかわる
 平面図がない、だが
 心理的な平面図はある。
 壁はどこにも存在しない。ぼく等の
 空間はどきどきしている
 風船だ。ぼく等の心拍は
 空間になる。ぼく等の顔は
 アパートメントのファサードになる。

天体の翼のインスタレーションで有名になったウィーンの建築家集団コープ・ヒンメルブラウによる詩(1968)だそうだ。1960年代、文学をやって建築を知らぬことが許されなくなる時代の始まりだ。“Ut pictura poesis”[文学は絵画に倣う] ならぬ、“Ut architectura poesis”のあり得べき広い新人文教養を、焦眉の急務として促す一冊。

 なぜならぼく等は欲しくはないんだ
 ぼく等を不安にするような
 あらゆるものを排除するような建築なんて。

少し懸念しながら読んだが、実に読み易くて、あるところからは一気呵成だ。「正篇」、即ち『不気味な建築』を少々古いとはいえ推してもよかったが、やはりヴィドラーはこの続篇『歪んだ建築空間』から入ることを勧めよう。『不気味な建築』の邦訳が絶望的にひどく、ほとんど読むに耐えないからだ。フロイトの不気味なもの論を、ネタになったホフマンのゴシック小説『砂男』(1818)に、また、ポー、メルヴィル、ユゴーに遡り、その上でル・コルビュジエ以下のモダニズム建築に秘められた不安と恐怖の心理学をあぶり出した瞠目の一冊を、キーワード“mise en abîme”[入れ子状] を「破産状態」と訳し続けるような無教養によってただのお笑い種に変えてしまった大島哲蔵という人物を、ぼくはいまだに許せない。1948年生まれというからぼくなどとほぼ同世代で、日本建築学界の大立者である由。鹿島出版の雑誌『SD』に書評を頼まれた際、あまりの醜態(一番大事な「序」4~5ページ辺りの日本語を見てすっと読める人がいるだろうか。原文と対照して「採点」してみたら100点満点中、32点!)に、原書は画期的名著、邦訳は画期的悪訳と記さざるを得ず、そう書いたところ原稿ボツになった(ぼくがボツ出したのは30年間で、これともう一本のみ)。個人的に何も含むところないが、建築を文化史の方に開いて成功した稀有の名著が相手である以上、かく致命的な低レベルでの「紹介」は償いの必要な文化的犯罪だ。大島氏は『建築の書物 都市の書物』の中で『不気味な建築』の紹介役を務めている。他にもこの名著に言及している各紹介者が多いが、彼らがぜひ原語で読んでくれていることを願う。ボードリヤール論かまびすしい頃、ボードリヤール邦訳の軒並みの壮烈な誤り(大事な箇所で“en directe raison de”[に正比例して] を「直接的理由あって」と平気で訳すなど普通)を怒ったことがあるが、こういう訳本でのみ議論がやりとりされていることを考えると、ぞっとする。

大島氏は『建築の書物 都市の書物』において「未邦訳ブックガイド――ポストモダン以降/あてどもないリーディングに向けて」というページを担当して、ペレス=ゴメス(Alberto Pérez-Gómez)など褒めるついでに、「デニス・ホリアー」(Denis Hollier)がジョルジュ・バタイユの反建築論を主題にした『反建築』(“Against Architecture : The Writings of Georges Bataille”、MIT Press)を取り上げ、「その内容は実際に訳出しないことには何とも言えないが、訳者の列に加わる者の予感としては最も手強いテクストに分類される」と仰有っているので、ぼくは笑った。そんなに入れ込むなら、これが英訳で、もとはフランス語、著者はれっきとしたフランス人、前衛きわまるメタファー論などで高名なドゥニ・オリエ(Denis Hollier)氏であることくらい知っておいて頂戴よ、とうすら寒い気分になって編集部にそっと知らせ、皆さんお手元の再版本では「ドニ・オリエ」となっている、とひと安心していた。が、今回の『歪んだ建築空間』でも、バタイユの「空間」讃美の論が問題になる大層重要な局面で、これはドゥニ・オリエが出てくるなと思ってページをめくると、これが見事に「デニス・ホリアー」(p.220)。中村氏は“en abîme”については「入れ子状」と訳せている(p.236)のに、のにっ!この業界、大丈夫なんでしょうか。翻訳アラさがしの別宮提督(!)のように、ぼくはえらくはありませんが、それにしても、しても・・・。

今、レヴェルの高い一般読者が読みたい建築論は、このヴィドラーとペレス=ゴメスの二人なのだから、取り扱いにもっと神経を使って欲しいね。それに、ペレス=ゴメスを褒めるなら、大島氏推薦の『建築と近代科学の危機』(“Architecture and the Crisis of Modern Science”、MIT Press)より絶対、“Polyphilo”(MIT Press)だと思うけどなあ。それにしても、兎角全部 MITプレス。1980年前後から、この版元の本は残らず読んでます。

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2007年11月06日

10+1 series 『Readings:1 建築の書物 都市の書物』 五十嵐太郎[編] (INAX出版)

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あの『GS』テイストは今吹かれると一段と気持ちいい

当連載においてここ数回、一昔前に出た素晴らしい本が今年2007年に次々と復刊、重版され再び活字として読めるようになって、という紹介をしてきた。ぼくの趣味も当然あるが、シヴェルブシュの鉄道の19世紀文化史スティーヴン・カーンの19世紀末~20世紀初めモダニズムの『空間の文化史』安西信一氏の英国式風景庭園の18世紀論と、「空間」をキーワードに大なり小なり「建築」の歴史を考えさせるタイプの本が多い。

新千年紀到来直前の10~20年はいわゆるポストモダン各論が大いに盛んだった頃で、その中で一番早く、的確にポストモダンの観念を問題にした栄誉を担う建築――チャールズ・ジェンクスの『ポスト・モダニズムの建築言語』が1977年――が時代思潮の中核となる(普段のなにか理屈っぽく地味なあり方とは似ない)華々しい「言説」をもって跳り出てきていて、およそ「現代思想」を語るのにモダニズムからポストモダンへという建築学・建築史のイロハを知らないではいられないのだという、ほとんど強迫観念がうまれた。浅田彰一人なら何とか「ついていける」が、磯崎新が一枚かむと、もう途端に雲の上、というか拒否反応、というポストモダン・ファンは多かった。浅田氏を核にした伝説的雑誌『GS』ひとつとっても、大体が創刊号にユートピアという建築意志そのものの総特集を立て、ロザリンド・クラウスを本邦に初めて総力紹介し(結果、『GS』が日本の『オクトーバー』誌たらんとしているのだと幻想させ)、気鋭の伊藤俊治、彦坂裕といったところに思いっきり濃密な長大論文を書かせていた。

『GS』が思想誌としては例外的な社会現象となった1990年に生まれた若者がいよいよ大学に入ってくるなど、ぼくなどなかなか信じられない。笑うべき政治道化で終った黒川紀章氏が世界相手のスーパースター建築理論家だったことを知らないどころか、『GS』も浅田彰も知らない世代が登場してきた。

だからこそ、この本の重版は意味がある。初版が出て8年。いろいろ展開めまぐるしい建築学の世界だが、幸いこの間、何かをひっくり返すような理論的展開があったように(素人目にも)見えない(ところが問題か)。

表紙の惹句に「20世紀の建築・都市・文化論ブックガイド。」とある。片手に収まるかっちりした小体(こてい)な本にしては大胆不敵なことを謳うので、目次を見て、感心する。目次構成と流れが生命線という種類の本だ。本のどこにも書いていないが、これはズバリ、浅田彰の下で『GS』編集をやっていた人物がつくった本である。当時は未訳のハル・フォスター編『反美学』を知りもしなかったぼくに失笑した人物。建築の事典をブック・ガイドを口実に一冊編んだというべき本なので、言葉足らずの感は否めないが、確かに『GS』テイストで仕上がっている。

大枠、順に「西洋近代建築」、「西洋現代建築」、「日本近代建築」、「日本現代建築」、「建築史」、「批評」、「都市」、「芸術」、「文学」、「思想」となっており、大きな切れ目には、本のタイトルではカテゴライズしにくい文化他ジャンル(音楽、映画、写真・・・)と建築のつながりをカヴァーするエッセーを「コラム」として入れてある。ブック・ガイド本体も実に錚々たる執筆者が隙間なく並ぶが、『趣都の誕生』でブレークする前の森川嘉一郎氏がアニメ、ゲームと建築を論じたり、大島洋氏が「1968年の都市風景」に触れた「写真‐都市」など、コラムもみっちりである。

本当は目次をすべてここに引用したいくらいのものだ。最初の「西洋近代建築」を見ても、アドルフ・ロース『装飾と罪悪』、ル・コルビュジエ『建築をめざして』、ヴァルター・グロピウス他『バウハウス叢書』(1.国際建築/2.教育スケッチブック/3.バウハウスの実験住宅/4.バウハウスの舞台/5.新しい造形/6.新しい造形芸術の基礎概念/7.バウハウス工房の新製品/8.絵画・写真・映画/9.点と線から面へ/10.オランダの建築/11.無対象の世界/12.デッサウのバウハウス建築/13.キュービズム/14.材料から建築へ/別巻1.バウハウスとその周辺I-美術・デザイン・政治・教育/別巻2.バウハウスとその周辺II-理念・音楽・映画・資料・年表)、エル・リシツキー『革命と建築』、ニコラス・ペヴスナー『モダン・デザインの展開』、ジークフリート・ギーディオン『空間 時間 建築』、レイナー・バンハム『第一機械時代の理論とデザイン』、バックミンスター・フラー『宇宙船「地球」号-フラー人類の行方を語る』、ヘンリー=ラッセル・ヒッチコック+フィリップ・ジョンソン『インターナショナル・スタイル』、ビアトリス・コロミーナ『マスメディアとしての近代建築-アドルフ・ロースとル・コルビュジエ』の10冊。ゲップが出るほど古典的と思うが、10冊の枠と言われれば、見事な選択だ。

もうひとつ、最後の「思想」グループの9冊。ベンヤミン『パサージュ論』(第1巻第2巻第3巻第4巻第5巻)、ハイデッガー『芸術作品のはじまり』、アンリ・ルフェーヴル『都市への権利』『都市革命』、ロラン・バルト『表徴の帝国』、ミシェル・フーコー『監獄の誕生』、ミシェル・ド・セルトー『日常的実践のポイエティーク』、ジル・ドゥルーズ『襞-ライプニッツとバロック』、吉本隆明『ハイ・イメージ論』〈1〉〈2〉〈3〉)、そしてフレドリック・ジェイムソン『時間の種子』。これ以上でも以下でもない最高の立項である。

アンソニー・ヴィドラーの『不気味な建築』が入った「西洋現代建築」のグループも、井上章一『法隆寺への精神史』のある「建築史」も、松浦寿輝『エッフェル塔試論』絶賛の「批評」も、レム・コールハース『錯乱のニューヨーク』の「錯乱」と女の目線がしっかり地に足つけたジェーン・ジェイコブスの『アメリカ大都市の死と生』が拮抗する「都市」も、とにかくそれぞれのグループが、あれもないこれもないという不満分子のつけ入る隙を与えない。ぼく自身も是非にと言って、「芸術」のグループにグスタフ・ホッケの『迷宮としての世界』について、また、「文学」のグループにフランセス・イエイツ『記憶術』のことを書かせてもらった。

「芸術」グループは、ヴォリンゲル『抽象と感情移入』、ハインリッヒ・ヴェルフリン『美術史の基礎概念』、エルウィン・パノフスキー『〈象徴(シンボル)形式〉としての遠近法』、ハンス・ゼードルマイヤー『中心の喪失』と続き、それをヴィーン派美術史からもヴァールブルク学派からも最高の恵みを受けたホッケのマニエリスム美術論が受けとめるという流れが、見事に目次の上に実現された。ホッケの名作は「迷宮」を謳うので分明のように、実はマニエリスム建築論なのだ。『マニエリスムと近代建築』のコーリン・ロウやアラタ・イソザキだけがマニエリスム建築理論家じゃあないよ、ね。ぼくの知人にジャンカルロ・マイオリーノがおり、ザビーネ・ロスバッハがいる。彼らのマニエリスム建築論には「ネオ」が付く。一方、「文学」の方は、『記憶術』の隣にイタロ・カルヴィ-ノ『見えない都市』が並び、前田愛『都市空間のなかの文学』を介して、ギブスンの『ニューロマンサー』とつながる。ううむ、この目次案中の「善き隣人関係」(E・H・ゴンブリック)は非常にインスパイアリングだ。

選ばれた100冊は思いついてバラバラにも読めるし(索引のないのが不親切だね、そうなると)、実はしっかりとあるらしい流れに沿って、あるまとまりをもって読むこともできる。いかようにも使える実に便利なハンドブックだ。

小説一本書か(け)ないでも小説理論家という人種はいくらもいて威張っているが、建築は実際に何かを造ってみせてなんぼという特異な世界だ。理屈がいつも、もの造りの「実体論」に揶揄されてしまうなかなか面白い世界の中で、たかだかこの100年一寸という建築「史」、建築「批評」が自虐的に理屈を尖鋭化していく様子が面白いし、痛ましい。建築後進国日本では特に、理論と歴史と批評が、貧しさと国家主義政治にさらされて実に危うい様子が改めてよくわかる(ヴィーン派などの「精神史」の入る余地は、まず限りなくゼロである)。『空間へ』の磯崎新、『風景を撃て』の宮内康両氏の全共闘時代の根源的な否定と、そこからアラタな模索をという状況そのものの仕事を、この本を読んでまず一番初めに読み直してみようと思うぼくもまた、基本的に貧しい文化の人間なのである。

巻末には索引がない代わりに、この100冊からさらに読み進むべき必読書1,000冊のリスト。勉強好きの『GS』テイスト、大爆発っ。

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2007年11月02日

『パラドックスの詩人 ジョン・ダン』岡村眞紀子(英宝社)

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あまりにもみごとに閉じた<開け>の本

ロザリー・L・コリーといえば、ルネサンス後半(今日流にいうマニエリスム)におけるパラドックスの各局面での大流行を、ことに英国について論じた決定的な仕事であまりにも有名な研究者である。シェイクスピアについてパラドックスを見た(もちろんそれ以外の視点からもいろいろ論じられている)『シェイクスピアの生ける芸術』という大冊は現在某版元で邦訳進行中と聞くし、主著『パラドクシア・エピデミカ』はぼく自身、長年の約束を果たすべく、少しは暇がとれるようになったこの頃、意を決して河出書房新社から再度邦訳に挑戦中である。なにしろ「文化と精読」の両極にこれだけ達芸の人もいないし、庭狂いのアンドルー・マーヴェルの庭詩パラドックス(→先回書評を参照)を大著に仕上げた『我が「谺(こだま)する歌」』も併せれば、マージョリー・ニコルソン級か、ひょっとしたらフランセス・イエイツ級と、どこかでぼくが褒めそやしたこともある稀代のルネサンス研究家の驚くべき鴻業が、そう遠くない将来、本邦読者諸氏の愛するところとなろう。

そのコリー女史の「ルネサンスにはパラドックスの文学と称すべき伝統」ありとする主張を大枠に借りて、とびきり尖鋭なパラドックス狂いの詩人ジョン・ダン(1572-1631)のほぼ全文業をパラドックス駆使という観点から概観する、有難い本が出てきた。

ルネサンスのパラドックスを文芸評価の一大基準にして<批評>の優位をいち早く理論化したいわゆる「ニュークリティシズム」の運動にとって、パラドキシストであるジョン・ダンは一種スーパースターである。当然、本格的研究が出揃っているのかと思いきや、「ニュークリ」の日本における代表的存在、故川崎寿彦氏にはマーヴェルのそれあり、こちらは完成品に近いのに、『ダンの世界』は特段パラドックスに限った仕事ではない。マニエリストの鏡憑きぶりに立ち入った優れた研究書もあるが、ダン一人標的というわけではない。川崎氏と双肩と言われた故高橋康也氏の『エクスタシーの系譜』(コリーの主著と同じ1966年刊)が、英国ルネサンスのパラドックス「精神」については一番深いところに至ったものかと思うが、ダンは長大な系譜の一端に過ぎない。高橋氏の『ノンセンス大全』も同じである。

また、1970年代、マニエリスムが若い文学研究者たちのその若さに丁度いい感じで媚びた頃、河村錠一郎門下の加藤光也氏、篠田一士門下の故大熊栄氏など、ダン=パラドキシスト=マニエリストという図式でダンを読む研究者がたくさんいた(カッコいい英文学者はまずダンのパラドックスにまいらねばならない、という気分は今顧みても面白い)。では、ダン研究書が汗牛充棟とかというと、やはりそうではないことに、岡村氏の『パラドックスの詩人 ジョン・ダン』を見て、改めて気付かされた。ダンのほぼ全文業にわたって過不足なくパラドックスの巧みな利用を取り上げて一冊にまとめた仕事は、本書が最初である。一種ジョン・ダン辞典として重宝する。有難いと言ったのはそういうことである。

「愛と修辞のパラドックス」、「都市と諷刺のパラドックス」、「マニエリスムのパラドックス」、「近代と懐疑のパラドックス」、「死と宗教のパラドックス」、そして「無のパラドックス」という截然たる章立ては、随時利用させてもらうのにも非常に便利だ。座右に置こう。

「ジョン・ダンはロンドンに生まれ、ロンドンで育ち、ロンドンに生き、ロンドンで生を終えた詩人であった。ダンが生まれた1572年はロンドンの人口が急激に増加しつつあった頃である。1500年には5万人であった人口は、この頃には倍増し・・・」(p.62)、それがダンの『諷刺詩』に社会学的なパラドックス性を授ける、といった、主に神学や修辞学の形式的側面で考えていったコリーには欠けがちな視点が、「文化史」研究の今めいていて、勉強になる。

しかし、一気読了後に残るこの違和感は何だ。あれもある、これもあると分類、併記した挙句、これをまとめる「結」の部分が凄い。

 パラドックスは、それ自体がパラドックスである。「嘘つきのパラドックス」に見られるごとく、自己矛盾を内包する。真を述べればそれが偽となり、偽を述べれば、述べたこと自体が偽であり、ゆえに肯定と否定とが拮抗して、一点に解を見出すことができない。そこからパラドックスは自己批判となる。それ自体の方法や技法を批判し、その議論の限界を明るみに引き出す。かくしてパラドックスは同時に主体ともなり、客体ともなる。究極的には人間の悟性を弄ぶものとなる(。)(p.241)

すばらしいっ!と思うが、注(3)とあるので見ると、コリー主著の丸写しである。結論まで誰かをソースに引いてくるような応接の人間が扱って一番面白くないテーマが、パラドックスではあるまいか。違和感とは、象徴的に言えばこのことである。この本を書くことによって「限界を明るみに引き出」され、そのことにパラドキシカルに呆然とし、戦慄する著者の姿がどこにも全くないのだ。あらゆる静的なものを、まとまりつかなくても動へと開くのがパラドックスの真諦だと主張しながら、自らこれ以上ないほど予定調和へと穏やかに閉じてしまうとすれば、この本自体、なかなか皮肉なパラドックスである。本は閉じようとする装置であるから、こういうふうにパラドックスをテーマに選ぶ以上、「開け」を本自らにどう構造化するか、メタな頭が必要だ。この本は一研究者、岡村眞紀子にとっては年月かけた研究の一大レポートであるかもしれないが、選ばれたテーマはそれを許さぬ、なかなか性悪の相手。相手が悪かった。序文開巻の一行にいきなり、「最後にしか書けないのは序文である」という冴えたパラドックスを綴ったコリーの強靭な「ますらおぶり(strong limes)」を、メタフィクション感覚当たり前の<今>の研究者になら、やっぱりぼくは要求したいが、どんなものでしょう。

象徴的なのはマニエリスムの扱いだ。これも、今現在、2007年の我々が我がものとして得べきマニエリスム(もしくはネオ・マニエリスム)は「開かれた作品(opera aperta)」の原理なのだが、第三章「マニエリスムのパラドックス」は単純に、1970年代に我々が初めて読み知った随分古いマニエリスム観のおさらいでしかなく、マニエリスムがその前後の章ににじみ出ていく面白さなど、全く工夫の埒外なようだ。

なかなか微妙な偏見を少し混じえて言えば、関西系英文学界にかなり通有なでき方である。川崎寿彦、藤井治彦世代の独特に執念深いパトスが薄れたら、彼らの勉強家ぶりばかりが残る。東京の同輩たちへの対抗心も手伝って、えらく勉強家の論文の大量生産となる。いわゆるカルチュラル・スタディーズにおいても関西が強いのも、どうやらその辺である。

実は三分の一ほど読んだところで、関西の書き手と感じ、つい「著者紹介」を見たところ、京大出のバリバリ京都である。先回、安西氏の作品がいかに例外か記しおいたが、もはや紀要論文の静態など、狭い学会・学界の外では何の読書欲もそそらない。京都なら京都で、何故、蒲池美鶴氏が京大にいた時に出した『シェイクスピアのアナモルフォーズ』(→6月26日付書評)が全然引かれていないの?

その気になれば自閉し安息できてしまうのが、Kyotoの魔力だ。英文学にもどうやら京都学派というものがあって、御輿員三、寺田建比古といった筋金入りの大家をうみ出してきたはずだが、来年、縁あってぼくを非常勤講師に呼んでくれた若島正氏から、実は高山さんの話を聞いてもらいたい肝心の英文学の院生が在籍していなくて、と聞かされ、ぼく憮然としているところだ。

<開け>を忘れた英文学界に、他の事情も手伝って数年前、ぼくは「バイバイ」を告げた。そのあとの英文学界を予想させるに、パラドックスの、マニエリスムの、といった<開け>に賭けるテーマの、このいかにもウェル・メイドに閉じた本のページフェースは、なかなか象徴的である。学者でも、もっと乱れましょうぜ。

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