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2007年10月30日

『イギリス風景式庭園の美学-「開かれた庭」のパラドックス』 安西信一 (東京大学出版会)

イギリス風景式庭園の美学 →bookwebで購入

そうか、パラドックスを考えるのに庭以上のものはないわけだ

文化史家としてのぼくは、自分では娯しみのために何かの論を始めたつもりが、少し時間が経ってみると意外に大きな問題の糸口だったのかと知れてくる、といった位置づけにあるようで、たとえば小宮正安氏のヴンダーカンマー論など見て少しそうした感慨を抱いた話を前に記した。そのたぐいでは、俊才安西信一氏の博士論文たる本書などが代表的なもので、緻密に問題の所在が洗いだされているのを前に、自分が先立ってした議論がそうした繊細さを見事に欠いた大雑把な<暴論>でしかなかったことを思い知らされて呆然としてしまう。

主にイギリス18世紀について、それを今日際立って有名にしている特異な造園術の理論と実践を徹底して追った上、このテーマにとりついて離れぬ内と外の解決不能なパラドックス性という究極的構造を論旨に一貫させていて、一般になじみの浅いテーマながら紹介三昧から一挙に問題の核心へと、18世紀英国造園史研究が深まった感がある。博士論文と聞けば大体が今どき救いのない「紀要論文」の集積体で、おまけに研究助成の金をもらってというと、まあほとんど読む気がしないものが多い。その中で例外中の例外ともいうべき完璧のできばえである。

18世紀ピクチャレスク美学については、今年既に中島俊郎『イギリス的風景』が出て、この書評の場でも刊行の意義を言祝いだが、博士論文ゆえの執拗さと深い議論ということでは『イギリス風景式庭園の美学』だろう、懐かしいなと思っていたところ、2000年刊のこの本が名著復刊ブームに乗って重版され今年拝めることになったので、そのたぐいの本を3、4冊取り上げ続ける中、ぜひ取り上げ、改めて意義を顕彰してみたい。

最近の流れで言うと、大歴史家サイモン・シャーマの名著“Landscape and Memory”(1995;Hardcover1996;Paperback)を訳しながら(『風景と記憶』)、17世紀英蘭戦争当時、海戦維持に必須の材木確保ということから一大植林ブームがあり、中でもジョン・イーヴリンの『シルヴァ、或いは森林論』(1664)が問題と知らされ、おざなりなピクチャレスク造園論を概術してきただけという純粋培養の「美学者」タカヤマ・ヒロシは大きな衝撃を受けた。ピクチャレスク造園論自体、建築史家デイヴィッド・ワトキンの『イングリッシュ・ヴィジョン』の出る1980年代初めまで英本国にもロクな研究がなく、驚異や好奇ばかりを狙うこの不思議な作庭技法を、文字通り美意識の問題として追うばかりで、いろいろ切り口をつけたように言われるぼくの『目の中の劇場』にしろ『庭の綺想学』にしろ、時代のリアルな経済との関連で庭園史をきちんと記述する作業を怠ってきた。

なにしろピューリタン革命から名誉革命、立憲君主制確立にいたる弩級の「政治の季節」であった時、そこで精密化されていった庭園理論が「政治的」でなかったわけがない。たとえば遠近法という視線のあり方にしても、初期絶対王政期の馬蹄形の私設劇場に採用されて以降、政治の道具と化す。名著『政治的風景』でマルティン・ヴァルンケが列挙してみせたこういう風景政治学の最もけざやかな局面こそ、18世紀英国“horticulture”[造園術] に他ならない。ホイッグ党が政権をとると即トーリー党の庭師を解雇して自派の庭師を入れてまず庭をいじらせる珍妙な「風景政治学」があったことは、ぼくも取り上げて論じたが、ここまで風景と政治、そして経済といった「活動的生活 vita activa」が、じっと緑蔭緑想に耽って人生を、世界を考える「観想的生活 vita contemplativa」の場とされてきた庭に完璧に入り込んでいたのかと、改めて驚かされる大著である。

問題は1960年代に発する。最近落ち目の英文学研究だが、『英語青年』誌最近号でその救済者然と扱われている「文化史」的英文学再編制も、ぼくの仕事を引いてキーパースン圓月勝博氏が言うように、この界隈が当然主標的たるべきだ、とぼくは思う。一言もそうは言わずに安西氏の一著、アーリーモダン英国の「文化史」、もしくはカルチュラル・スタディーズの模範的鴻業となり得た。

史料に遺漏のない点は驚くばかりで、一次資料の博捜、普段顧みられることの少ない原テクストの読み込みはおそれいるし、有難い。ピューリタン革命時の、エデン神苑復興(『エデンの園』のジョン・プレストによると、王政復古とのみ訳される“restoration”は、当時かなりの人に神苑「復興」のニュアンスで受け取られていたという)プラス千年王国待望思想が育んだ庭園讃歌から、アディソン、ポープの二大蝶番を経て、公的利益をも考慮した「シヴィック・ヒューマニズム」なる大人の感覚で英国庭園思想が草創されたのが、18世紀後半にピクチャレスク庭園にいたり、「ケイパビリティー」・ブラウン、レプトン、そしてラウドンの諸理論をくぐることで、内と外との緊張を失い、ひたすら内にオタク化していくか、全世界を自分の庭として取り込む帝国の病に冒されるかに堕していく。庭を通して見た近代帝国成立のドラマが、今までそういう目で見られたこともない庭園理論の中小テクストの徹底した読みほぐしで描かれていく。

「復興」と並ぶもうひとつのキーワードが「協和」であり、そして不可能と知りつつ「協和」を成り立たせる構造(特に「内」と「外」)の「パラドックス」である。副題が謳うように、「開かれた庭」のパラドックスが、まさしく現代の「表層化したピクチャレスクの視覚習慣」を引き摺るランドスケープ・アーキテクチャーや環境芸術の中で危うくも解消されつつある。こういう危機意識が一篇の「博士論文」を、読書子一般が読み込むべきアクチュアルな作に変えた。

 特に庭園について問題なのは、その範囲が拡大し、内部と外部の差異がなし崩しにされることで、美的な貧困化・画一化・平板化に陥る危険である。単純に考えても、大規模な環境設計は自然の美的潜勢力(土地の精霊)を無視する確率が高い。さらに今、世界を席捲しているのが、表層化したピクチャレスクな風景式庭園であるならば、それは往々にして物の実体性を捨象した、単なるグラフィックな表面形式の偏重に陥ろう。そこにはもはや自然と人工の拮抗も、公共圏と私圏、有用性と美の力動的緊張もない。残ったのはただ、基本的に私的な住まい・レジャーの快適さと、それをも呑み込む肥大した私的商品経済である。こうした造園がどれほど拡大しようと、私的利害に貫かれた企業や行政機関等の巨大組織を巻き込むのみで、時間とコストを最小限に切り詰めたものにならざるをえない。その結果われわれが見るのは、暴力的に刻み込まれた貨幣の模像である。(p.245)

あまりに博士論文的予定調和の「危機ぶり」結論かもしれないが、それを導き出す一次資料のこれまた博士論文的な徹底して細かい読みの魅力が大きい。今や「文化史家」と化した感ある英文学者、富山太佳夫氏の言う「文化と精読」という文化史に必須の両輪の絶妙な動きの模範を、ここに見る。

17世紀英文学のキーコンセプトは暴力的「外」と対峙する度はずれた「内」の弁証法だと確信し、今、ロザリー・コリーの『パラドクシア・エピデミカ』(1966)を改めて訳し始めたぼくは、コリーが1660年代に庭の詩をいっぱい書いた詩人アンドルー・マーヴェルのパラドックス偏愛に堂々一冊の研究書を献げていたことを思いだし、天才的英文学者、故川崎寿彦氏の『マーヴェルの庭』を思いだした。川崎寿彦氏と並べ、「高山宏」の名を先蹤として顕彰している「あとがき」。今どき偉いっ。

次回はこの勢いで17世紀英国のパラドックス研究の本を、もう一点取り上げるつもり。

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