• 愛読者諸兄諸姉。週2回(火・金)ということで2007年5月にスタートしたぼくの書評ですが、近々100回目を迎えるところで一応決着ということにさせていただきます。

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  • 高山宏の読んで生き、書いて死ぬ
    ―ぼくの中に貪婪の書評魔が帰ってきた―

    かつては一日に一冊読んだ。そして気に入ったものがあれば諸誌紙に週二、三冊は書評を載せてもらっていた。書評に名を借りた論文というスタイルで、よくものを書いた。読みについても魔と呼ばれ巧者と言われ、達人の名をたまわった。十年も前のことである。 長い長い中断が入った。

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  • 紀伊國屋創業80年記念・連続セミナー“9 days talk live”
    「学魔・高山宏、知の系譜と人文科学の未来を語る」
    2007/9/8(土) 13:00~15:40 新宿・紀伊國屋ホール
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2007年09月28日

『ダ・ヴィンチ 天才の仕事-発明スケッチ32枚を完全復元』 ドメニコ・ロレンツァ、マリオ・タッディ、エドアルド・ザノン[著] 松井貴子[訳] (二見書房)

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現代アニメの描画法もマニエリスムの末裔と知れた

『十六世紀文化革命』(〈1〉〈2〉)、そして『レオナルド・ダ・ヴィンチの世界』と読み継いで、知識と絵、というかグラフィズムとの関係が、ルネサンス、とりわけレオナルド・ダ・ヴィンチ[以下レオナルド]の知的営為にとって究極のポイントであることがよくわかった。その場合、絵というのはいわゆる美術絵画でなく、アトランティコ手稿をはじめとする手稿約8,000点の紙面上に溢れるインクやチョークによる厖大なデッサンなのだが、上ニ著とも別にそこに焦点を当てて一意専心という本ではないから、そうしたデッサンの振る舞いがモノカラーの小さい説明図では理解しきれない。そこを完璧に補ってくれるすばらしい一冊が、上ニ著と同じタイミングで邦訳刊行された『ダ・ヴィンチ 天才の仕事』である。「数あるレオナルド本とは一線を画する内容の広がり」を序文に誇るが、まことにその通りだ。

合計32点の機械デッサンを、飛行機械、武器、水力関係、作業機械、式典演出機械、楽器に大別して紹介していくのだが、ミラノ工科大学で工業デザインを学びコンピュータ・デザイン事務所で仕事をしながら大学でも教えているデザイナー二人が、三次元CG画像にレオナルドの設計図を再現していくというやり方がなんとも斬新で、何度眺めても面白い。

レオナルド・マニアというほどではないがレオナルドにフツーより少しは上というくらいの関心をもつぼくのような人間には、ヴィジュアルで理解するレオナルドといえば、いまだにラディスラオ・レティ編『知られざるレオナルド』(1974)である。八ヶ国共同出版、日本語版は翌年、岩波書店から邦訳。研究としても第一級の水準だが、大型豪華本に溢れる図版が珍しく(多くは手稿)、その説明の仕方、そのための図版構成も、いまなお新鮮。組版は写研と聞いて、さもありなんと思う。当時の値で12,000円は貧書生には痛かったが、モナリザでばかり馴染みのレオナルドとはまるで違う「知られざる」レオナルドの相貌が、衝撃とともに伝わったものである。

アトランティコ手稿紙葉の一枚に自転車そっくりな機械のデッサンがあって流石はレオナルド、という一章が『知られざるレオナルド』にある。大真面目な議論だったが、1969年の編纂の過程でいたずらな現代人が入れた落書きと判明。今ではお笑い種である。

日進月歩ということだ。「壁画<最後の晩餐>の修復」という最近最大の美術史学上の事件については『レオナルド・ダ・ヴィンチの世界』中にもきちんとした報告文があったように、元はどうやら、派手な色を投入した、我々が長年イメージしていた作とは全然違う絵だったらしいのだ。ブルーノ・タウトが日本的わび・さびの極致とした桂離宮が実は金ピカだったのが歴史の塵芥で汚れていただけというのに似たショックが、新千年紀の変わり目にレオナルド学全体を強撃した。コンピュータ・グラフィックスが美術史を変え始めた代表的ケースとして長く記憶されるだろう。

二人のデザイナーは手稿のありようを考えつつも、あくまで手稿上のデザインに集中して、それをCGに移す。その過程で今まで問題にならなかったようなレオナルドの特徴が見えてきたりする。こういうことも起こる。「完璧に再現したつもりの構造や仕掛けが、最後の最後になって見つかった小さな部品のおかげで根底からくつがえされ振り出しに戻」った。「自走車」のケースだが、その入れこみから、「連射式大砲」の図解(108-115)と並ぶ、同書図解中の華である。

レオナルドのデッサンを凝然精査して、立体模型をつくる代わりにCGに立ちあげていく。さまざまなアングルから連続的に見るとか、一部を断面化して向こうを透視させるとか、やりたい放題なわけだが、ふと考えてみれば、16世紀当時、レオナルドの機械図や解剖図を断然ユニークたらしめていた作画技法を、今そっくりコンピュータが随分と楽になぞり、実現しているのにすぎないとも言える。「ほかならぬレオナルドも、考察や思考のプロセス、斬新なアイデアを視覚化してスケッチで伝えようとしたのである。装置の複雑な仕組みや構造を余すところなく伝える本書のCGは、まさにレオナルドの夢の実現と言えるだろう」とあるし、「天賦の才能が醸しだす魔法のような魅力こそはないかもしれないが、機械の全貌をしっかりと伝えるという点では、原画を超えたと言ってもいいだろう」。大変な自負だ。

逆に、こうしてCGが多様なアングル、無数の部分に分けて見せなければならぬ内容を二次元の紙葉にハッチングやインクウォッシュだけで封じ込め、多様な解釈をクラスター爆弾(その図解もある)のように閉じ込めたレオナルドの<絵>とは全体何か、ということである。「機械の設計画を――他者に伝えるために絵で表現したというよりも――分析と研究のための手段ととらえた」(パオロ・ガルッシ)。絵は実物にひとしいとか、あえて実験をする必要がないほどの絵のリアリティといった不思議な<絵>観の背後に、「芸術家であり技師でもあるという新知識層の出現によって・・・<知的な>創造行為だと考えられるようになっていた」動きがある。それこそはマニエリスム・アートの定義ではないか。ヴァザーリのマニエリスム絵画論を引くドメニコ・ロレンツァの巻頭言はだてではない。「思考や判断は精神によって成しとげられ、それを手を使って表現したものが絵画」だ、と。

分解して一つ一つの部品までていねいに描いた画像は、さまざまな想像を呼び起こす。レオナルドの機械を頭の中でバラバラにしたり組み立てたり、自由にイメージをふくらませて楽しんでもらいたい。(p.7)

「機械要素」の組み合せを、『レオナルド・ダ・ヴィンチの世界』書評でぼくはアルス・コンビナトリアと呼んでおいた。現代最強のCGデザイナーが16世紀マニエリストの(たぶん無自覚な)末裔たることを証すというのが、この近来稀な美しさの本の(たぶん無自覚な)スマッシュヒットである。持っているだけで嬉しい一冊。

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2007年09月25日

『レオナルド・ダ・ヴィンチの世界』池上英洋[編著](東京堂出版)

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レオナルドを相手に本を編むことのむつかしさ

山本義隆氏の大労作『十六世紀文化革命』(〈1〉〈2〉)の読後、その勢いのまま読むに格好の大冊が出た。レオナルド・ダ・ヴィンチの「多岐にわたる活動を、あますところなく網羅したはじめての<レオナルド全書>」(帯の惹句)たる本書である。前書きも何もなくいきなりレオナルドの解剖学、レオナルドと数学・・・と、理科系のルネサンス文化史において、文献一本の先行史がレオナルド・ダ・ヴィンチ[以下レオナルド]の「詳細な観察と計測」しか信じない態度によって一撃くらい、文化が大きくガリレオの時代に向かって舵を切られていくことをいう各論は、世紀のとば口にあっていきなり「十六世紀文化革命」のヒーローたるべきこの天才の姿を浮上させる。

三部構成で、第一部「自然科学」、第二部「芸術」、第三部「人と時代」として、各部が「解剖学」「数学」「工学」「天文学と地理学」というふうに、また「絵画・素描」「音楽」「演劇」「彫刻」という具合に細分化されて、全部読むと、改めてアルベルティやレオナルドといった、一人で百学連環をやり、アルベルティはそのうえ第一級のスポーツマンたり、レオナルドは結婚プランナーまでやったというような万能ぶりを可能にしたルネサンスとは何だったのか驚く他ない。こういうの、「普遍人(homo universalis)」といった。細分狂いの現代からは夢の夢だ。

圧倒的に面白いのは「レオナルドと工学」の田畑伸悟論文。全員大学関係者の中、唯一、日本アイ・ビー・エム株式会社勤務の現場人感覚がはつらつとして、ぼくが人文系読者のせいもあろうが、あっという指摘多し。なんとなく工学者レオナルド、技術者レオナルドというのでなく、工学と技術の観念規定をはっきりさせたうえ、この両者の間を自由に行ったり来たりできつつ、しかしその生彩は「物づくり」の技術者としての方にある、という論旨は明快極まる。「現場」ふうの言い方では「品質向上、大量生産、コスト削減」に意を用いる卓抜せる「問題発見能力」と「問題対応能力」というような評価になるらしいのだが、そういう議論が、「技術者の需要が高い状況では技術者として、技術者の需要が低い状況では芸術家として振る舞った人生」という、他の論者がもてあまし気味の万能天才の多面ぶりをあっさり総括しきる視野と修辞の見事さを以って、この論文が、欠落した序章を補う完璧な序文。二度目読む時はここから入る。

工学におけるレオナルドの第一歩は、機械を機械要素という機能単位に分けて論じたことにある。機械は、様々な部品の組み合わせで構成されているが、どの機械にも共通した要素ごとに機能性をまとめておけば、それらを組み合わせることで様々な新しい機械を容易に製作したり、他の人間に説明したりできるはずである。だが中世までの世界では、機械ごとに説明されることはあっても、機械と機械の共通点について論じられることはなかった。機械要素は、その時代の技術レベルに応じて様々なものが考えられるが、レオナルドの時代には、歯車、ネジ、梃子(てこ)、くさび、滑車、輪軸、バネ、カム、リンクなどが存在していた。(p.64)

こういう「機械要素の認識」によって「機械の動作の数値的な定量化が可能となり、機械の複雑化と効率化を可能にしていく」ことになり、「このような技術の一般化と集成が、その後の工学の体系化という方向へ繋がっていく」というふうに田畑論文はまとめられるのだが、本人識らぬ間に、16世紀マニエリスム文芸を支配した“ars combinatoria”[組み合せ術]を工学的に説明しおおせている。「ちなみにレオナルドが生きていた時代、彼に対する呼称はイタリア語で“ingegnere”、あるいはラテン語で“ingeniarius”とされていた」というさりげない指摘までが、今やその中で<文>と<理>が重なろうとしているありうべきマニエリスム文化論の人間にとっては泣いて喜ぶ一撃なのだ。ご本人がそういう脈路を知らず坦々と語り進むのが爽快だ。

レオナルドの天文学・地理学を扱った小谷太郎エッセーも楽しい。自分の論は「正直いって心許ない」が、自分は「はっきり言って無知」だから、「開き直って」「きままに」書くなどと言いながら、レオナルドという「難儀な性格」のうんだ「まちがいだらけ」の手稿相手に「筆者はもう疲れました」と笑わせておいて、「その思考に瞬発力はあるが持続力はなく、記述にひらめきはあるが首尾一貫していない。月や太陽の光についてすぐれた洞察をしながら、発表せずに暗号のような手稿の中に埋もれさせてしまう。実験で理論を検証するという近代科学の原理を見通したようなことを述べながら、どうも自分ではあまり実験をしていない」等身大のレオナルド像は、他のどの論文よりもクールで説得力がある。

もうひとつ印象深かった一文が、レオナルドの「変形(strasformazione)」嗜好を言った金山弘昌氏の「レオナルドの手稿について」中のもので、とても楽しい。

このようにレオナルドは自らの眼による観察によって、多様な現象の中に統一的な体系性を見出していたわけだが、そのもう一つのわかりやすい例が「水」である。水のテーマは、彼の膨大な手稿の至る所、すべての分野に一貫して登場している。例えばそれは、機械工学・建築の分野では<モナリザ>の背景のモティーフとなったりする。しかし現実の背後にある共通原理を「類比」によって理解するレオナルドは、表面的な類比に留まらず、水が自然という大きな装置を動かす重要な要素のひとつであることを見抜いていた。彼は水の渦巻きからレダの渦巻く髪型を連想し、鳥の飛翔における気流が水流と類似した性質であることに気付き、河川などの水流が人体における血液循環と同一の原理に基づくことを直観する。そしてついには、宇宙論のレベルにおいて、血液が巡る人体と水が循環する地球が同様の有機体組織であると考えるのである。

すばらしい。「レオナルドの独自性をもっとも明白かつ詳細に示してくれるのが手稿なのである」とも言っていて、レオナルドの生涯にわたる「膨大な量のメモやノート、素描や図面の類」の一大集積体たる手稿相手なればこそ、こういう見事な批評が可能だと言いたげだ。

この面白さがそっくり第二部「芸術」の厖大ページの重さにはねかえる。ダン・ブラウンの『ダ・ヴィンチ・コード』の大ヒットにもたれる形で、結局、美術史を名乗る部分のみ、相変らずア・プリオリに対象分野が確在するかの細々しい専門的議論にのめりこみ、学会で先行する大物連の仕事に敬意を払いつつの典型的な論文が次々と続くのである。ぼくが文系読者でどうしても理系・工系に甘く、なまじ遠近法と絵画の関係に詳しいが故の、こうした感想になるのかと考え、何度も読み直したが、第二部は全体におとなしい。専門領域の中ではそれなりの発見もあるのだが、第一部にみなぎった驚きには及ばない。

第三部では、フロイトによるレオナルド観が、文字の世界に難点持つレオナルドの発達障害の指摘ともども、いまさらながら面白いし、「レオナルドと近代日本」は資料的価値がある。

相手が細部と全体の関係そのものを生きた人間であることから、本書の編集ないし目次構成もが歴たる<内容>とならざるをえない困難な本なのだが、どうやら編者氏にその認識の緊迫感がないから、第一部「自然科学」、第二部「芸術」、第三部「人と時代」といった、今あるべきレオナルドと仰有りたい相手の像とはおよそちぐはぐな目次構成におさまったものと思う。「分野を細分化してレオナルドについて論じることのナンセンスさを知った上で、しかしこうしたアプローチが現代では最も有効」といったラチもない言い訳ばかり書き連ねた序文自体、笑止千万のナンセンスである。すぐれた各論なのに統一像は読み手に丸投げ。「無理に統一見解」ははからないと言う。はかれよ、無理に。それがレオナルド・ダ・ヴィンチを「あますところなく網羅」するということだろう。ただの並列ではすまない。ホッケの『迷宮としての世界』の本としての中心――迷宮の原案――に何故レオナルドがひそむのか、「現代」を口にするレオナルド論なら、「16世紀文化革命」をネオ・マニエリスムに蘇らせようとする動きの中で、レオナルドを「編む」ことの意味、その困難とスリルとを思え、ということである。大変な労作なのに、「本書、画集、評伝といったものがひと通り揃って」からレオナルドがわかるという、謙遜なようでただ愚かしい序文のひとくだりで、ぶちこわし。執筆メンバーに悪いだろう。細部と全体という実にレオナルド的なテーマを編集作業で悩む逆説の書となった。意図したちぐはぐなら、凄いのだが。

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2007年09月21日

『一六世紀文化革命』〈1〉〈2〉山本義隆(みすず書房)

一六世紀文化革命〈1〉
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一六世紀文化革命〈2〉
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それって要するに職人たちのマニエリスムなのである

17世紀の「科学革命」(トマス・クーン)を大掛かりに論じた『磁力と重力の発見』(〈1〉古代・中世〈2〉ルネサンス〈3〉近代の始まり)で2003年の出版界最大の成果をもたらした著者が、それには16世紀の「文化革命」が先行した筈だが、次にそこを詰めてひとつの文化史を完結させると漏らした「約束」が、こうして丸三年の歳月をかけて果たされた。

大部二巻。堂々たる読みでのある作品だが、主張は単純にして骨太い。芸術理論を枕に、外科学、解剖学と植物学、冶金術と鉱山業、算術と代数学、力学と機械学、そして天文学と航海術と地図制作と、目次を順にたどるだけで、文書偏重・文字崇拝のスコラ的思弁から出ようとせぬ中世来の旧守の諸学が、黒死病その他の流行病とか、火砲主体に変貌した戦場とか、広がる世界の未知の経験を前にお手上げになる中、大学アカデミーの外にあって蔑視されていたギルド的職人たちが新時代に即応する知を、印刷術というハードウェアの展開にのって外部に、ラテン語でなくヴァナキュラー(俗語)をもって公開し共有するというやり方で突破していった大きなうねりが、もう既にほのみえてくる。

 以上、個別の学問分野での「16世紀文化革命」の展開を通覧したきた。それは外面的には学問の担い手の交代とその表現言語の変化として現れている。つまり職人や芸術家や商人たちが、俗語でもって自己表現を始め、それまでラテン語が専一的に支配していた文学文化の領域に越境したことで、知の独占の一角を崩したのである。しかしそれだけには止まらない。それは基本的には、視覚芸術における表現技法や技術者や職人の自然への働きかけの手順、そして商人による資本や商品を管理する手法、とりわけ的確な観察と精密な測定と正確な記録、総じて自然と世界に向き合う彼らの姿勢そのものが自然にかんする知識の獲得に有効であるという新しい認識であり、ひいては自然について知がいかなるものであるべきかという真理観の根本的な転換を意味していた。(p.621)

これに尽きている。こういうマクロ・スケールのまとめが山本氏は実に巧い。厖大な具体的データも必ずこういう展望が挟んでくれるので、読後、一片の散漫感もない。グラン・テーズ(大論文)の構成をよく知る、近頃の学者には珍しいほどきちんとした立論の空間は壮観だし、たわみも緩みもなく快い。

要するに、エリート貴族の子弟がラテン語でやる「韜晦(とうかい)体質」に凝り固まった大学アカデミーの「自由学芸(artes liberales)」が現実的な威力を何も持ちえなくなったとき、「機械的技芸(artes mechanicae)」を担う職人たちの「手でおこなわれる」知の営みが一世紀間、世界をつなぎ、世界を救った。文字通り世界を救ったのが医学アカデミーから締め出された理髪外科医たちで、大学の医学教授から賤業視された彼らが自らの一命を賭して悪疫禍の街区にとどまり、少しずつ対処法を模索していく間に、ガレノスべったりの「典籍医学」の方は為すすべもなく、尻まくって逃げ出す他ないという長々と続く逸話は、まさしく今日の大学ないし初中等教育が多くの場面において畳の上の水練以上のものでない状況にそっくりはね返ってくるようで、文書偏重のアカデミーに距離を置く山本氏は、はっきり現下の日本のアルテス・リベラレス(教養教育とも訳せる)の行き詰まりの構造を寓話として語っているのだ。自ら英会話できぬ英語教師、キーボード打てないメディア論教授の授業。この本で改めて“auctoritas”が権威/文庫の両義語であることを思い出させられたが、ロゴサントリックな教育現場が視覚文化的(oculocentric)な現実にブレーキにしかなっていない状況を、山本氏自身いらいらしながら描く16世紀ヨーロッパにどうしても透かし見てしまう。結局は例えば『アートフル・サイエンス』のB・M・スタフォードと同じ激しい現代批判を16世紀に仮託して綴った、と見るのが最高の読み方かと思う。

スタフォード本と、印刷書籍に複製される図像・図版への圧倒的評価でも通じる。タッコラやフランチェスコ・ディ・ジョルジョの機械製図法が見事な「グラフィック・デザイナー」たるレオナルド・ダ・ヴィンチの解剖図やアゴリコラの『デ・レ・メタリカ』の鉱山断面図に継承され、かくて「芸術性を有する科学資料というジャンル」がつくりだされるのだが、「美術史」はこれを評価できないでいる。いや、こういう文字通りの「アートフル・サイエンス」については既に荒俣宏の『想像力博物館』や「ファンタスティック12」シリーズが存分に切り込んでいると思うのだが、山本氏の文章や文献一覧にはスタフォードも荒俣もまるで出てこない。

ここまでゲリラ戦に出た相手にだから言ってもよいと思うのだが、あまりにもひと昔前の参考書ばかりなのに喫驚。そりゃ偉大な人とは思うが今さら下村寅太郎でもあるまいに、と感じた。今、『磁力と重力の発見』を書くに、Hélène Tuzet, "Le cosmos et L'imagination"(1965)もなく、Fernand Hallyn, "La structure poétique du monde : Copernic, Kepler"(1987)なくてどうする?『十六世紀文化革命』綴るに、Michel Jeanneret, "Perpetuum mobile"(1997)なく、Jessica Wolfe, "Humanism, Machinery, and Renaissance Literature"(2004)なくてどうする?結構不可欠な本ばかり。

全巻のキー・イメージは「手」である。スコラ学者どもの「頭」に対峙、ということなのだが、アルス・メカニカエの「メカネー」の語源も「手」ということである。そして全巻、技師・職人たちの「文化革命」はまず「芸術家にはじまる」という素晴らしい出だしを構えたのなら、何故「マニエリスム(mannerism)」が「マヌス(manus 手)」に由来し、そのマニエリスムがまさしく16世紀精神史において今最大のキーワードたることに、これだけ浩瀚厖大の本にしてただ一言の言及もないのか。さかんに狂言回しに登場する悲劇の陶工ベルナール・パリッシーにして、現在はまずそのマニエリスムが話題になるはずだ。この本で紹介された奇人ラメッリは、ホッケの16世紀マニエリスム美学の研究『迷宮としての世界』(1957)に、その「読書機械」という奇怪なメカが紹介されていておなじみだが、そこでのホッケの説明も不備。『迷宮としての世界』は山本著と併せて読むと異様に面白かったりする。

もと東大全共闘の、ぼくなど仰ぎ見ていたトップだった著者。アインシュタインの再来と言われ、勿体ながられたがキャンパスに残らず、潔く駿台予備校講師に。最新情報に疎くなりがちな氏を、ファンのネットワークが支えてきた。素晴らしい。今日インターネットは下手な大学百個に勝る。ネットワーキングが偉大な学を成り立たせた最右翼が山口昌男人類学、そして最左翼が山本義隆科学史/文化史、という印象である。

であるが、それにしてもそのネットに、まさしく「芸術家にはじま」ったマニエリスム・ムーヴメントのデータが何ひとつ引っかかっていないらしいのが口惜しい。マニエリスムこそは、芸術家の「頭」と職人の「手」の間で激しく交錯した16世紀きっての問題的現象だった。ジャック・ブースケの『マニエリスム美術』(1964)を覗いても、エウジニオ・バッティスティの『反ルネサンス』(1989)を見ても、山本氏がとりあげた画家や職人の仕事が片端から「マニエリスム」と呼ばれている。月刊『ユリイカ』誌「マニエリスムの現在」特集号にわざわざ人を頼んで、マンリオ・ブルーサティン「厖大なる労働」という職人マニエリスム論の傑作を訳載したのに、山本さんの目には触れていないみたい。

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2007年09月18日

『シンボルの修辞学』 エトガー・ヴィント[著] 秋庭史典、加藤哲弘、金沢百枝、蜷川順子、松根伸治[訳] (晶文社)

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読む順序をまちがわねば、笑う図像学、きっと好きになる

絵の意味がわかる、と簡単に言うが、そもそも絵に、ちょうど小説や詩に意味を求められるのと同様のレヴェルで<意味>を求めることができるようになったのは、一代の歴史家・美術史家のヤーコプ・ブルクハルト(1818‐97)のお蔭だ。芸術史は芸術そのものとその種類に従った叙述であるべきで、芸術家たち自体の歴史であってはならない、としたし、同様に文化史も人間精神の形態学をめざすのでなければならないとした。

あくまで対象に即き、その記述に徹する大ブルクハルトの弟子が、今日のバロック論を出発させるバロック<対>ルネサンス概念の提起で名を残すハインリヒ・ヴェルフリンであり、さらにアーロイス・リーグル以下のいわゆるヴィーン派美術史学である。個々の作品よりもそうしたものに共通する「形式」を「数学のようなやり方で」抽象する論理的傾向が快い反面、作品を「現実経験のコンテクストから切り離した」という批判の対象になりうる。

そこをブルクハルト本流に戻って「美術的な視覚というものは、この一つの全体としての文化の中にあってはじめて必要な機能を果たす」としたのが、昨今再評価めざましいアビ・ヴァールブルクである。こうして美術史学が文化学(Kulturwissenschaft)、精神史と接続されていく今現在の西洋美術史学を、広く「メディア革命」という人文学の21世紀的再編成の大枠に取り込む上で必須の見取図と教養の内容が見えてくる。展望を与えてくれているのはエトガー・ヴィントの大著"The Eloquence of Symbols : Studies in Humanist Art"(1983、邦訳『シンボルの修辞学』)、その第2章「ヴァールブルクにおける<文化学>の概念と、美学に対するその意義」である。以上の紹介文中の引用の括弧はこの文章から引いてきたものだ。

ヴァールブルクがキリスト教美術の中に「古代の残存物」を発見していった画期的な仕事は、その研究所・図書館たるヴァールブルク文庫に流れ込み、所長エルヴィン・パノフスキーの"Studies in Iconology"(1939/1972;Paperback/邦訳『イコノロジー研究』ちくま学芸文庫〈上〉〈下〉)に象徴的な、プラトン主義哲学など異教テクストに対応する内容をルネサンス絵画に追求するイコノロジー(図像学)をうんだ。パノフスキーの名著はじめ、クリバンスキー、ザクスル、ウィットコウワー等々、ヴァールブルク図像学の精華が1970年代から一時集中的な邦訳紹介をみて、図像学者に非ずば美術史家に非ずという風さえあり、シェイクスピア劇はじめ文学作品にも図像学の成果を援用するのが一時大流行した(岩崎宗治氏の精妙な業績他)。

兎角、面白いように絵の<意味>が析出されてくる。以前、故ダニエル・アラスの『モナリザの秘密』で絵の意味がわかってきた時の快を我々は味わったが、アラスが極力素人向けに語ってくれたところを、思いきりプラトニズム、ネオプラトニズムの哲学を導入し援用しながらの説明で、とっかかり気骨は折れるが、少し辛抱して付き合う間に面白くて仕様がなくなる。その意味では、具体作に即して話が進む第3章「ドナテッロの<ユディット>」、4章「ボッティチェッリ<デレリッタ(見捨てられた女)>」から9章「キリスト者デモクリトス」までをまず一挙通読するのがよい。プラトンが芸術を理想国家から追放すべしとした真の理由を述べる第1章は、プラトンが意外やな専制君主にもてたいわれを分析する最終第10章と対応しており、オリゲネス異端説のルネサンスにおける復活を芸術に追う第5章と併せ、この三つの章は3~9章一気読みで具体的解読の妙味を知って後、帰ってくる方が良いと思う。

個人的にいえば第7章「グリューネヴァルトの寓意的肖像画」が出色に面白かった。大司教アルブレヒト・フォン・ブランデンブルクが聖マウリティウスと語らう聖エラスムスとして自らを描き込んでもらっているが、後には聖ヒエロニムスとしての自画像も描いてもらっている。エラスムスとヒエロニムス。うっ、似ている。何かあるのか。何か、ある!

 こうした音声に基づく思考方法は、中世の伝統に深く根ざすもので、人文主義者たちにとりわけ訴えるものがあった。言葉遊びは彼らの職掌に含まれ、巧言も機知も語呂合わせが明敏に悟られなければ始まらない。メディチ(Medici)家は、その名前が乞食(mendici)に似ていたので、変わることなく乞食に親切だったと伝えられる。ミケランジェロ(Michelangelo)[天使ミカエルの意]は「アンジェル・ディヴィノ(Angel Divino)[神の天使]」と呼ばれ、アルベルト・ピオ(Alberto Pio)は「敬虔(pious)」であらざるをえず、エラスムスはモルス(Morus)[トマス・モア]のために『痴愚 Moria』を著したのである。こうした駄洒落の類から、愛や信頼や信仰を伝える深遠な表現にいたるまで幅広い。「名前に何があるかって?・・・名前でもローズが含まれていれば、甘く香るだろうよ」。こうした言葉が、その根底からどうしようもなく発する風合いを感じることができるのは、音声的関連づけの秘密の力を、その核心において知る者だけである。
 こうした「名前への信頼」があればこそ、アルブレヒトは聖エラスムスを自らの守護聖人に選んだにちがいない。こうした彼の信仰の音声的側面には、機知と言わないまでも、「創意」という要素がある――人文主義者の楽しみごとが、司教の気に障ろうはずはなかった。(pp.207-208)

「キリスト教的プラトン主義」の緻密難解の議論にこうして「笑い」の風穴があちこちあくところに、エトガー・ヴィント図像学の魅力がある。

ルネサンス期に語呂合わせが楽しまれていたことは、文学史家や社会史家に非常によく知られていることなので、ルネサンス美術史にその記述がないとなれば、そのことこそ注目に値する。私見の及ぶかぎり、語呂合わせを主題にした美術史的研究は現れていないのである。

本当だろうか。この本("The Eloquence of Symbols: Studies in Humanist Art")が1983年刊とすれば、ヴィントは何故ポール・バロルスキーの"Infinite Jest : Wit and Humor in Italian Renaissance Art"(1978、邦訳『とめどなく笑う-イタリア・ルネサンス美術における機知と滑稽』ありな書房)を知らずにいたかと、バロルスキー訳者のぼくは首をかしげたが、むろん御大、既にこの世にいなかった。『ヴァールブルク研究所紀要』の第1号(1937)に初出の一文であったので、そうなるとむしろ、1930年代好きな山口昌男道化学に通じる先駆的センスを感じる。この「笑い」は第9章「キリスト者デモクリトス」の、道化キリストの図像学で一層鮮明となる。むしろ、『とめどなく笑う』を訳す時にこの『シンボルの修辞学』のヴィントを知らなかった我が不明をこそ恥じるのだ。

五人共訳とはいかがなものか。五人もかかれば日本語にムラ多く、直訳体のこなれぬ訳文がつらいところも多いし、訳者の教養にもムラがある。五つのプラトン立体(Platonic solids)をいきなり五つの「プラトン的固体」と訳されては(p.42)、プラトニズムのイロハであるだけに、その先、実は結構シラけて読み出すしかない。二宮隆洋の編集なら、大目玉くらっているところだ。伝説的な碩学相手の訳業は、もちょっと死に物ぐるいでよかあないか。

16世紀の哲学と、そして美学に付き合ってきた。次は少し16世紀の機械学にいくつか触手をのばしてみよう。

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2007年09月14日

哲学の歴史〈4〉「ルネサンス 15-16世紀」伊藤博明(中央公論新社)

哲学の歴史〈4〉 →bookwebで購入

哲学されなかったもののなかった三世紀をねじふせる

不況の時には哲学がブームになるとは昔からよく言われてきたことだが、若い人に哲学を教える名手だった池田晶子氏の茫然自失させる急逝が契機になり、松岡正剛氏が今時の「17才」には一寸無理という17才向きの哲学の編集工学書が呆れるほどのロングセラーになったり、広義の哲学ブームがあるようだ。先日の朝日新聞でも何故このブームとして哲学関連書や企画の好調ぶりを伝えており、その筆頭に中央公論新社創業120周年記念出版「哲学の歴史」全12巻プラス年表・索引別巻という大企画のスタートの上首尾が寿(ことほ)がれていた。ぼくもある巻にささやかなエッセーを寄稿している御縁で早々と何冊か通読したのだが、第4巻「ルネサンス 15-16世紀」を取り上げてみる。

理由がある。この書評シリーズで既に褒めてきた博学博言の伊藤博明氏責任編集とある。書肆ありな書房で出るルネサンス・オカルティズム関連のヴィジュアルな研究書の大半を訳し、ヴァールブルク著作集を監訳ずみの氏が責任編集ということで、この半世紀、一変したといってよいルネサンス哲学研究が一挙に「ポップ」に見えてくるかという期待が持てたし、当然大きく扱われるべきジョルダーノ・ブルーノをご存知『ロバのカバラ』の訳者たる加藤守通氏が書くというし、実は哲学のインフラとして決定的な出版メディアについては我が朋友たる偉大なユマニスト、宮下志朗氏が寄稿と聞いて、熟読しないわけにいかない。第一、ついこの間、中沢新一『ミクロコスモス』〈1〉〈2〉を取り上げたが、その標題にバルトークを介して、ピーコ・デラ・ミランドラやカルダーノ、テレージオに繋がる自然哲学者、中沢のありようが、いきなり透けて見えた。どうしても今回はこのルネサンス哲学史を見るのが筋だ。

主体は1500年代。それに、クザーヌスからピーコ・デラ・ミランドラの1400年代が付く。1400年以前ではいきなり冒頭にペトラルカ。尻の方はフランシス・ベイコンから、ついにデカルトまで。大半が文業でばかり声名高いペトラルカが何故この本に、というところから、なかなか秀逸の監修ぶりが窺える。「哲学と文学の統一」者として扱われる。

哲学、哲学してあまり哲学脳をしていない読み手を悩ませる監修や分担論者各人の記述でないのが、有難い。今の時点でルネサンス哲学といえば、フィチーノ、ピーコ、そして遡ってクザーヌス辺りの、いわゆる隠秘哲学、ネオプラトニズム思想の線が真芯に出てくるはずだが、どう国家を経営すべきか(マキアヴェッリ、ジャン・ボダン)、立派な市民とはどうあるべきか(ブルーニ、パルミエーリ)といった実際的な思想と哲学が区別できない、宗教(ルター)と広濶な人生観想(エラスムス、モンテーニュ)と哲学が未分化な界域が次々と展開され、今われわれが哲学と呼んでいる世界がいかに根拠なく狭いものになってしまっているかに思い至って、愕然とした。トマス・モアの『ユートピア』を論じる高田康成氏のいうフィロソフィア・キウィリオル(philosophia civilior 市民哲学)が、国家経営術と(狭義の)哲学に分裂したところに、現代世界の政治の貧あり、と感じる。

今時当然というべきかもしれないが、隠秘哲学と「市民哲学」が良い具合に交錯して進んできた――時系列的にもテーマ的にもこれ以上ない順序だ――展開は最後、自然哲学(カルダーノ、テレージオ、ガリレオ、F・ベイコン)で終わり、そしてデカルトの実はルネサンスを引きずった側面を見て終わる。構成完璧。

完璧といえば巻末文献一覧も、ごく最近の学界動向まで丹念に拾って素晴らしい。クザーヌスの「無知の知」(「覚知的無知」と訳すべき理由を、八巻和彦氏に教えられて目からウロコ)論を中心に、それこそペトラルカやモンテーニュといった、哲学とするには厄介な相手を次々、一冊の哲学書にライン・アップした稀代の名著、ロザリー・コリーの『パラドクシア・エピデミカ』(1966)を思いださないわけにいかないが、この本など落ちているのは伊藤氏としては抜かったか。

たとえばアルキビアデスのシレノスの逸話が何度か引き合いに出される。プラトンの『饗宴』に出てくる醜怪な老人の人形ながら、割れると「中には神々しく光り輝く神の像が安置」されているという内/外の対立/一致のシンボル。たとえばエラスムスの『格言集』を論じる月村辰雄氏の絶妙の一文は、こうだ。

これが『格言集』の最大の魅力なのだが――「しかし、これらの人物にもまして、キリストこそは最もシレノスに近いのではないか」と、突然キリスト教の問題に話題を転じて読者を驚かせる。キリストは人々からは蔑まれ、嘲りを浴び、十字架の上で最も惨めな死を迎えることになったが、しかしその死によって人々に救いをもたらした。その内面において栄光に輝いているのだと、キリスト教の立場から霊的な意味が取り出されることになる。こうして、異教的な知識とキリスト教の教えとが、比喩的な意味のレベルにおいて接続を果たしている。異教の著作についての豊かな知識がキリスト教の教えを導く手助けをしているという意味で、これを人文主義的方法と称することができるであろう。また最終的にいかに豊かにキリスト教的意味を導くかが問題となっているという意味で、これをキリスト教的と称することができるであろう。・・・(p.323)

相容れぬはずの多様な要素が、この「キリスト教的人文主義」のようなアマルガムの大渦小渦をつくったのが、要するにルネサンスの哲学なのであり、それをペトラルカから、真空発見のトリチェリまで追跡し切ったRosalie Colie, "Paradoxia Epidemica" が文献に欠けているのが、あまりにも勿体ない。アマルガメーティングな時代の哲学のパラドックス狂い。「哲学」としては初めてという強度のマルティン・ルター論を書いた清水哲郎氏による、ルターの「神学的逆説(theologica paradoxe)」論は、逆にコリーもまっ青。一番読み出のあるルター論、ブルーノ論、カルダーノ論、皆、逆説の哲学なるが故の面白さとみた。これは何が何でもコリーを日本語にしようと、この本を手に改めて決心した次第。

昔、カント哲学者、黒崎政男氏が、哲学はヴィジュアルに示せないもんな、とぼくに嘆いてみせたことがあるが、そんなことはない。とりわけ、ルネサンス/マニエリスム期のヴィジュアル・シンキングの度は凄い。そこの紹介の第一人者たる伊藤博明、岡田温司、両氏の役割がコラムに封殺されていることが、口惜しいといわばいえる、本邦哲学界のメディア感覚であろうか。それはルネサンス最末期を飾る哲学と美学の接点――マニエリスムの「内的構図」美学――が今時、完全に欠落してしまっているところにも通じている。哲学を「イメージの回廊」というコーナーにしてみせるのは敢為と思うが、これは、とりわけヴィジュアル・シンキングの強かった18世紀を扱った「哲学の歴史」第6巻などそうだが、難しい(B・M・スタフォードに学べ。そのために、ぼくが急いで訳したのに)。望蜀妄言多謝。

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2007年09月11日

『ミクロコスモス』〈1〉〈2〉中沢新一(四季社)

ミクロコスモス〈1〉
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ミクロコスモス〈2〉
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アナロギア・エンティスの天才と同じ時代に生きていることに感謝

ほとんどが今世紀になってからあちこちの媒体に中沢新一の書いた中小掌編エッセーの集成。これからもⅢ、Ⅳ・・・と続いていくことが第Ⅰ巻の「短い序曲」に謳われている。

このさき何巻にまで脹れあがることになるか予想もつかないが、それを構成することになる文書のひとつひとつが、私の思考の全体性へのつながりを保ったまま、“小宇宙”としてのたたずまいをしめしていると、読んだ人に心づかれるようであってほしいものである。

楽しみなことだが、考えてみると、凡そまともなもの書きなら誰しも、その一作一作がその人の「全体性へのつながりを保っ」ているはずのところ、これが何だか新鮮な方法ないし新境地にみえてくるところが、いつも方法論そのものに詩を感じさせるのが絶妙に巧いこの書き手の強みであるに相違ない。

単純さの中に全てがとでも言いたげに瀟洒な淡いクリーム色のカヴァーに標題を浮き出す MIKROKOZMOSZ の文字は、ハンガリー語。何を気取ってと思うと、これが実は『ミクロコスモス』を作曲したバルトークに献げられた本とわかる。全体が神話論と音楽論として見るべきものあるエッセー集であり、20世紀前半の思想と音楽に実は同じことが生じていたことを点検する本であって、実にあや憎いばかりの意匠であろう。

マクロコスモス(大宇宙)が星や木石の外なる宇宙を、ミクロコスモス(小宇宙)がヒト一人の身心を指し、この両者が照応し、共鳴し合うというのが、神秘主義諸派の一貫した感覚であって、この本にも中沢ヴァージョンの神秘主義的世界感覚が流れていることがわかる題名であることなど、もはや自明。

神話的思考とは何で、「近代の150年ほどのプログラム」の制度疲労の後、それがいかに必要なものかという点を、どの一篇もが一個の「小宇宙」として反映している。そして大きくふたつに分かれてしまった世界をつなぐ中間、もしくは境界(性)というものの積極的称揚。梟(ふくろう)を論じても庭を論じても、ミッシェル・セールを論じても岡本太郎を論じても、その基本は微動もしない。見事にミクロコズミックな方法を持つ。

扱われる素材はだから自在で、ほとんど奔放といってよい。土器論、南方熊楠、藤森建築学、ヤナーチェク論、正岡子規論、金春禅竹論・・・。どこからどれを読んでも面白い。寿司がレヴィ=ストロースの「料理の三角形」スキームの中でいかに「岬のさきっぽ」の意味を持つ料理でありうるか、サンタクロースが訪れてくる「音連れ」がいかに異教のラフミュージックに由来するものか、いたる所にアッという発見があり、しかもそれがふって湧くトリヴィア泉でなく、中沢の綴る文章の中で中沢の立てる論理に従って、ごく当然のように導きだされるサプライズと感じられるところが、とても並みの詩魂ではない。

第Ⅰ巻では、レヴィ=ストロースが実はいかに21世紀的な存在でありうるかを音楽史、絵画史、数学史のチャートの中で説く「孤独な構造主義者の夢想」が、チャートメーカー中沢ならではで、「いまとなってはポスト構造主義なるものが、構造主義のはらむ異様なほどの過激さを、知識人や時代の嗜好にも受け入れやすい凡庸な代物につくりかえてしまう、文化世界をあげての策謀だったのではないかとさえ思えてくる」という結論も、他の人間の書きものなら、そうそう簡単にうんとは言われまい。

もう一篇、白眉は「哲学の後戸(うしろど)」。「アジアとヨーロッパの境界」たるギリシャ――という捉え方がいきなりサプライズ――が生じた闇を「魂のアジア」として内に抱えることでヨーロッパ精神ができることを弁えよ、というのが第一段。井筒俊彦の文体分析から入る手際にはアッと言わされる。その「魂のヨーロッパ」に今、日本からどうアプローチするかというところで、「日本型のグノーシス学」としての伊勢神道を浮上させるのが、第二段。グラムシから入って度会家行まで突き抜けた「境界的グノーシス」学(border gnoselogy,W・D・ミニョーロ)の知識人像のあぶりだしには、息を呑む他ない。

これに第Ⅱ巻で匹敵しうるのが「耳のための、小さな革命」。「心の中でひそかに、無意識の耳」が聴き取る「別の音律」がいかに「バッハの犯罪」――十二平均律――で疎外されたかの歴史。

ヨーロッパの哲学や思考の道具は、鍵盤楽器のようだと思います。そしてこの鍵盤楽器の最高の調律師が、おそらくカントでしょう。

何たる詩を誘惑するチャートメーキング。絶妙のキャッチコピー。ピタゴラス音階を論じる次のくだりにこれは極まる。松岡正剛を数倍した凝縮の詩性。

西欧の合理的な音楽の発端をつくったピタゴラスは、鍛冶屋からアイディアを得たという話をしました。これは、製鉄技術の重要性を暗示しようとするエピソードです。製鉄がおこなわれるようになって、人間は国家をつくり、王が誕生しました。そのときから、人間の文化のありとあらゆるものが組織替えを起こしました。鍛冶屋はシャーマンであり、最初の音楽師であったと、世界中の神話で語られています。地下世界から砂鉄や鉄鉱石を取りだして精錬をおこなう製鉄の技術と、複雑微小な音のかたまりから振動数が整った音の組織をつくりあげる音楽の技術は深いところでつながっています。こうした技術を積みかさね、人間は、今ある文明をつくりあげてきました、そして、そういう文明自体が、いまひとつの終着点に近づいているのではないでしょうか。

音楽を通しての近代批判。相異なるものを論中に結合する類推力にも感嘆するが、音楽論ともみえて実はそっくり『指輪物語』への最良最深のコメントになり始めている呼吸にも感心していたら、きちんと「21世紀は、この剣と指輪を、もとあった場所に戻す時代なのだ」とまとめられてしまう。見事な手練だ。

第Ⅱ巻ではあと、正岡子規の野球論が日本語改革とつながっていく「陽気と客観」、吉本隆明のマルクス論を「ボロメオの輪」を使って激賞し、それに比べればデリダなんぞ「周辺をうろついていただけ」と喝破して痛快な「吉本隆明さんをめぐる三つの文章」に、楽しく衝撃された。「イマジネールなもの/サンボリックなもの」を、これ以上明快に理解させてくれる文章、珍しかろう。フーコーもデリダもだめ、ミシェル・セール、レヴィ=ストロース、西田幾多郎万歳と、「現代思想」に対する中沢のスタイルは実に鮮明だ。

個人的にはセールや南方熊楠がライプニッツのアルス・コンピナトリアに近いという指摘が印象深い。中沢は意外と、ぼくやホルスト・ブレーデカンプに近いところにいるのかも。

今までの中沢の本のどれかを小さく反映する文章群。この美しい本は中沢宇宙全体を鏡映するミクロコスモスとも思えてくるはずだ。

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2007年09月08日

■講演レポート「学魔・高山宏、知の系譜と人文科学の未来を語る」

紀伊國屋創業80年記念・連続セミナー“9 days talk live”
第75回新宿セミナー@Kinokuniya
高山宏トークライヴ
「学魔・高山宏、知の系譜と人文科学の未来を語る」

2007/9/8(土) 13:00~15:40 新宿・紀伊國屋ホール

上記トークライヴは盛況のうちに終了しました。高山先生、お越し下さったみなさま、ご協力下さったみなさまに、この場を借りてお礼申し上げます。

アイボリーのスラックス、シックな和柄アロハ、サングラス姿の高山先生が登場し、舞台の縁に立たれた瞬間から、私たちはうねりと透徹のタカヤマ・ワールドに巻き込まれることになりました。

「人文科学のエッセンスを伝え、31年の英文学研究から見えてきたこと、未来への展望を語る」という趣旨説明の後、記憶術、王立協会、暗号学、デフォー、ピクチャレスク、百科事典といったテーマが次々と連鎖しながらエピソード満載で語られ、深く響く声と粋でしなやかなお話しぶりに圧倒され魅了され、そして笑わされ通しの二時間半でした。1660年、王立協会の設立以降、大きく展開する近代(英国)の表象文化史、観念史。その思想、その知が現在に接続することを確かに感じ取れる講演で、「文学をメディアとして位置付けよう」「“Literature”(文字で書かれたすべてのもの)全体の中で“Imaginative Literature”(文学)を位置付けよう」という主張には説得力がありました。

締めは“History of Ideas”。「脱領域」をマニフェストに謳い実践したクラブ・オヴ・ヒストリー・オヴ・アイディアズのこと、“Dictionary of the History of Ideas”のこと、Symbol、Myth、Metaphorが人文科学を支えるテーマであった60年代後半~70年代初めの雰囲気――。詳しく伺いたかったのですが、時間が足りませんでした。例えば“reality”(realとはどういうことか)、例えば“Encyclopedia”(知識を囲いこむ、とはどういうことか、時代や地域を横断して一つの歴史として記述する中で自ずと領域を超えるセンスが養われる)など、自分なりの“Idea”、新しい人文科学へのアプローチ方法を見つけて欲しい、というメッセージをいただいて、講演の幕が閉じました。

終演後、NTT出版『超人 高山宏のつくりかた』刊行記念サイン会も開催。黒の見返しに、銀の流麗な筆記体。為書・イラスト・学魔ならではのフレーズ(“悪魔的にあなたのぼく”)付き。美しく、洒落たサインでした。

ライヴ性の強い講演でしたので、テキストでは再現しきれません。復習には『近代文化史入門-超英文学講義』(または『奇想天外・英文学講義』)を中心に先生の著書を読まれるのが一番かと思いますが、いかがでしょう?
・・・として済ませるのも乱暴な気がいたしますので、以下に講演内容のメモ(つや消しの感がありますが)と講演中に言及された本のリストを載せます。

なお、当ブログ「高山宏の読んで生き、書いて死ぬ」へのトラックバック歓迎です(高山先生より)。お待ち申し上げます。

(文責:紀伊國屋書店「高山宏トークライヴ」企画運営スタッフ一同)




    ■記憶術(Ars Memorativa)

    ・本が貴重品であった中世~ルネサンス期にキーとなるのは記憶
     基本的文献を頭の中にアーカイヴ

    ・メモランダム/速記/写本 ―哲学の歴史を大きく変える

    ・記憶術の中から分類学が発生。王立協会の言語革命にもつながる

    ・記憶vsメモ。メディアとは何だろう?

    ■1660年と1966年

     1660年―王立協会の設立、デフォーの誕生
            ヨーロッパ文学・文化の転換点、近代の始まり

     1966年―フーコー『言葉と物』とフランセス・イエイツ『記憶術』が
           同じ瞬間に世に出たことが20世紀後半の人文科学の
           展開の鍵。1660年代を捉える視座

     [→高山宏『メデューサの知』]

    ■ロンドン王立協会

    ○設立の背景に、30年戦争に続くピューリタン革命。厭離穢土の切迫

    ○virtuosi(自然科学系学者集団)による“知的吉本興業”
     eccentric(イギリスで育まれてきた不思議な文化、sporting、
     周囲を喜ばせる・驚かせる)

    ○普遍言語運動
    ・王立協会による普遍言語の追求はambiguousな言語を否定
     文学的言語が封殺された300年

    ・薔薇十字団の思想に基づく教育啓蒙的秘密結社という性格

    ・ベイコン主義と、ヤン・コメンスキー(ボヘミアで薔薇十字団の親分、
     1640年代にロンドンに亡命)
     ――自然科学にウェイト、ラテン語ではなくヴァナキュラー(英語)
        による万人のための教育、言葉とモノの乖離を超克する方法
        としてヴィジュアルも導入(コメンスキー『世界図絵』)

    ・ジョン・ウィルキンズとライプニッツ
     universal languageと0/1 Binary

    ・言葉がrealでない、universalでないと悩んだ末に行き着くのが、
     絵や0/1 Binary

    ・文学とメディアの関係

    ■暗号学

    ・サミュエル・ピープスの日記(1660/1/1~1669/12/31)は
     記述中に謎の暗号を含む

    ・この時期、ヨーロッパ最強の暗号文化
     王立協会の普遍言語運動と表裏


    ■ダニエル・デフォー(1660-1731)

     ・王立協会の設立(1660年)~確立期にその生涯が重なる

     ・ジャーナリスト、商人、株の投機、プロジェクター(社会的発明家)、
      パンフレッティア(250余のパンフレットを通して提言)、変節者、
      スパイ、友人に王立協会員多し

     ・「メルカトール・サピエンス(知ある商人)が、これからの世界を
      動かしていくだろう」(デフォー)

    ■『ロビンソン・クルーソー』(1719年)

    ○従来は
     大塚史学/イアン・ワットの小説社会論的(中産階級勃興の象徴)
     /カルチュラル・スタディーズ的(帝国主義、植民地支配の表現、
     ニュー・コロニアリズム小説のはしり)な読みばかり
     
    ○デフォーを捉える新しい視座
    ・「僕の名前は Robinson Kreutznaer なのに、イングランド訛りで
     Robinson Crusoe と呼ばれている」
     Robinson Crusoe>Robinson Kreutznaer>Rosenkreuzer
                                   (薔薇十字団)
     ロビンソン・クルーソーが薔薇十字団員であるかもしれない可能性
     [→岩尾龍太郎『ロビンソンの砦』]

     cf.) メルヴィル『白鯨』の出だし“Call me Ishmael.”

    ・詳細なデータ、詳しい記述 → リアルという感覚が生まれる

    ・ウンベルト・エーコ『前日島』
     『ロビンソン・クルーソー』を投影
     ――哲学者(記号論)・小説家であるエーコはどう捉えているか

     エマヌーエレ・テサウロも登場 ―ゴス(倒錯、恐怖、流血)の
     状況がヨーロッパを席捲した16世紀終わり~17世紀初めに
     テサウロは「芸術は退屈している人を驚かせれば、それでよい」

    ■real/fact/data

    ○OEDによると
     “real”1601年初出/“fact”1632年初出/“data”1646年初出

    ○“fact”と“data”
    ・“fact”“data”はピューリタンが持っている日常的感覚
     ピューリタンから資本主義が生まれた

    ・だからこそピューリタン革命の結果成立した王立協会に、また
     スウィフトやデフォーに、“fact”“data”の概念が流れ込み、
     virtuosiによってその意味が大きくなった

    ○“real”と“uncertain”
     1660年から50年の間にデフォーのリアリズムに行き着くのはなぜ?
     ――realの強迫観念。世界に実体がないからこそ
        実体をこの手に掴みたい(palpable)
        17世紀、“substance”は哲学用語の最先端であり、
        17世紀後半、“uncertainty”が時代のキーワード。
        現代の問いでもある。確実なものはないのか?
        確実でないものを確実にする方法はないのか?

     [→J.ロック『人間悟性論』をぜひ読んでほしい
       ;哲学書は英語で読むと分かりやすい]

    ■百科事典

    ○encyclopediaは知識・教養を/enclosureは土地を囲い込む
     encyclopediaとは何だろう?改めてゼロから考えてみよう

    ○Encyclopedia Britannica
    ・エディションごとに一変。とりわけ15th ed. は画期。序論で一巻。
     ぜひ見てほしい

    ・発行所はエジンバラ。初期のBritannica執筆陣は
     スコットランド啓蒙主義の経済学者・政治学者ばかり。
     マニフェストに「English(イングランド人)には書かせない」

    ・15th ed. の序論巻のどのページにもサークルがたくさん
     書かれている。なぜ円なのか?
     「百学連環」=西周によるencyclopediaの訳語
     [→世界出版文化史展「百学連環-百科事典と博物図譜の饗宴」
     9/22~12/9、印刷博物館]

    ■スコットランド文化

     スコットランド(エジンバラ)vsイングランド(ロンドン)
      cf.) 明治維新期の「仙台(“伊達者”)vs 東京」
     ・Encyclopedia Britannica
     ・ハリポタも「エジンバラvsロンドン」の構図で説明がつく
     ・19世紀アメリカ合衆国を支える思想はスコットランド啓蒙主義

    ■ピクチャレスク(the Picturesque)

    ・世界を一枚の額縁に閉じ込める、世界を切り取る、コンポジション
     「絵になる」とは?

    ・18世紀演劇の役者絵(舞台上の役者の身振りをスケッチ)
     →タブロー・ヴィヴァンというジャンル

    ・クロード・ロラン・グラスとAgainst Nature
     ――自然に背を向け、クロード・ロラン・グラス(楕円形の手鏡)に
        映して肩越しに風景をスケッチ、セピア・トーン
     [→J・K・ユイスマンス『さかしま』の英訳は“Against Nature”]

    ○18世紀限定の現象。なぜ18世紀に突然現れピークを迎えたのか?
     ――背景にジャコバイトの反乱
        イングランドがスコットランド貴族を殲滅させ、その広大・景勝な
        土地を手に入れた時、新しい美意識(picturesque、sublime)
        と土地所有の欲望が生まれる
        測量士を兼ねた画家を伴い風景を描かせる=土地所有の感覚

     ――絶対王政のフランスに対抗
        イタリアを模倣。イタリアから絵を買い(あるいは画家に模写させ)
        三次元の庭として再現したのが、英国式風景庭園
     [→ピーター・グリナウェイ『英国式庭園殺人事件』
                原題“The Draghtsman's Contract”]

    ■新しい人文学へ

    ○1970年代後半~1980年代の荒俣宏に、人文科学が生きていく
     ための手掛かりがある
     [→荒俣宏「暗号学左派」(『別世界通信』に収録)
       ;王立協会による普遍言語構想の17世紀後半における意味]

    ○デフォー、平賀源内、エドガー・アラン・ポーの三人組にこそ
     “文学とは巨大な社会的構造”と捉える手がかり

    ○「百科全書的」(ノースロップ・フライ)、百科事典の内容を何人か
     のキャラクターで運用してみせる小説、小説の姿を借りた百科事典
     ウンベルト・エーコ、佐藤亜紀、高野史緒、宇月原晴明

    ○Fact/Fiction、History/Story
     二項対立ではない
     語源レベルで捉えつなぐ感覚・洒落が、人文科学には大事

    ○History of Ideas
    ・クラブ・オヴ・ヒストリー・オヴ・アイディアズ(観念史派)、
     最初のマニフェストに脱領域宣言

    ・“Dictionary of the History of Ideas”[観念史事典]
     (1968-1972)  邦訳:平凡社『西洋思想大事典』
     これを上回るレファレンスは未だなし。ぜひ見てほしい
     哲学事典の中で唯一、“Uncertainty”という項目あり
     Symbol、Myth、Metaphorは、60年代後半~70年代初めに
     人文科学を支えたプライドあるテーマであり、文学が他と
     違う根本的な原理であると断言できるキーワード。
     『西洋思想大事典』はその方針で項目分配と記述をした

    ・学魔をつくる方法=“History of Ideas”。履歴書の職業欄に
     一語と言われたら、“Historian of Ideas”と書くつもり



    【参考】

    高山宏『近代文化史入門―超英文学講義』(講談社学術文庫)
        または『奇想天外・英文学講義』 ※品切重版未定
        『超人 高山宏のつくりかた』(NTT出版)
        『表象の芸術工学』(工作舎)

    ミシェル・フーコー『言葉と物』(新潮社)

    ウンベルト・エーコ『薔薇の名前』〈〉〈〉(東京創元社)
              『前日島』(単行書/文庫〈〉〈〉)(文藝春秋)

    ダニエル・デフォー『ロビンソン・クルーソー』(完訳あり

    岩尾龍太郎『ロビンソンの砦』(青土社) ※品切重版未定

    ハーマン・メルヴィル『白鯨』

    J.ロック『人間悟性論』
    Locke, John“An Essay Concerning Human Understanding”

    J・K・ユイスマンス『さかしま』(澁澤龍彦訳、河出文庫)
    Huysmans, J. K. “Against Nature

    ピーター・グリナウェイ『英国式庭園殺人事件』(紀伊國屋書店)

    荒俣宏「暗号学左派」(『別世界通信』月刊ペン社→ちくま文庫)
                ※品切重版未定

    ノーマン・コーン『千年王国の追求』(紀伊國屋書店)
                ※絶版、ノーマン・コーンは2007年7月物故

    Wiener, Philip P. (ed.)
    “Dictionary of the History of Ideas”(古書として入手可能
    平凡社『西洋思想大事典』1~4+別巻

    9/22~12/9、印刷博物館「百学連環-百科事典と博物図譜の饗宴」


2007年09月07日

『山口昌男の手紙-文化人類学者と編集者の四十年』大塚信一(トランスビュー)

山口昌男の手紙 →bookwebで購入

二度目読むときは、巨匠の手紙のとこだけね

20世紀後半、人文科学・社会科学が猛烈に面白くなった状況を反映し、というか演出しさえした象徴人類学のチャンプ、山口昌男の、初速から爆走までずっと四十年、直近で伴走した岩波書店編集者、大塚信一氏の、一代の知的仕掛人としての自伝、『理想の出版を求めて』の続篇ないし補完という一冊。

続篇を自らのかつてのカリスマ、「落ちた偶像」に仮託して構成するやり方では、四方田犬彦の自伝『ハイスクール1968』の後篇・補完本が『先生とわたし』であるのとパラレルである。四方田が師、由良君美への訣別を言葉にしたように、大塚は山口昌男への「違和感」をこうして公にした。同時代ということもあって山口氏が由良君美について辛辣なことを言っていたことが、この本でよくわかった次第だが、山口・由良といったかつてのヒーローたちへの、今年になっての最も身近だった人たちの訣別の辞は、これは何ごとと思わないわけにはいかない。

山口昌男という人は日常雑感をどんどん入れて「論文」を書く南方熊楠スタイルだから、何年にどこでどう動いていたか、ファンはかなり知っているのだが、それを一人の編集者への八十通余りの私信でわからせるというアイデアが、編集術の妙と言える。私信だから、山口氏の有名な罵詈雑言も一段と切れ味良い。

当然、人間関係の交錯が、多少のスキャンダルも面白い。たとえば同趣向の四方田本では1970年代、豊穣の出版人離合集散図の要石として燦然と輝いたせりか書房の久保覚氏が、山口氏の私信では、本を出してしまえば後はなしのつぶて、印税も払わぬ怪しからぬ相手になる。「運動としての小出版社」ということを考えていた山口氏は裏切られたという思いを抱いたはず、と大塚は書く。書くのだが、同じ編集人間として、「金策」に駆けずり回っていた久保に共感してもいる。立場を変えて見ると、そりゃそうだと思えてくる。「本の馬鹿買い」の「つけをそちらに」という際限ない山口書簡を見ていると、「その度に上司に頭を下げ、経理担当者にモミ手をしなければならない」大塚氏の大変さに、此方も共感しないわけにはいかない。

「何を話してもこちらの方が知りすぎている」ので、会う相手ことごとくが脱帽し、レヴィ=ストロース、エドマンド・リーチ、そしてオクタヴィオ・パスに絶賛され、それを嫉妬した下っ端どもが「飛びかかってきたけれど、小生はバッタ、バッタとなぎ倒し」という山口私信の部分が一塊りあって、それに大塚氏の説明と寸評が付くというやり方で、ドン・キホーテ、サンチョ・パンサ二人旅の体裁だ。面白おかしい手紙と読むと、「山口氏は演劇を愛するあまり、物事を劇的に語りたがる癖があるのではないだろうか」と、その「レトリック」をやんわり批判したりする。

気になるのは、発禁本でもあるまいに、やたらと「□□□□」(伏字)が多い紙面だ。「著者の判断で伏字あるいは(□行削除)」とした、とある。差し障りありそうな文面には必ず何行削除とある。何をどうカットするかは「著者の判断」。この「著者」というのは大塚氏のことだろうから、いったいその辺、手紙の書き手自身にはどう了解とったのだろう。せっかく高橋康也氏の名を「□□」にしたのに、その猛烈にバカにされているのが「東大」の先生で『道化の文学』の著者とはっきりしてしまっていては、本書を読むほどの読者はすぐわかってしまうだろう。この辺の配慮の基準はどうなのか。また、山口氏自身は「文化人類学における東西の手配師」としか言っていないのを、大塚氏の方で梅棹忠夫、泉靖一氏のこととしていたり、微妙なところだが、もっと風通しよくしてもらいたい。かえって、誰のことか考え詰めてしまう。

要するに一代天才道化知識人の世界を股にかけての書簡集、ということで読むなら、まことに気分爽快な読みもので通るのだ。

前略 しばらく御無沙汰いたしましたが御元気ですか。小生は、昨日朝パリを発ってミラノに参り、午後はミラノの新本屋で、クローチェのコメディア・デラルテ論(全集収録)とか、チェコの構造言語学・文学理論の指導者ムカロ[ジョ]フスキーのイタリア語訳、その他チェザーレ・パヴェーゼの神話論的分析、イタリアで出ているセミオロジー[記号論]関係を買い込んで発送を依頼。夜は、ピッコロ・テアトロ・ディ・ミラノでフェルチオ・ソレリ夫人に会い、ヴェデキントの「ルル」(地霊とパンドラの箱)のただの券をもらい、四時間の公演をみました。

人名と地名の高速なカレードスコープにこそ、本書の、余人には絶対敵わぬ魅力がある(四方田犬彦『星とともに走る』以来)。こういう極彩色の長文手紙が「すべて絵はがき」に変わった点に、「本当の山口昌男」が消え「山口昌男の本来の姿ではない」姿が現れてきた、という。文面に「本のことがない」。「かつての山口氏はどこに行ってしまったか」。「狭義の人類学的フィールドワークにほとんどコミットしなくなった」一方、「日本の問題に目を向け始めた」。1990年代になって、「宴の年月」の終りと「違和感」を感じ始めた大塚氏がその理由として述べるのは、そういう点である。マスコミにちやほやされ、「周縁」にいるべきが「中心」に、「有名人」になったのは「氏の理論そのものに背反する結果」である、と。変わるなと要求するのも相手が天下の山口昌男であればこそ、という言い訳がなければ、一編集者として笑止僭越である。山口本中、『歴史・祝祭・神話』が「もっとも好き」と言う大塚信一の好みはよくわかる気がする。あれを編集した中公の早川幸彦氏自慢の一冊だ。しかし、ぼくなら『道化の民俗学』が好き。それだけの話。

人に向かって「本来の姿」をうんぬんするほど君はえらいんですか。時代はずっと変わらないんですか。日本の問題に目を向けるの、ヒトひとり老いて当然のことではないのですか。一方で「半世紀を経て、本質的には何一つ変わっていない」相手が、最近では「自らの足跡に砂をかけて埋めてゆくが如く」である、と書けるこの矛盾、この気色悪いアンビヴァレンツで、一代のピカロの東奔西走の大活劇のつや消しをしてはいけない。『先生とわたし』の幕切れ数ページの居心地悪さとおんなじだ。激しくけなすなら、激しくけなしなさいよ。気色悪う。60年代、70年代の残党て、メッチャ、キショイんだよっ。

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2007年09月04日

『ロバのカバラ-ジョルダーノ・ブルーノにおける文学と哲学』ヌッチョ・オルディネ[著] 加藤守通[訳](東信堂)

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十字架にロバがかかったイコン、きみはどう説明する?

現代文化の異貌を16世紀マニエリスムに遡って淵源をさぐる時に、ロバという動物象徴にぶつかることがよくある。一番強烈な例がシェイクスピア喜劇"A Midsummer Night's Dream"『夏の夜の夢』(1594)で、生意気職人ボトムが妖精パックにロバの頭をかぶせられ、妖精女王ティターニアに見そめられた挙句、何ともグロテスクな恋愛痴態となる段であろう。ただ笑って見ていればよいのかもしれない乳くり合いを、人と獣と妖霊、異種間雑婚の「グロテスク」と読むのが即ち、シェイクスピアを「われらの同時代人」としたくて仕様がないヤン・コットの「現代」である。

ろばの頭をした怪物を愛撫するシェイクスピアのティターニアはボッシュの絵に現れた恐ろしいヴィジョンや、超現実主義の画家たちが描く大きなグロテスクの絵に近いものであるべきだ。同時にまた、超現実主義と不条理の詩学やジュネの激烈な詩を通過してきた現代の演劇は、この場面を初めて正しく表現することができるようになっている

と、『シェイクスピアはわれらの同時代人』(白水社)のコットは言い放った。一番近いのはゴヤの『ロス・カプリッチョス(気紛れ)』の狂った版画作品だ、と。ぼく個人はもう少し心おだやかに眺められるフュッスリの一幅の方がピンときたので、『道化と笏杖』の扉口絵に、そしてコット著拙訳の『シェイクスピア・カーニヴァル』(平凡社)の表紙カヴァーの装画に、ぼく自身でこの絵を選んだ。

『シェイクスピア・カーニヴァル』は、遅ればせながらバフチーンのグロテスク・リアリズム論にふれて、かねて自説のグロテスク・シェイクスピア観に自身を深めたコットが満を持して世に問うた"The Bottom Translation" が原題。ボトムは職人の名でもあり、「底」という意味。底から尻の意にも通じ、そうなるとケツという下品な意も持つ“ass”につながり、これが言うまでもなくロバである、という「物質的下層原理」(バフチーン)そのものの融通自在の連想がある。

マニエリスムとは聖俗反転の文化の謂(いい)である。性愛においても然りで、コットの言う「毛むくじゃらの」エロスが一方にあれば、えらく高邁なネオプラトニスムの勧める観念愛がもう一方にあり、両極がまた融通するところにマニエリスムの「汎性愛主義」(G・R・ホッケ)が成立していた。コット自身、上ニ名著において、実はこのアルス・アマトリア(ars amatoria)の両面をバランスよく論じ、とりわけシェイクスピア喜劇のヘルマフロディティズム(両性具有)的性格を浮き彫りにしてみせた。流石の林達夫(「精神史」)もコットの野放図とも見える視野の広大について行ききれず、法螺吹き呼ばわりするに至っているのが、時代の限界か。

残念、ヤン・コットがロバを手掛かりに16世紀マニエリスムの核心に迫ろうとしたニ著が、現在読めない。というところに救い手然として出現したのが、ヌッチョ・オルディネの『ロバのカバラ』(1987)邦訳である。

マニエリスム16世紀に「ロバの文学のトポス」が存在したとして、マキアヴェッリの『黄金のロバ』やジャン・バティスタ・ピーノの『ロバの考察』など珍しい作がおびただしく紹介され、ラブレー、エラスムス、そしてルキアノスの古代にまで、いくらも遡及可能だ。そこに展開される系譜考は、イタリア・ローカルを除けば完全に、バフチーンがラブレー論冒頭に示し、R・L・コリーの『パラドクシア・エピデミカ』が辿ってみせた、身体復権・逆説嗜好のルナティック・ヨーロッパの系図と間然なく一致する。オルディネは哲学者ジョルダーノ・ブルーノの「ロバが主役を演じる著作の未完の計画」を細かく追尋していくわけだが、マニエリスムの主だったパラドックス文学(エラスムス、ラブレー、シェイクスピア、ダン)を片端から精査しながら、ブルーノのみ挙げないコリーが、「余りにもずっぽりパラドックスまみれだから」と断り書きしていたことも併せ思いだされて、おかしい。

要するに、肯定的性格(労苦、謙遜、忍耐)と否定的性格(閑暇、傲慢、一面的)の矛盾をまるごと生きて「相反物の一致」そのものであるロバに、時代が多様で複合的な曖昧なものに変わっていくのを前にした不安を解消できるかもしれない、とブルーノは考えていた。河合隼雄・中沢新一編 『「あいまい」の知』(岩波書店)を思いだすが、ノーベル化学賞のイリヤ・プリゴジンが序文を寄せて「科学者にも読まれるべき」と、このロバ本を勧めているのは、その辺だろうし、この本自体、最終章を自然科学と人文科学の「新しい同盟」のために綴り、ミッシェル・セールのとりわけクレティウス研究を、自らのモデルとして褒める。

先の2000年2月がブルーノ没後四百年祭だった。無限観念を主張して異端糺問の焚刑裡に落命した。要するに、表紙の「運命の車輪」が四百年で一巡して、多様の世界を前に寛容を勧める愚かで賢いパラドックス精神がゆっくりと蘇りつつあることの証言。聖俗、賢愚の反転を知恵として恵む本を続けて何冊か読んできた仕上げには、この本しかあるまい。

批評理論として卓抜しているのは「文のエントロピー」の章。多様性・複合性を主題とする文体や修辞までが「解体」され、ジャンル混淆され、対話の形にならざるをえない「マッチング」(E・H・ゴンブリック)の必然を説く手際は、まるでコリー。そして、まるでバフチーン。なのに、コリーもバフチーンもオルディネは知らぬ気配なのが、結構イタリア学究の「うとさ」で、可愛い。「素人の収集家」として集めたマニエリスム・ロバ画のコレクションは貴重。コリーの重量級な『パラドクシア・エピデミカ』の拙訳間近だが、それまでルネサンス・パラドックスの研究書としては、これ以上のもの、一寸期待できない。東信堂はブルーノ著作集を刊行中の実に有難い版元だが、その付録巻の形で、これ以上はないすばらしい一巻を刊行してくれた。東信堂はえらい。

序文は、イタリア発信の名著の常として、エウジェニオ・ガレンである。

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