• 愛読者諸兄諸姉。週2回(火・金)ということで2007年5月にスタートしたぼくの書評ですが、近々100回目を迎えるところで一応決着ということにさせていただきます。

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  • 高山宏の読んで生き、書いて死ぬ
    ―ぼくの中に貪婪の書評魔が帰ってきた―

    かつては一日に一冊読んだ。そして気に入ったものがあれば諸誌紙に週二、三冊は書評を載せてもらっていた。書評に名を借りた論文というスタイルで、よくものを書いた。読みについても魔と呼ばれ巧者と言われ、達人の名をたまわった。十年も前のことである。 長い長い中断が入った。

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  • 紀伊國屋創業80年記念・連続セミナー“9 days talk live”
    「学魔・高山宏、知の系譜と人文科学の未来を語る」
    2007/9/8(土) 13:00~15:40 新宿・紀伊國屋ホール
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2007年08月31日

『さかさまの世界-芸術と社会における象徴的逆転』 バーバラ・A・バブコック[編] 岩崎宗治、井上兼行[訳] (岩波モダンクラシックス)

さかさまの世界 →bookwebで購入

人文学生のだれかれに、コピーして必ず読ませてきた

バーバラ・A・バブコック(Barbara A.Babcock)という人類学者に興味を惹かれた頃のことが懐かしい。近代オリンピック成立の神話的背景を扱った大冊で騒がれたマカルーンという人が、祝祭と自己言及を二大テーマにパフォーマティヴィティを広く扱った論集を、あまりの充実に瞠目してただちに今福龍太氏以下、当時最強の布陣を組んで邦訳したが(『世界を映す鏡』平凡社)、ぼくが担当することになったのがバブコックの全巻、現代思想そのものを上述のテーマに沿って一挙略取、それも思想家たち自身の言葉の引用で全面構成という、なんだか今福氏が筑摩書房刊『山口昌男著作集』巻一解題で明らかにしたアンソロジスト、山口昌男そっくりのスタイルの不思議な文章だった。

なので、そのバブコックが今度は中心になって編んだ象徴人類学の好著 "The Reversible World"(1978) を落掌した時には欣喜雀躍という奴で、秩序逆転の言語的・文化的装置を、文学系6、人類学系6、都合12篇の力作論文で総覧させる相手を、文学系をぼく、人類学系をそちらに強い英文学の富山太佳夫氏で分担するプランを立て、企画化する前に少し試訳しているところに、既に版権とられているという話があって、随分口惜しい思いをした。だから著編者の諒解を得てとはいえ、理由も明らかにせず12篇を一遍に半分の数に減らした訳書を見て、若気の至りで少し毒づいてみたりもした。その辺の、いよいよ行くぞっという頃の自分のとんがった様々の構想や覇気が懐かしいのである。

その訳書『さかさまの世界-芸術と社会における象徴的逆転』は、いつ読んでも溜息の出る序文のためだけにでも一本購う価値がある。ベルグソンの笑い論からケネス・バーク、グレゴリー・ベイトソン、クリフォード・ギーアツといった言語や文化の根本的な身振りを追って、軽々と哲学や文学、社会学の枠を越えていった、既成学界への<否定>の陣営を、例によってそれら思想家自身のおびただしい発言の周到なモザイク模様で見せる。いうまでもなく、この恐るべき手だれは編者バブコックである。全巻のテーマがいきなり冒頭に示されるが、ケネス・バークの口吻の借用。

 文化の研究は、人間を人間たらしめる特性――記号をつくり用いること、「他の生物に優越する精神の卓越を表現する・・・言葉」(*)をもっていること――をふまえて行われる。だが、ケネス・バークが思い出させてくれるように、「言葉を使う動物としての人間の研究は、否定というこのふしぎな特質にとくに注意をはらわなくてはならない」。「世界へのこの巧妙な附加物はまったく人間の記号体系の産物」だというだけではなく、記号の使用そのものが「否定の感情(事物を表わす語は事物そのものではない、というコージブスキー的警告に始源をもつ)を要求する。とくに記号を常用する動物は、必然的にすべての経験に記号的要素を導入する。したがって、あらゆる経験に否定性が浸透する」。(岩崎宗治氏訳)

引用のカギ括弧だらけに注だらけ。ちなみに(*)の注は、シェイクスピア同時代の喜劇作者ベン・ジョンソンの言葉を、喜劇舞台の逆転テーマの古典的名作、ドナルドソンの『さかさま世界』が引いたものを引いた、と注記されている。万事この調子で、引用モザイクによる20世紀思想史の面目躍如。ベンヤミンからマクルーハンを貫く、おびただしい情報のリシャッフリングに、山口とかバブコックといった象徴人類学は断然系譜している。

論理一貫したアカデミックな記述法への、これはこれで戦略一杯の<否定>かつ<逆転>であるわけで、バブコックの叙述スタイル自体、たとえばパリ大学博士論文の荘重な書式を嘲笑したドミニック・ノゲーズの奇作『レーニン・ダダ』(ダゲレオ出版)のようにさえ見えてくるのが、たまらずおかしい。

「学術」書としては、むろん第一級品だ。古代以来の、男と女、人と動物の役割逆転を扱うアデュナタ(逆転世界)、インポシビリア(不可能事)の大主題から、脱構築といった<脱>の構造自体、このうえない<否>の力である20世紀の主たる反-知、反-哲学の流れまで、とりあげるべき人とテーマを実に要領良く、ほとんど完全に遺漏なく並べて、<否定>という磁場に厖大な引用を一挙帯電させ、大きな方向を与えていく手際にはまいる。その先は、同じ岩波書店から邦訳されながらなぜか今は読めないラディカル神学のマーク・C・テイラーの『さ迷う』が引き継ぐ。テイラーの『ノッツ nOts』(法政大学出版局)もある。

マニエリスム修辞学に顕著な聖俗、賢愚の逆転や融通を「パラドックスの文学」として総覧するロザリー・コリー『パラドクシア・エピデミカ』(1966)は本書の中核的アイデア源だが、こんなのあるわよと同僚寄稿者(第3章「女性上位」)のナタリー・ゼモン=デイヴィスに教えられてびっくりしているバブコックの姿が、信じられないが、可愛い。

バブコックは「この世のものはうしろ向きに見るときはじめて真に見える」という『エル・クリティコン』のバルタサール・グラシアンの名文句を全巻のエピグラフにしている。この明察ひとつを蝶番に、20世紀脱構築思想がマニエリスムの問題であったことが一挙に啓示される。バブコックさんたら!

山口昌男の仕事はバブコックの仕事そっくりだ、というぼくのオマージュを、「解説」の山口氏が「ぬけぬけと」引いている。本当に双生児みたいなのだ。そのことを山口氏はN・Z・デイヴィス女史との英語対談で再び言っていて、よほど嬉しいのかなと思う。バブコックにはもうひとつ、記号論 Semiotica を使った自己言及性の総力特集編集のすばらしい仕事があり、折りを見て日本語にして御覧にいれたく思う。

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2007年08月28日

『道化と笏杖』 ウィリアム・ウィルフォ-ド[著] 高山宏[訳] (晶文社)

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人文学が輝いた栄光の刹那をそっくり伝える聖愚著

『老愚者考』のグッゲンビュール=クレイグが神話をめぐる日常的エピソードをスイスのローカルな話からとるのが珍しく、面白かったのだが、要するにスイスの心理療法家だし、チューリッヒのユング・インスティテュートの所長経験者だった大人物なので、至極当然のことである。河合隼雄氏や、ぼくも親しくお付き合いさせていただいた故秋山さと子女史など皆、チューリッヒのこの伝説的研究所に集って、セラピストの免状をもらっている。

そういう『老愚者考』であるからには、一人前の読書子が即思い浮かべねばならない文章がある。

 少し前のことだが、一人の男がチューリッヒの市街電車に乗り込んでくると、ハーモニカをとり出し、あちこち踊り回りながら愉快な演奏を始めた。時々休んでは窓から首を突き出して、通行人をひやかし、明け方の雄鶏のような鳴き声をあげるのだった。同乗の人々は振り向いては爆笑した。車掌は別段男に料金を要求するでもなく、さりとて追い払うでもなく、まるでその鶏男が以前からずっとそこにいて、何ごともない普段の風景の一部分なのだといった感じで、見て見ぬ振りをしている。乗車賃も払わぬまま跳びはね続けて、鶏男は車掌の前で歯をむいて下品に笑うと、かくて突然ひとつの舞台と変じたこの空間で二人、今や二人のフールと化したわけである。男はそれからその視線に我々をとらえると、もう一度鶏のように鬨(とき)をつくった。まるで我々の中に自分自身の姿を認めたのが嬉しくてたまらないといった風情で、その鳴き声が我々の笑い声の只中に響きわたった。

何故スイス、何故チューリッヒなのか。今時一寸おかしい人間がいて電車の中を少しだけ剣呑な小祝祭に変えるくらい、どの都会でもいくらも起こりうる事態である。しかし、いかにも聖霊降臨会が発祥し、トリスタン・ツァラのチューリッヒ・ダダが立ち上ったチューリッヒに相応しい鶏男出現だね、と流石のことを言ったのは、故種村季弘氏であった。ウィリアム・ウィルフォ-ド一世一代の名著、『道化と笏杖』冒頭の一文。それに対する名書評家、種村の余人にはあり得ぬ的確な指摘だった。ウィルフォードは名からしてゲルマン系ではない。カナダはシアトルの心理療法家なのだが、チューリッヒのユング研究所に行ってセラピストになった。秋山先生がたしか同時期に見かけたことあり、と仰有っていた。

ユングのいわゆる分析心理学、元型論は、用語も難しいし、第一、目に見えにくい現象を定型モデルを当てはめて説明するところが浮世ばなれしていて、なかなか学としても認められにくい。箱庭をつくらせるだのマンダラを描かせるだのといった「療法」に果たしてどれだけの効力があるのかも、実は見えにくい。自分たちの分かられにくさを意識して、やたらと一般向けにかみ砕いて説く解説書が多い。『老愚者考』など典型。かみ砕き過ぎて、本当は難しく理解せねばならないところ、簡単なたとえ話でスッと行く。結局、何だかふわふわして、理解できたのかどうか少々おぼつかない。

その対極にある硬派のユング派の絵解きが『道化と笏杖』である。1969年刊。ということは、山口昌男氏による道化論の画期「道化の民俗学」が雑誌『文学』に連載されたのと同時期。面白いことに全世界的に道化論がはじける四、五年間の、そのとば口に当たる。

集合無意識が沈殿するアーキタイプ(元型)と呼ばれる魂の領域がある。人間の自我を一個の球に譬えると、その昏(くら)い中心におどむ領域。表面に浮く日常的な自我を誤つこと常の小我とすれば、この深い異域にひそむもう一人の自我は大我なり、と、話は完全にウパニシャッド印度哲学のアナロジーである。小我の致命的誤りを元型が夢の中に元型的イメージを送ってよこすことで正そうとする。このイメージの解読者が即ちセラピストということになる。ユングが発見したアニマ、アニムス、老賢者といった元型に、後続のユンギアンが時々別の元型をつけ加える。『老愚者考』は最近稀なその成功例というわけだが、妙にエージング論ブームに媚びた「老」の要素をとっ払ったところで堂々一人立ちしたウィルフォード発見の「道化という元型」論は、遥かに普遍的なスケールの仕事だ。

1960年代後半、「魂の心理学」に人文科学全体が総力戦で当たった人文学栄光の刹那の、アプローチの自在、選ばれる対象の脱領域ぶり――シェイクスピア劇からサーカス・クラウン、北米インディアンから禅僧の機法一体まで、見境なし――両面における極致である。随分前の本だし、第一ぼく自身の訳で、書評者として少し心苦しくはあるが、『老愚者考』という格好な手掛かりを得た今こそ、じっくり読み込めるはず。こういう機縁も、この書評空間では大切にいたしたいと念ずる次第だ。

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2007年08月24日

『働かない-「怠けもの」と呼ばれた人たち』 トム・ルッツ[著] 小澤英実ほか[訳] (青土社)

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「働いて自由になれ」、アウシュビッツの門にそう書いてあった

グッゲンビュール=クレイグの『老愚者考』は、老人は老い故の愚行にどっぷりで少しも構わないのに何でこんなに「若いもんに負けるか」と気張るのか、と言う。「彼らは方向を見失っているのは若い人びとだと思っています。学生は何が大事なのかをもはやわかっていない、すべての価値は解体している、と老教授が嘆くのを、何度も耳にします」として、「しかし最も深い意味において、不安定になっているのは老人の方なのです」と、痛烈であった。特にこの老人の気張り方は、商売熱心なマスコミにあおられた、最近還暦通過の団塊世代、ニューシルバー・エイジに気恥ずかしいほど顕著だと笑っていたら、こういう気骨の折れる「老人のもつ集合的世界、集合的価値とイメージは、四十年前に支配的だったものです」とされていて、どうやらグッゲンビュール=クレイグのスイスあたりでも、団塊世代が老賢者という「腐敗した神話」を担っている悪者らしくて、笑える。

自分が賢者だと信じこんでいるこの世代が「カウチポテト」な息子娘を目にしたら、どうなるか。

それは全身反応だった。ドアを開けたり、地下の仕事場から上がったりした瞬間、私の顔はさっと赤くなり、鼓動は早まり、体内にはアドレナリンが氾濫した。たいていは踵を返してキッチンに入り、タイル張りの流し台を指でカツカツと叩くか、仕事場に戻って座り、気持ちを落ち着けるかしたものだ。私の父親の怒りは、彼を行動に、ときには暴力的な行動に駆り立てたが、私の怒りは私を困惑させ、身動きできなくさせた。どうしても怒らずにはいられなかったし、その怒りが私には理解できなかった。

これはアメリカ人社会学者トム・ルッツの好著『働かない』の冒頭部である。自分に対して自分の父親が持っていた怒りをいつのまにか今度は自分の息子にぶつけようとしている、ということにうっすら気付いて少し反省し、すると一体この怒りの正体とは何かという歴史的展望の中で見てみたいと思って(さすが学者だ)、怠けというテーマで史料を集め、怠け者の文化史にまとめたのが、この本なのである。いまどき一つの学問ができあがっていく理想的なあり方を示す本体の前に、親と子をめぐる日常の怒りと苛立ちのドラマが二流のホームドラマ然として蜿蜒と続くのが、一寸『リーダーズ・ダイジェスト』風で、凄く面白い。

某大学で、指定のテーマでレポートを書けないと観念した諸君はこの一年くらいで読んで面白かった本や映像についての感想文を書いて出せと言っておいたら、『働かない』を選んで、「気が楽になった」という感想を書いてきた者が随分いて、びっくりした。よく働く大学のよく働く学生たちじゃないか、と。

「節約の論理」(ワイリー・サイファー)がうまれた17世紀ピューリタニズムあたりが出発点かと思う。ぼくが英語で何かを勉強している人に一度は必ずする話だが、「リアル」という単語は1601年、「ファクト」は1632年、「データ」は1647年に初めて使われる。現実が数量化でき、断片的情報の蓄積が可能になった瞬間、無駄を出さぬ「節検」と、日々孜孜(しし)として倦まずたゆまずの「労働」が、エシックス(倫理)として確立したのであろうとは、『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』など読んでいなくても、大体の見当はつく。

それを裏の「働かない」という切り口で明快にしてくれたのは、本書が最初だ。1990年代にアメリカでニートやフリーターが問題になり類書がいろいろ出たとは言っているが、「ポスト・フォーディズム」の現代に向けての歴史的展望をここまで拡げた目配りは初めて目にするものである。「活力」に対する「倦怠」というテーマでは、Rinehart Kuhn,"The Demon of Noontide" という極めつけの名著があるが、「労働」に対する「怠惰」というテーマでは本書が画期。18世紀に英米文化史上初めて、怠惰こそ文化と称するアイドラーという族(うから)が登場して後、ラウンジャーやローファー、ボヘミアン、ソーンタラーにフラヌール、20世紀のビートニック、バム、ヒッピー、そして現在のニートに相当するスラッカーへと、系譜は連綿と続く。

労働と怠惰は弁証法的関係にあり、硬ばったり弛んだりの繰り返しである。ルッツ教授のカウチ息子もやがてハリウッドに職が見つかると、一日14時間のモーレツ勤労を平気でこなすようになったようだ。めでたし。

フロイトの「人間が労働を通して、地球上における己の運命を改善する力を手中に発見した時、別の人間が自分とともに働く者か否かという問題に無関心でいることができなくなった」(『文化とその不満』、1930)という言葉がすべてであろう。労働もまた「一面的な神話」以上のものではなかった、と『老愚者考』の著者とともに言おう。

ともかく、自分の日常に出発し、未聞のテーマを立ち上げていく学問や批評の一番健全なあり方のすがすがしいお手本を、久しぶりに見た気がする。

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2007年08月21日

『老愚者考-現代の神話についての考察』 A.グッゲンビュール=クレイグ[著] 山中康裕[監訳] (新曜社)

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痴愚礼讃、あとは若いのにまかせりゃいい

ちょっとした機縁なのだが、この本を読みだし読み終った一日は、臨床心理学という何だかよくわからない世界に、ユング心理学を介して形を与えた河合隼雄文化庁長官の訃報が新聞に載り、中沢新一氏の「日本にほとんどいなくなった賢者でした」という、いかにもなコメントに接する一日ともなった。山口昌男氏と楽しそうにフルートを吹く「日本ウソツキクラブ会長」の姿を思い出す。この本を読んだ後なら、絶対、氏こそ昨今日本にほとんどいない「老愚者」でしたと言うのでなければ、軽口の名人だった日文研所長を褒める手向けにはならないよ、と思ったことである。

それにしても、こうして新聞等にユング、ユング心理学の名が出るのも随分久しぶりである。スイス他の先進的知識人たちがナチから逃れ亡命する渦中にあって、ユングがスイスにとどまった事実について、ハイデガーからポール・ド・マンに至るいわゆるナチつながりを疑われる流れがあって、もともと量子物理学と神秘仏教をつなげるサイ科学的環境から出てきた胡散臭さに輪がかかって、一種禁句となった。実際、行動主義心理学、実験心理学全盛の現在の心理学の世界で、論文にユングを引いたら一巻の終わり、という「神話」がある。英文学でユング、ユングと騒いだ故由良君美大人がその狭い世界でいかなる扱いを受けたかは、四方田犬彦『先生とわたし』でよくわかる。その四方田氏が以前、高山さんだって本当は「隠れユングだよね」と言ったことも思い出されて、つい笑ってしまった。

ユング心理学がなぜ出てきたかは、しかしよく理解されねばならない。一面で人間の「魂」とは何かということが改めて問題になった19世紀末から1910年代にかけての「絶望と確信」(G・R・ホッケ)の蝶番(ちょうつがい)的状況があった。山口昌男・種村季弘流のルナティック・ヨーロッパ、月明のヨーロッパ精神史の素晴らしい研究の学統が絶たれようとしていると思うが、それはヒトの身と心を単純に別物とする科学主義への反動としての知(もしくは反知)の動きを少しは明るみに出してくれた。ヒトを「ゼーレ(魂)」として総合的に考えようというので、アプローチは自ら「脱領域」の敢為になる他なかった。

「魂のない心理学」の代表が、たとえばジョン・B・ワトソンの、人間を「刺激反応」の機械とみる行動主義である(1913)。ヒトをバラバラに理解すると便利というこの感覚が結局、1914年の世界大戦に行き着いた。そのことの反省としての一見いかがわしいヒトの「魂」化、学知の総合化の動きだった。スイスはアスコーナ小村の「真理の山」コロニー、それを継ぐエラノス会議の、息を呑む世界的知性(ノーベル賞クラスがごっそり)がC・G・ユングを中心にうごめいた。キーワードは象徴と神話。とんと聞かなくなった語だ。

象徴と神話、とまで言えば、こうした動きの裏面史にたちまち思い当たる。端的にナチによる象徴と神話の全面利用の暗黒面である。グッゲンビュール=クレイグ教授は、ユングが自身「魂に圧倒されるに任せ」ることでユング派心理学が成立したと言っているが、象徴にも神話にも、個人と国家をぶち抜いて忘我させる恐怖の局面があるのは、ルナティック・ヨーロッパのもう一人の同時代人、アビ・ヴァールブルクについて、『風景と記憶』のサイモン・シャーマや、田中純 『アビ・ヴァールブルク 記憶の迷宮』が重く論じた通りだ。

『老愚者考』は神話と象徴の持つこうした両義性・二面性を説き、それが「一面化」して動員されてきた危うい歴史を次々と挙げる。「平等」という観念に今日、誰も疑いのウの字も入れないが、どうして、これも結構「ディオニュソス的な」狂気の一面を秘める、という出だしには驚く。「女性抑圧に奉仕した男女の差異」というもはや常識と化しかかっている感覚も、ヒトは結局カネがすべてとする「ホモ・オイコノミクス」という人生目標も、すべて神話にすぎない。教育という「一面的な神話」、病、福祉、進歩・・・。我々が当然と思っている常識の悉くが、実は一面的に発動された神話にすぎない。本書の前半は、こうして一種の『リーダーズ・ダイジェスト』的感覚の現代文明の神話どっぷり状況批判である。

後半は、上で述べたようなユングのいわゆる「元型的心理学」の紹介と、それへの批判を介して「神話的心理学」なるもっと寛容なユング心理学の立場の提唱に向かう。ユング批判の手掛かりにユングの「老賢者」の元型を選んだ点がスマッシュ・ヒットだ。老人が賢者であるはずだという神話が、たとえば「老愚者になったのに、残念ながら老賢者のイメージに圧倒された」シュヴァイツァー博士の老年を硬ばったものにした。老人は現に愚者化していく存在なのだから、年寄りは賢くあるはずとする「防衛機制」など捨てましょう。この「老」の解放は、若者は頑張らないという「若」の神話から若い人たちを解放しようとするトム・ルッツの名作 『働かない』(青土社)と絶妙なペアをなす、愉快な現代版『痴愚礼讃』となっている。

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2007年08月17日

『大発作-てんかんをめぐる家族の物語』 ダビッド・ベー[作] 関澄かおる[訳] (明石書店)

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『大発作』pp.304-305
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フランス版『ガロ』が、ベー・デーを転倒させてのデー・ベー

日本のマンガ、アメリカのコミックスとともに20世紀漫画史のひとつの極とされてきたフランスのバンド・デシネ、いわゆるB.D.(ベー・デー)は、「現代思想」を推進した理屈好き・論争好きのお国柄を反映して、ちょうどピーク時(伝説の編集長・長井勝一)の我が『ガロ』そのもののハードな思想性と、それが要求しやまぬ描法の実験性に大きな魅力を持つ世界であった。だから、大友克洋のAKIRAに一番大きく流れこんだ霊感の源がBDであり、AKIRAから流れ出るものに一番大きな霊感をさずかったのがまたBDのアーティストたちだったと聞いても、全然不思議じゃない。ダビッド・ベーが中心になって、フランス版『ガロ』というべきラソシアシオン社を1990年に創設せざるを得なかったのは、そういうBDが本来のハードなメッセージ性を喪って、極東のマンガやアメリカのコミックスに押されても仕方のない無力な状況に陥っていたことの証しだ。

本名ピエール=フランソワ・ボシャール(1959~ )、愛称ファフー少年が癲癇(てんかん)の兄ジャン=クリストフの発作発症(1964)から作品刊行時(2003)までの「大発作」にずっと付き合う闘病記録だが、幼少時からファフーは絵が巧く、また途中から20世紀後半の本好き少年の常道のように幻想文学のとりこになった挙句、兄との確執と深い共感の物語を世界に発信しようとする。

パリにひとりで生きている今、僕はすべてを語りたい。兄のてんかんのこと、医者のこと、マクロビオティックのこと、交霊術のこと、宗教指導者のこと、共同体のこと―

絵の巧いファフーのこと、この物語はBDにならざるを得ないだろうし、ファフーによれば「世界を代表する漫画になる予定だ」というので、プルーストの『失われた時を求めて』やアンドレ・ジッドの『贋金つくり』そっくりの入れ子箱の形になっている。まさしくBD版『失われた時を求めて』といってよい。現に作中のBD作家志望のファフーが、受難の民ということで急に好きになったユダヤ民族の代表的名ということからダビッド[ダビデ]の名を名乗り、かくて本当の人気BD作家ダビッド・Bとなって、ほらお手元のこの『大発作』を描いた、とそういう入れ子になっている。商業化したBDをもう一度転倒してしまうという気合がBDを逆しまにしたDB[ダビッド・ベー]の筆名になった、ともいえよう。なかなか洒落(しゃらく)な人物と見受けられる。

描かれている内容は洒落どころではない。発作がきて全身の強直性痙攣でどこにでもひっくり返ってしまう兄ジャン=クリストフが、近代医学の最先端治療(「気体脳造影撮影法」)から、それに批判的なドゥルーズ=ガタリ流の「反精神医学」までモダンな治療、ポストモダンな医学すべてに見放され、禅式「マクロビオティック」という食餌療法からシュタイナー学校からモーツァルト音楽療法、スウェーデンボルグ主義、薔薇十字、錬金術から、果てはヴードゥー教まで、エソテリック[秘教的]と呼ばれるありとあらゆる療法に手を出すが、どうやら自分を守るために癲癇を利用し始めさえしているジャン=クリストフには、すべて何の効果ももたらさないばかりか悪影響を及ぼし、癲癇と精神障害が交互に、また複雑に絡み合って、優しく看護してくれる一方の父母にさえ危害を加えるようになる。

物語の3分の1はこの兄の症状を追う。症状が巻を追うごとに悪化していくのに応じて、この兄の挙措表情を描く描線が太く粗く真っ黒になっていくのが、異様にプリミティーフな版画みたいで迫力がある。また3分の1は、身体の健康をめざす共同体が必ず精神の自己啓発を唱える動きと化し、そして階級をつくりだす権力闘争に堕し、教祖の自殺や逮捕に至るおなじみの行程を、飽きもせず繰り返し追う。フーコーやドゥルーズをうんだお国柄と時代であろう。

そして残る3分の1が、そういう不治の病の兄と関わる主人公/語り手の側に起こる変化をゆっくりと描く。どうやら弟にも癲癇の素因があるが、彼は早々とそれを絵の世界に「昇華」するコツを体得していた。それから夜の森の世界に魔じみた対話者を呼び出して対話することで日々の圧から逃げる術も得る。夜こそ我が鎧だと。

もはや想像がつくように、最後に癲癇という回路を通じて兄弟に深い和解が訪れるが、天空を行く馬上での対話が深く黙示録的で、ダビッド・ベーが『蒼ざめた馬』(1992)以降ずっとこの世界を引きずっていることを思い出させる。得体の知れぬ病が一貫して黙示録的なドラゴンとして描かれる。時にはそれは瘴気の渦流に変じて人の身体と化す。

そう、『ヨハネの黙示録』また癲癇者による作とされている(いま改めて注目のドストエフスキーも、そしてエドワード・リアまた)。そのこともあって、かつてこの病は“morbus sacer”[神聖病]と呼ばれた。神聖でも何でもない、脳内の機能障害として、ひたすら脳波波形の類型学に矮小化されてきたのが現下の対癇癪観である。そういう癇癪観が無力なのは、虎や兎として描かれるオリエンタールもしくはジャポネな(「僕らの新しい世界では、日本の物はすべてよしとされている」!)整体や気功の術が無力なのと同じなのだ。

大発作とは面白がって付けた名ではなく、癲癇の典型的症状を指す医学用語“haut mal”[全般性強直間代発作]の訳である。では、この原作の原題"L'Ascension du Haut Mal"の“ascension”とは何か。文字通りには「昇り」のことで、作中一貫して癲癇発作の進行が山登りに譬えられている。しかし、この語は何といってもキリストや聖母の「被昇天」を意味しないではおかないだろう。「至高の悪の高み」とか、文字通りにとればとれるし。深刻だが、洒落といったのは、この辺の面白さである。

全体の3分の1が、1880年から1964年に至る戦争の歴史の回顧である。この分量は意味深い。癲癇は個人的素因にやはり社会的変動が歪みを加えて生じるものとDBはいいたいのだ。そういう社会的病を一家族の「聖」史劇に「昇華」しようとした力わざだ。

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2007年08月14日

『ウィルソン氏の驚異の陳列室』ローレンス・ウェシュラー[著] 大神田丈二[訳] (みすず書房)

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そう、あのスタフォードも『驚異装置』展をロサンゼルスで開いた

ジョルジュ・ペレックの『美術愛好家の陳列室』を読みながら思い出さずにすまなかった本がある。もはや少しく旧聞に属すが、ローレンス・ウェシュラーの"Mr. Wilson's Cabinet of Wonder"(1995;Hardcover1996;Paperback『ウィルソン氏の驚異の陳列室』である。両方とも原題に“cabinet”を謳っており、これが西欧近代を「箱の思想」(横山正氏の名著の標題)の系譜と考えようとする場合のキーワードであることが判明してきたこの四半世紀の、ある文化史的切り口の中では完璧につながり、必ず一緒に並べて読むべきと思わせるので、ペレック作に引き続き取り上げる。

種村季弘先生との今生のお別れとなってしまった『ユリイカ』誌対談で、アメリカ文化における創造的詐欺の話をしていて、氏がそういえば読んだばかりの『ウィルソン氏の驚異の陳列室』という本が非常に面白かったと言われ、当該テーマの決定書らしいのに未読で、不明を愧じた冷汗三斗を懐かしく思いだす。E・A・ポーがマガジニスト(雑誌編集人)であり、故にマニエリストでもあったとするなかなか楽しい対談のさなか、種村氏がマガジンてもともとは倉庫のことだから、これはアメリカ版ヴンダーカンマーというわけだね、と一言おっしゃった。これで、アメリカン・マニエリスムという観念の成否をめぐって年来鬱々と悩んできたぼくは、一挙に愁眉を開いた。

ロサンゼルス郊外にジュラシック・テクノロジー博物館という施設がある。入ってみると「何ともいわく言いがたいジオラマ(好奇心をそそらずにはいないすてきなディスプレーの中に並べてあるのは化学物質で、ラベルによればチタンの酸化物、鉄の酸化物、アルミニウムである)」がある。「ある女の後頭部に生えた驚くべき奇妙な角」がある。テクノロジーの人工物と珍奇玄妙の自然物が混在している・現代に生き延びた16世紀マニエリスムのヴンダーカンマーという趣。あるかあらぬか、マニエリスム時代にそうした珍品コレクションの象徴だった「ノアの箱舟」の縮尺模型もちゃんと置いてある。アメリカ民衆文化の象徴たる「ダイム・ミュージアム」、「ペニー・アーケード」の世界。『バーナム博物館』『イン・ザ・ペニー・アーケード』にS.ミルハウザーが面白く描いている。

第一部「胞子を吸って」は、この個人博物館を創立経営しているデイヴィッド・ウィルソンという人物とその家族係累を紹介する。著者は有名なルポ・ライターというだけのことはあって、ウィルソン本人とのやりとり、資料による補充など巧いもので、『リーダーズ・ダイジェスト』のよくできた記事のように、すらすらと一人の奇人伝として面白く読める。それがウィルソン氏が「天命を受けた仕事の一部分は・・・人々を驚異に向かって再統合することなのです」と漏らすに至り、話が「草創期の博物館、16、17世紀にまで遡るウル・コレクション」に及んだところで第一部は終る。それらの原-博物館は

ドイツ語でヴンダーカマー、驚異の部屋と呼ばれることもあったが、ジュラシック・テクノロジー博物館は、大まかに考えて、驚異がその統一的テーマであるという点でまさにそれらに相応しい跡継ぎである。しかしそれは特別な種類の驚異であり、しかも不安定なのである。ジュラシック・テクノロジー博物館を訪れた人は絶えず自分が(自然の驚異を)見て驚くことと、(こんなことがありうるか)どうかいぶかしく思うこととの間でゆらめいていることを知るのだ。そしてウィルソンはときどきほのめかしているように見えるのだが、人間であることのもっとも恵まれた素晴らしいことは、まさにそのゆらめき、そのように楽しく錯乱しうる能力なのだ。(pp.61-62)

そして第二部「大脳の発達」は、問題の「草創期の博物館」の不思議なコレクションとその歴史的背景を、1980~1990年代に爆発的に出版されるようになったさまざまなヴンダーカンマー研究書の紹介を兼ねながら概観する。出発点は伝説的に浩瀚なインピー、マグレガー共編の『博物館の起源』(1983)。ヴンダーカンマーの汎欧的な盛行を扱った、今でも比類なき絶品資料。それに1991年、新歴史学・新美術史学が異文化(特に中南米)制圧というイデオロギー的側面を補った。S.グリーンブラットの『驚異と占有』(みすず書房)である。ジョイ・ケンセス差配の「驚異の時代」展も、アダルジーザ・ルーリもサイモン・シャーマも次々と紹介されていく。フランセス・イエイツ紹介の「註」など眺めるうちに、何が本文で何が「註」か曖昧になる(「ポストモダンは周期的に回帰する」というマニエリスム<常数>史観――結局、本書の肝――は「註」の中に出てくる!)。というより、この本の主人公たるウィルソン氏もその博物館もごっそり曖昧なのだ。途中でホウクス博物館というのが出てきて知らされるのだが、このルポ自体が“hoax”だった「らしい」!

ヴンダーカンマーに注目と、『魔の王が見る』、『綺想の饗宴』でガチガチ固く言い続けてきたぼく、相手が相手だけに「驚異」感のあるこういう紹介の新ジャンルがあったかと脱帽しつつ、遠方なれど同志ありと心底心慰められた次第である。傑作ランク(?)A。

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2007年08月10日

『美術愛好家の陳列室』ジョルジュ・ペレック[著] 塩塚秀一郎[訳](水声社)

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全美術史を壺中に封じる、これも「記憶の部屋」だ

大きな部屋の壁一杯に何十枚かの絵が掛けられている、考えてみるほどに奇妙な絵の一枚や二枚、誰しも目にしたことがことがあるだろう。壁の一部がいわゆる加速遠近法でぐっと奥に向かってへこんでいく、その筒状の奥まる壁面上もびっしりと絵でおおわれている。空間に隙間を残すのを嫌がる近代ヨーロッパ文化の<真空恐怖>をそっくり絵にしてみせたようなこの画題を、ガレリア(ギャラリー)画、画廊画といって、17世紀から19世紀にかけて長く流行した。一番有名なのは、18世紀中葉、ローマ画壇の最高位を極めたジョヴァンニ・パオロ・パンニーニの一連の画廊画。これを表紙にあしらった Annalisa Scarpa Sonino, "Cabinet d'amateur"(Berenice)なる巨大画集一冊繙読すると、ほとんど、お願いもう許してモードになること必定である。有名な絵を何十枚もミニチュアにして模写したものをびっしり詰め込んでみせる大型の絵を何百点か、描きこまれたミニチュアの一点一点が誰の何という絵か同定しながら見させられると、西欧近代とは何なのかという大きな問いにまで行かざるを得なくなる気分だ。

現在の視覚文化論隆晶のきっかけをつくったジョン・バージャーの名著"Ways of Seeing"(1972;Hardcover1995;Paperback『イメージ』が、レヴィ=ストロースを引きながら「所有形式としての」油絵、そしてその堆積としての画廊画を論じた1970年代初めにして、画廊画がブルジョワ階級の所有欲の表れだということを指摘済み。そして最近、そうやってうまれた絵画が自らが所有形式のひとつであることへの自意識を深め易いメタフィクショナルな制作行為であったことが、たとえばルーマニアの美術批評家、ヴィクトル・I・ストイキツァの『絵画の自意識』(1993。邦訳ありな書房;2001)で動かぬ事実となった。パンニーニのピクチャレスクなローマと16世紀のアントウェルペン・マニエリスム画派が<画廊画>への関心であっさり通底する。絵とは何、描くとは何、それを評するとは何、美術史学とは何。絵画という表象をリフレクト(反省)するに、考えてみればこれだけぴったりの画題はないだろう。

そこにきちんと照準を合わせたのが、想像通り<ウリポ Oulipo>グループの鬼才、ジョルジュ・ペレックの"Un cabinet d'amateur"(初版1979/1997;Broché2001;Poche)だった。今回翻訳の原作。ウリポとは順列組合せ数学に高度の知識を持つ文学者集団。『文体練習』で同一情景を何十通りかの文体で書き分ける芸当に出たノーベル文学賞受賞者レイモン・クノーが中心。周縁には『宿命の交わる城』と『マルコ・ポーロの見えない都市』、「文体練習」的文学の二大名作を書いたイターロ・カルヴィーノ。そのカルヴィーノが、次は美術館展示の絵を自在にリシャッフルすることで、順列組合せ小説を書いてみたいと言い遺したまま、他界。残念でならなかったところ、この『美術愛好家の陳列室』がその遺志を完全に実現してくれた。

物語は、醸造業者ヘルマン・ラフケ所有の一枚の画廊画に誰の何の絵が描きこまれているかの分析と描写がコアである。描いた画家はハインリヒ・キュルツ。どこかで誰かが描いた絵をキュルツがミニチュア化して、問題の『美術愛好家の陳列室』という絵の中に模写していくのだが、模写といっても原作とどこか微妙に違っている、それはどこか探せという趣向もあるらしい。しかも、ミニチュアにして入れられた絵もまた一幅の画廊画になっていて、その中に何十枚かの絵を含んでいたりする。

画家は絵の中にこの絵自体も描き込んでおり、陳列室に腰かけた蒐集家が、部屋の奥に視線を向けて見ているその絵には、絵画コレクションを眺めている蒐集家自身が描かれているうえ、彼が眺めている絵もすべてあらたに模写されているといったぐあいで、絵画コレクションは精確さをいささかも失うことなく、第一次、第二次、第三次と縮小してゆき、ついにはカンヴァス上に見えるのはあるかなきかの筆跡だけになってしまう。

縮小が内向するばかりか、蒐集家の死に際しては、部屋自体がこの絵と寸分違わぬ(蒐集家その人をも含む)状況にされて永久封印される。絵が絵の外に向かって増殖しもするのが面白い。

問題の絵が贋物だったことが判明、というのが、この作品のアクションと言えば言える。そうなると一種推理小説風だから、粗筋にはこれ以上触れない。大体が“amateur”(「素人」という意味ではない)という存在が面白い。“cabinet”の文化史が面白い。両方とも豊かな文化史的観念であったことが判ってきたのが、やっとこの四半世紀。「キャビネ(ッ)ト」ひとつとっても、たとえばマニエリスムの驚異博物室から電子ブリコラージュの箱型デヴァイスとしてのPCまで何とか一本の線に繋げようとしている一大文化史家バーバラ・M・スタフォードの批評の鍵語がいつも「キャビネット」だ。

全美術史の営みを130ページに封じ込めたこの作自体がキャビネットだという壺中天のパラドックスが「パラドックスの文学(R・L・コリー)」の一大痛快作をうんだ。

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2007年08月07日

『記憶の部屋-印刷時代の文学的‐図像学的モデル』 リナ・ボルツォーニ[著] 足達薫、伊藤博明[訳] (ありな書房)

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やっぱ好きでたまらぬ人が訳さなくては、ね

記憶術、いろいろな呼称があるが、たとえばアルス・メモラティーウァ。書物が超貴重だった古代・中世を通して、学者や雄弁家たちは諸学説、古代典籍の行句をひたすら記憶し続けるしかなかった、何しろいつでも気楽に当たることのできる参考書が身の周りにないから――という当たり前の現実を、我々は実は全然意識することなく、中世やルネサンスに栄えた知識や論争のことを考えているが、ちがうのではないか。

というので、イタリア・ウマネジモ(人文学)の雄、パオロ・ロッシが決定的な名著『普遍の鍵』を出したのが1960年。記憶術の方法的精密化から必然的に観念の分類の必要がうまれ、ライプニッツ他の百科全書主義やアルス・コンビナトリア復権の動きにつながっていく、そのライプニッツ考案の0/1バイナリーを基にするコンピュータリズム全盛の今現在の人文学に一番必要な文化史的認識の透徹。

ちょうど16~17世紀のその辺の動きを勉強中だった若き荒俣宏が、師匠の紀田順一郎と二人で編んだ国書刊行会の画期的な「世界幻想文学大系」に、幾多の幻想小説の間にそっと挿むという感じで、マージョリー・ニコルソンの『月世界への旅』と一緒に『普遍の鍵』を入れた、時代をリードするアンテナの感度に改めて、アラマタさん有難うと言わねばならない。

現在、記憶術の研究といえば、フランセス・イエイツの『記憶術』が嚆矢のように言われる。しかし、1966年に出て斯界に大騒ぎを起こしたこの本が邦訳されたのは、何と1993年のことである(水声社)。訳書の「訳者解説」を読むと、「二十年近く腹を立てながらも信頼して待ち続けて下さった」水声社(書肆風の薔薇)社主に有難うとか言っている。人文学を一変させる任を帯びた画期的大著に、さめ切ったつまらない短い後書きを付してしまった最悪例としては、A・O・ラヴジョイの『存在の大いなる連鎖』に匹敵する問題ある後書きである。イエイツ女史の仕事全体は晶文社に目利きの小野二郎氏一人あって、完璧といってよい邦訳紹介が施されたが、こと記憶術テーマに関してのイエイツ紹介の迫力のなさは、もはや文化的犯罪の名に値する。イエイツがシェイクスピア研究に力を転じたところを捉えて、日本ではシェイクスピア研究者がイエイツ研究の受け皿となったことの大不幸。「当時味わっていた思想史研究への幻滅」から、「幻視的歴史家」イエイツへの疑問を抱えた有名な「実証派」研究者が、わざわざ「批判的な」後書きを準備しようとして鬱々としている間に二十年が経ってしまった、と問題の嘔吐的後書きにある。じゃあ、わざわざ訳すなよ!これも画期書、S.アルパースの『描写の芸術』(ありな書房)の訳者解説にも匹敵する愚かなわざくれだ。

中世・ルネサンス記憶術が18世紀の解剖図譜の世界に繋がり、ついには今現在の脳科学とも繋がっていることを史料とオブジェで説得した画期的展覧会(La Fabbrica del Pensiero 「思考建築」)が1989年上半期にフィレンツェで催され、これがその後の記憶の文化史研究の爆発的盛行の起爆剤となった。考えるほどに受け皿のない日本で、仕方なくぼくが『魔の王が見る』から『カステロフィリア』にかけての本で、パオロ・ロッシに発する記憶術研究のイタリアにおける怒涛の進展ぶりを紹介し、その過程でライナルド・ペルジーニの記憶術-建築論の名作、『哲学的建築』(1983。邦訳ありな書房)などが早々と日本語にできたりもしたのだ。

ぼくは「思考建築」展カタログの邦訳を企てたが、カタログは図版版権の厄介があって結局挫折したことも思いだす。挫折の苦汁といえば、こうした1980年前後の華々しい記憶術研究の展開を視野に、イエイツの最重要書の邦訳が遅いのに苛立って、ぼく自身、パオロ・ロッシを名訳で送りだした清瀬卓氏に頼んでイエイツ本も日本語にしていただき、これを国書刊行会から出すことにしたが、案の定、横槍が入って水泡に帰した。ぼくしか読むことのなくなった清瀬卓訳のイエイツは伊藤博明と並ぶ中世思想史の雄の意力に満ちた充実訳だった。嗚呼、翻訳企画の難しさ!

問題の「思考建築」展にインスパイアされたことを隠さないイタリア人文主義の若き華、リナ・ボルツォーニの『記憶の部屋』(1995)の邦訳紹介は、そんなもやもやした過去のいきさつを一挙払拭の爽快書である。明らかに既紹介のポーラ・フィンドレンのヴンダーカンマー論にも、即タイトルからしていきなりジョルジオ・アガンベンの『スタンツェ(部屋)』にもインスパイアされ、マニエリスムをコンピュータ・メディア論と結ぶ新人文学の典型的一局面へのマニフェストとも感じられる、素晴らしい本。

これらの本を順次、一定の戦略をもって邦訳し続けている書肆ありな書房と、古典語とイタリア語に強い翻訳狂、伊藤博明の結託に、心から乾盃。記憶術を16世紀にローカルに実践した未知の実験家たちの紹介に、尽きせぬ魅力のある画期書であろう。

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2007年08月03日

『キャンディとチョコボンボン』収録「いまあじゅ」大矢ちき(小学館文庫)

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「いまあじゅ」pp.254-255
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名作「いまあじゅ」で、マニエリスムがメディアの問題になった

小学館文庫に大矢ちきが二冊入った。『おじゃまさんリュリュ』『キャンディとチョコボンボン』。日本漫画史がマニエリスムと交叉した一瞬を見せつける貴重な逸品「いまあじゅ」が『キャンディとチョコボンボン』で再び読めることの興奮。今回文庫でたった16ページの「いまあじゅ」を、いってみれば漫画漬けの大量消費状態の中、メディアとしてのコミックスが内容ばかり、それも漫画社会学といった観点でばかり問題にされている今、若い読者が見て、何をどう感じるかに、ぼくはとても興味がある。世代の差ありや、と。

一人の美少年が、想像したことがそのまま現実となる幼児期の万能感覚を喪って――それは左眼の事故による失明を通して起こる――青年になってしまい、いつもこの喪失感とノスタルジアに苦しんでいるという、いかにも「青い」話。それを一人の少女も出てこない、「花の24年組」好みの女人結界ギムナジウム世界で、明るい一方の少年と、暗い本好きの「委員さま」の対立と、甘くも狂おしい融合の物語として描くといえば、やおいのはしりかという具合だが、こともあろうにマンガを通してゼーレ(魂)の冥府降下という神話的・元型的な物語を追ってみるという、およそ物語なるものの根源とでもいうべきでき方をしているので、今頃の腐女子マンガ読者たちが「いまあじゅ」をどう読むか、これは是非にも知りたい。

実存主義という深み志向の哲学が1950~60年代に流行ったが、これと漫画が交叉したのが岡田史子(ふみこ)だとすれば、マニエリスムと漫画が接点を持ったのが大矢ちきということになる。たどん目の主人公たちが生きることの意味を前に重くたたずんでしまう岡田史子が、主題の要求する絵としての下手さでぼくなどを魅了したのとぴったり裏腹に、大矢ちきは空前絶後の絵の巧さで“impressive”だった。紙の上に線を圧し刻むプレス(圧)も、そして読者の脳裡にインプレッションを彫り刻む圧力においても、という意味である。

愛知芸術大学で大矢ちきが線の扱いと伝説的な色の巧みな扱いを勉強していた頃は、ぴったりマニエリスムのブームに当たっている。「いまあじゅ」で、自分の甘美なるべき幼児の頃をいま自分の内なる迷宮として抱える主人公は、自らの裡に降下していくわけだが、自らその説明をして、「ぼくはぼくの鏡のうちへと降りる。死者がその開かれた墓へと降りていくように」というシュルレアリスム詩人ポール・エリュアールの詩を引くのだが、雑誌『りぼん』新年号に「いまあじゅ」が初出された1975年という象徴的なタイミングでは、身芯にG・ルネ・ホッケの『迷宮としての世界』(1957。邦訳1966)を思いだした読者が少なくなかったはずである(それは、まさしくエリュアールのこの一行から始まっていた)。

ダ・ヴィンチ構想の八角形の迷宮を究極の標的として、迷宮と化す人間の世界内存在の意識を、ハイデッガーやヤスパースの存在分析哲学の手法をもって追う『迷宮としての世界』が、1970年代初めの才媛画学生の座右になかったとは考えにくい。主人公の分身とおぼしき美少年が主人公に「ねえ知ってる?ダ・ヴィンチは八角形(オクタゴン)の鏡の迷宮を築こうとしたのを?」と言い放ちさえしているからである。ここまで徹底してやられながら、大矢ちき(は勿論、岡田史子)に一言の論及もなかった澁澤龍彦の存外な感度の悪さを何だろうと思うのだ。

そしてその分、改めて愛すべき橋本治先生の批評的感度の鋭敏に脱帽する。大矢ちきの人物たちの唇に、『ガラスの仮面』の人物たちの髪の色に、『クリティック』の四方田犬彦が加えた透徹した分析に匹敵する分析を加えた名作、『花咲く乙女たちのキンピラゴボウ』(1979。のち河出文庫)で、橋本治は大矢ちきの「ポップ・マニエリスム」を論じている。ホッケだの、ハウザーだの、ワイリー・サイファーだの、詳しくはそちらを読んでとか、一見無責任だ。

「私はメンドクサガリ屋なのだ。だからそれを、当の大矢ちき嬢御本人に説明していただく――
“らららものすごい寝ぞう みんながひっちゃかめっちゃかにもつれてるよ マニエリスムね” “ぎゃっ鍵が髪の中にまじゃこじゃになっている マニエリスムだ!” “よいさ よいさ まるでちえの輪みたい マニエリスム・・・ムス” 出典 『ルージュはさいご』
――要するにマニエリスムとは、ゴチャゴチャのことなのだ」

といった軽い口調だが、「美しき手法」の域に達した大矢ちきのコマ割りの奇想、絵と字の絶妙な離合と融解など、マニエリスムをメディア論、「フィグーラ」論に開く天才の所業としか形容しようのない世界をマニエリストと断じたのは、さすがに「大」橋本治ならではのスマッシュ・ヒットである。ぼくがNTT出版の論集『コミック・メディア』で日本漫画のマニエリスムを論じて、男は宮西計三、女は大矢ちきを取りあげることになるのも、下敷きとして橋本治の大矢ちき論「世界を変えた唇」が先行していたればこそであった。

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