• 愛読者諸兄諸姉。週2回(火・金)ということで2007年5月にスタートしたぼくの書評ですが、近々100回目を迎えるところで一応決着ということにさせていただきます。

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  • 高山宏の読んで生き、書いて死ぬ
    ―ぼくの中に貪婪の書評魔が帰ってきた―

    かつては一日に一冊読んだ。そして気に入ったものがあれば諸誌紙に週二、三冊は書評を載せてもらっていた。書評に名を借りた論文というスタイルで、よくものを書いた。読みについても魔と呼ばれ巧者と言われ、達人の名をたまわった。十年も前のことである。 長い長い中断が入った。

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  • 紀伊國屋創業80年記念・連続セミナー“9 days talk live”
    「学魔・高山宏、知の系譜と人文科学の未来を語る」
    2007/9/8(土) 13:00~15:40 新宿・紀伊國屋ホール
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2007年07月17日

『レンブラントのコレクション-自己成型への挑戦』尾崎彰宏(三元社)

レンブラントのコレクション-自己成型への挑戦 →bookwebで購入

サムライの兜をレンブラントが描いた秘密

アインシュタインの再来といわれながら東大全共闘議長ゆえ野に在る傑物、山本義隆の前著『磁力と重力の発見』(〈1〉古代・中世〈2〉ルネサンス〈3〉近代の始まり)を読んで、もし野になければ不可欠の一作、エレーヌ・テュゼの『宇宙と想像力』を読めていただろうにと思ったが、強烈第二弾、『十六世紀文化革命』(〈1〉〈2〉)を読んで、やはり、たとえばエウジェニオ・バッティスティの『反ルネサンス』を読めていればと望蜀のあじきなき思いにかられた。冶金だの機械学だの解剖学だの「十六世紀文化革命」の過半を「マニエリスム」の名で掘り起こし称揚する動きは、2007年の今、独仏伊のアカデミーでは(やっとのことだが)市民権を獲得しつつあるからだ。残念、日本ではこの点、学界も在野も等しく、怖ろしく鈍感。山本氏が在野であることを惜しむこともなく、在野での研究がむしろインターネットという巷の強力アカデミーを通して盛んになっていけばよいかと思う。科学史、もっと興隆してほしい。

物の生産と流通が文化の中で占めるウェートからすれば、16世紀はたぶん我々が迎えたばかりの世紀にも匹敵する。イエズス会の活躍のように布教ひとつとっても合言葉はグローバリズムである。市場経済は辟遠のオリエントまで含み、かくてマニエリストたち愛好の「驚異」も中南米征圧の「占有」の経済戦略とぴったり表裏の関係にある。幼児退行的自閉症(16世紀のオタクっ!)のようにいわれるマニエリスムのコレクター貴族たちが偏愛したオブジェも、天然もの(naturalia)は東方交易と異文化征服から、人工もの(artificilia)は台頭中の鉱工業から提供されたものでしかない。こうしてマニエリスムも澁澤龍彦という在野の象徴的存在が「気質」や「趣味」に引きつけて語っていた段階から、1990年代以降一挙に、新歴史学やカルチュラル・スタディーズが一番得意とするテーマにと変わっていく。

スティーヴン・グリーンブラットの『驚異と占有』 "Marvelous Possessions : The Wonder of the New World"(1991;Hardcover1992;Paperback)さまさまといってよい転換だが、アーノルド・ハウザーの名著『芸術と文学の社会史』"Sozialgeschichte der Kunst und Literatur"(1951)が相当前に実はやっていたマニエリスムの社会学・経済学ではないだろうか。テュゼの本も、バッティスティの本も、実は1960年代の仕事。マニエリスム機械学という点では、ジャック・ブースケの『マニエリスム美術』(1964)が既に要点はすっかり押さえていたのを知らない者のみが、マンリオ・ブルーサティン『驚異のアルテ』(1986)が「ヴェネツィアの造船蔽」をマニエリスムと呼ぶ視点を奇異と観ずるだけだ(『ユリイカ』1995年2月「マニエリスムの現在」中に訳載)。要するに「十六世紀文化革命」としてのマニエリスム観が本邦にはずっと絶無だった。たとえば「驚異博物室」一点に集中することでそれを言い続けてきたぼくは、完全に異端扱いで来た。

もうひとつは、フーコー表象学の目で、そうした16世紀から17世紀にかけてモノの流通を象徴する代表的文化となったオランダないしフランドルの視覚文化を記述し直すこと。要するに江戸時代、我が国が唯一公的に相手にできた地域の文化への評価が、どうやら1980年代から大きく変わりつつあることの実感が、此方にないらしいのだ。S・アルパースの『描写の芸術』 "The Art of Describing"(1983;Hardcover1984;Paperback)邦訳を昵懇のありな書房からプロデュースした時の邦訳者の反応の鈍さに驚いた。アントウェルペンやハールレムに猖獗したフランドル独自のマニエリスムをフーコー/アルパースの表象論に繋げられる目線の人間がいないのだ。ぼくは、タイモン・スクリーチという英蘭日文化的三角貿易を研究しようという異才を発見、早速「改造」に乗り出した(!?)

尾崎彰宏の存在を知ったのは、テーマからということもあり、氏の『レンブラントのコレクション』による。副題に「自己成型への挑戦」とあって自明のように、グリーンブラットの自己成型論に乗る形で、誰よりも自画像をたくさん残したことで有名なレンブラントの自画像にたどることのできる自己成型を見る。有名な議論なので、その限りでは特筆に値することもないが、何しろすばらしいのはコレクション論である。

ぼく自身、上述のようなオランダ美術研究学界のスローモーにいらいらし、ちょうど河出書房新社創立120周年というタイミングとレンブラント生誕四百年記念の年(2006)が重なったこともあって、サイモン・シャーマの『レンブラントの目』を邦訳し始めていたが、レンブラントがコレクターとして大変貪欲で、かなり充実した。芸術品貯蔵室を所有しており、そこに収集した絵やモノに取材して絵画制作をした経緯を面白く書いてある。ルーベンスについては1989年にJ・M・ミュラーの蒐集家ルーベンス論があるが、肝心のレンブラントについては、と探したら、尾崎彰宏の決定書が見つかった。収蔵品一覧が有難い。「表象の古典主義時代」(フーコー)の「蒐集」をテーマにぼくの行ってきた述作や訳業が無駄でなかったことをその書誌注に確認して、ぼくは非常に嬉しかった。レンブラントが「不一致の一致」の隠秘哲学を絵画表現したとするラルセン『風景画家レンブラント』(法政大学出版局)の訳者、尾崎彰宏は間違いなく「精神史としての美術史」派であるらしい。らしいなどと言いながら、秀才ポール・バロルスキーの『とめどなく笑う』(ありな書房)の続巻として、彼の『庭園の牧神』(ありな書房)を邦訳する時、尾崎氏をちゃんと充ててもいたわけで、流石だね、と我ながらおかしい。

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