• 愛読者諸兄諸姉。週2回(火・金)ということで2007年5月にスタートしたぼくの書評ですが、近々100回目を迎えるところで一応決着ということにさせていただきます。

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  • 高山宏の読んで生き、書いて死ぬ
    ―ぼくの中に貪婪の書評魔が帰ってきた―

    かつては一日に一冊読んだ。そして気に入ったものがあれば諸誌紙に週二、三冊は書評を載せてもらっていた。書評に名を借りた論文というスタイルで、よくものを書いた。読みについても魔と呼ばれ巧者と言われ、達人の名をたまわった。十年も前のことである。 長い長い中断が入った。

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  • 紀伊國屋創業80年記念・連続セミナー“9 days talk live”
    「学魔・高山宏、知の系譜と人文科学の未来を語る」
    2007/9/8(土) 13:00~15:40 新宿・紀伊國屋ホール
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2007年07月13日

『自然の占有-ミュージアム、蒐集、そして初期近代イタリアの科学文化』 ポーラ・フィンドレン[著] 伊藤博明、石井朗[訳] (ありな書房)

自然の占有 →bookwebで購入

英語でキルヒャー

「驚異の部屋」は基本的に珍物(curiosities)蒐集に凝りあげる好奇心の問題だから、研究書は自ずからカラー図版満載の美麗書となる。かつて平凡社の記念出版で、ほとんどコスト無視してエリーザベト・シャイヒャーの『驚異の部屋』が訳された時には、それで驚かされた。今ひょっとして手に入りそうなものでいえば、パトリック・モリエス(Patrick Mauriès)の"Cabinets de curiosités"(Gallimard, 2002)。ぼくは英訳で眺めたが、大型本全巻フル・カラーは一寸した偉容というか、まさに異様で、ヴンダーカンマーに対する認識を少し変えさせられた気さえした。こういうことを平気でやってのけるガリマールだから、入門書レヴェルでもパトリシア・ファルギュイエールの美麗マニエリスム書をちゃんと出す

大著『マニエリスト』("Maniéristes")を出したらすぐ、今度は偏倚な博学デザイナー、東京にも店を出しているピエロ・フォルナセッティをめぐる超美麗書"Fornasetti : Designer of Dreams (Piero Fornasetti) "を出したモリエスの評価が、日本では低過ぎる。スティーヴン・キャラウェイの『バロック! バロック!』が現代服飾モードのバロック性を言って説得的だったように、大都会のモード万般のマニエリスム性を突くこういう仕事が全然紹介されないから、今サブカルチャーを一番「文化的に」高く評価しうる視点が少しも育たない。

その対極で、「驚異の部屋」論はアカデミーの中には入ってきた。マニエリスム美術論として入ってきたが、1970年代末にはもうほとんど忘れ去られている(日本では、だ)。それが他者征服の文化装置を批判、という形で、今度はカルチュラル・スタディ化した。それがスティーヴン・グリーンブラットの、それはそれで画期的な『驚異と占有』"Marvelous Possessions : The Wonder of the New World"(1991;Hardcover1992;Paperback)だったわけである。新人文学最前線だ。

ポーラ・フィンドレンの『自然の占有』"Possessing Nature : Museums, Collecting, and Scientific Culture in Early Modern Italy"(1994;Hardcover1996;Paperback)は、刊行タイミングからみても第一タイトルからしても、このグリーンブラットの名作の衝撃波の産物であることは間違いないが、「驚異の部屋」プロパーに近いということでは、フィンドレンの本の方が徹底していて貴重だ。蒐集を「嗜(たしな)み」とした貴族階級の感性の歴史学、ないし社会統計学ということで、その限りではクシシトフ・ポミアン『コレクション』"Collectionneurs, amateurs et curieux, Paris, Venise : XVIe-XVIIIe siècle"(英訳 1990、邦訳 平凡社)の影響下にあると言えるかもしれない。

そして16世紀のマニエリスム世界そのものの反映だった、マクロコスモスをそっくり凝集する「驚異の部屋」が17世紀末にはゆっくりと合理的知性の反映物に変えられていくという大括りの図式は、もはや予定調和と言うべきかもしれない。なにしろ大部である、わざわざ貴重な時間をとられるのもいやだなあと思いながらパラパラやったのが運の尽き、一読魅了という体(てい)となった。

主人公が二人いて、二人の具体的な驚異の部屋のたどった運命の物語が面白過ぎるのである。アタナシウス・キルヒャーとアルドルヴァンディ。我々はキルヒャーの名をまさしく澁澤の『夢の宇宙誌』(1964、現在 河出文庫)で知り、ホッケの『迷宮としての世界』の種村訳(1966)で知った。ジョスリン・ゴドウィンのキルヒャー伝『キルヒャーの世界図鑑』(工作舎)も読めた。マニエリスムとキルヒャーについては1960年代日本の感性アンテナは鋭いものがあったと改めて驚く。何故かと言えば、英語圏がマニエリスムを自由に論じるようになるのは1990年代以降のことだからである。そのほとんど第一号がポーラ・フィンドレンの『自然の占有』であり、ごく最近も『アタナシウス・キルヒャー』と号する大型論叢が出て、英語なので欣喜して入手したら、覿面に編者はポーラ・フィンドレンであった。新人文学の風。時代は面白くなる。

アタナシウス・キルヒャーは17世紀ドイツのイエズス会学僧である。ブッキッシュに各国語をマスターし続けた博言趣味を活かして、オリエント文物をヨーロッパに紹介し、中国に入ったキリスト教(景教)の碑文まで解読した。教会の人間だから自然の中に神の摂理を見ようという自然神学の本であるはずのところ、図満載の厖大な著作には自然そのものに対する好奇心が独走し始めているような時代の勢いが満ち満ちている。きっと荒俣宏がイエズス会士ならこうなんだろうな。『迷宮としての世界』の名訳者はキルヒャーの業績に対して「百学連環」の訳語を当てたし、「八宗兼学」の訳語をひねりだしたが、イエズス会士だったからである。もう一人のアルドロヴァンディについては荒俣宏によって、同類のショイヒツァーと一緒に我々は教わった。

アルドロヴァンディ、キルヒャー、ショイヒツァー、そして(『プロトガエア』を著した博物学者としての)ライプニッツを、英米圏のアカデミシャンが当たり前のようにこなし始めた。一旦点火されればとことんやる世界だけに面白くなる。代表選手はバーバラ・M・スタフォード。今年2007年を彼女の年にするつもりで、フィンドレンはその絶好の先駆けだ。

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