• 愛読者諸兄諸姉。週2回(火・金)ということで2007年5月にスタートしたぼくの書評ですが、近々100回目を迎えるところで一応決着ということにさせていただきます。

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  • 高山宏の読んで生き、書いて死ぬ
    ―ぼくの中に貪婪の書評魔が帰ってきた―

    かつては一日に一冊読んだ。そして気に入ったものがあれば諸誌紙に週二、三冊は書評を載せてもらっていた。書評に名を借りた論文というスタイルで、よくものを書いた。読みについても魔と呼ばれ巧者と言われ、達人の名をたまわった。十年も前のことである。 長い長い中断が入った。

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  • 紀伊國屋創業80年記念・連続セミナー“9 days talk live”
    「学魔・高山宏、知の系譜と人文科学の未来を語る」
    2007/9/8(土) 13:00~15:40 新宿・紀伊國屋ホール
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2007年06月05日

『イギリス的風景-教養の旅から感性の旅へ』中島俊郎(NTT出版)

イギリス的風景―教養の旅から感性の旅へ →bookwebで購入

高校生がピクチャレスクを学ぶ日

旧式な人文科学が気息奄々とする一方、メディア論を核に新しい人文科学が醸成されつつあるのはたしかだし、ぼくなども教育現場にそうした趨勢を反映したカリキュラムを工夫しようと、柄にもなく「教育者」として腐心している。バブル崩壊前夜まで知の前衛だった人たちが一定の年齢になっての初中等教育熱が面白い。

松岡正剛氏の『17歳のための世界と日本の見方』の好調が典型だし、松岡氏の「70年代最大の発見」だった荒俣宏氏がダーウィンのビーグル号航海記を小学生を相手に漢字総ルビで訳した仕事なども思い出す。「関係の発見」というバロックやマニエリスムの構造こそ、ぼくのいう「編集」です、という松岡氏の主張や材料がとても高校生に通じるとは思えず、今時の大学新入生にだってかなりきつい内容と思うのだが、難しいことを易しくいい続けることには、それはそれで松岡氏クラスの能弁と透徹が必要だと知れる。

新人文科学は「電子リテラシー(digiteracy)」と同じくらい、ダイナミックに議論の舞台として再編さるべき世界史(あるいは日本史)の知識を必須とする。たとえばまたしても松岡氏だが、氏が主宰する編集工学研究所で編集した大年表『情報の歴史』(NTT出版)の中で必要に応じて自由自在に再編集される世界史。実に全国の高校の約一割強における履修漏れ騒ぎもなお苦々しく記憶に新しいが、「地理歴史」が一番ネグられていたわけで、望まれる教養と現実の実力の差は凄いものがある。新人文学に歴史教養は必須だ。

こういう高校と(生き延びるためにとにかく工夫はする)大学の開き、というか不連続はどんどんひどくなりそう。というので、たとえば東大駒場で新二千年紀あけてすぐから「高校生のための金曜特別講座」というのを始めたのだが、2005年度のそれが『高校生のための東大授業ライヴ』にまとまった(東大出版会、2007)。求心力がもうひとつという印象だが、ぼくにとって面白かったのは第9講。安西信一先生の「イングリッシュ・ガーデン誕生の裏側-その美学と政治学」講義。今から20年くらい前には高校生はおろか、大の大人でも学びようのないテーマだったわけで、大袈裟でなく感無量である。

イングリッシュ・ガーデンといって我々が普通に思い浮かべるのは、19世紀末からのケイト・グリーナウェイ の可愛い絵にあるような小綺麗なハーブ・ガーデンだが、実際には、18世紀一杯、反フランス造園術として異様な姿を歴史に刻んだ風景式庭園(landscape garden)を指す。ピクチャレスク・ガーデンという呼び方も可能。今日そのあらかたがなくなったり、ゴルフ場に変貌したりして、見ることができない。もう一人のグリーナウェイ、ピーター・グリーナウェイの映画『英国式庭園殺人事件』で見られる。あるいは、スタンリー・キューブリックの長尺『バリー・リンドン』でも終りの方に壮麗なピクチャレスク・ガーデンが見られる。18世紀文化の象徴である。

フランス絶対王政(ルイ王朝)がヴェルサイユ式という左右均衡・求心構造の作庭に、その「空間政治学」(ヴァルンケ)を実現したのに対して、イングリッシュ・ガーデンは中心を欠く多視点多核の一種のジャングルをめざした。フランス的美意識がつるつる滑らかなものを良しとする以上、英国人は「ラフ」で「ラギッド」なものを愛でなければならない。端的には、直線路がそれも放射状に展開するフランス式庭園に対して、「サーペンタイン」式、即ち蛇行を重ねる曲線の園路に執す。中尾真理『英国式庭園-自然は直線を好まない』(講談社。叢書メチエ)の副題はそのことを意味している。蛇状曲線の作庭術だ。

独自の風景観を持たなかった18世紀初頭の英国紳士たちはイタリアを美の理想の標的に決め、イタリア風景を絵の形で輸入し、それを英国という異土で立体的に立ち上げるという倒錯を演じた。英国華紳の教養の印がイタリア風景にどれほど通じているかで測られた。歩きながら、これは画家某が描いたイタリアのどこそこの風景と見抜いていくのが、教養の印。極端なのはウェルギリウスの永遠の名作『アイネーアス』の歌枕めぐりを庭を歩きながら行う。名作からのさわりがそこここに碑銘となって散りばめられていた。辟易するね。

たとえば、18世紀半ばの憂愁趣味や感傷傾向に染まり、特にバークの「崇高」論(1757)に染まって、庭と歩く散策者の間の相互反映の構造を介する形で、どんどんゴシックな気分、恐怖や戦慄を演出するマニエリスム色の強い庭に化していった事情が面白い。

ピクチャレスク・ガーデンをそれとして再点検した建築家デイヴィッド・ワトキン 『イングリッシュ・ヴィジョン』(1984)を、ぼくの 『目の中の劇場』 『庭の綺想学』 が安西信一『イギリス風景式庭園の美学』(2000)に媒介したものを、中島俊郎『イギリス的風景』(2007)が「教養の旅から感性の旅へ」という巧いコンセプトで整理した。

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