• 愛読者諸兄諸姉。週2回(火・金)ということで2007年5月にスタートしたぼくの書評ですが、近々100回目を迎えるところで一応決着ということにさせていただきます。

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  • 高山宏の読んで生き、書いて死ぬ
    ―ぼくの中に貪婪の書評魔が帰ってきた―

    かつては一日に一冊読んだ。そして気に入ったものがあれば諸誌紙に週二、三冊は書評を載せてもらっていた。書評に名を借りた論文というスタイルで、よくものを書いた。読みについても魔と呼ばれ巧者と言われ、達人の名をたまわった。十年も前のことである。 長い長い中断が入った。

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  • 紀伊國屋創業80年記念・連続セミナー“9 days talk live”
    「学魔・高山宏、知の系譜と人文科学の未来を語る」
    2007/9/8(土) 13:00~15:40 新宿・紀伊國屋ホール
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2007年06月01日

『暗号事典』吉田一彦、友清理士(研究社[創立100周年記念出版])

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暗号はミリタリー・マニエリスム

一方に電子メール、電子マネーの飛躍的発達があり、他方に北朝鮮による拉致の問題があって、時代はまさしく「暗号」の時代だ。暗号と聞いて思い浮かべられるほとんどあらゆるテーマを拾いあげる面白い本が出た。その「北朝鮮の暗号」という項目を見ると、日本にいる工作員にいろいろ指示した乱数表読み上げ放送のことが詳しく出ている。

今みたいにNHKが終夜放送をしていなかった頃、深夜0時に放送終了の君が代が流れた後の無音の空白に、ラジオのダイアルを少しずらすと、不気味に平坦な女の声で数字を読み上げる電波が入ってきた。いわゆる乱数表で、解読に手を焼いている自衛隊が懸賞金を出しているという噂もあって聴いていた時期もある。その中に日本人拉致の指令もあったわけだ。理由はいろいろ取り沙汰されているが、2001年のある瞬間からふつりと途絶えた。戦争とばかり結びつくと思っていた暗号がこの平和時にちゃんと機能しているという感じは気味悪かった。平和ボケの日本は伝統的に諜報・防諜に弱い。紫暗号をきれいに解読されたまま、珊瑚海で、ミッドウェーで負けた。スパイ・ゾルゲにもしてやられた。連合艦隊司令長官山本五十六を南の空に喪った。いわゆる「海軍甲事件」である。

電子時代の暗号についての技術的説明が半分である。AES(高度暗号化標準)とかDES(データ暗号化標準)から、変体少女文字や少女たちのポケベル暗号(「7241016」で「なにしている?」)まで、徹底を極めるし、そうした世界を支える技術と数学の説明にも存分の紙数が割かれる。どの言語で一番使われる文字は何といった「頻度分析」や「乱数の割り出し」くらい、何とかついて行けるが、モジュラー算術だ、通信解析だ、楕円曲線と楕円曲線暗号など、素人には手に余る。

なにしろ面白いのが、電子時代の経済や認証制度といった局面に入る前の、もっぱら単純に軍事に関わった暗号史の項目である。日清・日露戦争で日本軍の暗号発達は著しかったが、信濃丸発信の「ネネネネ」「タタタタ」という暗号無線がバルチック艦隊撃破をもたらしただの、親日派米人による「人形暗号」だの、「風通信」だの、鹿児島弁で電信したらそのまま暗号として通用しただの、びっくりするような初耳逸話がいくらもある。親日派で愛嬌ある人柄で人気の高かった駐日大使エドウィン・ライシャワーが諜報の出だったと知って、いささか考えこんでしまったりする。

つい先日、上海領事館で日本人要員が自殺して安部普三内閣に衝撃を与えたが、色仕掛けで身動きとれなくされての自裁だった由。「蜜の罠」と、こういうやり方を言うのだそうだ。そういう諜報・防諜の話題を単に「暗号」というところを超えてカヴァーする。野放図だが、読みものとして歓迎すべき幅が出た。

個人的な関心で言えば、異様なページ数が割かれている江戸川乱歩が、暗号小説の名作『二銭銅貨』で、チャールズ2世治下の英国から暗号技術は発達するとした指摘が、「フランシス・ベーコンの二文字暗号」「アーガイルの暗号」「薔薇十字の暗号」「ピューリタン革命時の暗号」「ジョン・ウィルキンズ」「ジョン・ウォリス」「ジャコバイトと暗号」等の項目を読むと改めて正しいと確認できた。カトリック王党派が命懸けで通信した手紙の中で暗号が発達した。小説家サッカレーがこの時代に取材した作品『ヘンリー・エズモンド』が、その辺、巧く書いていると知らされて、今頃不明を恥じてしまう。

英国17世紀末を「表象」の整備期として捉え直せといってきたぼく、改めて、フーコーの『言葉と物』に「暗号」が全然扱われていなかったことに、「大」歴史家ゆえの限界を感じた。アルファベットをいじくり回した王党派のナンセンスな書簡は、その実、一命賭しての表象行為だったことがわかる。現にチャールズ1世は妃への書簡を押さえられ、ジョン・ウォリスに解読されたものを証拠に斬首台に落命したのである。

ことは英国に限らない。アメリカの独立戦争・南北戦争周辺もやたら暗号が発達したし、「鉄仮面と暗号」「ナポレオンと暗号」を読むとフランス史がそっくり暗号史に見える。

著者の一人は、パノラマ館を舞台の幻想小説を書いて皆川博子を感嘆させた文学教養派だけに、「文学における暗号」「小説に登場する暗号」の項が面白い。E・A・ポーと乱歩、『クリプトノミコン』(〈1〉〈2〉〈3〉〈4〉)のニール・スティーヴンスン、そしてもちろん『ダ・ヴィンチ・コード』のダン・ブラウンがメインとなる。谷崎潤一郎のイメージを狂わせる暗号趣味だとか、阿川弘之が「対敵通信諜報暗号解読機関」出身だとか、面白いトリヴィアにも事欠かない。

「カバラ」や「魔方陣」、「象形文字といった項目を見て、ホッケの『文学におけるマニエリスム』(1959)を思い出した。グロンスフェルト暗号を考案したカスパール・ショット。デルラ・ポルタにアタナシウス・キルヒャーと並ぶと、暗号とは数学という名のマニエリスムだと改めて確信できた次第である。

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